国際司法か和平か、ウガンダ裁判の二者択一

アンドレ=ミシェル・エスング(Andre-Michel Essoungou)
ジャーナリスト、在カンパラ

訳・七海由美子

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 2002年に国際刑事裁判所(ICC)が始動した。その捜査の初舞台になるという有り難くもない栄誉に浴したのが、アフリカ大陸だ。コンゴ民主共和国、ダルフール、中央アフリカ、そしてウガンダ。アフリカで最も長期にわたる紛争に疲弊したウガンダは、この司法機関にとって試金石となる。政府と反政府軍の間で2003年から開始された和平交渉は微妙な状態にあり、ICCによる訴追とは相容れないからだ。和平成立の手応えはまだ確かとは言えない。2006年8月から実施された停戦は、新たな合意が交わされることもなく、2007年3月1日に失効した。[フランス語版編集部]

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 2006年9月中旬のこと、ウガンダ北部の難民の話を聞いたエグランド国連事務次長(人道問題担当)は、自分の耳を疑った。「私たちは国際刑事裁判所(ICC)なんて欲しくありません。欲しいのは平和です」。2万5000人がひしめく難民キャンプのリーダーは、事務次長に向かってそう言明した。「でも、あなたがたにとって正義が実現されることは必要でしょう」と事務次長は反論を試みた。リーダーは言い返した。「そうかもしれませんが、5人が裁かれることで、私たちが失ったものを取り返せるというのですか。ICCは平和を回復してくれるものなのか、それとも戦争を続行させようとしているのか、いったいどっちなんでしょうか」

 ウガンダでは、神の抵抗軍(LRA)という反政府武装勢力と政府との間で、アフリカ大陸で最も長期にわたる紛争が続いてきた。今日まで約40回にのぼる調停が試みられているが、未だに和平合意には至っていない。このLRAが同国北部で行った残虐行為について、2003年末にウガンダ政府から付託を受けたICCは、司法捜査を進め、戦争犯罪と人道に対する罪で5人の武装リーダーを訴追した(1)。この紛争は過去20年間に数万人の死者を出している。にもかかわらず、ICCの介入は現地に激しい論争を巻き起こした。2006年7月に着手された反政府勢力とウガンダ政府の和平交渉が、訴追によって停滞するのではないかとの声が、被害者の中からでさえ上がっているのだ。

 ウガンダのケースはICCにとって試金石の意味合いを持つ。2002年に発足したICCは、これから信用を築いていかなければならない。ICCの本部があるハーグでは、コンゴ民主共和国(旧ザイール)のトマ・ルバンガを被告人として、最初の公判が始まっている。ウガンダのケースは、それよりも先に手続きが開始されていたにもかかわらず、予審が遅々として進まずにいる(2)。最大の理由は、現地での理解が得られていないことだ。

 ICCのウガンダ事務所は、首都カンパラの中心街にひっそりとたたずむ。少数のスタッフが立ち働く事務所は、まるで隠れ家のようで、訪問者にそれと知らせる看板もない。ジャーナリストに対しては、速やかに回答するから質問は電子メールで送付してほしいと要望している。紛争地の北部で活動する地元組織や国際組織に対しては、懸命に広報活動を展開しているものの、常に同じ疑念と批判を向けられている。

 この数カ月間でICCをめぐる論争が激しくなっているのは、カンパラだけではない。2006年夏に何回か和平交渉の仲介国となった隣国スーダンでも同様だ(3)。同年10月、LRAのナンバー2であるヴィンセント・オッティは、スーダン南部のジュバでの交渉で前進があったとはいえ(4)、ICCが訴追を取り下げない限りは包括合意への署名はあり得ないとの声明を発した(5)。仮に裁判が行われるとすれば、ウガンダ国内で開かれるべきだという主張である。1986年から続く紛争で初めて、あともう一息で和平合意という展望が見えていただけに、この脅しは深刻に受け止めるべきだろう。

 反政府側の脅しに対して、ウガンダ政府は正反対の二つの選択枝の間で揺れているように見える。ムセヴェニ大統領の側近の中には、ICCの捜査官の引き揚げを要求すべきだと声高に言う者もいる。アチョリ宗教者平和イニシアティブ(ARLPI)やセーブ・ザ・チルドレン・ウガンダ(SCIU)など、北部で活動する様々な組織も同様の立場をとる。これは、戦闘の完全な停止が先決だという一部の住民の願いに合致すると見てよい。だが、ICCは裁判続行の姿勢を変えていない。そのためウガンダ政府としても、公式に立場を表明せざるをえなくなった。政府当局は2006年10月初旬、ICCのモレノ=オカンポ主任検察官に対して、進行中の手続きを貫徹するつもりがある旨を書面で伝えた。

訴追の取り下げという駆け引き

 ウガンダ紛争の当事者双方は、噂と公式声明を操りながら、ICCを利用して自派に有利な流れを作り出そうとしている。政府の側は、和平交渉に先立って、ICCの政治的利用を始めている。2003年12月のICCへの付託に続けて、2004年に5人の訴追の事実を公にしたのは、ウガンダ政府である。極秘のはずであった事実が、地元のマスコミの知るところとなったのだ。ICCによる訴追は、こうして「リーク」されたことで、反政府勢力に圧力をかける道具へと変わった。

 2004年12月、ICCの検察官とムセヴェニ大統領はロンドンで記者会見を行い、裁判手続きの詳細を明らかにした。軍事的に勝利を収められなかったウガンダ政府は、この新しい援軍の存在をアピールしようとした。政府の思惑として、ICCという有力な協力者を得たことは、LRAとの将来の交渉において決定的な意味を持つはずだ。事実、ムセヴェニ大統領の下で閣僚を経験し、政府側の交渉責任者となったベティ・ビゴンベは、2005年に交渉の可能性ありとの手応えを得た段階で、LRAが武装闘争をやめればICCに訴追の取り下げを求めるつもりがあると公言している(6)

 以降、ムセヴェニ大統領はLRAに対して、時には法の裁きという脅しを振りかざし、時には裁判の中止という可能性をちらつかせてきた。カンパラで大統領の側近の一人から聞いた話も、こうした駆け引きを裏付ける。「LRAが包括和平合意に署名すれば、我々はICCとうまく話をつけますよ。訴追を取り下げてもらう理由も用意できますから、そうするつもりです」

 ICCの側は、ウガンダ政府に振り回されているように見える。良く言えば罠にはまっており、悪く言えば道具にされているにすぎない。事態はまるでICCがウガンダ政府のために働いているかのように進行している。反政府側からは和平交渉膠着の元凶と目されるICCは、独立性を明確に打ち出そうとして、裁判手続きを貫徹するつもりだと公言する。しかし現実には、意に反して、政府と反政府勢力の政治的駆け引きの道具と化している。向こう数週間のうちに両者が和平合意を結び、かわりに政府が公式に訴訟の取り下げを求める、という展開になってもおかしくはない。

 ICCとしても、取り下げに応じないという選択は困難だろう。現地の政治情勢を看過するわけにもいかないからだ。司法の論理だけに固執するならば、紛争の継続に加担することになりかねない。その一方で、ICCの設立規程を批准したウガンダ政府は、ICCに協力する義務を負う立場にある。訴追の取り下げを要求すれば、国際法の遵守という面で筋が通らないことになる。しかしながら、この件に関して国連機関や大国が、政治的・人道的な観点からの判断を優先させることはまず間違いないだろう。

 しかもウガンダ政府は、ICCの設立規程自体を法的な根拠として援用できるかもしれない。というのも、他の国際刑事裁判所(旧ユーゴ国際刑事裁判所およびルワンダ国際刑事裁判所)と違って(7)、ICCでは当事国の国内司法が優先されるからだ。つまり犯罪人に対して当事国が信頼性のある裁判を開始する場合には(ここで言う信頼性の有無を判断する基準はまだ定義されていない)、ICCが手続きを進めることはできない。ICCが介入できるのは、当事国で(意図的であるなしを問わず)行動がとられない場合だけである。ICCの手続きが開始されれば、設立規程を批准した104カ国はICCに協力し、情報提供や容疑者引き渡しの義務を負う。

 ウガンダのケースには、まだ始動して間もないICCのイメージがかかっている。その行方が、ICCの将来の裁判のあり方を左右することになるかもしれない。先行する他の国際刑事法廷が経験した困難を克服するために設立されたICCもまた、同じ困難にぶつかっているように見える。正義を実現するという任務の遂行に際し、外交的、政治的な問題に目をつぶるわけにもいかないというジレンマである。いずれにしても、ウガンダ北部の難民キャンプで多くの人々は、どうして自分たちの困難な生活状況が長引かされるのか、理解に苦しんでいることだろう。

(1) ジョゼフ・コニー、ヴィンセント・オッティ、ラスカ・ルキーヤ、オコト・オディアンボ、ドミニック・オングウェンの5人に対する予審が開始されている。2007年3月1日、5人の弁護人にミシュリーヌ・C・サン=ローランが任命された。
(2) http://www.icc-cpi.int/cases.html
(3) 2007年1月10日、スーダンのバシール大統領は「LRAはもはやスーダンで歓迎されていない」との見解を示した。これを受けてLRA側は、スーダンで和平交渉を続けることはできないと考えるようになり、現在中断中の交渉を他国で再開することを要求している。
(4) 2006年8月26日、戦闘行為の停止に関する合意が、反政府勢力と政府の間で結ばれた。合意は12月初旬に更新された後、2007年2月末に失効した。
(5) << Kony rebels refuse to sign peace deal >>, Daily Monitor, Kampala, 10 October 2006.
(6) See Tim Allen, Trial Justice. The International Criminal Court and the Lord's Resistance Army, Zed Books, London - New York, 2006.
(7) グザヴィエ・ブガレル「 旧ユーゴ国際戦犯法廷から学ぶべきこと」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年4月号)参照。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年4月号)

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