ユーロ10年の成否は微妙

ローラン・ジャック(Laurent Jacque)

タフツ大学フレッチャー法律外交大学院教授

訳:三浦礼恒


 2009年1月1日、スロヴァキアが欧州統一通貨を採用した16番目の国となった。「我らが友、スロヴァキアを仲間に迎え入れたのは、強いユーロであり、我々の経済と我々の市民を守るユーロである」と、フランスのル=メール欧州問題担当相は叫んだ。だが、金融危機によって、この発足10年を迎えた通貨の強みとともに、弱みもまた露呈されている。経済的な基盤を揺さぶられた欧州通貨同盟に、亀裂が走り始めている。[フランス語版編集部]

 国際経済を荒廃させている金融動乱によって、ユーロの永続性が疑問視されることになるのだろうか。そんなことはないとユーロの擁護者たちは断言する。彼らに言わせれば、この10年でユーロ圏は平和で安定した地域となり、この世界第二の経済圏の通貨は、安定的とは言えないまでも強い通貨となっている。2009年1月1日には、スロヴァキアが16番目の加盟国として加わった。そのうえ、1999年のユーロ発足時に非加盟を決めた国々(デンマーク、イギリス、スウェーデン)も、どうやら再考を始めたらしい。現在クローネを用いるデンマークは、近い将来、ユーロに加わることになりそうだ。

 単一通貨の擁護者たちによれば、政治権力からの強力な独立性を備えた欧州中央銀行(ECB)は、通貨供給量の増加を抑制し、インフレ率を約2%に抑え込むことに成功した。金利は名目ベースで平均2.5%、実質ベースでは1960年代以来最低である。国内通貨の廃止は、為替リスク(1)と取引コストを取り除くことでユーロ圏内の貿易と投資を活性化させ、圏内諸国の国民総生産(GNP)に大きく寄与したと主張される。

 ユーロの発足から10年が経過した2008年、この欧州通貨は対ドル最高値を記録した。イギリス・ポンドが急落し、アイスランドが破綻したことも、ユーロ諸国の意を強くした。ユーロ圏はさらに、絶大な勢力を誇る米ドル圏に替わりうると主張されている。「強い」ユーロは、諸国の中央銀行の準備金の4分の1以上を占め、国際金融証券の主要発行通貨として確立された。ECBのトリシェ総裁の熱弁によれば、「我々は、繁栄レベルを日増しに向上させることに貢献し、欧州統合において重要な役割を担っている」というわけだ(2)

 こんなふうに、ひたすら明るい絵を見せられると、その多くの暗い要素を忘れてしまいそうだ。最初の10年の間、ユーロ圏はむしろ困難な状況にあった。成長率はぱっとせず、失業率は高く、財政赤字が安定成長協定の定めるGDPの3%という上限(3)を超過する国も多かった。対照的なのがイギリス、スウェーデン、デンマークだった。この3カ国では失業率は低く、成長率は高く、財政赤字は抑えられていた(あるいは黒字だった)。

 今日、ユーロがヨーロッパ経済の不振を解消したとは言うことはできない。ヨーロッパ経済の不振の主因は構造的な問題にある。ユーロはその特効薬になると標榜したことはないが、経済活動の活性化と失業の低減が期待ほど実現されなかったことは事実である。疑問に思わないわけにはいかない。この10年間の経済の不振は、ユーロにも部分的な責任があるのではないか。荒々しいものとなりそうな今回の経済危機を、ユーロは無事に切り抜けることができるのか。

 1999年のユーロ発足は、政治的意志によるものであって、最適通貨圏の経済理論に基づくものではなかった。この理論によれば、財とサービスの取引および生産要素(労働と資本)の流動性の面で、相互に緊密な関係を有する国もしくは地域の集団は、最適通貨圏を構成しうる。その最も進んだ例がアメリカだ。欧州連合(EU)はどうだろうか。域内貿易はユーロ圏のGNPの約15%に留まり、アメリカ国内に比べて非常に少ない。ユーロ圏内の資本の流動性は大きく増大したが、労働の流動性は(各国内でも低いことをおいても)アメリカと比べると極めて限定的なままだ。

一様ではない打撃

 マーストリヒト条約は、こうした本質的な問題に目を向けることなく、ECBによる単一通貨政策を創設し、経済運営の三つの手段のうち二つを各国の手から奪い去った。つまり、各国独自の通貨政策と、平価の増減調整である。第三の手段である財政政策は、各国が権限を維持するものの、安定協定によって制約されている。財政赤字はGDPの3%までと定められているからだ。さらに、債務残高は原則としてGDPの60%に制限されている。ただし実際には、既にそれぞれ104%、95%に達するイタリアやギリシャのように、大幅な違反が生じている。このように加盟国間に差異があることから、各国による経済政策の自律性が重大な論点となっている。とりわけ、いずれか1国が、他のユーロ諸国に影響しない特定の衝撃を受けた場合はどうすべきなのか。

 もし、ユーロ圏が現に最適通貨圏であったならば、苦境に陥った国は、労働力の流動性、賃金と価格の柔軟性や、この国へのブリュッセルからの財源調整を通じて、他の諸国との調整を図ることができる。しかし、これら三つの条件は、いずれもユーロ発足時に満たされておらず、それ以後も、最適通貨圏を創設するために労働市場を「緩和」するような構造改革は、ほとんど実施されていない。最も満たしやすいのは三番目の条件だが、税制の一定の連邦化に加え、ECBの独立性と拮抗する中央集権的な経済権力の存在が必要になる。そのような措置は、各国の主権を限定することになり、実現にはほど遠い。現実としてEUは限られた財源しか持っておらず(EU予算はGNPの1.27%を上限としているが、実際には1.23%に留まっている)、各国経済に打撃を与えた衝撃を和らげるための財源調整など不可能だ。

 公的支出の60%が連邦レベルで実施され、労働の流動性や賃金の柔軟性がヨーロッパの基準を大きく上回るアメリカとは、極めて対照的な状況だ。1991年に東西のマルクを統合した統一後のドイツでさえ、マルク最適通貨圏を形成するには至らなかった。1991年以降、2000億ユーロもの資金が移転されたにもかかわらず、ドイツ東部の失業率は20%を超えたままだ。

 ユーロは最初の10年間で、各国への影響の異なる「非対称的」な衝撃に、少なくとも2回は見舞われている。1回目は1999年から2002年のドル高であり、2回目は2005年から2008年の原油高騰である。ドル高の際には、域外向けの国際貿易指向の高い国は、域内貿易の割合の高い国に比べ、輸入インフレ(ドル高による輸入品コストの上昇)に大きく苦しんだ。1999年から2002年にかけて、国際貿易よりも域内貿易を主軸とするドイツでは、インフレ率が1.2%に留まった一方で、アイルランドのインフレ率は4.1%に達した。

 同様に、4倍もの原油価格の高騰が、各国の成長率とインフレ率に与えた打撃は一様ではない。エネルギー調達に占める石油依存度は、原子力重視のフランスでは35%にすぎないが、ギリシャやスペイン、イタリアでは55%を超えている。

 残念ながら、中央集権的な通貨政策と非集権的な財政政策との組み合わせは、各国間にインフレ率の違いを招き、ユーロの購買力平価と競争力の面で格差を生み出している。「国別」の通貨制度であったなら、そうした影響は通貨の「競争的」な増価もしくは減価によって容易に是正されるが、それはユーロ圏ではもはや不可能だ。単一通貨の下では、各国独自の通貨政策は採れず、為替レートという手段は使えない。

離脱国の出てくる可能性も

 インフレ率の乖離の是正が不可能であるため、ユーロの購買力平価が域内平均およびドイツと比べて徐々に低下する国が続出した。1999年1月から2008年9月の間に、賃金コストの違いによって、イタリアのユーロはドイツのユーロに比べて約40%も過大評価されるようになった。スペインとギリシャもほぼ同様の状況だ。

 賃金の引き下げは政治的に危険と思われるため、こうした重層的な乖離の是正は極めて困難な作業となる。流れを変える唯一の方法は生産性の向上であり、ドイツとオランダはそれに成功した。こうした現状で、多くの企業が「問題」解決の道として、中東欧への事業移転を実施した(あるいは実施すると脅した)ことは驚くにはあたらない。

 話をさらに複雑にしているのが、EU諸国のバラバラな選挙日程(大統領選挙、国会選挙、地方議会選挙)であり、これが各国の景気循環の非同期性をなおさら悪化させている。選挙前には概して、膨張的な財政政策が採られるようになるからだ。

 世界が深刻な経済危機に陥っているなかで、失業率の急上昇を阻止することが最も重要な目標になりつつある。失業率は10-12%を突破しそうな勢いであり、既にスペインでは過去6カ月で13%にまで跳ね上がった。

 失業対策は必然的に、多額の財政赤字をもたらすことになる。それは、安定協定に修復困難な穴を開け、ユーロの安定性を危うくするだろう。経済振興策により、財政赤字でGDPの3%、債務残高でGDPの60%という天井は吹き飛ばされる。ECBの独立性についても見直し論が出るだろう。しかしそれでも、インフレ率の乖離によって既に極めて弱体化している国々にとっては、まだ不充分だ。そうした国には、最近のイギリス・ポンドの急激な切り下げが、魅力的な前例に見えるはずだ。失業率が過去10年間に何度も10%を超えたスペイン、ギリシャ、イタリアやポルトガルは、いつまでも「自国のユーロ」の過大評価のせいで「競争力の過小」が続くことを容認しないだろう。

 自国通貨の復活という措置がいかに「衝撃的」な事件となるにせよ、競争力を取り戻すためにユーロ脱退を決める国も出てくるかもしれない。こうしたシナリオは結局のところ、1944-71年のブレトン・ウッズ体制と1979-99年の欧州通貨制度(4)という過去の制度下で起きた重大な危機の反復と大差ない。短期的には、そうしたことが起きる可能性はほとんどない。ユーロ圏から離脱した国では、ユーロ建ての国債は、復活して切り下げられた自国通貨に換算すると、極めて高いものにつく。とはいえ、最近ギリシャで起きた民衆デモの激しさが示すように(5)、既に危ない社会情勢に失業率の急上昇が追い討ちをかければ、一部の国が離脱という極端な解決法に傾く可能性もあるだろう。

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2009年2月号)