人権としての食糧権の確立をめざして

ジャック・ディウフ(Jacques Diouf)
世界食糧農業機関(FAO)事務局長、1994年着任

訳・七海由美子

line

 国際社会は所信表明を繰り返し、善意に事欠かない。にもかかわらず、世界では8億5400万人もの人々が空腹を満たせずにいる。地球には、現在の総人口をたやすく養えるだけの食糧があるはずだ。10月16日は「食糧権」を掲げる世界食糧の日である。この機会に、人々の意識や諸国の政府に、この衝撃の事実を呼び起こすことができるだろうか(1)

 意外に思えるかもしれないが、1948年に認められた食糧権が、確固たるものとして具体性を持つようになったのは、ここ10年ほどにすぎない。それまでの間、この基本的権利があまり知られず、なおざりにされてきたなどとは、信じがたい話ではないか。「人間は生まれつき善人である」とか「人類は大いなる発展を遂げてきたのだから、やがてすべての人々の福祉が保障されることだろう」といった見立ては、現実によって裏切られている。

 問題はどこにあるのか。我々は長年、食糧の流通の不備や分配の不平等をあげつらい、経済成長や人口圧力をめぐる大理論をでっちあげてきた。あれらの大陸は呪われ、嫌われ、足踏みしているのだと言っては手をこまぬき、神の呪いのせいにさえしてきたのだ。

 おお食糧よ、いかに多くの罵詈雑言が、汝の名において吐かれてきたことか。この21世紀というグローバリゼーションとインターネットの時代に、食糧権が憲法に明記されているのがわずか20カ国程度にすぎないことを、どれほどの人が知っているだろうか。考え方を変えることは難しい。また、関心や意識の欠如を克服することは難しい。この基本的な人権の一つが「復権」を果たすまでに、あとどれほどの時が流れればよいのか。

 すべては1948年に始まった。パリで採択されたあの世界人権宣言の中で、このとき初めて食糧権が認められたのだ。だが、この権利は長い間、いわば休眠状態に陥った。国連総会で、「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約」が採択されたのは、1966年になってからのことだった。

 1976年に発効し、今日までに156カ国が批准した同規約を通じて、「適切な食糧」を得る権利は諸国の認知するところとなった。これらの国々は、「すべての者が飢餓から免れる基本的な権利を有すること」を認め、「食糧の生産、保存および分配の方法を改善する」ために、個々に、および国際協力を通じて「具体的な計画その他の必要な措置をとる」ことを約束している。

 これらの国々は、「世界の食糧の供給の衡平な分配を確保」することや、「この規約において認められる権利の完全な実現」を達成するために「立法措置」をとることも約束している。各国はこのように、規約上の義務の存在を認めているのだ。しかし、諸国の約束はなかなか具体化には至らなかった。

 食糧権に関して、「適切な食糧に常に手が届くこと」という公式な解釈が与えられ、それに伴う各国の義務が明確化されたのは、規約採択から33年を経た1999年のことだ。「経済的、社会的および文化的権利に関する委員会」が出した一般的意見12号による。

 その前提となったのが、1996年にローマのFAO本部で185カ国の代表、うち82カ国は元首の参加を得て開催された世界食糧サミットである。このとき採択された行動計画は、「経済的、社会的および文化的権利に関する国際規約やその他の国際レベル、地域レベルの関連文書に記された、適切な食糧を得る権利ならびに誰もが飢餓から免れる基本的な権利の内容を明らかにすること」を呼びかけた(目標7.4)。

 行動計画はまた、「すべての人々の食糧安全保障を達成するための手段として、この権利が行使され、漸進的に完全な実現に達するよう、特に配慮すること」を呼びかけた。これに基づき、諸国が「国家食糧安全保障の文脈において食糧権の漸進的な具体化を支援する任意のガイドライン」の作成を決定するには、2002年6月の「世界食糧サミット5年後会合」を待たなければならなかった。ガイドラインは世界食糧安全保障委員会に提出され、20カ月にわたる活発な交渉を経て、2004年11月、FAO理事会により全会一致で採択された。

 食糧権の認知の段階から有効な実施の段階への移行を確言する文書が、ここで初めて国際社会の合意を見ることになる。

 食糧権に関するガイドラインは、飢餓と闘う国々を実践的に支えるものだ。それが推奨するアプローチは、生産資源へのアクセスの面と、必要にも事欠く個人に対する援助の面と、両方を視野に入れている。示された指針は、法制度の改善をめざす立法と、政策の改善を志す行政をともに対象とする。さらに、飢餓と貧困への対策事業に予算を割り当てることも推奨されている。そうした事業に取り組んでいる国としては、例えばブラジルやモザンビークが挙げられる(2)

 今日、食糧権はどういう状況にあるだろうか。現実となったのか、それとも机上の空論にとどまっているのか。世界の状況は本当に改善したのか。飢餓に苦しむ人々の数を2015年までに半減するというミレニアム目標は達成できるのだろうか。

 食糧権とは、すべての人間が健康で活動的な生活をするために、量と栄養が十分で、文化的にも問題のない食べ物をきちんと手にできる権利である。すべての個人が、人に養われるのではなく、尊厳をもって自らを養う権利である。

 食糧権は、道義的、経済的、政治的な要請にとどまるものではない。国家や、国際・地域・地元機関、NGOの義務であって、まがりなりにも実施に移そうとしているものである。

 すべての市民が空腹を満たし、尊厳と名誉をもって生きられるようにしなければならない。良き統治を実現し、衡平、正義、人権の尊重に基づいた国内政策を推進する必要があることは明白である。そうした政治が大きな成果をあげるためには、2004年に採択されたガイドラインを考慮に入れなければならない。物の見方を根本的に変えることが必要だ。市民はもはや無力な受取人や慈善対象ではない。食べ物を得られるような環境を享受する権利、それができない場合は尊厳をもって援助を受ける権利を持つ人々なのである。

 適切な食糧を得る権利という普遍的人権を保障するためには、個人がこの権利を主張できるようにしなければならない。また、その具体化のための政策の作成と実施について、国家が説明責任を負わなければならない。

 政治的な意志と方針があり、農業への投資を増やすことができるなら、世界における飢餓との闘いをさらに勝ち進めることは可能だ。より多くの資源が農業部門に振り向けられるべきである。農業部門の成長は、開発途上国における飢餓の削減に、また経済全般の発展にも非常に重要な役割を果たしている。世界の飢餓人口の70%が農村部に住んでいることを、どれほどの人が知っているだろうか。

 FAOの最新データによれば、十分な食糧を得られていない8億5400万人のうち、900万人が先進国、2500万が移行国、8億2000万人が開発途上国にいる。

 食糧権は夢物語ではない。あらゆる人間の本来的な権利である。従って、国家は看過できない義務と責任を負う。この基本的権利を保障するためには、言葉の遊びをやめて、具体的な実現をめざさなければならない。既に国内法で食糧権を規定し、それを食糧安全保障の政策・事業に組み込んだ国々もある。他の国が後に続くよう、働きかけていこうではないか。

(1) 世界食糧農業機関(FAO)の創立記念日である10月16日は、世界食糧の日に定められている。
(2) ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァは、ブラジル大統領に選出された際、「飢餓ゼロ」計画という最貧困家庭向けの総合プロジェクトの実施により、飢餓を完全に撲滅することを政府の最優先課題にすると公言した。モザンビークの事業は、FAOがユネスコと共同で行っている「農村人口のための教育を推進するパートナーシップ」の一環として、農業、農村開発、教育の各分野の関係者間の協力構築をめざすものである。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年10月号)

All rights reserved, 2007, Le Monde diplomatique + Nanaumi Yumiko + Seo June + Saito Kagumi

line
表紙ページ 本紙の位置づけ 有志スタッフ
記事を読む 記事目録・月別 記事目録・分野別
メール版・お申込 読者の横顔
リンク(国際) リンク(フランス)