サルコジのアフリカとんでも演説

アンヌ=セシール・ロベール(Anne-Cecile Robert)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・清水眞理子

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 2007年7月26日、フランス・アフリカ諸国関係の将来構想を語ろうとダカールを訪れたサルコジ大統領の演説は、驚きと憤りに包まれた。アフリカ諸国の報道機関と知識人は呆然とし、大統領の話の「時代錯誤」ぶりを非難。中には、言外の意を探りながら、大統領は本当に自分の言っていることが分かっているのかと自問する者までいた(1)

 フランスのメディアは、この大統領演説をほとんど報じず、植民地時代に関する発言を取り上げたぐらいだった。植民地時代について、サルコジはわずか数分で片付けた。大統領によれば、歴史の上で植民地時代は「大きな過ち」ではあるが、フランスには何ら責任はない。だからアフリカ人はもっと将来に眼を向ける方がよいという。確かに過去を反芻してばかりいるのは、必ずしもよいことではない。しかし、かつてアフリカを打ちのめした国の代表が、一方的な口振りで、そのような判断を下していいものだろうか。

 とりわけ聴衆に衝撃を与えたのはアフリカに関する非常識な描写である。大統領は当時の「現実の政策」だったと言って、どこにも存在せず、19世紀の庇護者然とした世界観を思わせるアフリカを描き出した。さんざん言い古された常套句や、侮蔑に満ちた偏見をまくし立てる前置きのつもりなのか、サルコジはまず、黒人文明への敬意を表してみせ、アフリカの「思想と文化」は植民者を豊かにしてくれた述べた。しかし、それに続く描写は土俗的な妄想に転じる。いわく、アフリカ文明は過去へと向いており、歴史がなく、季節のリズムにしたがって生きている。ほとんどが農村で、「人間的なチャレンジ精神の見られない」世界の中で、本能が理性より重要な役割を果たしている。ヨーロッパの優位性は事実として明らかだ。ヨーロッパは「自由、解放、正義からの呼びかけ、(・・・)理性、普遍的な良心への呼びかけ」であり、それに対してアフリカは「微動だにしない」夢を貪っていただけだ、といった具合である。

 50年に及ぶ学術的な研究作業が、セネガルの歴史家シェイク・アンタ・ディオプ(大統領が演説を行った大学は彼の名前がついている)や、社会学者ジョルジュ・バランディエ、歴史家エレーヌ・ダルメイダ=トポルなどによってなされてきたが、その成果を大統領はまったく知らないように思われる。どの研究も、アフリカ社会の近代性を証明し、長い間ゆがめられてきたアフリカの過去の姿を回復するものだ。サルコジは知っているのだろうか。例えば、ヨーロッパがなお封建社会にあった時期、今日の「良き統治」の推進者も認めざるを得ないような、牽制権力を備えた「立憲」王国が、すでにアフリカに存在していた。現在のマリにあったサンコレ大学は、16世紀に2万5000人の学生数を誇っていた。数世紀前の手稿がトンブクトゥをはじめ各地で何千冊も発見されており、そこには白人が来る前からアフリカがもっていた広範な技術知識が書き残されている。そうしたことを彼は知っているのだろうか。

 「友人には率直に」という触れ込みの下に(ブッシュ大統領やその後任者にも同じ姿勢で臨むのだろうか)、サルコジが今回の訪問の主要目的としていたのは、その差別的な移民政策を正当化することだった。演説で特に語りかけた相手は、決して訪れることのない事態の好転を待つのに倦み疲れ、国外移住に心惹かれる若者たちである。彼はまず最初に、心を揺さぶるような言葉を発した。いかにも理解ありげな態度で、遠い国へ職を探しに行くために家族と別れるのは大きな勇気と強い意志を必要とすることだと述べた。この言葉にいぶかる聴衆に対し、彼は続いて「衷心からだ」と大げさに断りつつ、聖書の「はっきり言っておく」的な口振りで、若者に「将来を作り出せ」、ただし自分の国で、とぶち上げた。そして持論の自由主義的な教条を唱えながら、「君たちの運命は第一に君たちの手のうちにある」「私は君たちに苦しみを(・・・)克服せよと提案しに来た」「君たちにかわって決める者は誰もいない」等々、ひとしきり力説した。

守られない約束の繰り返し

 その手に乗るわけにはいかない。このフランス大統領は時折、特に助言を口にしてのける際など、どうしようもなく滑稽な姿をさらした。「もう飢饉はいやだろう。ならば、食糧自給をやろう、食糧作物を育てよう」。このような発想がアフリカ人にひらめかなかったとでも言うのか。国際金融機関によって世界市場への輸出優先を強制された結果、実行不可能になっているだけのことだ。大統領はまた今のフランスの責任についてもだんまりを決め込んでいる。フランス政府は、アフリカ諸国の息の根をじわじわと止める経済改革を押し付けているうえに、ひどく腐敗した政治体制を支持している。7月27日、サルコジ大統領はガボンに赴いたが、そこで40年も政権の座にあるボンゴ大統領は、フランスの司法捜査の対象になっているほどだ。

 にもかかわらず、幻覚にとらわれた大統領は、アフリカの若者に要請する。現代の世界に「目を開け」と。この号令がいかに的外れであることか。アフリカの人々は、まさにこの世界の現況を見て、先進国のものすごい繁栄を目の当たりにしているがために、ますます悪くなる自分たちの状況に耐えられなくなっているのだから。先に移住した親族や、テレビ、インターネットを通じて、情報は入ってくる。ガーナ北部の最も辺鄙な田舎の機織りでさえ、自分たちが中国との競争にさらされていることを知っている。アフリカ人にとっての問題は、情報産業に乗り出すことではない。乗り出そうとする時、停電でネットの接続ができなくなることなのだ。それは90年代の民営化の波が残した爪痕である。

 サルコジのアフリカでの評判は冷めたものである(パリ郊外で暴動が起きた時に取り締まり一辺倒で臨んだ内相時代のイメージは、アフリカ中に広がっている)にもかかわらず、今回の大統領訪問はそれなりの関心をもって待たれていた。大統領選挙の運動期間中、彼は「フランスとアフリカの癒着構造」の終焉を宣言したではないか。今回、当初予定していた訪問先は、象徴的にも、仏語圏アフリカでなく、ガーナと南アフリカではなかったか。アフリカの人々、特に若者は、守られない約束の繰り返しにうんざりしている(81年5月10日[2]に西アフリカ諸国の人々が、これでフランスとアフリカの癒着構造も終わりだと思い、通りに繰り出して踊ったことを、フランスの誰が覚えていることだろう)。彼らはフランス政府が自分たちの「希望を握りつぶしている輩(3)」との関係を断ち、深い変動のさなかにあるアフリカを真に代表する人々を対話の相手とすることを心待ちにしているのだ。

 ぼやぼやしてはいられない。ルワンダのジェノサイドを座視したことや、むげに制限的な移民政策でアフリカに屈辱を与えてきたせいで、フランスのイメージは悪くなっている。フランス企業は中国やアメリカとの競争にさらされているし、馴染みの独裁者たちは鬼籍に入り始めている。しかしサルコジもまた、企業トップに多くの友人をもっている以上、旨みの大きい現在の仕組みを今しばらく続けないわけにはいかないのだろう。彼が最終的に今回の訪問先としたのは、そこそこ民主化の進んでいるセネガルであり、次いで、フランスとアフリカの癒着の内幕を熟知するボンゴ大統領の下で、フランス企業が優遇されているガボンだった。

 演説を美しく締めくくろうとしてのことか、サルコジは最後にフランスとアフリカの同盟を提案した。仮想敵は、自由主義的グローバル化の過剰進行である。彼は、このあり得ないオルター・グローバリズム運動的な処方薬の包み紙として、植民地時代にガストン・デフェールやレオポルド=セダール・サンゴール(4)が唱えた「ヨーロッパ・アフリカ連合」という古い構想を引っ張り出した。ヨーロッパとフランス、アフリカが、グローバル化に規制を設けるために連合するとでも言うつもりなのか。もし、これらが対等なパートナー関係を結んでいたならば、そして過去四半世紀にわたりヨーロッパとフランスが、いまや最も熱狂的に旗を振る経済自由化の動きに屈服してこなかったならば、この必要な戦略はもっと信憑性のあるものになっていたことだろう。

 サルコジの言葉はいつものごとく、変革という旗印の下に既成秩序を正当化しようとするものでしかない。このフランス大統領が口にする過去との断絶は、主として独特の言葉遣いのうちにある。それは確かに、これまでの外交辞令とは一線を画するものだ。セネガルの識者が示唆するように(5)、おそらくサルコジの言葉は、ここアフリカの地で、経済のグローバル化と南北関係の正体をまだ分からずにいる人々の目を開かせることになるだろう。

(1) カメルーンの政治学者アシール・ンメンベの論評を参照(http://www.africultures.com/index.asp?menu=affiche_article&no=6819)。
(2) フランス大統領選の決選投票で、中道右派のジスカール=デスタンを破って、社会党のミッテランが選出された日。[訳註]
(3) Cf. << Lettre ouverte a Nicolas Sarkozy >>, Liberation, Paris, 10 August 2007.
(4) ガストン・デフェールは、1950年代半ばにフランス第四共和制下の閣僚として、アフリカ植民地独立法を起草した。レオポルド=セダール・サンゴールは、60年に独立したセネガルの初代大統領。それ以前にフランス本国の下院議員、副大臣などを歴任した。[訳註]
(5) Cf. Boubacar Boris Diop, << Le discours inacceptable de Nicolas Sarkozy >>, Le Quotidien, Dakar, 11 August 2007.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年9月号)

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