| 「競争は販売を促進し、新たな市場を創出する。これにより雇用が促進される」。経済協力開発機構(OECD)は最近もそう述べている。それは科学というよりは信仰に近いものがあり、利害関心も絡んでいる。競争はよいことだというドグマのもとで、ネオリベラル派の経済学者たちの議論に疑問を挟むことができなくなり、企業の選択を押し付けられるがままになってしまうのである。[フランス語版編集部] |
権威の力を借りて喧伝される経済学の「公理」によって政治的議論は惑わされるばかりになっている。例えば、保護主義、公共企業が果たす積極的な役割、国家による介入政策など、ある種のテーマは議論の対象として取り上げられなくなっているのである。さらに経済的な「公理」は「客観的」な特徴を持つゆえ政治的対立を超越したものだ、とまで主張される。 こうした経済的「公理」が本当に社会科学的な基盤に立脚しているならば、それに異論を唱えることは不可能となる。誰も自然界の法則に疑義を挟もうなどとは思わないだろう。しかし拠って立つ基盤が疑わしいのならば、これまでの議論において占めている地位は詐欺的なばかりだけでなく、反民主主義的な略奪行為だと言うべきである。なぜなら、それは政治的責任を負うことのない「専門家」という一部の少数派によって確立されているものだからだ。もし経済学が科学性を喧伝するのであれば、ルールに服し、論証の対象にされなければならない(1)。しかしネオリベラル経済学の思考は、こうした手続きを無視することに成功するまでに至った(2)。 ネオリベラル経済学が言うところの公理の最たるものは、競争が根本的に重要だという命題であり(3)、それはマクロ経済においては自由貿易、ミクロ経済においてはフレキシビリティを重視すべき根拠とされる。欧州憲法草案の作成過程で、ネオリベラル経済学者が競争を最大の原則に立てたのも、そうした発想に拠っている。競争というテーマは、近代経済思想における古くからの争点である。しかし彼らは、一定の状況において、特定の結果を実現するにあたり、競争が個々人の行為を調和させるかどうかに関心を払わない。そうした条件のもとであれば、競争というテーマは現実に立脚した争点であり得る。ところがネオリベラル経済学者の場合、競争が果たす役割はひとつのドグマとなってしまっている。つまり、競争は絶対的な性格を帯び、具体的な実施条件を超越したものとして措定されるのである。 こうしたドグマの起源は、18世紀に古典派経済学を創ったデヴィッド・ヒューム、バーナード・マンデヴィルとアダム・スミスの著作に求めることができる。彼らは最も利己的な目的に突き動かされた個人間の競争が、自ずと集団にとって良い結果を生むことを示そうとした。ヒュームによる自由貿易に関する初めての一般理論、マンデヴィルの『蜂の寓話』、スミスの有名な「見えざる手」はこうした考えを示した。しかし実際には、この3人の立論は検証に耐えるようなものではない。 国際貿易は自ずと均衡するというヒュームの理論は、世界貿易機関(WTO)の擁護者によって、ほぼそのまま踏襲されている。しかしこの理論は、ある非現実的な前提に基づいている。第一に、経済主体は即座に、また完全な情報を手にすることができる。第二に、供給と需要の間、また供給・需要それぞれ内部での調整は、一切のコストがかかることなく瞬時に実現される。ヒュームの理論では、さまざまな財とサービスは、需要サイドと供給サイドの双方から見て、完全に代替可能であることが前提とされている。 蜂がそれと知らずに巣を作るように、私欲(エゴや野心)は往々にして意図せぬまま「公益」に転じるというマンデヴィルの説も、純然たる文学的空想と言わざるを得ない。 アダム・スミスに至っては、「見えざる手」のメカニズム(市場はそれまで考えられたいかなるシステムよりも適正に、生産と消費を自然に振り分ける、という)を論証したことすらなく、歴史家のジャン=クロード・ペローが言うように、科学的言説を打ち立てようとして宗教的難問をさらけ出したにすぎない(4)。 この3人は擬似自然的な「法則」を主張することで、実際には政治的な目標を達成しようとしていた。ヒュームは、自由貿易によって万人の幸福が達成できれば国家間の紛争を解消できると考えた(5)。マンデヴィルとスミスは、社会が競争によって自動的に編成されることで、啓蒙専制君主とその専制政治から脱却できると考えた。ヒュームの平和主義、マンデヴィルとスミスの専制君主制への抵抗には賛同するしかないが、意図的に手段として用いられた擬似科学的な言説を、論証と取り違えるべきではない。 両立不可能な三学派19世紀後半から20世紀にかけ、競争についての理論は多様化し、三つの学派が生まれた。今に至るまで多大な影響力を保っている第一の学派は、競争のメカニズムが個々の需要と供給を均衡させるというレオン・ワルラス(1834-1910年)に始まる。ヴィルフレド・パレート(1848-1923年)は続いて、競争による経済的均衡は必然的に社会的均衡でもある、と付け加えた。つまり、現実の経済が抱える諸問題に対する唯一絶対の処方箋が存在し、競争こそが経済と社会の両面で最適化を実現する、と主張された。こうして、異論を挟む道は閉ざされてしまった(6)。二つめの思想潮流は、ワルラス=パレート理論の問題点を解決しようとして誕生した。それがルードヴィヒ・フォン・ミーゼス(1881-1973年)やフリードリヒ・ハイエク(1899-1992年)に代表されるオーストリア学派と呼ばれるものである。彼らは、競争とは自動的なメカニズムなどではなく、効率の悪い手段を駆逐するネオ=ダーウィン主義的な過程である、とした。 三番目の学派は、競争が何よりも新たなイノベーション(革新)のダイナミズムであり、より適切なものが従来の解決法の破壊を促していくと主張した。ここで均衡云々は問題とならず、競争は「創造的破壊」と呼ばれる経済活動の恒常的な革命のことであるとされる。この理論の最大の貢献者であるヨーゼフ・シュムペーター(1883-1950年)は、18世紀の思想家と同じ野心を持っていた。つまり経済を非政治化して、諸個人の意識的かつ協調的な行動に代えて、ひとえに内在的な「法則」によって説明可能であるとした(7)。 しかし、これら三つの学派は同時に両立せず、相互に折り合いが付かないような枠組みを持っている。事実、1940-50年代に現代の新古典派経済学の基礎を確立したケネス・アローとジェラール・ドブルーの2人によるワルサス=パレート理論に基づく仮説を認めるならば、オーストリア学派の競争理論もシュムペーターの競争理論も受け入れることはできない。その逆も然りである。例えばハイエクの説に立つならば、均衡に関する諸理論を包含することができない。三つの学派は、補完し合うのではなく、相殺し合うのである。 もうひとつの難題は、各学派が拠って立つ前提にある。一般均衡の理論は、経済主体が完全かつ無欠な情報を持つとするが、全知全能でもない限り成り立ちようがない仮定である。しかし、この前提は彼らの競争理論の根底に位置している。経済主体が不完全かつ非対称的な情報しか得られないとすれば、市場は効率的なものでなくなり、競争は不安定を生み出し、そして公的な直接的介入が要請されることになる。この点はかねてから理論家が認めてきた点である(8)。 各学派の理論が必要とするその他の前提にも問題がある。アローとドブルーのモデルは、個人の選好の序列は個人的な背景や状況に依存しないと仮定する。我々が財Aを財Bより、財Bを財Cより好むのであれば、その序列はいかなる場合も同一であり、同じ選択肢に対応する選好は常に不変であるとする。ハイエクが想定した選別のプロセスでも、我々の選好が時間につれて変化することはない。我々の経験は完全に類似しており、したがって、ある経験での選好が他の経験において変わることはない。時間的な遠近を問わず、我々は全ての経験について同一の記憶を保持する。数学的に述べるならば、我々の反応は過去の経験の平均値に即しているのであり、何らかの個別の突出値をとることがない。 シュムペーターのモデルもまた、我々の選好の構造はイノベーションの衝撃によって変化することはない、と仮定する。安全より利得を優先するか、あるいはその逆であるのかの何れかである。イノベーションによってもたらされた財が、過去の財では提供不可能だったサービスを拡大したにせよ、満足の度合いは変わらないことが前提となっている。 無効化された仮定1970年代以降、個人の行動についてのこれらの仮説群は大きく疑問に付されるようになり(9)、厳密な手順と反復可能性という科学実験の条件を正しく満たしたテストによって有効性を失うに至った。例えば、二種類の治療に対する我々の選好は、それぞれの措置によって余命が延びるのか、死亡のリスクがあるのかによって大きく異なってくる。ある財に対して我々が払ってもいいと考える金額は、我々が支払うことのできる満額そのものではない。利得に対する選好もしくは安全に対する選好は、実際には大きく揺れ動く。あるいは、くじ引きを行う際、常に同じ態度を示すと仮定されている被験者は、得られるものが金銭か現物かによって、実際には戦略をしばしば変えることになる。医療においては、鈍く長く続く痛みよりも、鋭くても短い痛みの方が記憶に残りにくい。これら一連の所見は、新古典派モデルの仮定(選好と戦略の固定性)だけでなく、ハイエクおよびシュムペーターのモデルの仮定を覆すものである。つまるところ、我々の選好は選択を行う際の状況(フレーミング効果)や、手持ちの財貨(所有効果)によって規定される。我々の認識の体系は、漸進的な変化より突出的な個別状況に反応する。新たな要素が出現すれば選択のモデルは常に再編されることになるのである。 どのような状況においても反応が予測可能であるという「エージェント」のモデル、すなわち三学派の理論の根底にある仮定は、広範かつ反駁不可能な形で無効化された。これは紛れもなく過去30年間の社会科学分野での最も重要な進歩のひとつだった。しかし多くの経済学者は、自己のモデルを根底から揺さぶるような結論を否定する戦略をとった、と言わざるを得ない。そのような行動をとったことで、彼らは科学者であることを止めてしまった(10)。経済活動を編成する上で競争が根本的な役割を果たしているというのは、仮説などではなく宗教に近いような信仰であることが明らかになったのである。 こうして我々は21世紀に入って、18世紀後半にも似た状況を目にしている。人間社会の生産、交換、消費の様式を研究するという正当な学問的企てが、イデオロギー上の目的のためにゆがめられてしまっている。ロシアの民営化(11)、あるいはエンロン事件や(12)、ワールドコム、パルマラット等々のスキャンダルにいかに多くの「専門家」が関与していたかを想起すれば十分だろう。ヒュームやマンデヴィル、スミスに比べ、彼らに続く者たちの目的は、高貴なものだとは言い難い。 権力という名の金塊、あるいは文字通りの金塊のために、自らの学問を汚してこのように経済学を売り渡している一部の経済学者は、二重の大罪を犯してきた。ひとつは、社会に甚大な損害を与える神話をあたかも科学的真理、すなわち「公理」に見せかけるという、民主主義に対する罪。さらに、経済活動の真に学術的な研究の正当な根拠について、多くの人々に疑念を抱かせることで、研究という理念そのものに対して犯した罪である。
(1) Bruce J. Caldwell, << Economic methodology : Rationale, foundations, prospects >>, in Uskali Maki, Bo Gustafsson and Christian Knudsen, Rationality, Institutions & Economic Methodology, Routledge, London and New York, 1993. |
| (ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年7月号) All rights reserved, 2006, Le Monde diplomatique + Yoshida Toru + Miura Noritsune+ Saito Kagumi |
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