死刑をめぐる日本の現状

オーロール・ブリヤン特派員(Aurore Brien)
ジャーナリスト

訳・にむらじゅんこ

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 国際的な、また、近年では国内からの圧力にもかかわらず、日本政府は絞首刑による死刑の適用を続けている。執行数は1990年代にくらべて減少しているとはいえ(2003年以降で11)、最近再び上昇している。法務省の広報官によると、今年4月27日に3人の死刑が執行された。昨年12月25日には、2人の70代の囚人を含む4人が同じ運命を辿った。しかも、証拠よりも自白を優越させるような司法システムの下で、不服申立手段の尽きた確定死刑囚の数は、2000年の53人から2006年には94人にまで増加している。

 4月27日の執行は国会の会期中に執行されたが、この例外を除けば、法務大臣の署名に基づいて執行された死刑の大半は、国会の会期外に行なわれている。議論が起きたり、おおっぴらになったりすることを避けるためだ。法務省の信条は「知らぬが仏」であるらしい。

 「そのことに触れることはとてもタブー視されているので、ほとんどの日本人はどのように死刑が執行されるのか知らないのです」。東京の弁護士、田鎖麻衣子は、日弁連のオフィスで面会したとき、こう説明した。死刑執行に関する知識が一般市民に欠けているのは、それに関する情報をほとんど伝えない有力メディアの責任も大きい。多くの場合、有力メディアは記者クラブの会員資格を失うことを恐れ、報道を自粛する。あらゆる国家機関に付随する記者クラブは、そこに所属するメディアが優先的(かつ、ほぼ独占的)に情報を得ることができるという仕組みであり、フリーのジャーナリストたちには不利に働く。

 しかし、1994年に結成され、80人のメンバーを有する超党派の「死刑廃止を推進する議員連盟(死刑廃止議連)」など、死刑執行の手続そのものを非難する団体もかなりある。死刑囚は、時には25年以上も拘禁されたあげく、不意に処刑当日の朝に呼び出される。弁護士や家族に連絡する猶予もない。昨年12月の処刑囚の1人がそうだった。彼は30年以上にわたって死刑囚舎房に収監されていた(1)。有罪判決が(上訴手続の後に)確定とされた場合、再審あるいは恩赦の請求が出されていても、それらの請求には刑の執行を停止する効果がないため、死刑が実行される可能性はなくならない(2)

 社会民主党の議員であり、死刑廃止議連の事務局長である保坂展人は、死刑を執行猶予にし、終身刑に軽減することを2003年から提案している。廃止ではなく執行猶予である。「死刑を廃止する法改正は目下のところ現実的に不可能」と見るからだ。死刑廃止議連は、日弁連の支持も受けている。

 1947年に現在の憲法が公布されて以来、死刑執行が停止されたのはたった4度だけである。1度目は1964年で、旧戦犯である当時の法相が、かつて仲間が処刑されたことを嘆く気持ちから、停止を決定した。2度目は1968年で、死刑囚に関連した法案を廃案にすることと引き換えだった。3度目は1989-93年で、1989年12月に国連によって採択された死刑廃止条約(日本は未批准)の影響による。4度目は2005年10月から2006年9月の1年間で、杉浦正健・前法相の任期中である。仏教徒である前法相は執行命令への署名を拒んだ。

 ベルンハルド・ツェプターを団長とした2005年12月の欧州委員会代表団の要望など、欧州連合(EU)の圧力も、また国連の圧力も、目下のところ政府に対して何の効果も上げていない。1999年に政府が3600人を対象に行ない、ジャパンタイムズ紙が概要を掲載した調査によると(3)、回答者の8割が、死刑はあって当然だと肯定している。よその国では退潮にあることを知らず、中にはフランス人がいまもなおギロチンを使用していると思い込んでいる者もいた。

 こうした中で死刑廃止議連は、国民に実情を知らせ、意識を変えるための対策を講じている。たとえば、世界の有名スターを呼んで、その発言を広くメディアに伝えてもらう。廃止論者からすれば空前の「宣伝」の機会となるからだ。

自白の偏重

 一方、日弁連は、7つの拘置所にいる79人の死刑囚へのアンケートを初めて行なった。そのうち、58人から回答が得られた。2006年1月に実施されたアンケートの結果は、朝日新聞に概要が掲載され(4)、死刑囚たちの生活実態を明るみに出した。生活の場は4畳の独房で、トイレと洗面台、それに窓があるのだが、窓には目隠しがついていて空を眺めることはできない。何もやることがないときは、床に座っているしかない。また、24時間監視カメラの下に置かれており、自殺防止のため、明かりは夜9時から朝6時半までつけっぱなしだ。他の受刑者たちとの接触は許されていない。入浴も運動も一人っきりだ。運動は週に2度、30分のみ、屋内もしくは屋上(10平米)で、縄とびの縄一本が使えるだけである。アンケートに答えた死刑囚たちの4分の1は、面会がまったくないという。中には17年間、誰からも来訪を受けていない人もいた。面会の機会がある場合も、相手は弁護士と親族しか許されていない。

 「何を希望しますか」という問いに対する回答には、日常生活のレベルをただちに向上させる必要性が見てとれる。たとえば、窓から空が見えるようにすること。もう少し広々とした屋外でもっと充分な運動ができること。与えられている食事は粗末で、生野菜がなく、ビタミン欠乏症になっている受刑者も多いので、家族からの野菜や果物の差し入れを認めること。夜の消灯。他の受刑者との会話。友人との面会。手紙の検閲の廃止、などだ。「日弁連の圧力のおかげで、6月に改正法が施行され、何点かは実現する見込み」と、受刑者の人権擁護活動を展開する弁護士の海渡雄一は言う。

 面会が親族に限られているのは、政府の主張によれば、死刑囚の「心の平安」を保ち、「適正な刑罰」を平静に受け入れるようにするためだ。しかし離婚を余儀なくされ、身内との何の連絡もない人は多い。支援グループのメンバーや、親族以外の人に手紙で訴えかけようとする受刑者もいる。しかし、すべての手紙は、刑務官によって検閲されており、枚数制限もある。受刑者の精神の「平静」に支障をきたすと刑務当局が判断した場合には、手紙は破棄されることもある(5)

 海渡氏は、隔離と長年の拘禁によって、重大な精神障害やノイローゼが発生している事実を述べ、「拘禁施設の環境が原因となって自殺した死刑囚」のケースを挙げる。彼によると、新しい法律は、従来よりも柔軟だ。たとえば、死刑囚の心情の安定に資する者であれば、面会や文通の権利を認めるという規定がある。

 また、この新法では、弁護士との面会の秘密が以前よりも守られるようになる。従来、すべての面会は刑務官によって専断的に時間を決められ(10分から30分間)、監視され、メモをとられている。それが、法務省によれば、「必要なとき」以外、概ね刑務官の立会いがなくなるようになる。受刑者の人権を擁護する人々は、この『必要』という曖昧な言葉の内容が、新法施行によって具体的に明らかになることを期待している。

 日本の司法制度のもう一つの大きな汚点が、代用監獄の問題である。代用監獄は1908年に、監獄の収容能力の不足を補うために、警察署の中に作られた拘禁房である。今日でも、刑務施設の不足が解消されたにもかかわらず、代用監獄の使用が続いている。そのため、尋問制度と勾留制度が混同され、拘禁された被疑者に自白を強要しているのが実態だ。被疑者は刑務官の管理下ではなく、捜査を担当する警察官たちの管理下にあるからだ。

 「日弁連は30年前から、国連人権委員会も1998年から、代用監獄の撤廃を求めているのです」と、海渡氏は言う。この制度は2005年5月の法改正でも維持され、警察は被疑者を最大23日にわたって、拘置所でなく警察署の拘禁房に勾留することができる。

 日本の法律によると、被疑者は黙秘権があり、弁護士をつける権利もある。しかし、これらの権利は実際には尊重されていない。海渡氏は言う。「自白が真実であろうとなかろうと、警察はとにかく事件を片付けてしまいたいのだ。自白さえ取れば、その事件は落着という扱いになるからだ」

 日本の司法システムでは、証拠よりも自白を優越させる。自白した被告人は、一度認めてしまったことを法廷でくつがえすことができない。尋問は1日10時間以上にも及び、精神的にも身体的にも責め立てられる。取調官は、犯人だと書き立てる新聞記事などを見せ、被疑者の精神を動揺させる。推定無罪の原則は、マスコミではほとんど守られていないのだ。顔に傷や痣の残った者もいる。東京で会った2人のフリーのジャーナリスト、寺澤有と三宅勝久によれば、「99%の被疑者が有罪になる」という。ジャパンタイムズ紙のイトウ・マサミ記者に取材した際も、同じことを言った。

裁判員制度でどうなるか

 もし弁護士が、被告人と面会の機会を持ち、取調官から虐待行為を受けたと明かされた場合は、その陳述を法廷に提出することになる。被告人が虐待を受けたことを証明するのに、弁護士はしばしば危ない橋を渡る。海渡氏は言う。「痕跡があった場合、禁止されている行為ですが、携帯電話で写真を撮るのです」。危険な真似だが、そうした写真は証拠として認定される。

 日弁連は、取調の一部始終を録画することを要請している。それが実現されれば、自白が強要されるおそれは大幅に減少するだろう。取調官がどれほど無茶苦茶で横暴な態度をとっているかを理解するためには、警察の教育マニュアル(非公開)の中にある「被疑者尋問」と題された章の項目をいくつか読んでみればいい。そこには、「自白は絶対に必須」と明記されている。そのためには、以下のことが必要だという。「忍耐強く粘る。被疑者が自白するまで取調室から出ない。被疑者の供述は疑ってかかる。取調室から出れば負けだ。尋問中は、相手の目を見る」

 海渡氏は、死刑囚の増加と代用監獄の使用継続に因果関係があると公言するわけではない。しかし、再審により無実と認められて釈放された死刑囚は、例外なく留置場で自白を強要されていた、と海渡氏は力説する。

 とはいえ、死刑廃止論者たちの目には、一筋の希望の光が映っている。2004年5月28日に成立し、2009年5月から施行される新法がそれだ(5年の猶予期間は、政府が市民への周知を図り、施行体制を整えるために設けられたそうだ)。この法律により、殺傷事件その他の重大な犯罪に関する裁判に、一般市民が「裁判員」として参加することになる。フランスの重罪裁判に類似した制度であり、6人の裁判員が3人の職業裁判官とともに、被告人が有罪かどうかを決定し、量刑を定める。日本には1923年から1943年まで、これと似た裁判制度が存在していたが、運用上の問題によって停止された。というのは、被告人が陪審員の立会いを拒否できたからだ。2009年から実施される制度では、もはや拒否はできない。

 「この制度により、裁判に一般の世論が反映されるようになるだろう。司法に対する国民の理解と信用が深まることを期待する。裁判にかかる時間も短縮されるだろう」と法務省筋は説明する。しかし、裁判員制度は、国民の支持を得ているとはとてもいえない。国民はそんな責任を負いたいとも、「自分とは関係ない」刑事事件にかかわって時間を無駄にしたいとも思っていない。2005年に政府が行なった世論調査によると、参加の意欲は女性よりも男性のほうが、農村部よりも都市部のほうが、また、中流サラリーマンや主婦よりも経営者のほうが高いようだ。日弁連で裁判員制度実施本部を担う伊藤和子は、乗り越えるべき壁を見据えて、こう語る。「人々を啓蒙し、参加をうながし、どうすれば正しい判決を下すことができるかを理解してもらう必要があります」。そのための手段として、パンフレットの配布やシンポジウムの開催、テレビドラマの制作やメディアの協力、それに、中学・高校の授業への組み込みなどが進められている。

 それでも、懸念は残る。日弁連は政府と違って、裁判員が量刑に参加することを望んでいない。過半数が死刑に賛同し、裁判員制度によって死刑の適用を当然化できるという論陣をメディアが張っている現状では、推定無罪の原則を貫く余地はほとんどない。推定無罪は原則としては存在しても、実際には忘れ去られている。日弁連は、だからといって圧力をかけることをあきらめたわけではない。伊藤女史は、「著名な毛利甚八氏(漫画原作者)の協力により、日本人に広く読まれる漫画の形で、裁判員制度と推定無罪についての広報を試みています」と述べている。

 その一方で、死刑廃止議連は、「死刑が執行されるべき理由とは何なのか」というテーマについて、誰もが参加できるような形で議論を広げることを望んでいる。知識人や有名人、専門家を招いて、多種多様な意見を出してもらうことで、真の議論が始まるという考え方だ。「死刑というものが唯一の解決法ではないことを一般の人々に示すことができるでしょう」と、保坂氏は結論する。

 裁判員制度の施行が死刑囚の増加につながるのか、あるいは逆に執行猶予に賛同する人にとって追い風になるのかを、まずは見極める必要がある。死刑制度自体の廃止が本格的に議論されるようになるのは、まだ遠い先のことだろうから。

(1) Cf. Amnesty International, << Bulletin peine de mort >>, 1 December 2006, http://www.amnesty.org
(2) 坂本敏夫『死刑はいかに執行されるか』(日本文芸社、2003年)および David Mac Neill, << Japan's way of judicial killing >>, The Japan Times, Tokyo, 8 April 2007.
(3) The Japan Times, Tokyo, 25 April 2004.
(4) 朝日新聞2006年4月3日付。
(5) Federation internationale des ligues des droits de l'homme (FIDH), << La peine de mort au Japon, une pratique indigne d'une democratie >>, Geneva, May 2003, http://www.fidh.org


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年6月号)

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