インドの差別是正措置の限界

プルショッタム・アグラワル(Purushottam Agrawal)
ジャワハルラル・ネール大学文学教授、ニューデリー

訳・七海由美子

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 2006年4月、インドの人的資源開発大臣は、国公立の教育機関における「留保枠」を「その他後進階級(OBC)」にも拡大すると発表した。この決定に対し、中流階級に属するOBC以外の学生や自由業、給与生活者などからは、不満の声も上がった。しかし、インドの諸政党は左派も右派も、割当拡大について合意していたため、抗議が功を奏することはなかった。

 1990年に当時のV・P・シン首相が公務員の採用におけるOBC優先枠の拡大を決定し、激しい抗議行動が起こった時とは大違いである。過去15年間にOBCの政治的影響力が拡大した現状を踏まえつつ、留保政策を短期的な政治目的に利用しようとする傾向が、今回の政党間の合意に結び付いている。

 米国の場合、特別措置の対象となる社会集団への帰属は自己申請によって決まる。それに対し、インドの留保制度では、行政機関が指定したカーストを対象として、公務員の採用や教育機関への入学の優先枠が設けられている(1)。割当は対象機関が独自に決定するわけではなく、連邦政府や州政府が定めており、各機関はそれに従う義務を負う。さらに現在では、こうした制度を産業部門に広げようという動きも起きている。

 従来、大学の入学枠の15%は指定カーストすなわちダリット(「不可触民」)に、7.5%は指定部族に割り当てられてきた。割当の比率は、指定カーストと指定部族の人口比に基づいている。行政機関によって公式に指定カーストに定められたのは、長らく抑圧と排斥に苦しみ、「不可触民」としてレッテルを貼られた集団であり、指定部族とは、社会的にも地理的にも排斥されてきた部族集団のことをいう。

 指定カーストや指定部族を対象とした留保制度は、これまでほとんど反対も起きておらず、インド憲法にも明確に規定されている。この憲法の条項は、植民地政府の言うところの「被抑圧階級」の地位改善をめざす社会的、政治的運動の成果である。それらの運動は、時には互いに対立しつつも全体として、留保政策が必要であるとの認識を定着させた。こうして、不可触民という歴史と慣習について深い罪の意識を抱いていたインド社会において、被抑圧階級に対する特別な優遇政策が確立されることになる。

 OBCの場合も、様々な度合いをもって社会的権力構造から排斥されてきた。しかし、それは指定カーストや指定部族が被ってきた排斥の比ではないし、OBCは不可触民との烙印を押されてはいない。OBCの中には経済的、社会的にかなりの影響力を持つ集団もあり、排斥の程度は集団によって大きく異なる。いくつかの大きな州では、OBCが政治的実権を握っている(2)。それに対して、指定カースト・指定部族の場合はごくわずかの政治的、社会的エリートが、最近ようやく登場しているにすぎない。割当枠をOBCにも拡大しようという今回の措置が物議をかもす所以である。とはいえ、OBCは票田として重要であるため、割当枠の拡大に反対する政党はない。OBCの有力政治家には、例えば独立闘争の中心人物の一人であり、インド最初の副首相となったサルダール・ヴァッラブバーイ・パテールがいる。

植民地政府による「体系化」

 他方、指定カースト・指定部族では、ごく最近になってようやく一握りの政治的、社会的エリートが現れたにすぎず、それも実権を伴うというよりは象徴的な存在にとどまっている。最高裁の長官と大学助成委員会の議長を擁してはいても、大半の指定カースト・指定部族の生活水準は満足というには程遠い。現行の留保制度は、本来は農地改革や初等教育の普及、農村部における雇用創出など、幅広い施策の一部をなすはずのものだった。しかしながら、これまで政治家たちは総じて、そうした構造改革には踏み込まずにきたのである。

 多様な社会的、文化的背景をもつ人々の社会参入を促すための積極的な介入政策が、伝統の名の下に構造的不平等が温存されてきた他の社会と同様、インドにとっても必要なことは事実である。だが、そうした政策がインドの場合、カーストという基準だけを偏重していることの是非を、改めて問うてみなければならない。

 確かにカースト制度というすぐれてインド的な現象には、伝統的な階層秩序が反映されている。しかし、一般通念とは裏腹に、そうした宗教儀礼上の階層概念は、実際の社会的、政治的な支配権とは必ずしも一致しない。例えば宗教儀礼上はバラモンが最上位の階層とされるが、実社会で「優位」に立つのは、土地と政党を支配する階層である。

 このことは、「古代」インドだけでなく、どの時代についても言えることだ。グプタ朝の政治的イデオロギーでは、王権に正統性を与えるのは武勇であって、バラモン教の儀式における供犠の長としての役割ではなかった(3)。もっと後代の例を挙げるなら、ハビエル・モロのベストセラー小説『インドの情熱』で一躍有名になったカプールターラ藩王国の王家は(4)、カラルという酒取引カーストの出身だった。つまり、現在では政治的に「後進カースト」に区分されるシュードラ(宗教儀礼上「不浄」とされる)である。にもかかわらず、宗教儀礼上は「最上位」に位置するバラモンたちは、この王家をためらいなく正統なものと認めた。インドの伝説にも歴史にも、このような例は枚挙にいとまがない。

 カーストはヒンドゥー教の伝統によって理論づけられてきた。平等を理念とするはずのイスラム教やキリスト教のような他の宗教も、その時々の政治的な都合に応じて、インドのカースト制度を容認した。とはいえ、ニコラス・ダークスの言葉を借りれば、「インドの多様な社会的帰属、共同体、組織の形態を、カーストという言葉だけで表現し、整理し、とりわけ『体系化する』ようになったのは、英国の植民地支配の時代」だったのである(5)

 植民地政府は、ある社会的帰属だけを唯一のものとして「体系化」した。これによりカーストは、制度的な「代表性」を求める人々にとって、かつてない強力な道具となった。1918年に当時のマイソール藩王国(現在のカルナータカ州)に、1921年にはマドラス管区(現在のタミル・ナードゥ州とアーンドラ・プラデーシュ州にあたる地域)に、留保政策が導入された。どちらの地域でも、バラモン以外のほとんどのカーストは「後進」とみなされた。

代表メカニズムと化した留保制度

 以後、「後進カースト」を対象とした留保措置が、南部諸州における政策に組み入れられるようになった。北部諸州にも広まったのは1960年代に入ってからのことである。留保制度はその当時は州政府レベルで実施されているだけだった。しかし1990年になると、連邦政府が第二次後進階級委員会(議長の名からマンダル委員会として知られる)の勧告を受け、国家行政機関も対象に加えつつ、「その他後進階級」に27%の優先割当枠を設けることを決定する。

 憲法は政府が指定カースト・指定部族に限らず、「後進階級」に対して社会・教育面での優遇措置をとるよう定めている。現実として、「階級」は「カースト」の婉曲語として使われている。その結果、時を経ても、カースト意識は消えゆくどころか、かえって揺るぎないものとなってしまった。さらに重大な問題として、カーストだけが基準として偏重されることで、多様な排斥メカニズムの問題が二の次にされてしまった。例えば、女性議員の割当枠を設置しようという法案は、10年以上も棚上げになっている(6)。カーストを基準とした割当制度の軽視につながるという発想から、OBCと指定カーストのロビーが反対してきたからだ。そこでは、家父長制がカースト制度と同様に、強力な排斥メカニズムとして働いていることに目が向けられていない。カースト制度自体、そもそも極めて家父長制的なものである。

 先のマンダル委員会の勧告による27%という割当枠は、OBCがインド国民の54%を占めるという推算に基づいていた。だが、最後にカースト別の国勢調査が行われたのは、はるか昔の1931年にさかのぼる。それ以降は、指定カースト・指定部族についてしか調査データがなく、OBCの人口数に関しては信頼できるデータがない。しかも、あるカーストをOBCに分類するにあたり、現行制度に透明性があるとは言いがたい。1955年に出された第一次後進階級委員会の報告書では、2399のカーストが「後進」であるとされていたが、マンダル委員会では3743に増えている。この間の25年で多数のカーストが「後進」化したと、図らずもほのめかしているようなものではないか(7)

 留保政策には、根本的におかしなところがある。社会の周辺に追いやられた人々に権利を与え(エンパワメント)、権力構造に組み込むという民主的な考えがうたわれているが、そこではインド社会に見られる諸々の排斥メカニズムの実体が考慮されていない。こうして、社会的帰属の多様性が、カーストへの帰属に一元化されてしまう傾向が助長されてきた。割当制度は、社会の周縁に置かれたインド市民を対象としたエンパワメントではなく、カースト集団の代表メカニズムになってしまったのだ。特定のカーストを「代表」する留保制度は、討議を重ねて代表者を選出するという民主主義の力学を妨げてきた。

 こうした問題は昨夏、現行制度以上に包括的な社会参入制度が必要だという議論が起きた際、はっきりと意識されるようになった。カーストやジェンダー、あるいはインフラの地方格差、質の高い教育機会の欠如など、様々な要因によるハンディキャップを考慮する必要がある、というのが新たな制度を提唱する人々の基本認識だった。提案の一つは、複合指標による差別是正措置(MIRAA)である。様々な排斥要因をポイント化し、それに応じて対象者に相殺ポイントを与えることで、差別を克服していくという発想だ(8)。経済学者のサティシュ・デーシュパンデや政治学者のヨーゲンドラ・ヤーダヴも、同種の制度として「被差別相殺ポイント指標」を提案している(9)

 インドを「知識超大国」にするために首相が設置した諮問機関、全国知識委員会が最近提出した高等教育に関する報告書の内容は、MIRAAの考え方に呼応するものだった(10)。しかしながら、今のところは絵に描いた餅にすぎない。政府は既に、OBCに対象を絞った割当枠の拡大という政策を、発表から実行に移し始めているのだから。

(1) カーストは社会を階層化するものとして、生まれながらに定められている。
(2) ビハール、グジャラート、マハラーシュトラ、タミル・ナードゥ、ウッタル・プラデーシュなど。
(3) Cf. David Lorenzen , Who Invited Hinduism ?, Yoda Press, New Delhi, 2006, p.173.
(4) Javier Moro, Passion of India, Seix Barral, 2005.
(5) Nicholas B. Dirks, Castes of Mind, Princeton University Press, 2002, p.5.
(6) 地方選挙では、3分の1が女性の優先枠となっている。教育機関への入学や公務員の雇用には女性枠はない。
(7) Cf. Shri Prakash, << Reservation policy for other backward classes >>, in V. A. Pai Panandiker (ed.), The Politics of Backwardness, New Delhi, 1977, p.48.
(8) Cf. Purushottam Agrawal, << Beyond caste >>, Tehlka, New Delhi, 13 May 2006.
(9) Cf. << Redesigning affirmative action, >>, Economic and Political Weekly, New Delhi, 17 June 2006.
(10) Cf. << Report to the Nation 2006 >>, New Delhi, 12 January 2006.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年5月号)

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