「あり得ない」はあり得ない

セルジュ・アリミ(Serge Halimi)

ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳:日本語版編集部


 というわけで、何だって可能だ。国家が大規模な金融介入を行い、欧州では財政安定協定のしばりが失念される。喫緊の景気回復を求める声に中央銀行は屈服し、タックス・ヘイブン(租税回避地)が危険視される。何だって可能だ、銀行を救済しなければならない以上。

 過去30年にわたり、たとえば一般大衆の暮らしを改善するために、経済自由主義秩序の基本部分に何らかの改変が必要ではないかと言い出してみても、いつも似たような答えが返されるだけだった。何をまた古くさいこと言ってるんだ。グローバリゼーションが我々の掟だぞ。国庫は空っぽさ。市場が受け入れるわけないよ。ベルリンの壁が崩れたのを分かってるのかい、といった類のことだ。過去30年にわたり、「改革」が実施されてきた。ただしそれは、別の意味でのこと。保守革命という意味でなら「改革」だ。公共財のうち、金融にくれてやる部分はますます分厚くて、旨みたっぷりのものになる。たとえば民営化され、株主のために「価値を創造する」キャッシュ・マシーンに変えられた公共サービスが一例だ。貿易自由化という意味でなら「改革」だ。賃金と社会保障が攻撃され、何千万もの人々が借金を強いられる。そうしないと購買力をキープできないからだ。何千万もの人々が株や保険への「投資」を強いられる。そうしないと教育費をまかない、病気に備え、老後を準備することができないからだ。要するに、賃金が切り詰められ、社会保障が切り崩されたことが、金融の肥大を生み落とし、それを強化してきたのだ。リスクが作り出され、自分の身は自分で守るようにと促された。投機バブルがものすごい勢いで住宅を襲い、住宅を投資に変えてしまった。このバブルには間断なく、市場思考イデオロギーというヘリウム・ガスが充填された。そして人々の心持ちは一変した。個人主義を強め、計算高くなり、連帯感を細らせた。というわけだから、2008年の暴落は、不具合として片付けられるシロモノではない。「綱紀粛正」に努めるとか、「行き過ぎ」を止めるとか、そんな付け焼刃で直るものではない。システム全体が地に落ちたのである。

 願わくば、それを起こし、取り繕い、つや出ししようという人々が、地に落ちたシステムの周りに駆け付けている。そうすれば、明日にはまた社会を絞め上げることができるようになるだろう。経済自由主義の(しょうもない)結果に憤るふりをしている医者たちは、かつてこのシステムに、金額を気にせず散財できるという秘薬を処方したのと同じ人間である。予算や規制、税制やイデオロギーといった薬だ。彼らはおのれの至らなさを自覚してしかるべきだが、政治とメディアを総動員すれば、無罪放免になることを知り抜いている。財務相時代に真っ先に手がけたのがイングランド銀行に「独立性」を与えることだったブラウン英首相。「競争」しか頭にないバローゾ欧州委員長。「最大納税額」や日曜出勤、郵政公社の民営化をお膳立てしたサルコジ仏大統領。この3人が資本主義を「建て直そう」と躍起になっているらしい。

 そんな厚かましい真似ができるのも、不可思議な欠落があるせいだ。左派はいったいどこにいるのか。オフィシャルな左派ならいる。経済自由主義に付き従ってきた左派ならいる。民主党のクリントン米大統領の下では、金融の規制緩和を実施した。ミッテラン仏大統領の時には賃金の物価スライド制を見直し、後のジョスパン首相、ストロス=カーン大臣の時には民営化を推し進めた。シュレーダー独首相の際には、失業手当に大なたを振るった。こういう左派が、自分にも責任のある「危機」の早期終息を目指すしか能がないのも当然である。

 それはそうとして、他の左派はどこにいるのか。こんな御時世でも、つつましやかな構想の煤払いをする程度のことで満足していられるのか。トービン税、最低賃金の引き上げ、「新たなブレトン・ウッズ体制」、風力発電基地といった構想は、有用ではあるにしろ、あまりに弱気ではないだろうか。ケインズ主義が長く続いていた時代に、自由主義右派は考えられないことを考えてのけ、一大危機に乗じてそれを強行した。レーガン米大統領とサッチャー英首相を生み落とした流派の知恵袋だったフリードリヒ・ハイエクが、自由主義右派にこう説いたのは、1949年の昔にさかのぼる。「真の自由主義者が社会主義者の成功から引き出すべき最大の教訓は、ごく最近までまったくあり得ないと思われていたことを日に日に可能とするような(・・・)、夢想家たる勇気である」

 さて、システムの中核たる自由貿易への疑問を、誰が提起してくれるのか(1)。そいつは「夢想家」だろうか、銀行の話となれば何だって可能となった今日においても?

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年11月号)