| メキシコでは、2006年7月2日の大統領選挙で不正があったのではないかという不満がくすぶるなかで、南部オアハカ州で重大な社会紛争が続いている。7万人の教員がストライキを行ない、社会団体のほとんどもそれに同調し、州知事と対決しているのだ。10月27日から30日にかけ、数千人規模の連邦警察部隊が展開されて、州都オアハカ市を制圧した。この時、過去5カ月の死亡者10人近くに加え、さらに5人の犠牲者が出ている。[フランス語版編集部] |
「我々が直面しているのは、1994年のサパティスタの武装蜂起に対して行なわれて以来、最大規模の軍事作戦だ。陸・海・空からの揚陸である」。2006年10月3日、ジャーナリストのエルマン・ベリングハウセンがメキシコの日刊紙ラ・ホルナーダにこのような論評を掲載した。海軍の特殊部隊がオアハカ州太平洋岸のウアトゥルコとサリナ・クルスに上陸した日のことだ。戦艦ウスマシンタ、海軍陸戦隊員1500人、ヘリコプターM-18およびM-17が20機、大型輸送機ハーキュリーズおよびC-212、そして何台もの戦車が投入された。軍と連邦予防警察の特殊部隊を加えると、総勢2万人の陣容である。ヘリコプターと飛行機が数日にわたり、州都の上空、「戦闘地域」や歴史地区、バリケードや「反徒」が占拠した建物の上空を旋回する。地上では、男女の交じった群衆が、罵声とともに空に向かって拳を突き上げる。 民衆の蜂起に対して、メキシコ政府が軍の力を見せつけるのはいつものことだ。そして、圧倒的な軍事力をもってしても、立ち上がった民衆を黙らせることができないことも、同様に変わらないだろう。2005年、知事が強圧的で、腐敗しており、選出時にも不正があったと考えるオアハカの州民は蜂起した。問題の知事は、1929年から2000年までずっとメキシコの与党だった制度的革命党(PRI)のウリセス・ルイスである。 オアハカ州、なかでも同名の州都オアハカ市は、2006年5月22日以降、社会紛争に揺さぶられている。6月14日、ストを続けていた約7万人の教員が所属する反体制的な全国教職員組合(SNTE)第22支部に対して、ルイス知事が組織的な弾圧を加え、92人が負傷したことで、紛争はさらに激化した。この時から教員側の第一の要求事項は変わっていない。「知事は辞職せよ。そうすれば5日後に授業を再開する」というものだ。州のほとんどの社会団体が加盟するオアハカ州人民会議(APPO)も、教員の要求に同調している。130万人の生徒が、6カ月前から授業を受けていない。市庁舎、公共施設、ホテル、空港が占拠され、平和的な市民的不服従が呼びかけられ、行動の先鋭化が進んでいる。住民は団結し、州行政は完全に停止した。にもかかわらず、ルイス知事は辞職を拒み続けている。 当初から、国民行動党(PAN、リベラル右派)のフォックス政権は、解決能力のなさを露呈していた。7月2日に行なわれた選挙の後、次期大統領に当選した同党のフェリペ・カルデロンに対して、メキシコ全土で異議申立が湧き起こっており(1)、オアハカ州の危機的状況はそれと並行して深まっていた。10月5日にアバスカル内相は、最初の交渉プランとして「オアハカ州の統治可能性、平和および開発に関する協約」を提案した。新しい州憲法の採択、司法制度の改革、一連の経済的インセンティブ、人権尊重を盛り込んだものである。しかし、住民の基本的な要求事項、すなわち知事辞職に関する文言はどこにも含まれていない。 フォックス大統領が知事の「クビ」を差し出せない理由は、オアハカの紛争とは何の関係もない。それは7月2日の大統領選挙に絡んでいる。連邦選挙裁判所がカルデロンの当選を認定したことで、メキシコ史上類を見ない大規模な民衆運動が起きた。先頭に立っているのは、「落選」とされた革命民主党(PRD、左派)のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールである。国内第2の政治勢力となった同党は、新政権を認知していない(2)。それに対して、12月1日の就任を予定するカルデロンが現に統治の拠り所にできるのは、9月に第1党のPANと第3党のPRIの間で結ばれた連立合意だけである。「カルデロンが国の統治に臨み、フォックス大統領が過半数を確保できずに通せなかった構造的改革法案を成立させるためには、PRIが欠かせない。12月1日に国会で就任宣言を行なうためにもPRIが必要なのだ」と、アナリストのルイス・ハビエル・ガリードは解説する。左派が組織する「市民的抵抗」の目的のひとつは、まさにカルデロンの就任を阻止することである。 軍の展開PRIはPANの「勝利」を最終的に認めたため、同党議員の支持がなければ、カルデロンが議会の承認を受けることはできない。それと引き換えに、PRIは地盤のひとつであるオアハカ州を死守する。しかし、辞職を求められている州知事を擁護することは、国政レベルで高すぎる代償になりつつある。「2年間でルイスは社会的リーダー35人を殺害させ、200人以上を投獄させた」とAPPOのスポークスマン、フロレンティーノ・ロペスは糾弾する。「ルイスは、社会事業に使われる予定だった何百万ペソもの大金を横流しして、PRIの選挙運動と自分の会社のために使い込んだ」。前任のムラー州知事(PRI)の時にも、社会的リーダー60人が収監されており、銃撃による死亡者4人、負傷者15人も彼の責任だとされる。ムラー州政のスタッフの6割がルイス州政のスタッフとして残っている。その指揮下で、準軍事グループと州警察が、オアハカ市内に築かれた約1500のバリケード(州全域では3000)、住民が占拠した80の公共施設と12のラジオ・テレビ局を日々攻撃しているのだ。6月以降、9人の死者が出た。8人のリーダーが拉致され、何日か後に獄中にあることが確認された。過去6カ月にわたり、社会運動の分断、威嚇、弱体化のためにあらゆる弾圧手段が駆使されてきた。カナダに政治亡命中のオアハカ先住民民衆協議会リカルド・フローレス・マゴン(CIPO-RFM)のスポークスマン、ラウル・ガティカは言う。「州政府はバリケードを真っ先に破壊しようとしています。それが運動を組織する場であり、内部の議論の場となっているからです。第2の標的は、我々と住民とをつなぐ手段のラジオ局です」 暴力行為があっても、連邦レベルでは捜査が一切行なわれない。2大テレビ局のテレビサとテレビアステカは、APPOと第22支部の活動家を武装した危険な無法者だと報じている。ルイス知事とPRIは「治安を回復し、リーダーたちを処罰するため」に連邦警察の派遣を要請している。経済界もこれに足並みを揃えている。そして10月3日、軍の「揚陸」が実施された。この時フォックス大統領は「法の侵犯は、いかなる時も阻止され、処罰されるべきである」と発言した。 交渉が続けられつつも、弾圧行為が間近に迫るなか、オアハカはパリ・コミューンならぬオアハカ・コミューンと化した。しかし、攻撃は数日後に停止され、軍はオアハカ市内には入らなかった。共同体活動経済政治調査センター(CIEPAC)の研究員で、1994年のサパティスタ蜂起後に進められたチアパス州軍事化に関していくつも本を書いているオネシモ・イダルゴは(3)、「フォックスは重大な人権侵害の責任者として任期を終えるわけにはいかない。狙いは威嚇にあった」と見る。 とはいえ、海軍陸戦部隊のうち、10月12日に国内北部の兵舎に引き揚げたのは3000人にすぎない。残りの部隊が現地を離れる気配はない。オアハカ州への軍の展開は紛れもなく事実であり、農村部の住民はスト参加者のために食料を集めている。「軍の今後の戦略は、農村部に駐留するために何かしらの口実を見つけることだ」というのがイダルゴの分析だ。「その口実は、ハリケーンに対する緊急対策でも、武装グループの存在でもいいし、麻薬取引や不法移民でもいい。この地域を軍事化するとは絶対に言わないが、チアパス制圧のために用いたのと同じ戦略だ」 進みゆく二極分解たしかにオアハカ州は、サパティスタ蜂起以来12年にわたって軍事化されている隣のチアパス州と驚くほど似ている。オアハカ州は戦略的に重要な位置にあり、自然資源に富んだ土地で、先住民が多く、国内でも貧困レベルが高い部類に入る。340万人の州人口の過半数を占める16の先住民族(160万人)は、昔から差別の対象となってきた。第22支部の教員は、非常に疎外された農村部で働いており、給与水準が極めて低い。かれこれ26年前から、彼らは給与の引き上げだけでなく、学校設備の改善を求めて闘ってきた。州内570市町村のうち460は基本インフラ(上下水道、電気、道路)さえ整っていない。住民の主な雇用先は農業および資源開発産業である。オアハカ州は、メキシコの中で生物多様性が最も豊かな地域である。森林、海岸、潟湖、山岳、希少植物、様々な種類のトウモロコシがある。地下資源も豊富で、石油、ウラン、石炭、鉄、金、銀、鉛、水銀が埋蔵されている。1540年から20世紀初めまで、オアハカの鉱山は、メキシコの金と銀の半分を産出していた。しかし、この時期には、採掘量が推定埋蔵量の10%を超えることはなかった(4)。さらにオアハカには、水力発電に使える豊富な水資源がある。テワンテペック地峡の南部は世界中で最も風の強い場所のひとつであり、風力発電に適している(5)。2001年からプエブラ・パナマ計画の下で、こうした資源の開発が予定されている(6)。このネオリベラル的な「開発」計画は、社会運動から激しく非難されている。経済活動誘致のためにインフラ(道路、港湾、ダムなど)を整えるという目的を打ち出しており、カルデロン次期大統領が10月に中米各国を訪問した際にも改めて力説している。 紛争の解決は、オアハカ州の戦略地政学的な重要性により、ことさら困難になっている。先住民、そしてAPPOを代表組織とする農村部は、自分たちで自然資源を管理するための法的措置を望んでいる。農村部においても都市部においても、独自の政治機構を構成する権利は、常に要求事項のひとつに掲げられている。「自決権、つまり私たちの土地の政治的運営と私たちの自然資源の管理を求めるということです」と地峡北部地区先住民共同体連合(UCIZONI)のスポークスマンで、APPOメンバーのカルロス・ベアスは説明する。 オアハカ州の軍事化は、さほど意外なことではない。それは、全国各地で増大する社会運動に対する、行政府の焦燥感を示している。フォックス政権からの「応答」は、多くの場合に警察力の使用であり、人権の重大な侵害を伴っていた(7)。ラテンアメリカ諸国の経験、そしてメキシコの歴史を振り返るなら、2つの政治経済観の対立へと一直線に進んでいることが見て取れる。「一方には疎外された人たち、他方には富が集中し、政治的影響力のある特権階級。そうした二極分解が進んでいる」と米国ニュー・メキシコ大学政治学教授のニール・ハーヴェイは言う。「しかもカルデロンは、選挙期間中に自分を支持してくれた経済界を満足させなければならない」 オアハカは、反対派によって認知されていないカルデロンの大統領任期中に、メキシコを見舞いかねない統治不可能状態の前兆である。カルデロンとPRI、経済界の連合は、新たな紛争の火種を煽り立てるかもしれない。その時、増大する反乱の火を、ことごとく軍事力で消し止められるものだろうか。
(1) See Ignacio Ramonet, << Le Mexique fracture >>, Le Monde diplomatique, August 2006. |
| (ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年11月号) All rights reserved, 2006, Le Monde diplomatique + Okabayashi Yuko + Hiroi Junnichi + Saito Kagumi |
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