DNAは誰のものか

フランツ・マンニ(Franz Manni)
人類博物館(パリ)遺伝学助教授

訳・日本語版編集部

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 殺人や幼児性犯罪、恐ろしい病気、遺伝子組み換え作物などに事寄せて、DNAの3文字が口にされる。それを取り囲む「環境」は、全盛期のLSDという3文字に比べて明らかに厳しい。DNAと聞くと、何か不安をかき立て、ミステリアスで、あたかも形のない物質のように思えてしまう。しかし、我々の体のどの細胞にもDNA、つまりデオキシリボ核酸の二本鎖が入っている。100兆個もの細胞からなる人体には、約200グラムのDNAが含まれている。死んだ細胞は絶えず新しい細胞に置き換えられるので、この重さは一生を通して変わらない。つまりDNAは、質量と形(かの二重螺旋)を備えた実在の物質なのだ。

 「私のDNAに触るな」。2007年10月、フランスへの移民希望者に遺伝子検査を義務づけようとした法案に反対する集会の場で、掲げられたプラカードにはこう書かれていた。個人主義に立ち、私的所有の原則を旨とするヨーロッパ人の考え方だ。自分の腎臓を臓器密売組織に売ったり、近親者にあげることを決められるのと同様に、自分のDNAは自分のものだということになる。交渉や提供の対象にできるのは、自分の所有物だけだからだ。

 DNAの買い手の関心が、物理的な意味でのDNAそのものでなく、そこに含まれる情報にあるのは明らかだ。言い換えれば、DNAを形づくるヌクレオチドの塩基配列であり、この配列順序こそが生命の分子構造を決定する。一卵性双生児を除いて、ヒトのDNAは一人ひとり異なる。DNAが取引される時、取引されるのは情報ではあるが、とはいえ物理的な側面がなくなるわけではない。それは誰かに本をあげるのと似ている。本の場合、もらう人が関心を持つのは(基本的に)紙の重さではなく、物語を形づくる活字の配列である。類比をさらに強めるために、この書物には他のどこでも読めないような物語が書かれていると想像してみよう。

 しかし、私は部分的にはこのDNAというものの結果でありながら、そこに何が含まれているかを知らない。もし知っていたとしても、そこから何かを理解するには専門家の助けが必要だ。中身を知らないもの(読めない言語で書かれた本、適切な映写機がないため見ることのできない映画フィルム)を手放す場合、それにどれくらいの価値があるのかの評定は難しい。

 蚤の市の売り手は、自分に専門知識のない商品には安値や高値をつけがちである。適正価格に近づけるために、売り手は買い手の考えを知ろうとする。身なりがよく、専門家を連れて遠くから来たりしていれば、相手の求める商品には高い価値があると考えるのが合理的だ。DNAの場合も、それと少し似ている。いつも身なりのいいアメリカの保険屋が、支出の原因になりかねない病気に関係しそうなDNA配列を探し求め、遺伝子データベースの構築に警察が巨費を投じ、特定の人間集団のDNAを収集するために研究者が世界の果てまで赴くというのなら、そうした行動は何らかの利害に基づいていると考えるのが合理的だ。どのような利害だろうか。

 200グラムのヒトのDNAサンプルを求める遺伝子学者たちは、総じて科学的な理由を挙げる。遺伝性と考えられる病気に関する応用医学研究が必要だと言う。同じ病気に罹っている患者同士の血縁関係が分かれば、この病気に遺伝的要因があるかどうかを決定でき、遺伝的要因があるなら、不全を引き起こすDNAの断片を特定することができる。医学研究の場合には、研究者の個人的な利害、キャリアの足しにしたいという欲望は、患者本人の利害や、患者を扶養する社会の利害に比べると、取るに足らないものに思えそうだ。特に補償など受けなくても、自分のDNAを提供してもいいという気になる。少なくとも、その研究者が公立の病院や研究施設で働いている場合はそうだろう。

 研究者が私企業のために働き、この企業がそれで莫大な収入を得ているとなれば、我々は次のように自問するだろう。患者や社会への研究結果の還元は、自分のDNAサンプルの提供と同じくらい利害中立的なのだろうか。楽観的な提供者は、公的機関であれ私企業であれ、研究が進めばプラスの結果が得られるのだと反論するだろう。研究協力について対価を求めるという発想もありうる。

バウンティ号の反徒の子孫たち

 DNAに関心を持つ科学者は、個人だけでなく公共体にも働きかけている。一国を相手に働きかけることすらある。アイスランドには、9世紀以降に植民したヴァイキングが伝統的に行政管理をしっかり行なったため、ほぼ全島にわたる長期的な家系図が残されている。地理的条件により相対的に孤絶していたアイスランド人は、均質な集団を構成している。このためアイスランドは、病気の遺伝的要因の調査を行なうには理想的な場所である。二人の患者の間に血縁関係があるかどうか、簡単に判別できる。大手製薬グループのホフマン・ラ・ロシュはこの好条件を見逃さず、アイスランド政府に対し、デコード・ジェネティクス社を介して次のように提案した。国民の医療データを利用させてください。データのおかげで治療法を開発できた場合には、その治療を国民全員に無料で提供しましょう。

 それはプライバシーの侵害、しかも営利企業による侵害を許すことになる。だが1998年にアイスランド議会は、国民の医療データ全件と血縁情報を集中管理し、その使用権をデコード・ジェネティクスに与え、同社の研究員が集めた遺伝データとこれらの情報を照合できるようにすることを決定した。この事業について同社は独占権を得た。ひとつの国家がひとつの私企業に、個人の医療情報と遺伝子情報の保有を許可したことになる。この取引において、アイスランド人のDNAは、国民の法定代理人たる国会議員が、ホフマン・ラ・ロシュの当て込む医学的進歩との物々交換という処分権を有する集合的財産と見なされた。それが間接的に示すのは、DNAに含まれる情報が国有財産となり、国家を介してデコード・ジェネティクス社の財産となったということだ。 自発的なDNA提供者たる国民が、同意を取り消そうと決めても取消は認められず、その人のDNA配列がデータベースから削除されることはない。つまり、提供者が行なったのは、一部で考えられていたような「一時的な貸与」ではなく、その後の事態に関知する権利のない最終的な譲渡だったのだ。

 ノーフォーク島の住民も、遺伝学者にとってアイスランド人に匹敵する関心対象になりうる。ニュージーランドとオーストラリアの間に位置するこの島は、オーストラリア領土ながら遠隔地にあるため、自治権を持っている。島民の大半は、イギリス軍艦バウンティ号の反徒の子孫である。

 マーロン・ブランド主演の有名な映画に描かれたように、1789年のこと、強権的な艦長ウィリアム・ブライに対して1人の士官と複数の船員が反乱を起こし、船を乗っ取った。ブライと彼についた者たちは小船に乗せられ、太平洋の真ん中に置き去りにされたが、8000キロメートル以上離れたティモール島に無事にたどり着くという離れ業を成し遂げた。反乱者たちのほうは、タヒチと付近の島々を経めぐった後、より過酷な運命をたどった。イギリスの司直の手を逃れたのは9人だけだった。彼らはポリネシア人の妻を連れて、まだ存在が知られていなかったピトケアン島に住み着き、そこにコミュニティを作った。彼らの行方は1808年に突き止められたが、その後もずっと放置され、より大きく接近も容易なノーフォーク島に移されたのは1856年のことだった。

 それから143年後の1999年、「斬新」な学位論文のテーマを探していた私は、ここの島民のDNA調査の許可を求める手紙をノーフォーク政府に書き送った。ここにはアイスランドと同様に、全住民を網羅する家系図が存在するからだ。8ヵ月も経ってから、保健相が不許可の回答をよこした。議会が不許可を決定した理由は、取得した情報の所有権や管理、プライバシーの尊重、島民が実験材料と見なされることへの懸念といった微妙な問題があるからだという。ノーフォーク議会は、いかなる形であれ私が島民に近づくことも禁止した。

 アイスランドでは議会によって一蹴された懸念が、ノーフォークでは正当と認められたことになる。ところがそれは1年後に打ち砕かれる。アイスランドとほとんど同じ公衆衛生プロジェクトを提案した豪グリフィス大学の研究者、リン・グリフィスに対し、ノーフォーク議会はあくまで島民の名において、今度は許可を決定したのだ。注目すべき点がひとつある。アイスランド議会もノーフォーク議会も、負託されていると自任する公益の名のもとに、それらの決定を下したという点だ。

人類学研究の場合

 DNA収集に関わる学問分野は、医学研究だけではない。たとえば、ヒトの集団の遺伝子の歴史を解明しようとする人類学研究がある。この分野は、動機の面では考古学や古生物学に似ており、政府の許可が特に必要とされないことが多い。公衆衛生や経済効果という意味では、重要性が低いからだ。したがって、住民に接触しようとする研究者は、市長や病院長、村長のような地域有力者と直接交渉すれば足りる。学術的な問題の核心を論じ、彼らがその意義に同意してくれれば、あとは自発的なDNA提供者の説得に努めればよい。

 この分野の研究が倫理的に受け入れ可能な方法で行なわれるよう、国連教育科学文化機関(ユネスコ)や経済開発協力機構(OECD)などの機関は、法的な拘束力を持たない勧告の試案を作成した、最大のポイントは、一人ひとりの提供者が事情をよく理解した上で採取に同意して、インフォームド・コンセントに署名することにある。ただし理論的には、インフォームド・コンセントへの署名は、それに基づく遺伝子検査の結果と、別途入手された他の個人情報とを照合する権利まで与えるものではない。研究者が以前にDNAを採取していて、今回同意を得た研究とは別の研究でそれを利用したい場合には、改めて同意を取りつける必要がある。匿名化されたサンプルは、理論上は、実験が終われば処分しなければならない。

 「人類学的」遺伝子研究の場合、個人の決定に重きがあるように見えるにもかかわらず、DNAの所有権については(地域有力者の意見聴取に示されているように)集合的財産のように見なされている。人間集団の遺伝子研究では、医学研究と規模が違って、ひとつの島やひとつの国の全住民に比べて小規模の集団が対象となる。研究の意義が正しく説明されれば、DNAの提供者は、そのDNAには帰属集団全体に関わる情報が含まれているかもしれないことを明確に理解するだろう。この場合、研究結果に対する彼らの反応に示されるように、遺伝子情報は、伝統的な音楽、工芸、料理などと同様の、共同遺産のように見なされている。

 たとえば、一部のバスク人は、彼らに特徴的に見られると言えなくもない些細な遺伝子特性のうちに、政治的な意味を見出した。同様に、バントゥー語を話す南アフリカのレンバ族や、インドのユダヤ教徒コミュニティであるベネ・イスラエルは、間違いなくユダヤ民族に属する中東の集団のDNAと、彼らのDNAとの近似性を示した遺伝子検査の結果のうちに、自分たちの伝統を確証する宗教的な意味を見出した。この種の遺伝子分析は、対象集団の自己認識を強化することもあるが、逆に疑問を提起したり、留保を加えたりすることもある。たとえば、カラカルパクスタン自治共和国(ウズベキスタン)のカラカルパク人は、どの部族も単一の祖先の子孫だと主張しているが、遺伝子調査はそれを確証するような結果をもたらさなかった。

 対象集団がDNAをどこまで集合的財産と見なしうるか、という問題もある。この問題は、DNA利用を許可する権利が議会にあるかどうかという問題とは別物だ。遺伝子学的に言って、ある集団に見られるDNAは、血縁関係が濃いほど「集合性」が高い。つまりヒトの遺伝子変異を含む塩基配列に関わる類似性が高い。「集合性」なる概念は、親族のレベルでは意味があるが、規模を広げれば曖昧になり、言語的・宗教的要素を絡めればさらに漠然としてしまう。ノーフォーク議会やアイスランド議会の決定の対象が、孤絶性と統合性の高い集団であったのは偶然ではない。したがって、この種の問題をめぐる議論では、対象集団がどのような自己認識を持ち、代表者にどの程度の正統性を認めているのかが焦点となる。

遺伝子モンタージュの信頼性

 大規模なDNA収集の根拠とされる公益の中でも、大きな位置を占めるのが治安である。フランスの警察は捜査の一環として、拘束した個人のDNA採取を許可されている。この権利を具体化したのが、1998年に創設された全国遺伝子指紋自動ファイル(FNAEG)である。当初は幼児性犯罪者だけを遺伝子指紋の収集の対象とし、2001年から2007年の間に6つの法律によって他の犯罪にも使用範囲が広げられた。しかし、器物損壊の場合のように、犯罪の軽重と釣りあわないものもある(1)。遺伝子組み換えトウモロコシを刈り取った反GM活動家たちのDNA採取が命じられたのも、器物損壊罪に問われたことによる。採取拒否には1万5000ユーロの罰金、さらには1年の禁固刑を命じられるおそれがあった。

 FNAEGは、有罪判決を受けた人だけでなく、後に無罪となった被疑者も対象としている。後者の場合、書面で検事にファイル消去を請求できると法律には規定されている。しかし、自動的に請求が認められるわけではなく、請求者はファイル消去が本当に行なわれたかどうかを確認する手段がない。2003年の国内治安法が発効すると、DNA採取の決定は検察の専権事項ではなくなり、警察でも決定できるようになった。しかも、現行法には年齢制限が設けられていない。

 2008年初めの時点で、FNAEGには71万7000件のファイルが含まれており、毎月3万件の割合で増えている(2)。ファイルは有罪者については40年間、その他の者については25年間保管される。件数がこれほど多い理由のひとつは、遡及的なファイリングが行なわれていることにある。犯行当時は採取対象外だった罪状による受刑者でも、その後に法律が変更された場合、DNA採取を求められることがある。事件が結審しているとか、捜査が終了しているとか、DNA採取に個人ファイル作成以外の意味を見いだせないと言ってみたところで、事態は変わらない。司法サイドには、あくまで採取を拒否する者に対し、強力な説得手段がある。DNA検査への不服従に対する処罰として、減刑を取り消しうるという規定があるのだ。

 こうした強制的な枠組みが示すのは、我々が自分のゲノムを好きなように処分できないということだ。幸いなことに、法律は(まだ)力ずくのDNA採取を許可していない。しかし、警察が策を弄することは認められているので、力ずくの必要はない。ティッシュ1枚、タバコの吸殻1本、毛髪などには、遺伝子指紋を取るのに十分なDNAが含まれている。医学研究や集団の遺伝子研究の時と同じことが、治安対策の分野でも起きている。ここではDNAは、議会の立法と管理に委ねられた集合的財産と見なされているのだ。我々のDNAは我々のものとは言えず、その価値はせいぜい1万5000ユーロ、つまり採取拒否の罰金相当でしかない。

 警察の鑑別課は、発足当初より長足の進歩を重ねてきた。DNAの利用は(すでに見られるように刑法上の事件以外でも)ますます増えていくだろう。遺伝子指紋は内務省にとって、より信頼性が高く強力な、指紋の変種でしかない。2つの指紋の(明らかな)違いについて、政府当局が科学的、倫理的、哲学的な検討を始めることを期待すべきだろうか。それとも、証拠物件とされたDNAが、容疑者のDNAと犯行現場で発見されたDNAとの照合だけでなく、容疑者手配のための遺伝子モンタージュ(想定される出身地や民族的ルーツ)の作製にも用いられることを危惧すべきなのだろうか。遺伝子モンタージュはフランスでは公式には禁じられているが、アメリカでは合法とされている。この手法がもし一般化されれば、「遺伝子的に怪しい罪」を問われる人々が集中的な捜査対象となって、多くの誤審が引き起こされることになるかもしれない。

 2004年、アメリカで連邦捜査局(FBI)が遺伝子データベースから作製したモンタージュに信頼性のないことが、ドイツの数学者ハンス=ユルゲン・バンデルトによって立証された(3)。遺伝子の「プロファイリング」なる原理自体にも問題がある。「コーエン」という姓を持つ多数の人のDNA分析が1997年に行なわれ、この人たちに特有と思われる遺伝子マーカーが特定された(4)。宗教界の一部は、コーエン家がユダヤ教の祭司階級「コハニーム」の子孫だという言い伝えが、この分析結果によって科学的に確証されたと考えた。しかし、その後の調査により、このマーカーは、イエメン人や砂漠のベドウィンなど、コハニームとは何の関係もない東方の集団にも同じ頻度で見られることが明らかになった。

 アメリカに定住するベドウィンがニューヨークで犯した犯罪事件に際して、DNA検査により、容疑者のプロフィールが絞り込まれたとしよう。そこで浮上してくる「コーエン」マーカーに関して、より詳細な調査が行なわれないかぎり、警察は最寄のユダヤ人コミュニティ内部に捜査を集中するだろう。それは無駄骨に終わる可能性が高い。

(1) 国内治安に関する2003年3月18日の法律、第29条。
(2) << Le fichier des empreintes genetiques contient 717 000 profils >>, Reuters, 23 April 2008.
(3) H.-J. Bandelt (ed.), << Problems in FBI mtDNA database >>, Science, Washington, DC, 3 September 2004. See also http://www.fbi.gov/hq/lab/fsc/backissu/april2002/miller1.htm
(4) Karl Skorecki (ed.), << Y chromosomes of Jewish priests >>, Nature, London, 2 January 1997.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年6月号)

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