インターネットの激安労働者

ピエール・ラジュリ(Pierre Lazuly)
ウェブサイト「嘘つき時評」制作、
ポータルサイト「Rezo.net」主宰

訳・瀬尾じゅん

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 いつの日か、「人工知能」を備えたコンピュータが、人間を必要としなくなる日が来るに違いない、我々は長い間そう信じてきた。しかしそれは間違いだった。自分では実行できないローレベルのタスクは、人間に(すずめの涙ほどの金額で)やらせたほうがペイする、ということを機械は悟るにいたった。それに、コンピュータなら、こういう作業をやりたがる人間を世界中のどこからでも瞬時に見つけだせるのだ。[フランス語版編集部]

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 1769年、ハンガリー人技師ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ケンペレンが、当時としては最新鋭の自動機械を披露したとき、ヨーロッパ中にセンセーションが巻き起こった。それはチェスをする人形だった。「機械仕掛けのトルコ人」と呼ばれた操り人形は、人間の背丈ぐらいで、口髭をたくわえ、頭にターバンを巻いて、大きな木箱の後ろに座っていた。木箱の扉を開くと、縦横の軸や歯車でできた精巧な装置が現れた。一定の時間毎に長い鍵を使ってぜんまいを巻いてやらなければならなかったが、発明者の弁によれば、それが大抵の人間に勝負を挑めるほどの人工知能の源であるということだった。

 実際、「トルコ人」は強かった。ヨーロッパを巡回し、ほとんどすべての試合で勝利を収めた。特筆すべきは、パリでベンジャミン・フランクリンを、そしてシェーンブルン宮殿ではヴァグラム会戦中のナポレオン一世を打ち負かしたことだ。

 だが、これはインチキだった。木箱の内部には、手前に置いた装置の後ろに秘密の仕切りがあり、その中に本物のチェス名人が隠れていたのである。彼は、鏡を使って駒を見ながら、人形を操っていた。「機械仕掛けのトルコ人」の強さは、隠れている名人の才能のおかげにすぎなかった。人工知能の誕生はまだ先のことだった。

 チェスの世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフが本物の自動機械に負けたのは、それから2世紀を経た1997年のことである。今回はインチキではなかった。IBMのスーパーコンピュータ「ディープ・ブルー」は、公式戦と同じ持ち時間制の試合で、チェスの世界チャンピオンを負かした最初の機械となった。大部分の知的作業が、別に人間の頭脳なしでもできるようになる日も目前だ、というムードが盛り上がった。

 しかしながら、意外なことに、「機械仕掛けのトルコ人」の時代は終わらなかった。それは2005年11月、インターネット通販の世界的リーダー、アマゾンの「アマゾン・メカニカル・ターク」、通称「Mターク」として復権を果たした(1)。今回は、チェスの試合をするのではない。大ざっぱに言えば、コンピュータが実行できない、あるいは苦手なタスクに人間知能を拝借し、その作業を調整するのである。「写真に写っているものを識別する作業のように、言葉を話し始める前の小さな子供でもできる単純作業をこなしていく場合、まだまだ人間のほうが、高性能のコンピュータに優っている」とアマゾンは言う。

 もともと、アマゾンは、顧客の頭脳を自社の業務に利用する以上のことは考えていなかった。商品紹介ページに載せるのに一番いい写真を選ぶ、商品の説明文を書く、楽曲の演奏者を特定する、といったことだ。こういうタスクは自動化しにくいが、薄謝、あるいはオンラインで使えるクーポンと引き換えに、手を貸してくれるネットユーザーが何百万といるのだ。

 まもなく、アマゾンは、Mタークの応用範囲がものすごく広いことに気がついた。「MTurk.com」として一事業部門を立ち上げ、独立の系列会社にした。Mタークは、当初の目標をはるかに超えて、どんな知的作業についても世界中で分業をアレンジする総合サービスとなった。誰でも、報酬を自由に決めたうえで、この新しい「トルコ人」に仕事を依頼でき、「インターネットに接続できるコンピュータを持つ18歳以上の」誰もが、その仕事をやろうと申し出ることができる。アマゾンは、10%の仲介料を手にする。

 このサービスが始まるやいなや、楽に金儲けができるという考えに魅了された何千というネットユーザーがサイトに殺到した。そして、すぐに落胆した。「人間知能を使うタスク」への「報酬」は数セントという場合がほとんどだったからである。

 アマゾンからの仕事というのは、「メタリカのアルバムのベスト3は?」とか「シアトルにあるアイリッシュパブのベスト3は?」といったもので、最もよく見かける報酬額は1セントこっきりだ。もし、ニューヨークで自動車のオイル交換をするにはどこが一番いいかを答えられるなら、つまり、街を隅々まで知り尽くしているか、あるいは世界のどこに住んでいるにせよ、サーチエンジンを使って信頼に足る回答を見つけだせる場合には、2セントまでは期待していいかもしれない。

 この「機械仕掛けのトルコ人」は、応用編でもたいした報酬を望めない。たとえばベンチャー企業のキャスティング・ワーズは、アマゾンのサービスを利用することにより、同社の表現によれば「人間の筆耕者を使った自動筆耕」の料金を従来の半額に抑えこんだ。テープ1分あたり42セントである(2)。やりがいの薄さと報酬の少なさにもかかわらず、音声ファイルをダウンロードして、書き起こした文書を「おおむね24時間以内に」送り返してくれる人間に事欠くことはない。

究極のアウトソーシング

 さらに驚くことに、仕事によっては、報酬を定める必要がない場合さえある。グーグル・アンサーズの場合には、誰かが質問をすれば、ネットを見ている別の誰かがただで答えてくれる。要は、すでにフリーソフトの開発者やオンライン百科事典ウィキペディアの編集者が、無償で作業しているのと同じである。お金で釣る必要があるのは、無償で引き受けてくれるボランティアが誰もいない作業だけだ。

 これら影の仕事人は誰なのか。アマゾンによれば、「空いた時間にお金を稼ぐ」ことを望み、Mタークなら、好きなとき、好きな場所でできる副業になると考えた人々ということになる。そこは見たところ、一種の法的な空白地帯である。労働は必ずしも労働ではない(そこでの「報酬」は真の意味での対価ではない)。作業をオファーする「依頼者」側と、オファーされた作業を片付け、依頼者が満足したときのみ報酬を支払われるネットユーザーたる「作業提供者」の間に、契約書を取り交わす義務はまったくない。

 けれども、延々と続く「サービス利用条件」(ノーでなければ全面的に同意するしかない20ページもの条件)を読めば、アマゾンが自らの法的義務について完璧に熟知していることがわかる。いまひとつ意味不明の「人工人工知能(3)」なる概念の裏に隠れているのは、紛れもない人間労働である。アマゾンは、「作業提供者」が労働法を遵守すべきこと、特に、自営労働者には届出および法定最高労働時間の義務があることに注意を促している。

 さらに、サービスの利用が、「依頼者」ないしアマゾンと、なんの雇用関係を形成するものではないことも明記されている。つまり、「作業提供者」は、「依頼者」からもアマゾンからも、有給休暇、健康保険、退職金といった従業員向けの福利厚生を得ることはできない。

 IT評論家のデヴィッド・L・マーグリウスは、この新たな「出来高払い労働」を試しにやってみた。すると、時給はよくて3.6ドルという結果だった(合衆国の連邦最低賃金は、9年来変わらず時給5.15ドルで、つい最近も引き上げは連邦議会によって却下された)。これは現実には、偽装された新たなアウトソーシングだと言える。「ここかしこでクリエイティビティが発揮されていることや、賃金が法定最低水準よりもテクニカルに低く設定されていることは別として、私がすごいと思ったのは、アウトソーシングの傾向を究極まで推し進める手法をアマゾンが見つけたことだ。私はこれを『ウェブショアリング』と呼びたい。業務が遂行され、管理コストがかからない限り、労働者がどの国にいるのかを気にかける必要さえもなくなった(4)

 この現象の好例がオンラインゲームである。なかでも最も有名なのがワールド・オヴ・ウォークラフト(ヴィヴァンディの系列会社ブリザード・エンターテイメントの運営)だ。常時接続のプレイヤーが、仮想世界の中で他のプレイヤーたちと出会い、インタラクティブに(会話、取引、戦闘を行いながら)進んでいくゲームである。

 プレーヤーは10日ほどかけて、武器や通貨を集めなければならない。自分のキャラクターを最終ステージに進めるためだ。ゲームが面白くなるのはそこからだ。ならば、何を足踏みする必要があるだろうか。

 Mターク的なオンライン取引市場のおかげで、資金に余裕のあるネットユーザーは、数十ドル出せば、すでに「成長した」キャラクターを買うことができる。逆の立場のことは、中国の若者が、こんなふうに説明する。「1日12時間ずつ、毎日休みなく、僕と仲間はモンスターを殺している。大体、1カ月で250ドルほど稼いでいるよ。前にやっていた仕事とはどれも比べ物にならないぐらい、いい収入だよ。それに、一日中ゲームをしていられるんだからね」

 他の人が面倒がるステージをクリアするためにフルタイムでゲームをする、このような仕事をしている中国人は10万人に上るとも言われる(5)。買い手の側が、「トルコ人」の木箱の中に誰が隠れているかを知ることはない。

人間プロセッサの標準化

 しかしながら、木箱の中に隠れている謎の人物の能力に関する情報が求められることもある。もしかしたら、世界チャンピオンのボビー・フィッシャーかもしれないが、凡庸なチェスプレイヤーだった日には、自動機械の信用を失墜させてしまう。割り振られるタスクに必要な技能が高くなれば、要求レベルも厳しくなっていく。認定試験を課され、これまでの実績を問われ、「依頼者」が満足しなければ、やった仕事を突き返されることもある。その場合、数値化された「作業提供者」の「評価」にはマイナスに影響する。

 とはいえ、この分野では、アマゾンのMタークはかなり遅れた部類に入る。アンケート調査を実施するには理想的な場なのだろうが、一定の技能の必要なタスクに人を雇うとなると、専門のオンライン取引市場が好まれる。たとえば、「入札者それぞれの履歴書と評価をオンラインでご覧いただけます。誰にするか決めたら、あとは数クリックするだけで、専門プログラマーをご利用になれます」と謳うウェブサイト「Rentacoder.com」では、プロジェクト単位の仕事の受注をめぐって、ロシア人や、インド人、パキスタン人のITエンジニアがしのぎを削っている。

 もっと幅広い職種に関してなら、「Elance.com」というサイトがある。グラフィックデザイナー、ライター、ウェブデザイナー、翻訳者、法律家のサービスを提供し、利用者がすでに10万人、総額9000万ドルのプロジェクトが成約している。「お客様のプロジェクトの受注に向け、プロが競合しているので、望みうる最良の料金で発注できます」とこのサイトは説明する。そして「ローカルでの契約に比べて、60%以上の節約になることもまれではありません」と、さりげなく書き加える。ここでもまた「ウェブショアリング」である。相手が地理的にどこに住んでいようと、「望みうる最良の料金」が何を意味しようと、知ったことではない。「労働は商品であり、商取引の対象である。市場に出た商品に関しては、価格が上昇する必然性は売り手ではなく、買い手の側に依存する。自己の労働を市場に提供する人間の生活がなりたたなくなることは、この見地からは完全に度外視されている」と、イギリスの保守派の哲学者、エドマンド・バークが、すでに1795年に書いている(6)

 翻訳の世界では、トラドスというソフトがコアになっている。このツールは、すでに翻訳済みの表現を識別し、それが文章のどこに出てきても同じ翻訳を繰り返す機能を提供することで、「翻訳の時間を短縮しつつ、訳語の統一性を保証」する。しかも、このソフトを使えば、翻訳者への支払い額は、登録済みの表現と重複しなかった単語数の分だけで済む。オンライン翻訳市場「トランスレーションゾーン」では、このトラドス(価格は700ユーロ)を使っていて、認定試験(受験料50ユーロから300ユーロ)に合格した翻訳者だけに、「グローバルなエコシステム」への参加を認めている。

 Mタークも、この分野に参入し、翻訳の技能認定試験を行っている。アマゾンの「フォン・ケンペレン」チームは、英語からスペイン語、フランス語、ドイツ語、そしてヘブライ語への翻訳テストを公開して、Mタークで仕事する「ターカー」たちに、これらの言語を流暢に操るなら、将来「もっと大きな仕事」をもらえるよう、受験することを呼びかけている。

 「私たちは、仕事と労働者のネット市場を作り上げているところです。人間知能を大々的に仕事に組み込める時代が来ているのです」と、アマゾンで「エバンジェリスト」の肩書きで働くジェフ・バーは予言する。結局、人間は数あるプロセッサのひとつなのだ。そして、意外なことに、これが一番コストがかからないものなのかもしれない。

(1) http://www.mturk.com
(2) John Markoff, << Software out there >>, The New York Times, 5 April 2006.
(3) Cf. << Artificial artificial intelligence >>, The Economist, London, 8 June 2006.
(4) David L. Margulius, << Microsoft Live may open gates to desktop ads >>, Infoworld, San Francisco, 18 November 2005.
(5) David Barboza, << Ogre to slay ? Outsource it to Chinese >>, The New York Times, 9 December 2005.
(6) Edmund Burke, Thoughts and Details on Scarcity, quoted by Robert Castel, Les Metamorphoses de la question sociale, Fayard, Paris, 1995.


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年8月号)

* 小見出し「究極のアウトソーシング」直前の段落「コストを従来の半額に」を「料金を従来の半額に」に、「1分あたり42セント」を「テープ1分あたり42セント」に訂正(2006年9月4日)

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