アメリカというリスク要因

ピエール・コヌザ(Pierre Conesa)
元フランス政府高官

訳・日本語版編集部

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 4月2日から4日にかけブカレストで、北大西洋条約機構(NATO)の首脳会議が開かれるからだろうか。あるいはヨーロッパが、自らのあり方に不安を覚えているせいだろうか。このところ、アメリカとの関係を主題とした報告書や著作が相次いでいる。エドゥアール・バラデュールの本は(1)、ヨーロッパとアメリカが新たな均衡ひいては連合体制を築き上げ、世界の安全保障を管理すべきであると説く。この元フランス首相は、大胆にも西洋と民主制を同一視する。

 NATOでの勤務経験がある将官クラスの軍人5人は、アメリカ・NATO・欧州連合(EU)の共同執行機関を創設して、同盟の再活性化を図ることを提唱する。5人が連名で出した報告書には(2)、まったくの引き写しというわけではないにせよ、核の先制使用(3)のようにアメリカ軍事思想的な概念が使われている。他方、ブリュッセルにある大規模シンクタンク、セキュリティ・アンド・ディフェンス・アジェンダ(SDA)は、欧米関係の「再考」を企てる(4)

 これら一連の著作には共通点が三つある。まず、言及されていればの話だが(5)、NATO圏外の世界が脅威として分析されている。また、共通の価値観によって団結した西洋が、無秩序状態のグローバリゼーションに立ち向かうという考えが当然視されている。さらに、アフガニスタンとイラクへの介入を見れば西洋の軍隊は無力であり、NATOの任務は拡大する必要があると主張される。これらの著作を貫いている正義の意識から距離を置いているのは、元フランス外相ユベール・ヴェドリーヌぐらいのものだ(6)

 論じられていないテーマが一つある。どうやらタブーであるらしい。それはアメリカが、今後20年の国際安全保障にとって重大なリスクとなり得るのではないか、ということだ。この疑問はおよそ不当なものではないし、現在のアメリカ政権、つまり過去15年間で最悪の地政学上の惨事たるイラク侵攻を進めた政権だけに関わるものでもない。ヨーロッパ諸国の間で、少なくとも議論はすべきだろう。イスラム主義のテロリズムや大量破壊兵器の拡散は確かに現実のリスクではあるが、暗黙のうちにアメリカを解決策の側に組み入れるというのは、国際安全保障に対する脅威のあり得べき源泉をあたまから排除するに等しい。それではヨーロッパの独自外交など考えられるはずがない。アメリカの単独主義のリスクが直接フランスに及んでいないからといって、そのリスクを無視してよいものだろうか。

 世界は目下、移行期にある。唯一のハイパー大国の支配下にある軍事主導の単独主義システムから、新興大国(中国、インド、EU)の抬頭や、新たな核保有国(イスラエル、パキスタン、北朝鮮、また将来的にはイラン)の存在、それに稀少化する原油と一次産品の管理の必要を特徴とする多極体制へと、徐々に移りつつある。兵器拡散とテロという明白な脅威以外にも、戦争のシナリオは考えられる。焦点となるのは、アメリカがイラクで起こしたような単独軍事行動や、稀少資源の掌握をめぐる抗争だ。いずれの場合も、アメリカ政府の単独的な決定が不安定化要因となる可能性がある。

 1991年に実行に移されたアメリカの単独主義の独特な性格は、9・11テロのトラウマによって急激に増幅した。アメリカ政府の権力は、古典的な主権につきものの制約を超えて、世界大に拡大した。アメリカの単独主義は、自国の根幹を「聖別された個別主義」、「急進民主的な救世思想」といったものに見出す世界随一の大国の単独主義である。

 それが意味する第一のものは、共通安全保障ルールを拒否する権力だ。アメリカ政権はこの点にかけては、ウィリアム・クリントンの時代から突出していた。弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約から離脱し、迎撃ミサイル計画を開始した。1972年の生物兵器禁止条約を非常に「柔軟」に適用した(その一例が、炭疽菌の軍事利用を研究していた国防総省関連の研究機関によって、2001年9月に引き起こされた炭疽菌騒動である)。1993年の化学兵器禁止条約で定められた査察についても、産業上の秘密の保護を理由に拒絶して、中国やイランとともに条約体制の弱体化に荷担した。

 さらに、1997年の対人地雷禁止条約でも「在韓米軍の保護」を理由に中国ともども反対に回り、小火器の取引規制に関する国際交渉についても、個人の武器保有を認める憲法第二修正条項を理由として参加していない。クリントン大統領が提案者だったはずの国際刑事裁判所(ICC)による集団的司法についても同様だ。アメリカ議会は援助対象国に対し、ICCの訴追を受けたアメリカ人の引き渡しを禁ずる二国間協定を結ばなければ援助を打ち切る、という恫喝策に出た。

大統領候補たちの共通点

 単独主義はまた、時々刻々と「敵」を名指しする権力でもある。イラク(2003年2月6日に国連でコリン・パウウェルはそう断じた)、イラン、アル・カイダ、等々。「テロに対する」また兵器拡散に対する「世界規模の戦争」という課題設定の「国際社会」への強要は、こうした言明権に由来する。「悪の枢軸」を非難した2002年1月のジョージ・ブッシュの演説もその一つであったが、このアメリカ大統領は9・11を引き起こしたイスラム主義テロに対する戦争から、兵器拡散に対する闘争へと、躊躇も一貫性もなく転身した(しかし北朝鮮もイランも、ウサマ・ビン・ラディンとの怪しい関係を糾弾されているわけではない)。ブッシュは危険国のリストを作り上げることで、逆にイスラエルとインドとパキスタンに「許容範囲の拡散国」のお墨付きを与えた。兵器拡散が必ずしも不安定化要因ではないと認めるに等しい。

 単独主義はさらに、単独軍事行動を行う権力でもある。アメリカの防衛費は、世界の軍備支出の半分を占める。アメリカは「ミニ・ニューク」なる小型核兵器の使用について検討を進め、先制戦争の原理を明言する。そこに浮かび上がっているのは、自国の領土が破壊的な全面戦争に見舞われたことがなく(7)、そのくせ同じことを他国の領土に仕掛ける手段については冷徹に検討する国の、戦略思考の主成分である。単独主義の性格として最後に挙げられるのは、イラクで見られたように世界地図を描き換える権利の自任であり、その好例が「大中東」構想だ。

 20世紀後半に、化学戦を行った直近の民主国家はアメリカである。1961年から71年の間にヴェトナムに、4000万リットルの「オレンジ剤」を投下した。そこには336キログラムのダイオキシンが含まれる。ヨーロッパが後にセヴェソ事件(8)で知ることになる猛毒物質だ(9)。アメリカの裁判所は最近、この恐るべき兵器によって被害を受けた帰還兵への補償を認めたが、ヴェトナムの被害者には求償権を認めていない。

 この現状はきたる選挙によって変わるだろうか。まだ圏内にいる3人の候補者、ヒラリー・クリントン、バラク・オバマ、ジョン・マケインには三つの共通点がある。

 3人を通じて、同盟諸国との協議の度合いは異なるにせよ、アメリカの救世主的な物の見方は変わらないだろう。国際的な反応に最も敏感なオバマ候補でさえ、上院外交委員会ヨーロッパ小委員会の委員長として、公聴会を開いたことは一度もない。アメリカのエリートも世論も、自分たちの意図の純粋さを疑うことは何びとにも許されないという感覚を共有しており、それは彼らに染み付いた個人主義、道徳主義、別格主義に由来する。彼らが善と悪を定義する正しさについても、疑うことは何びとにも許されない(10)

 冷戦期を通じて有効に機能した平和保持ドクトリンである抑止から、戦争開始の論理である先制へと、アメリカ政府が戦略を転じた原因は、アメリカの奉じる別格主義にある。その根底には、アメリカの安全保障は誰にも依存すべきでなく、アメリカの安全保障だけが先制攻撃の根拠になり得るという考えがある。アメリカ本土への直接的、死者多数の攻撃となった9・11によって、この「公準」は確固たるものとなった。こうしたアメリカの迷走に対する心理的な歯止めになるのは、4000人の米兵死者ぐらいのものだ(選挙の論戦の中では数十万人のイラク人死者よりも重みをもつ)。

 ホワイトハウスを目指す候補者たちの政策プログラムの第二の共通点は、イスラエルとの無条件の連帯である。持続的な中東和平の実現はますます覚束ない。「大イスラエル」を支持するネオ福音派は、30%のアメリカ人の支持を得ていると豪語する。組織化されたユダヤ人コミュニティが以前から果たしてきた役割に、さらにネオ福音派が加勢した形だ(11)。イスラム世界に関しては、暴力と急進主義がイスラム教の専売特許でもあるかのように、大半の政治家のスピーチがイスラム・ファシズムという言葉を使っている(12)。しかもアメリカの中東外交はダブル・スタンダードを採用してきた。クリントン候補の顧問を務めるリチャード・ホルブルックは、こんなふうに言っている。「パレスチナの中心問題は、民主制ではなく、イスラエルとの和平である。この地域について、和平と民主制の二者択一なら、私はためらいなく和平を選ぶ(・・・)(13)

 この選択はイランにも適用されるらしい。しかしイランは中東で唯一、選出された大統領の得票率が55%にとどまる国であり、サウジアラビアより民主化の度合いが高くイスラム主義化の度合いが低く、パキスタンやイスラエルほど核開発が進んでいない。アフマディネジャド大統領は確かに挑発的な発言をしているが、イランの核開発のルーツを見誤ってはならない。それは、西洋諸国の圧倒的な支持を受けた攻撃的な隣国イラクとの戦争(1980-88年)にさかのぼる。イラン側には80万人から100万人の死者が出た。かつての従軍者が今でも革命防衛隊や殉教者財団を通じて影響力をもっているのはそのためだ。イラン兵への化学兵器の使用に対し、西洋諸国が非難したことはない。イランは現在、体制転覆をはかる超大国の軍隊(イラク、アフガニスタン、湾岸に駐留する米軍部隊)と、アメリカのお目こぼしを受けた新たな核拡散国(パキスタン)とに取り囲まれている。こうした現状の下でアメリカが安全保障を請け合ってみせたところで、はたしてイランの政治指導者が信じられるものだろうか。

ライバル国、「悪の枢軸」諸国、有害諸国

 アメリカ大統領選の候補者に共通する三つ目の点は、過大な軍事的手段の保有と武力の行使との偏重である。2009年のアメリカの軍事予算は6000億ドルを超える。武力行使への支持率の高さは他の民主諸国に比べて突出しており、ヨーロッパの44%に対して82%にのぼる(14)

 どの党派に属しているにせよ、ワシントンの戦略策定者の考えはただ一つ、世界の安全保障をアメリカが取り仕切ることだ。この道義的権利は軍事的優位の原理によって支えられる。技術で優位に立ち、強力な火器を備えておけば、敵を必ず負かすことができる。しかしイラクでもアフガニスタンでも、こうした方針は限界を露呈している。

 通常兵器におけるアメリカの軍事的優位が、核拡散を促しているということはないのだろうか。NATOがコソヴォで軍事的勝利を収めたのを見て、インドの参謀総長はこう言った。「核兵器なしにアメリカと戦うのは無謀だ」。他方、イラク戦争や、チェチェンでのロシアの苦戦、イスラエルによる2006年のレバノン侵攻などに示されるように、占領地の紛争においては古典的軍事的手段と破壊戦略の効果は限られている。だが、イラクの袋小路は、批判的な検討につながるどころか「即時の世界的空爆」戦略を生み出した。地球上のどの地点にも、通常ミサイルによって、1時間以内に攻撃を加えるという戦略であり、地上戦のリスクをとらずに制空権を握るという発想を衣替えしたものだ。

 シンクタンクと戦略策定者による敵のでっち上げは、いまだに大きな効果を発揮している。アメリカ進歩センターがクリントン候補に渡した提言文書「国家安全戦略」で(15)挙げられた仮想敵のリストは、ネオコンのそれと大差ない。第一に挙げられるのは、リーダーシップをめぐるライバル国(ピア・コンペティターズ)の中国とロシアである。きわめて興味深いことに、アメリカ流の弁証法のなせるわざにより、対ユーロでのドル安を問題視する議論は、人民元の過小評価を問題視する議論に変わった。

 この両大国に対して採用されるのは封じ込めドクトリン、さらには抑え込みドクトリンだ。旧ソ連圏諸国(ウクライナやグルジアなど)に対してアメリカのNGOが支援を増やしているものその表れだ。しかし、この二つの核大国との戦争が起こるリスクは低く、今後も抑止ドクトリンを維持していくことが提唱されている。

 第二は「悪の枢軸」諸国であり、なかでもイランが重要視されている。さらに、シリアやベネズエラ、キューバといった有害諸国がある。これらに対してアメリカが単独行動を起こす可能性は排除できない。特にイラクで敗北した場合には、他でその雪辱をはかるおそれがある。屈辱をなめた軍事政策がテコになって、取るに足らない敵を相手に勝てる戦争に乗り出す、というのは一種の常道だ。たとえば1979年のイラン革命後の1983年に、ロナルド・レーガンがグレナダ侵攻を実行したのがそうだった。

 イランに対しては事情が異なる。つまり、核戦争のリスクがある。アメリカ政府はいつまでも抵抗が続くことに我慢できなくなるだろう。オバマ候補は、アフガニスタンやパキスタンのアル・カイダやタリバンの関連施設に対する核爆撃を否定したが、それに対してクリントン候補は即座に批判を浴びせ、アメリカ大統領たる者は核オプションを除外してはならないと言明した。

 別の原因から紛争が起きる可能性もある。資源の掌握をめぐる戦争だ。原料産品とエネルギー資源に関するアメリカの輸入依存は未曾有の規模に達し、さらに増大が見込まれている。原油と天然ガスでは、それぞれ現在47%と18%に対して、2030年には66%と20%になるだろう(16)。その一方で、中東を主要調達先とするインドと中国のエネルギー需要も巨大である(それぞれ90%と80%を輸入に依存)。禁輸措置が実施されたり、なんらかの資源が広域勢力(OPEC新体制)や世界的大国(アフリカにおける中国、石油・ガス市場におけるロシアなど)に押さえられたりしたら、アメリカはどのように対処するつもりだろうか。自由な市場取引に委ねるのか、軍事行動に打って出るのか。

 いわゆる「調達ルートの安全確保」を目的として、中国やインドの軍艦が(近い将来に)湾岸に出現したら、アメリカはそれを干渉行動と捉えるのか、それとも世界的な安定化に貢献する行動と捉えるのか。

ヨーロッパの針路はどこにあるか

 これらのシナリオのどれにも確実性はない。多極システムへの移行により、あらゆる変化の段階につきものの不安定期が始まっている。長期的な平和期は、大国間の均衡に連動したものであり、世界における民主制の発展あるいは後退に連動しているわけではない。冷戦期の安定策として、1970年代に西洋諸国は、ギリシャの軍事政権や中南米の軍事政権のような独裁政権を支持ないし樹立する政策をとった。対照的に、国際的な不安定期は、新興大国が自己主張を始め、既成秩序の変革を企てる時に幕を開ける。ドイツが1918年以降のヴェルサイユ体制の押し付けに抗議し、植民地の民衆が植民地秩序を拒絶し、パキスタンとインドが戦争に訴えてでも植民地時代の国境の変更を目指したように。

 アメリカが競合国の抬頭を阻止しようとするのは、大国の古典的な戦略ではあるが、国際安全保障構想とはなり得ない。イギリスもかつて「二重基準」を表明し、海軍の合計排水量が自国の半分に達したライバル国の艦船保有に制限を加えた。アメリカの戦略思考も同様のアプローチに立っている。2005年11月に当時の国防長官ドナルド・ラムズフェルドが、訪問先の中国政府関係者に向かって、自国のせいぜい6分の1ほどでしかない中国の防衛支出の増大を懸念してみせたのは、なんとも素敵な話である。

 イランの諜報員がイラクを不安定化させているという非難も、同程度にあきれた話だ。イラクに展開する15万人の米兵と15万人の傭兵が、地域平和に貢献しているかのような言いぐさではないか。

 無論アメリカは脅威ではなく、リスクとして位置付けられる。NATOの役割強化を求めるアメリカ外交の隠された意図を、フランスとヨーロッパは思案すべきだ。アフガニスタンの経験、また特にイラクの経験を踏まえてなお、NATOの展開能力が紛争地域を安定化させる力になると考える非西洋諸国がどこにあるのか(バラデュールと5人の将官が「西洋」の連帯なるものを語ったことを想起せよ)。

 ヨーロッパの針路はどこにあるか。まずは、世界の安全保障を管理する「西洋諸大国」の権利にとどまらず、各国の正当な利害を考慮に入れた多極的な国際安全保障を構築すべきである。度の過ぎた暴力と違法行為は、国家によるものであろうと非国家主体によるものであろうと、等しく責められなければならない。イスラエルの空爆によってパレスチナ人が死ぬことも、テロリストの攻撃によって犠牲者が出ることも、ともに許されることではない。対テロ行動はテロ以上に死者を出しているが、何ら非難を受けていない。

 拉致や違法な収監についても同様だ。コロンビア革命軍(FARC)の場合は人質を取られたと言い、グアンタナモの収容所の場合は「恣意的な拘束」が行われていると言う。イングリッド・ベタンクール上院議員は2002年2月23日にFARCによって拉致され、グアンタナモのキャンプ・デルタは2002年2月27日にアフガニスタンの捕虜を収監するために設けられた。これらの捕虜の裁判はいまだに実施されていない。

 ヨーロッパが独自の役割を演じるためには、主に三つの点でアメリカと異なる方針を立てるべきだろう。第一に、ヨーロッパ外交は「帝国主義的な野心のない軍事大国」の外交として構想されなければならない。そのためにはNATOとの関係を大きく変える必要がある。EUはイラク戦争をめぐって空中分解した。イランに対する戦争の脅威が忍び寄る今次、同じ轍を踏むおそれがある。

 第二に、ヨーロッパの武力行使戦略は、アメリカの破壊戦略とは一線を画し、無能化戦略を優先すべきだ。ユーゴやコソヴォ、東ティモールやアフガニスタンなど、近年の危機に際し、西洋諸国は自分たちが破壊したインフラの復興のために資金を出してきた。それよりも、破壊を最小限に抑え、「解放」されたはずの住民が敵に変じてしまうのを避けた方がよいのではなかろうか。

 第三に、ヨーロッパはアメリカの諜報に依存することをやめ、独自の危機評価システムを備えるべきだ。米英両国がイラク戦争を正当化するためについた嘘を考えれば、ヨーロッパ独自の方策の検討が急がれる。以上の提言は、なかなか広く議論されにくいだろうが、そろそろ考えるべき時期に差しかかっている。

(1) Pour une Union occidentale entre l'Europe et les Etats-Unis, Fayard Paris, 2007.
(2) General John Shalikashvili (U.S.A.), General Klaus Naumann (Germany), Admiral Jacques Lanxade (France), Field Marshal Lord Inge, (U.K.), General Henk Van der Breemen (Netherland), << Towards a grand strategy for an uncertain world : renewing transatlantic partnership >>, http://www.csis.org/media/csis/events/080110_grand_strategy.pdf
(3) See pages 96 and 97 of the rapport.
(4) << Revisiting NATO-ESDP relations >>. ESDP : European Disaster Relief Force. http://www.securitydefenceagenda.org
(5) バラデュールの著作中、民主制に関するくだりでは、インドや日本、韓国についてはまったく触れられていない。
(6) Hubert Vedrine, << Rapport pour le president de la Republique sur la France et la mondialisation >>, Paris, 2007. http://www.hubertvedrine.net/publication/rapport.pdf
(7) 1861-65年の南北戦争は第二次世界大戦になぞらえられるものではない。
(8) 1976年7月、イタリア北部の町セヴェソで化学工場が爆発し、大量のダイオキシンが飛散した。[訳注]
(9) See Francis Gendreau, << Au Vietnam, l'"agent orange" tue encore >>, Le Monde diplomatique, January 2006.
(10) Cf. Pierre Hassner, << Etats-Unis : l'empire de la force ou la force de l'empire >>, Cahiers de Chaillot, No.54, Paris, September 2002, pp.26-27.
(11) エマニュエル・トッド『帝国以後』(石崎晴己訳、藤原書店、2003年)参照。
(12) 宗教上の不寛容に関する長大な論考として、cf. << La violence au nom de Dieu >>, La Revue internationale et strategique, No.57, Paris, Spring 2005.
(13) Le Monde, 26 January 2008.
(14) Bruno Tertrais, << Ou va l'Amerique ? >>, Fondation pour l'innovation politique, Paris, November 2007.
(15) http://www.americanprogress.org
(16) エマニュエル・トッド前掲書。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2008年4月号)

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