21世紀の左派に告ぐ

ジャン・ブリクモン(Jean Bricmont)
ルーヴァン大学(ベルギー)理論物理学教授

訳・土田修

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 2007年春、フランス左派は大統領選挙に敗北し、それよりややましではあったものの、続く国民議会選挙でも敗北した。この敗北は、彼らに政治的ビジョンも構想も、政策プログラムも欠如していることを実証した。いまだに社民路線が柱とするケインズ主義の経済モデルは、第三世界の搾取に依拠するものでしかないからだ。そのような経済発展のあり方は、植民地の独立以後、時代遅れとなっている。ヨーロッパは南側諸国との関係を根本的に作り替えていかなければならない。[フランス語版編集部]

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 フランス左派の2007年の選挙惨敗は、欧州憲法条約に関する2005年の国民投票での「ノー」の勝利によって芽生えた幻想を吹き飛ばし、彼らの危機がいかに根深いものであるかを白日の下にさらした。フランス左派の危機の原因は、彼らが1981年の選挙に勝利した後、政策の失敗を重ねた時期にまでさかのぼる。政権に就いた2年後には自らの政策綱領と逆の方向に向わざるを得なくなった左派には、社会経済政策に関して打てる手はもはや何ひとつ残っておらず、ネオリベラリズムを粛々と実行するのがせいぜいだった。彼らは道徳を訴えることに専念して、反人種差別やフェミニズム、反ファシズムなどの「価値観」を振りかざした。これらの価値観をうたうことで、右派との違いを打ち出せると考えたからだ。

 実際面において左派政権が主導した最大の政策は「ヨーロッパ建設」に乗り出したことだった。この「ヨーロッパ建設」が帰結としてもたらしたのは、ネオリベラリズムに対するあらゆる代案を不可能にしたことである。社会党と緑の党は、反ナショナリズムをはじめとする左派的「価値観」の名の下にヨーロッパ建設を推進することで、大胆不敵な主張が党内から、というよりも党の支持基盤から出てくるのを抑えられる制度を作り上げた。要するに、選挙で選ばれたわけでもなく、さまざまな民間圧力団体の影響力に開かれた官僚団にできるだけ決定権を委ねることにより、政策決定プロセスを市民による影響力から切り離そうとする制度である。選挙はなくなりはしないまでも、たいして意味のあるものではなくなった。選挙が行われたからといって、「ニューディール政策」や「機構改革」、「左派の共同綱領」や「社会主義へ向けたイタリアの独自路線」といった政治的代案がまじめに提案されることはありえないからだ。

 このゲームに、右派の中でも最も強硬な勢力が勝利したのは意外ではない。彼らは規律や秩序、国民といった「価値観」について独自の主張を持っており、そうした主張はマイノリティについての左派の主張よりはるかに支持されている。結局のところ、価値観を主張することの最大の効用は、発言者が世界における力関係の現実的性格をほとんど自問することなく、安易に自分を正当化できるところにあるからだ。大部分の人にとって、自分は「良きフランス人」だと言うほうが、「良き反人種差別主義者」だと言うよりも簡単だ。さらに、右派政権の経済政策は、左派政党と緑の党によって整備されたEU諸機関の政策と完全に一致する。ヨーロッパと価値観という以上2つの分野において、勝利したのは右派の側だった。しかしながら、勝てるはずのない戦場を選んだのは、主として左派の側だった。

 政治的運動体が成功を収めることができるのは、自己の主張を信じている場合に限られる。右派の場合に勝利したのは、サッチャー言うところの「ぬるい」保守派、つまり多かれ少なかれケインズ主義的な立場の保守派ではなく、がちがちの強硬右派路線を取る勢力だった。左派の場合、穏健右派の政策を主張するにとどまる限り、勝利のチャンスはない。事態を変えるためには、左右の対立の根本に立ち戻らなければならない。対立の根本は「価値観」の問題、とりわけフェミニズムや反人種差別のように、現代の右派が完全に受け入れる準備ができている問題にはない。左右を分かつのは、経済の統制という基本問題である。

 18世紀の自由主義思想家たちは、独立した小規模な生産者からなる社会を考察の対象とした。「自由市場」の観念は、封建国家や教会の権力に対する敵意と同様、この文脈の下では十分に意味を持つものだった。しかし、大企業の発展に伴い、生産が次第に社会化されるようになると、生産手段の私的所有の正当化は時代にそぐわなくなった。社会主義の根本的な思想は、生産過程が事実上社会化されたのなら、それ以後、生産過程の統制もまた社会化されなければならないという点にある。少なくとも、古典派自由主義思想によって表明された人間解放への希望を現実化したいと望むならば、そうした立場を取ることになる。

 もし生産手段に加え、20世紀に起きたように情報伝達手段も少数の人々の手に握られれば、彼らは他の人々に対し、封建体制の権力と大差ない巨大な権力を持つことになる。現代において、古典派自由主義思想を真に継承しているのは、社会主義の立場を取る者たちである。今日、フランスで「自由主義者」を名乗る人々が信奉しているのは、ある種の専制政治や企業経営者でしかない。その上、彼らのほとんどは、ある種の暴力的な国家主義、すなわち世界に対するアメリカの軍事支配の信奉者でもある。

帝国主義の二重の帰結

 ここで述べている意味での社会主義は、資本主義の発展に結びついた諸問題に対するきわめて自然な応答である。つまり、現在もはや社会主義が堂々と議論されることはほとんどないという事実は、現代社会で「教育」や「報道」と呼ばれる独特の教化洗脳システムの効果のほどを物語っている。

 社会主義の問題は、資本主義の危機や、自然の破壊(現実上か想定上かは問わない)、労働者階級の小市民化(現実上か想定上かは問わない)といった問題とは無関係である。自己の生を管理することが人間の基本的な願いである以上、社会主義の問題は生活水準が向上しても消滅することはない。社会主義の問題が提起されるために、(2度の世界大戦のような)破滅的な出来事が起こる必要もない。生物学的な欲求、すなわち生命を存続させるという欲求が充足されればされるほど、自律や自由という人間に固有の欲求の充足が、いっそう強く求められるようになるのである。

 社会主義がもはや、だれの興味も引かないと考えるのは間違いである。今なお左派が支持される分野があるとすれば、公共サービスの擁護や労働者の権利の擁護にほかならない。それこそが、資本所有者の権力に対する今日最大の闘争手段であるからだ。ヨーロッパ建設に暗黙のうちに含まれている政策プログラムは、民主主義的な見かけだけは残しながら、社会保障や普通教育、公的医療からなる「社会民主主義の楽園」の破壊をもたらすに至ったが、これらの制度は社会主義の萌芽的形態であり、現在も人々に大きく支持されているものだ。

 社会主義の目標が政治的な言説のうちからほぼ消滅してしまった現在において、残念ながら具体的な闘争の状況は大きな変化を被っている。正当なものとして是認された権力の「乱用」に抗議することと、そもそもが不当なものとみなされた企業経営者の権力と「短期的」目標をめぐって闘うことの間には大きな違いがある。両者の間には、奴隷制度の改革と奴隷制度の廃止、啓蒙君主制と共和制、現地協力者による植民地経営と民族独立と同じぐらい隔たりがある。

 「自由主義的」思想家たちは、社会主義への移行が先進資本主義国家で予定通りには起きなかった、と指摘することで、カール・マルクスを批判してやまない。彼らへの反論は、われわれのシステムが単に資本主義であるばかりでなく、帝国主義でもあるということだ。ヨーロッパの発展は、広大なヒンターランド(後背地)の存在なくしてはありえなかった。このことの意味を理解するには、ヨーロッパが地球上に出現した唯一の陸地であり、アフリカ、アジア、アメリカなど残りすべてが大海だったと想定してみればよい。そうなれば黒人奴隷貿易も、ラテンアメリカの金鉱も、北米への移民もなかったことになる。われわれの社会が、労賃の安い国からの輸入や移民という形で原料や安価な労働力の恒常的な流入を得ることも、南の頭脳が北へと流出し、崩れゆく教育システムの穴埋めをすることもない。その場合、われわれの社会はどうなっていただろうか。これらすべてがなかったら、われわれはエネルギーを大きく節約しなければならないし、労働者と経営者の力関係は根本的に違ったものになっていただろう。「余暇社会」の出現など不可能だったはずだ。

 社会主義の実現が20世紀中に達成しなかった最大の理由は次の通りである。資本主義の下で一定の文化的、経済的発展を遂げ、民主主義的な要素が生まれ、したがって資本主義の超克が可能であり必要でもあった国々は、同時に帝国主義システムにおける支配的諸国であった。この帝国主義は二重の帰結をもたらした。ひとつは経済的な帰結である。支配的な国々は、もし存在しないとしても今後出現する可能性のある問題の一部を「周縁国」に移転することができた。もうひとつは、世界規模での労働者の分断という帰結である。西欧の労働者たちは、南の労働者よりも常に良い生活条件を得ることで優越感を持つようになり、それがシステムの安定化に寄与してきた。

自らの凋落にいかに適応するか

 それゆえ植民地独立こそが、20世紀に生じた最大の変化なのである。それは何よりもアジアとアフリカの数億人の人々を、きわめて人種差別的な支配形態から逃れさせた。さらに、この変化の余波は21世紀においてもおそらく継続し、アメリカ大陸「発見」に始まる歴史的な一時代を決定的に終わらせることになるだろう。この時代の終焉は、われわれの社会に重大な影響を与える。帝国システムにおける特権的地位に結びついた利益を失えば、われわれの社会のあり方の見直しを迫られることになるからだ。乱暴な言い方をすると、中国人は現在エアバスを買うために何百万ものシャツを売らなくてはならないが、彼らがエアバスを製造するようになれば、誰がわれわれのシャツを作るのか、ということだ。

 となると、資本を支配することでアジアの労働力を搾取できるようなグローバリゼーションの「勝ち組」と、そんな力のない西欧の大多数の人々の間で、紛争が激化していくことが予想される。生活の場がほかにあるわけではない大多数の西欧人は、自らの労働力を売らざるを得ないが、その労働力価格は世界市場における競争力をもはや失った。その結果が、「排除」の増大であり、福祉国家の危機の拡大である。だが同時に、まったく新たな形の階級闘争の復活も起こりつつある。

 南側諸国の自立化の動きは、別の面でも続いている。勝つこともできず、帝国的野心を捨てない限りは簡単に抜け出ることもできない戦争の泥沼に、アメリカはイラクではまり込んでいる。イランの核問題では、西欧諸国は妥協に甘んじるか、さもなくば破滅的な戦争へと突き進むことになるだろう。より象徴的だが重要な側面を持った出来事としては、2006年にイスラエルがヒズボラに2度目の敗北を喫した。ハマスの政治的・軍事的勝利が示唆するのは、パレスチナの一部のエリートとイスラエルとの協力というオスロ合意の既定路線が失敗に終わったことである。こうした予想外の事態の続発は、世界各地の支配層に深刻な自信喪失を引き起こした。

 今日のヨーロッパにおける最大の問題は、われわれが自らの凋落にいかに適応するかというところにある。アメリカに対する凋落は空想にすぎない。われわれに現に起きている凋落は、南の国々に対するそれである。アメリカの支配階級は力ずくでヘゲモニーを維持しようとしているが、その失敗は帝国の危機をいっそう深めているだけだ。そのアメリカの真似をすることがわれわれの問題の解決になるというふうに、ヨーロッパの右派は考えている。「急進的」左派はといえば、概してヨーロッパの凋落の問題を看過しており、グローバリゼーションによって実現困難になった社会民主主義や古典的ケインズ主義の政策を、言葉のあやという以上に擁護する構えを取っている。

 さしあたり、西欧の人々が、「テロとの」あるいは「イスラム・ファシズム」との戦争という、アメリカとイスラエルの妄想にくみすることは是が非でも避けなければならない。フランスでは既に、フェミニズムや共和主義、政教分離主義を掲げた多数の左派が、この妄想にはまりこんでしまった。これらの左派は、周縁諸国の闘争に対する西欧左派の無理解という長い伝統に連なっている。

 しかし、変化はしばしば周縁からもたらされるものである。1917年のロシア革命と、第二次世界大戦の枢軸国に対する勝利へのソ連の加担は、植民地独立の動きに向け、また「社会民主主義の楽園」づくりの可能性に向けて、きわめて大きな影響を与えた。そして植民地の人々の勝利は、1960年代のヨーロッパで数多くの進歩主義的な変化を促した。現在ラテンアメリカや中東で起きている反乱もまた、その意味を理解し、よくよく考慮するならば、支配者たちに厳しい軌道修正を迫るものとなるかもしれない。それは他の人々には、少しばかり明るい未来をもたらすものになりうるだろう。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年8月号)

All rights reserved, 2007, Le Monde diplomatique + Tsutchida Osamu + Hemmi Tatsuo + Saito Kagumi

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