フランス美術館、あの手この手の資金集め

フィリップ・パトー=セレリエ(Philippe Pataud Celerier)
ジャーナリスト

訳・北浦春香

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 フランスからアトランタへと、所蔵品を大量に送った時は人目につかずに済んだルーヴル美術館は、アブダビに分館を開設する計画では、猛烈な反発を引き起こすことになった。「美術館は売り物ではない」と題した請願書に、3000人以上の人々が署名した。所蔵品の移動という現象の背景に、文化のスペクタクル化という大きな流れを感じ取ったからだ。この流れを放置すれば、文化遺産の取り返しのつかない劣化を招いてしまうかもしれない。それは既にヴェルサイユ宮殿の現状にも見て取ることができる。[フランス語版編集部]

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 フランスからアトランタへと、所蔵品を大量に送った時は人目につかずに済んだルーヴル美術館は、アブダビに分館を開設する計画では、猛烈な反発を引き起こすことになった。「美術館は売り物ではない」と題した請願書に、3000人以上の人々が署名した。所蔵品の移動という現象の背景に、文化のスペクタクル化という大きな流れを感じ取ったからだ。この流れを放置すれば、文化遺産の取り返しのつかない劣化を招いてしまうかもしれない。それは既にヴェルサイユ宮殿の現状にも見て取ることができる。[フランス語版編集部]



 アメリカのジョージア州アトランタにあるハイ美術館。ここで2006年10月半ば以降、ルーヴル美術館のコレクションの一部を見ることができる。レンゾ・ピアノが改装を手がけたこの美術館では、3年間に9つの企画展が予定され、計142点が大西洋を渡ることになる。その中には、ラファエロ、プッサン、ムリーリョ、レンブラントといった巨匠の傑作も多数含まれる。世界最大規模を誇るルーヴル美術館の館長、アンリ・ロワレットは言う。「この企画には、アメリカの民間メセナの全面的な支援により、1億4900万ユーロが投じられます。そのうちルーヴルが5400万ユーロを受け取って、工芸品部門の18世紀フランス家具調度品室の改修に充てる予定です」。アトランタへの作品の輸送は、前代未聞のことながら、美術館同士の交流というフランスの政策の一環をなす。ルーヴルの側でも、企画展を開く際に、よそから大量に作品を借りられるというメリットがある。

 アトランタでは「毎日がお祭り」だ。このスローガンが打ち出されたのは、アトランタ会議・観光局(ACVB)の担当者によれば、「ハイ美術館の増築と、世界最大の水族館の開設によって、ものすごく刺激的なアトラクション群が完成しつつあったとき」だという。1886年にこの町で創業され、コカ・コーラ博物館も建設したコカ・コーラ社は、今回のルーヴルとアトランタの企画の後援団体にも名を連ね、「2007年初めにはまた新しい企画を発表する予定」でいる。新しくオリンピック博物館も加わって、アトランタはビジネスとアミューズメントの大規模施設群を備えつつある。計画推進者の目論見によれば、「アトランタは市場としても国際的な観光地としても、トップクラスに仲間入りする」ことになる(1)。目的は明白だ。では、ルーヴルの方はどうなのか。学問と文化、教育を常に旗印としてきたルーヴルもまた、今回との提携の理由として、同じ目的を口にするのだろうか。

 「そこが問題です」と、複数の学芸員が匿名で語ってくれた。「アトランタとの提携の際、私たちは既成事実を突き付けられました。この計画は、私たちの学問研究に端を発するものではなく、外交的、経済的な思慮に基づく政治家の意向によるものです。私たちに求められたのは、マスコミ向けのコンセプトや目玉作品にぴったり合うようなアイデアを出すことだけでした。研究者は、自分たち抜きで進められた計画の引き立て役にされ、マスコミを相手に計画を持ち上げてみせる羽目になったのです」。しかも、アトランタとの提携は、ルーヴル美術館の理事会より先に、ニューヨークのフランス総領事館で発表された。

 「こういうおかしなことが、近年ますます見られるようになりました」と語るのは、ウェブサイト「美術論壇」の開設者、ディディエ・リクネルだ。文化の問題についての頼もしい見張り役として、今や注目のサイトである(2)。「ラファエロ生誕500周年にあたる1983年当時は、各国でばらばらに展覧会が企画されました。作品を移動させるなどもってのほか、非常に損傷しやすいものだから、という理由です。でも、500周年なんて、後にも先にもない機会だったのに。それから20年後、ラファエロの傑作『バルダッサッレ・カスティリオーネの肖像』(1514-15年)が、飛行機でアトランタに送られる運びとなったわけです。どんな作品がアメリカに行くことになっているのか、アメリカの新聞を読んで初めて知りましたよ(3)。そのうち、湾岸諸国の新聞も読まなきゃいけなくなるんでしょうかね。人口70万人の金持ち産油国、アブダビで進行中のプロジェクトについて知りたければ」

 事実、アブダビ観光局の理事長を務めるナヒヤーン王子がルーヴル美術館長の訪問を受けたというニュースを報じたのは、2006年8月31日付のアート・ニューズペーパー紙だった。これに先立ち、両国間の首脳会談も行われている(4)。ドヌデュー=ド=ヴァーブル文化大臣の側近は語る。「ドバイに続けてアブダビもまた、ポスト石油時代を見越した産業転換を図っています。アブダビは、必見の文化基地というポジションを狙っています。2015年までに観光客を5倍に増やすつもりで、一大都市計画を推し進めています。ホテルに加えて、ゴルフ場やマリンレジャー施設、5つの文化施設が建設される予定です。うち4つは美術館で、国際的にもトップレベルの建築家が設計にあたっています」。フランク・ゲーリーの手によるグッゲンハイムの新館のほかに予定されているのが「大規模なフランス系の美術館です。21世紀のユニバーサルな美術館として、プリミティブ・アートもコンテンポラリー・アートも手がけるものです。ルーヴルからも、フランス全国の美術館からも、所蔵品を送ります。今日、フランスと言えば、第一に文化というイメージがあります。これこそ他にはない我が国の強みであり、グローバリゼーションの時代に徹底的に活用すべき切り札です」

ヴェルサイユの「アトラクション」

 砂漠の国ということを別にすれば、この構図を見るとアトランタ、それに1997年10月にアブダビと同じフランク・ゲーリーの設計で、スペインのビルバオに建てられたグッゲンハイムの分館を連想せずにはいられない。開館から2年後、バスク地方の経済規模は7億7500万ユーロに達した。初期投資のほぼ10倍にあたる。年間4100人の雇用も派生した。ビルバオの成功は世界中のメディアで取り上げられた。今や多くの政治家は、文化遺産を経済発展に欠かせない手段とみなすようになっている。2005年には7500万人の外国人がフランス(主にパリ)を訪れた。そうした背景のもと、パリに集中するコレクションを全国各地に分散させようとする動きが始まっている。ルーヴル美術館が北部ノール・パ・ド・カレ地方のランスに(投資額1億1700万ユーロ)、ポンピドゥー・センターが東部ロレーヌ地方のメッツに(投資額4000万ユーロ)、それぞれ分館の設立を予定している。学芸員たちは疑問を口にする。「ノール・パ・ド・カレ地方には、既にアラスやリールに立派な美術館があるのに、なぜランス(パリからたった200キロの地点)なのか。どうして苦境にある他の美術館のコレクションを充実させるために回さないのか。それに、そもそもどんな内容の美術館にするつもりなのか」。ランスの計画は、この旧炭鉱町を美術館によって復興するというもので、美術館の「デザインがその手始めになる」という(5)。ビルバオ・グッゲンハイム分館の、チタン皮膜で覆われた渦形デザインならば、ほとんど誰もが知っている。だが、そこで何が展示されているのか、誰が知っているだろうか。そんなことは二の次だ。何かを見に来てもらうためには、まずは目立たなくてはならないのだ。

 都市の文化度を売り込もうという新手のマーケティングの中で、美術館は観光客と企画展の呼び水として、見通しのよい場所に置かれる目玉商品と化している。「文化資産が豊かなところでは観光消費も盛んだ」という事実を知らない者はない(6)。世界の外国旅行者は、2005年の統計では8億人にのぼる(7)。どの地域も美術館を持ちたがり、どの美術館も拡張を望む。アトランタからシンガポール、湾岸諸国から香港まで、そして中国に及ぶのも時間の問題だ。最もアグレッシブなのが、民間のグッゲンハイム財団である。そのネットワークはヴェネツィア、ベルリン、ビルバオまで広がっている。ラスヴェガスのカジノホテルにあるグッゲンハイムの分館には、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館がコレクションの一部を貸与している。ロシア政府からの補助金だけでは運営できないからだ。フランスの大型美術館も、国際化を進めている。文化省美術館総局の前局長フランソワーズ・カシャンは、アトランタとの提携に触れながら、「誤解を恐れずに言えば、新たな収入源を確保するために文化遺産を商品化する」動きだと言う。

 政府は手を引くということか。「あり得ない」と、文化大臣は2007年度予算についての記者会見の席で断言した。だが、誰がだまされるだろう。美術館の数が増えれば、それぞれに回る公的資金は減る。各自が独自に財源を広げなくてはならない。ルーヴルの資金は、2000年から2005年までの間に3940万ユーロから6940万ユーロに増えた。ポンピドゥーでは、入場料収入は41%増、事業収入(館内営業権、貸しスペース、物品販売)は64.4%増になった(8)。こうした自主財源拡大の努力は、ユネスコの協力機関である国際博物館会議(ICOM)が謳うミュージアムの第一の使命、すなわち「研究、教育、鑑賞のため」のコレクションの調査、保存、公開という使命の障害となるおそれもある。

 ヴェルサイユ友の会の会員であるクロード・ロジエによれば(9)、「現在、国有財産ヴェルサイユが、最大限の利益を引き出すべき消費財と見なされているのは目にも明らかだ。そこには、この資源が再生不能だという事実への配慮はない。そうした目的で作られたわけではない場所に、常により多くの入場者を詰め込もうとし、それが取り返しのつかない劣化を招いているという認識もない」。2006年7月からは、王室礼拝堂やオペラ劇場も自由に歩き回れるようになった。ルイ14世のプライベートルームについても同様の措置が検討されているようだ。

 というのも、現在ヴェルサイユが重視しているのは、全体を好きなように見学できる「音声ガイド付きパスポート券」というコンセプトだからだ(1枚13.50ユーロから25ユーロ)。その成功はヴェルサイユ国有地公団(EPV)の事業報告書からも裏付けられる。2000年に3万7969枚だったパスポートの販売は、2005年に40万2290枚に達している。「EPVはこの種のフリーチケットを一般化すべきである。受付の負担が減り、相当額の収入が得られる(・・・)ことが利点である」と報告書は言う。それに対して監視員たちは、「まるでアトラクションを次々に増やすように、できるだけ多くの部屋を公開しようとしている。オペラ劇場はミッキーマウスクラブではないし、礼拝堂の300年前の大理石の床が、歩き回る観光客にそう長く耐えられるはずがないのに」と憤る。

 他方、コレージュ・ド・フランスの美術史教授、ロラン・レクトは次のように心配する。「観光客がどっと押し寄せれば、それだけ作品の劣化が進む。次世代に受け継ぐべき文化遺産を自ら葬るような行為だ。そうした文化遺産を道具として利用している実情は言わずもがなだ。遺産をより豊かにするという触れ込みで、数々のイベントが打ち出されるが、たいていの場合、実際の動機は商業的、経済的なものである(10)

メセナの眼中にあるのは入場者数

 「宮殿のイメージを一新する」はずの「ヴェルサイユ史上空前の事業」だとEPVの言う工事が、そうした類のものであることに疑いの余地はない。革命期に消失した王宮の柵を復元するこの工事では、「入場者の流れをさばく」効果も見込まれている。しかし、こうしている間にも、「庭園の傑作、人類の世界遺産、ル=ノートルとアルドゥワン=マンサールの作品であるラトナの泉水が沈下している」ことに対し、多くの識者が怒りの声を上げている。

 ロジエによれば、「費用の額を比べてみると、下された判断が適切なのか疑問が生じる。緊急性が低く、歴史的に疑義のある事業に対し、政府や民間の資金が投じられている(総額800万ユーロ。うち350万ユーロがメセナによるもので、王宮の柵に充当)。その一方で、文化財に指定されている現存の歴史的モニュメントに関わる必要かつ緊急性の高い事業は、不安定なメセナ資金に委ねられているのだ(2001年に行われた研究によれば、泉水の修復には500万ユーロが必要)。メセナが現れなければ、ユネスコに訴えるしかないのだろうか」。当のヴェルサイユの側では、「通常予算の100%(2005年度は3500万ユーロ)と大規模投資の20%(年平均1000万から2000万ユーロ)をもっぱら自主財源(入場料、貸しスペース、場内営業権、メセナ)によって賄っている」ことを強調する。

 「ここには、現行のメセナ政策の問題点が凝縮されています」とある学芸員は説く。「そもそも、華々しい事業を支援するというメセナの性質自体に問題があるわけですが」。美術館の必要とする事業がすべてマスコミの脚光を浴びるわけではない。ルーヴルの防火基本計画(2200万ユーロ規模)は、政府の負担である。他方、メセナが望むのは、クレディ・リヨネ銀行によれば、「文化に対する関心の高まりに応えるような高邁な理念を掲げるプロジェクトの支援を通じて、イメージアップを図ること」だ。この銀行は最近、他に2社と共同で、ルーヴルのウェブサイトの拡充に700万ユーロを出資した。それだけの資金があれば、いくつもの美術館を改修するか、ヴェルサイユの庭園に置かれた彫刻の何体かを修復できたはずだ。しかし今となっては、それらの劣化はもはや回復不可能なレベルに達してしまった。

 「でも、あまり有名とは言えない美術館を運営していて、相手の眼中にあるのは入場者数だけという場合に、どうやってメセナを説得できるものでしょう。ルーヴルでは、19人もの職員が専従でメセナ探しにあたっています。そのとばっちりは強烈です」とある美術館長は言う。「美術館同士での競争も激しい上に、研究調査に充てる時間の4分の1が、メセナ担当課に回す書類の作成にとられています」と言う学芸員もいる。

 数字が目の前に置かれ、常に喚起される。2005年、ケ・ブランリ美術館は1日4000人、ヴェルサイユは年間400万人。2006年、ルーヴルは830万人(2001年には510万人)、「オルセー美術館は300万人」といった具合だ。鳴り物入りの企画展はブロックバスター、つまり額面通りにとれば「街を根こそぎにする」と銘打たれるが、実際に「収容能力の限界に達するのは時間の問題でしょう」とオルセー美術館長のセルジュ・ルモワーヌは案ずる。これらの数字が意味する現実とは何か。国立美術館全体の有料入場者数は、2004年度で1000万人にのぼる。うち900万人近くは、ルーヴル、ヴェルサイユ、オルセーだけで占めている。その一方で、2004年以降ルーヴルの付属美術館となったドラクロワ美術館の入場者数は2005年に4%減少しているのだ(11)

 少数の大型美術館が、入場者数の増加で主に潤い、さらに増強を続けているのが現実だ(ルーヴルはエントランスの改装計画「ピラミッド」に690万ユーロを投じることで、年間1000万人の入場を見込む)。そうした入場者の増加は、果たして文化のより一層の民主化や、とりわけ国際化を意味しているのだろうか。2004年の場合、失業者や社会扶助受給者のうちルーヴルを訪れたのは0.6%にすぎず、その一方で入場者の3分の2は外国人観光客が占めている(主要国立美術館の平均値)。問題は、こうした環境のもとで、入場者がどのような態度で文化に接するようになったかだ。多くの人は滞留時間のかなりの部分を、作品を背にした記念撮影に費やしているように見える。

 「誰であれ、来館者は歓迎です」とルーヴルの館長は応ずる。それに反対する者はいないだろう。しかし、文化への無頓着を助長してまで、入場者を増やそうとすべきなのか。ルーヴルの最新の広告を見れば、そう問わざるを得ない。大写しになった若い女性の横顔、その背景に並ぶ絵の前には、十台ほどの携帯電話がひしめく、という構図なのだ。映画『ダ・ヴィンチ・コード』に撮影許可が出されたのも疑問である。許可の決定は、フランスの対外イメージを向上させようという政治家の主導で下された。この映画を見た人は、世界でこれまで3億人にのぼるからだ。ロケ地で写真を撮ろうとやって来る人は、そのうちどれぐらいになるだろうか。なかでも、防弾ガラスに守られた『モナリザ』のある「国家の間」の混雑ぶりは、それでなくても限界に達している。作品の鑑賞よりも入場者の回転を優先し、作品にまつわる物語よりも記号としての作品の力が人を呼び込むという発想だとしか考えられない。

魅力的な等式?

 気鋭の美術史家、ダニエル・アラスは、人は「なにも見ていない」と記した(12)。確かにいつでもそうかもしれない。だが、それ以前に、まずは落ち着いて作品を鑑賞できなければどうしようもない。美術館はもはや、絵の見方を学ぶのにうってつけの場ではなくなってしまったのだろうか。この問いは意外に思われるかもしれない。しかし、ルーヴルの理事会が2004年秋に、絵画の知識を広めるのに最も積極的な人間であるはずの、アーティストや教員を対象とした無料制度を廃止しようとしたのは事実なのだ(13)。「観光は、様々な施設に対し、その組織や基準の見直しを促す強力な要因となりました。しかし、その際に、各施設の使命とは何かということが、改めて真剣に検討されることはありませんでした」と評するのは、かつてポンピドゥー、次いでルーヴルの広報政策を担当していたクロード・フルトーだ(14)。「観光の大衆化時代が到来したことで、美術館には、政府が責任ある教育政策の対象とは見なさない人々が、大量に訪れるようになりました。それが、無料制から有料制への移行の動機になったと考えてよいのではないでしょうか」

 美術館は、もはや不可欠の収益源となった消費者たちを最優先のターゲットにしているようだ。購買力が高いというのは、様々な関連商品(ポストカード、アクセサリー、香水、スカーフ、書籍、館内レストラン)が確実に売れるということでもある。美術館でたくさんお金を使うほど、消費者はそんな自分に酔うことができる。だが、今はそうでも、美術館のオーラが薄れてしまえば、また別の歯車が動き出すのではないだろうか。アートの物語は、もっと楽しい別の物語に負けてしまうのではなかろうか。

 現在ルーヴルには、『ダ・ヴィンチ・コード』の主人公の足跡を巡るコースがある。「美術館をより消費者向けに、のみこみやすく、動きのあるものにして、旅行会社のツアーと一体化させる仕掛け(10ユーロで音声ガイドが貸し出される)」とロラン・レクトは見る。ケ・ブランリでは、館内の空間演出によって、展示品の意味が歪められてしまっている。コタ族の納骨箱は、十字架と同様、単なる鑑賞品として作られたわけではないのに、ここでは学術的な意味よりも演出が優先されている。ヴェルサイユ宮殿の場合を見ても、最もプライベートな場所を公開しようという発想は、フランス史の中の目玉商品を「セレブという見世物にする」ことではないのか。レクトはこう続ける。「文化遺産とは何かという認識を養おうとはせず、入場者のセンチメンタリズムを煽っているだけだ。実際、美術館の幹部に経営者タイプの者が増えている」

 美術館の幹部たちは、そのうち作品の売却にも乗り出すのではないだろうか。ブルトン経済財政産業大臣が設置した「無形財経済に関する委員会」の報告書は、数々の提案の中の一つとして、「一部の所蔵品の貸与・売却を美術館に許可すること」を提言している。ただし「当然ながら、一方では、国益および国の宝の保全、他方では、所蔵品の更新および施設運営の自由を、ともに保障する枠組みが必要である(15)

 文化省のホームページで閲覧できる報告書の中に、「美術作品の国外搬出は、文化的商品やサービスの消費を目的としてフランスを訪れる観光客と同等の価値を生む」との記述がある(16)。魅力的な等式だ。フランスには、維持管理が困難な文化遺産がある。他の国には、維持管理の資金はあるが、国際的な旅行産業の目にとまるだけの文化遺産がない。しかし、この論理には危ういところがある。どの作品をどれぐらい動かすかは、それが生み出す利益の程度によりけりということになりかねない。机上の空論だろうか。アトランタではなくロレーヌ地方のブゾンビル、アブダビではなくガボンのリーヴルビルだったとしたら、どうなるか考えてみるといい。片田舎の美術館が、著名な作品を借り受けることができるだろうか。ファング族の作品の展覧会が、その母国でも開かれる可能性はあるだろうか。展覧会の企画内容が第一に経済的、外交的な目的に合致しなければならないとすれば、どのような文化交流のためならば、作品の移動が実施されるのか。

 では、外国観光客の誘致の方はどうかと言えば、この経済分野は非常に不安定なものかもしれない。国際的な危機、テロ、感染症などが発生したら、フランスが大々的に整備した文化施設群を訪れる観光客の3分の2は、一夜にして姿を消すだろう。「愛の対象から物置へと移された作品が、愛の対象から美術館へと移されることもあるだろう。しかし、その方がいいとは限らない」とアンドレ・マルローは書いた。「あらゆる作品は、愛を失ったときに死ぬ」。さらに、文化問題担当大臣となったマルローは、こうも言っている。文化とは「自分は地上で何をしているのかと問う人間への応答である」。それは、気晴らしの提供による金儲けを第一とするような「余暇の利用法ではない(17)

(1) http://www.atlanta.net/pressroom/media/docs/ACVB_Annual_05_06.pdf
(2) http://www.latribunedelart.com
(3) Catherine Fox, << Louvre unveils treasures to adorn halls of High >>, The Atlanta Journal-Constitution,19 January 2006.
(4) Jason Edward Kaufman, << Will the Louvre follow the Guggenheim to Abu Dhabi ? >>, The Art Newspaper, London, 31 August 2006 ; Jacques Follorou and Emmanuel de Roux, << Le Louvre s'exporte dans le Golfe >>, Le Monde, 8 September 2006.
(5) ルーヴル美術館ランス分館の開設協定の署名式で、ドヌデュー・ド=ヴァーブル大臣が行った発言、2005年5月12日。
(6) Cf. La Culture et le Developpement local, Organisation for Economic Co-operation and Development (OECD), Paris, 2005. See also Francois Ruffin, << Penser la ville pour que les riches y vivent heureux >>, Le Monde diplomatique, January 2007.
(7) http://www.world-tourism.org
(8) << Les grands musees, multinationales du tourisme >>, Enjeux - Les Echos, Paris, November 2005.
(9) Jean Erceau and Claude Rozier, Les Jardins initiatiques de Versailles, Thalia, Paris, 2006. http://720plan.ovh.net/~jardinsd/
(10) Roland Recht, A quoi sert l'histoire de l'art ?, Textuel, coll. << Conversations pour demain >>, Paris, 2006.
(11) Cf. activity report of Louvre published in Chiffres cles 2005. Statistiques de la culture, La Documentation francaise, Paris, 2005.
(12) ダニエル・アラス『なにも見ていない』(宮下志朗訳、白水社、2002年)。
(13) ある団体の抗議運動により、この決定は部分的に撤回された。http://louvrepourtous.site.voila.fr
(14) Claude Fourteau, << Le tourisme et les institutions culturelles >>, lecture given at l'Universite de tous les savoirs, Paris,13 January 2006.
(15) http://www.finances.gouv.fr/directions_services, November 2006.
(16) Xavier Greffe, << La mobilisation des actifs culturels de la France >>, departement des etudes, de la prospective et des statisfiques (DEPS), Paris, May 2006, http://www.culture.gouv.fr/
(17) Andre Malraux, La Politique, la Culture, Gallimard, coll. << Folio essai >>, Paris, 1996.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2007年2月号)

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