イタリア中道左派連合が抱える内部矛盾

アンドレア・コロンボ(Andrea Colombo)
日刊イル・マニフェスト紙記者、ローマ

訳・近藤功一

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 2006年2月11日、イタリア議会が解散され、4月9-10日の総選挙が発表されたその日、野党の首相候補者たるプロディ前欧州委員長は、中道左派連合「ウニオーネ」の綱領を高らかにぶち上げた。12の争点に関して個別の研究グループがまとめ上げた膨大な文書は約300ページにもわたるもので、連合の幹部に言わせれば、世論調査結果どおり野党が勝利したときの次期政府の基本方針となる。

 選挙期間が始まる以前から、プロディ率いる中道左派連合に対して与党の中道右派連合「自由の家」が向けてきた最大の非難は、まさしく共同の構想を欠いているという点にある。主流の穏健派と一部の強力な急進派からなる11の政党の寄せ集めである「ウニオーネ」は、ベルルスコーニ首相によれば、基本政策についてさえ分裂している有り様であり、信頼に足る勢力とは言えない。唯一の求心力は、首相に対する敵対心だけでしかない。

 この非難は根拠がないわけではなく、かなり説得力がある。イタリアは1998年の政治危機を忘れておらず、何よりも混乱を懸念しているからだ。今ではプロディとよりを戻した共産主義再建党には、急進左派の最大勢力だった時代にプロディ内閣を倒した過去がある。「ウニオーネ」側が政策綱領をぶち上げることで選挙戦の幕を開けた目的は、ベルルスコーニ側にとっての攻め所に対して予防線を張っておくことにあった。

 しかしながら、この「先制パンチ」は空振りに終わった。確かに、左派が懸命に作り上げた綱領には実質的な中身がないとする多くの新聞の社説は、いささか不当にすぎると言える。この長大な文書は全体として、この5年間のベルルスコーニ政権とは異なる政策を示したものであり、1996年から2001年の5年間に歴代の中道左派内閣が実施した及び腰の政策に比べ、先進的で大胆な社会政策を提案している。とはいえ、今回の中道左派連合が、重要な争点に関して明快で一本化された政策を提示するという約束を果たさなかったことは認めざるを得ない。

 「ウニオーネ」の綱領は、しばしば対立する諸政党間の主張を調整した結果、意味不明な言い回しを多用している。たとえば、イラクへのイタリア軍の派遣に関しては、穏健派はイラク政府およびアメリカ政府の合意を取り付けたうえでの撤退を主張し、急進派は選挙に勝ったら即座に撤退させるべきだとする。綱領には「撤退の即時公表」という曖昧な言い回しが採用された。教育政策に関しても同様である。連合内左派がベルルスコーニ改革の撤廃を主張する一方、穏健派は「修正」でよいとし、綱領の文言は「中道右派の方針や選択との抜本的な断絶を図り、本綱領と相容れない現行法を廃止する」という不明瞭なものになっている。

 他の分野ではさらにひどい。中道左派は先の議会で、未婚のカップル、特に同性愛者の状況改善を目指す法案の提出を試みたが、「ウニオーネ」の第2政党で、旧キリスト教民主党の流れを汲むマルゲリータ党のルテッリ代表の断固たる反対によって失敗に終わった。ルテッリ代表は一歩も譲らず、ローマ法王庁とルイーニ枢機卿(イタリア司教協議会の会長として強い影響力を持つ)の見解を擁護した。結果、この問題については何も方針が決まらず、議論は選挙後に持ち越されている。

 北西部のスーザ渓谷に建設が予定されている貨物用高速鉄道の問題はさらに厄介だ。地元の人々は「ウニオーネ」内部の急進派政党の支持を受け、このリヨン・トリノ間の高速鉄道への反対運動を起こしているが、穏健派は賛成を表明している。選挙綱領には何も盛り込まれなかったとはいえ、意見の対立は見え見えである。イタリア産業連盟の日刊紙『ソレ24オレ』は、この奇妙な書き落としを見逃さず、すぐに追及した。プロディは産業界を安心させようとして「誤解」があると述べ、高速鉄道は建設されると断言した。その数分後、彼の発言は共産主義再建党のベルティノッティ書記長、緑の党のペコラーロ代表、イタリア共産党のディリベルト書記長の3人の急進派によって否定された。この一件は、「ウニオーネ」内部に根強い対立がある証拠として、右派に格好の宣伝材料を与えた。

連立も必然、対立も必然

 中道左派は内部対立を抱え、それをうまく処置できずにいるだけではない。ベルルスコーニは空前の規模のメディア攻撃を加えている。選挙の公示に先立つ数週間にわたり、首相はしばしば同じ日に番組をはしごして出演するなど、文字通りテレビとラジオを占拠した。効果は絶大だった。ほんの3カ月ほど前には「ウニオーネ」の側に軍配が上がっているかのように見えた勝負は、2月初めに選挙が公示された時点で再び予測がつかなくなった。中道左派連合がリードを保ちはしたものの、現与党も追い上げ、形勢を立て直した

 「ウニオーネ」が内部対立を克服できず、そこから生まれる曖昧さを解消できずにいるのは、ある意味で当然であり、避けられないことだ。11政党のうち下院議席の獲得に必要な最低得票ラインをクリアできそうなのは、左翼民主党、マルゲリータ党、共産主義再建党の3党のみに限られる。しかし、少数派の政党も、明確な独自性を備え、強固な地盤を持っている。プロディが率いる中道左派連合は、旧キリスト教民主党の流れを汲むマステッラ書記長の欧州民主同盟から共産主義再建党のような極左勢力にいたるまでの広がりを持ち、もうひとつのグローバリゼーション運動の指導者も候補者名簿に入っている選挙連合である。

 これらの政党すべてに共通する点がひとつある。政治的立場を利用して自分の企業に便宜を図り、自分と協力者が司法の追及から逃れることができるようにする法律を作ってはばからないベルルスコーニを打倒する意志だ(1)。しかし、「ウニオーネ」の共通の基本政策は、それだけに留まるものではない。まとまりがなく見える中道左派連合は、2001年から続く右派政治に対して根本的に異議があるという点では、しっかりと団結している。対照的に、多くの個別の問題では立場を異にし、さらには対立する。

 理屈からすれば、左派が強力な主導権を握ってもおかしくはない。最大政党である左翼民主党は、40年間にわたって西欧最大の勢力を誇った旧共産党の直系政党である。しかし、同党は15年間あまり前に共産主義に準拠することをやめ、中道路線への傾斜を深めており、穏健派の有権者を他の政党と奪い合っている。ただし、この旧共産党内部には、急進的な勢力も残っている。同党が抱えているこうした曖昧さが、連合全体の路線を見えにくくしているのは言うまでもない。

 中道左派連合がどのような壁にぶつかっているかを理解するためには、今回の特殊事情についても触れておく必要がある。右派与党が駆け込みで強引に可決した新法のことだ。この法律は、完全に相反する要素を組み合わせようとしたものだ。ほぼ全面的な比例代表制を復活させた一方で、2大政党制を維持することで諸政党に連立を強いる。選挙連合を組まない政党が下院で議席を得るには最低4%の得票が必要になるが、首相候補を立てて共通の綱領を掲げた選挙連合の構成政党であれば2%だけでよい。首位に立った選挙連合は、「多数派への褒賞」として、自動的に下院の53%の議席を確保できる。

 この制度は、「ウニオーネ」内部の潜在的対立を表面化させるために作られたものと思われる。比例代表制が復活すれば、路線の鮮明な政党は、他政党との違いを際立たせることで強い印象を与え、政治生命を確保しようとすることになる。その一方で、連立を組むためには非常に広範な同盟関係を築かなければならないが、それぞれの政党は消滅してしまわないよう相互に対立することも余儀なくされる。

選挙後の展望

 もうひとつ「ウニオーネ」を悩ませる問題がある。2大政党である左翼民主党とマルゲリータ党の統合プロセスの混迷である。当然のこととはいえ、これにはプロディが加担している。統一首相候補たる前欧州委員長には、困難な局面で支持基盤となってくれるような政党がない。彼は過去の経験から、そうした立場に置かれることの限界を思い知っている。1998年に、大きな代償を払うことになったからだ。プロディ内閣の多数派が突如崩壊したあおりを受けて、左翼民主党の当時の書記長ダレーマが彼に代わって首相に就任したのだ。左翼民主党とマルゲリータ党を統合させれば、同じような事態に対する予防線になる。また、これによって穏健左派の一大政党が誕生すれば、彼が党首に納まるのが自然だということになるだろう。

 プロディはこのシナリオに向けて左翼民主党、そしてとりわけ、最初は煮え切らない態度だったマルゲリータ党に圧力をかけ、下院選の候補者名簿を一本化させた。しかしながら、両党は上院選では別個に候補者を立てた。1歩進んでは、2歩下がる。両党のつばぜり合いは縮まるどころか、逆に統合が成った際の主導権をめぐって激化した。マルゲリータ党のルテッリ代表は、中道右派に失望した有権者を引き付けようという野心を隠そうともせず、フォルツァ・イタリアの支持者を(そう遠くない将来に)かっさらうつもりでいる。

 ほぼすべての論者が、中道左派連合が勝利した場合、その内部での政治的緊張が強まると予測しているのは、もっともなことである。だが、この新生連合の安定を脅かすのは、共産主義の再建党よりも、中道派のマルゲリータ党や欧州民主同盟だろう。というのも、ベルティノッティ書記長はプロディに対する忠誠心を示すのに余念がないからだ。ここ2年間、ベルティノッティはプロディとの衝突の危機が起こるたびに非常に柔軟な態度を示している。あるトロツキストの候補者の発言内容が中道左派連合の立場と「相容れない」とされたときに、その候補者を名簿から抹消したほどだ。

 共産主義再建党は、連立から手を引いてプロディを失脚させた1998年の策動を繰り返してはならないことを弁えている。さもなければ総すかんをくらい、孤立を余儀なくされ、さらには消滅することになりかねないからだ。もし「ウニオーネ」が勝利すれば、同党はことあるごとに最も忠実な政党であることを誇示するだろう。これは中道派政党には当てはまらない。ルテッリは中道右派連合が崩壊し、旧キリスト民主党の支持者のかなりを引き付けていたフォルツァ・イタリアが消滅することを期待している。このベルルスコーニの企業政党が、その創始者でもある唯一の指導者の政界引退後に生き残れるはずがないと見ているからだ。マルゲリータ党はフォルツァ・イタリアの支持者を引き寄せるために、「ウニオーネ」の急進派との同盟を破棄して、カジーニ下院議長が率いるキリスト教民主・中道連合と結ぼうとするかもしれない。「自由の家」連合の中で最もカトリック色の強い政党だ。

 逆に中道左派連合が敗退した場合、その影響を現時点で推し量ることは不可能である。唯一確かなのは、2001年の選挙のときよりも痛手が大きいということだ。当時は共産主義再建党が選挙連合に加わっていなかったので、敗北の可能性は確かにあった。反対に、今回の「ウニオーネ」は反ベルルスコーニのまさに全政党を糾合しており、2004年の欧州議会選挙と2005年の地方議会選挙の勢いに乗って勝利するつもりでいる。敗北に終わった場合には、これほど重大な失敗から立ち直るのは非常に困難であり、深い傷跡に苦しむことになるだろう。

 日が経つにつれ、その危険は完全に振り払われてはいないものの、遠のいている。あらゆるメディアに露出したことによるベルルスコーニの支持率回復も、3月初めにはぱったりと止まった。中道左派連合が(僅かながら)リードしている状況の下、3月14日の第一回テレビ討論ではプロディがベルルスコーニよりも得点を上げ、誠実で責任感のある指導者という印象を与えることに成功した。しかし、彼が真の勝利を収めるためには、反ベルルスコーニ連合が実際に新しい政治をめざして一致団結しているのだとイタリア国民に納得させる必要がある。

(1) ピエール・ミュソ「イタリアのメディア規制の迷走」(ル・モンド・ディプロマティーク、2004年2月号)参照。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年4月号)

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