2001年9月11日から5年(年表)

ル・モンド・ディプロマティーク編集部

line

2001年9月11日ワシントンのアメリカ国防総省およびニューヨークの世界貿易センターへのテロ事件。3000人近くが死亡。
2001年10月7日アメリカとイギリスの率いる連合軍がアフガニスタンに軍事介入(「不朽の自由」作戦)。約3500人の民間人が死亡。連合軍側の犠牲者420人。
2001年10月26日アメリカ議会、自由を制限する「パトリオット法」を可決。
2001年11月13日北部同盟軍、カブールを制圧。
2001年12月13日ニューデリー(インド)の連邦国会議事堂で自爆テロ。死者14人。
2002年1月29日ブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、対抗策をとることを確約する。
2002年4月11日ジェルバ(チュニジア)にてテロ事件。死者21人。
2002年4-6月「防御の壁」作戦。連続自爆テロが起きた後、イスラエル軍は武力でヨルダン川西岸を奪回。パレスチナ人の死者数百人。パレスチナ自治政府の施設も破壊。
2002年5月8日カラチ(パキスタン)でフランス造船局職員に対する自爆テロ。
2002年6月14日カラチでアメリカ領事館へのテロ事件。死者12人。
2002年10月11日アメリカ議会がイラクに対する武力使用を承認。
2002年10月12日バリ(インドネシア)でテロ事件。死者約200人、負傷者300人。
2002年11月28日モンバサ(ケニア)のホテルでテロ事件。死者18人。
2003年3月19日フランス外相ド=ヴィルパン、国連安保理でイラク戦争に反対する演説を行う。
2003年3月20日「イラクの自由」作戦と銘打つ米英の軍事作戦開始。
2003年4月9日アメリカ、バグダッドの大部分を制圧。
2003年4月14日フセインの拠点、ティクリート陥落。
2003年4月16日ブッシュ大統領、国連に対イラク制裁の解除を求める。
2003年4月30日カルテット(国連、アメリカ、ロシア、EU)が中東に関する「ロードマップ」を発表。
2003年5月1日「任務完了」。ブッシュ大統領、戦争終結を宣言。
2003年5月12日リヤド(サウジアラビア)でテロ事件。死者34人、負傷者200人。
2003年5月16日カサブランカ(モロッコ)でテロ事件。死者45人、負傷者約100人。
2003年6月3-4日シャルム・エル・シェイク(エジプト)で開かれたアメリカ・アラブ諸国首脳会談、次いでアカバ(ヨルダン)で開かれたブッシュ大統領、シャロン首相、アッバス議長の会談で、「ロードマップ 」を承認。
2003年8月19日バグダッドの国連事務所に対するテロ事件。デ=メロ国連事務総長イラク担当特別代表を含む22人が死亡。
2003年11月8日リヤドの集合住宅に対するテロ事件。死者17人。
2003年11月15日、20日イスタンブール(トルコ)のシナゴーグおよびイギリス関連施設に対するテロ事件。死者それぞれ29人、32人。
2003年12月13日ティクリートでフセイン拘束。
2004年3月11日マドリッド(スペイン)でテロ事件。死者191人、負傷者約1500人。
2004年3月22日イスラエルのピンポイント爆撃、ハマスの創設者ヤシン師を殺害。
2004年3月23-24日チャド、マリ、モーリタニア、モロッコ、ニジェール、セネガル、アルジェリア、チュニジアの参謀総長が、「テロに対するグローバルな戦い」の一環として、シュツットガルト(ドイツ)にある米欧州軍本部(EUCOM)にて会合。
2004年3-4月アメリカ兵によるアブ・グレイブ刑務所(イラク)でのイラク人捕虜に対する虐待写真が流出・公開。
2004年5-6月サウジアラビアで欧米人を標的とした連続テロ。アル・カイダが犯行声明。
2004年5-8月カラチで複数のテロ事件。死者58人。
2004年6月28日ブレマー文民行政官からアラウィ首相にイラクの主権を「移譲」
2004年10月6日イラクの大量破壊兵器を捜索していたイラク監視グループのデュエルファー団長が、同国は大量破壊兵器を保有せず、生産能力もなかったと結論づける報告書を提出。
2004年10月7日イスラエル観光客の多いシナイ半島の海浜リゾート3カ所で自動車爆弾によるテロ事件。犠牲者34人。
2004年11月2日ブッシュがアメリカ大統領に再選。
2004年12月6日アル・カイダを名乗る武装集団がジェッダ(サウジアラビア)のアメリカ領事館を攻撃。館員5人、襲撃者4人が死亡。
2005年1月30日イラクで1953年以降初めての複数政党制による選挙。
2005年2月10日2年前に核拡散防止条約を離脱した北朝鮮が、核兵器の保有を公言。
2005年2月14日マニラおよびフィリピン南部でテロ事件。死者12人
2005年6月24日イラン・イスラム共和国大統領にアフマディネジャドが当選。
2005年7月7日ロンドン(イギリス)の公共交通でテロ事件。死者56人、負傷者約700人。
2005年7月23日シャルム・エル・シェイクの海浜リゾートでテロ事件。死者88人、負傷者100人以上。
2005年9月12日イスラエル軍と入植者が、ガザ地区からの撤退を完了。
2005年9月17日アフマディネジャド大統領が国連で、イランには核燃料サイクルをコントロールする「不可侵の権利がある」と改めて表明。
2005年10月1日バリ3カ所でテロ事件。死者26人前後、負傷者100人以上。
2005年10月25日イラクにおけるアメリカ兵の犠牲者数が2000人を突破。
2005年10月29日ニューデリーの複数の市場で連続テロ。死者60人。
 英国の医学誌ランセットが、占領体制下での暴力の結果、死亡したイラク人の数は、控えめに見積もっても10万人超、その過半数が女性や子供であるとの現地調査結果を発表。
2005年11月9日アンマン(ヨルダン)のホテル3カ所でテロ事件。死者57人、負傷者約100人。
2006年1月25日パレスチナ評議会選挙でハマスが勝利。
2006年2月22日サーマッラでシーア派の重要な聖廟が爆破、イラク内戦の幕開けとなる。
2006年4月24日ダハブ(エジプト)でテロ事件。死者18人。
2006年6月7日アメリカ軍の空襲によりザルカウィ殺害。
2006年6月27日1967年よりイスラエルに占領されている領土にパレスチナ国家を樹立することを目指す「囚人文書」に、ハマスとファタハが調印。

[訳・内藤あいさ]

(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年9月号)

All rights reserved, 2006, Le Monde diplomatique + Naito Aisa + Okabayashi Yuko + Saito Kagumi

line
表紙ページ 本紙の位置づけ 有志スタッフ
記事を読む 記事目録・月別 記事目録・分野別
メール版・お申込 読者の横顔
リンク(国際) リンク(フランス)