マリの綿農家たちの結論は「ノン」

ロジェ・ガイヤール(Roger Gaillard)
通信社アンフォシュッド記者、ジュネーヴ

訳・にむら じゅんこ

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 空色のブーブーを纏った痩せた大柄の男がすっくと立ち上がり、マイクを握った。不精ひげの口から響き渡る声。正午の暑気をけだるくかき混ぜる扇風機の方向を指さしながら、男はこの地方の言葉であるバンバラ語で会衆に呼びかけた。「どうして我々のような貧しい農民が遺伝子組み換え作物を受け入れなければならないのか。北の裕福な農民たちだって拒否しているのに」。同意の声がさざめく。今度は赤ちゃんを連れてやって来た若い女性にマイクが渡された。「組み換え作物のおかげで収穫が増えたとしても、それが何になるというのでしょう。今でさえ、値崩れを起こしているというのに」

 マリ南部の静かな小都市、シカソで繰り広げられたワンシーンだ。アフリカおよび世界で最も貧しい国のひとつであるマリは、ここを中心とした農村地帯で外貨の3分の2を稼ぎ出している。生産されているのは綿花である。このシカソに2006年1月25日から29日にかけての5日間、州内各地から43人の小規模農家が集まって、刮目ものの参加型民主主義を実践した。その多くが女性だった。シカソ州議会の求めによる綿農家たちの集会の目的は、マリの農業に遺伝子組み換え作物を導入することの利点と問題を検討し、市民の立場で判定を下すことにあった。この集会は国内で既に確立されている公開討論制度にのっとったもので、「民主的な質疑応答の市民空間」と名付けられた。導入技術や発展政策の評価への市民参加の導入に力を入れるヨーロッパ諸国の団体は、これを西アフリカ「初の」市民会議として支援した(1)

 シカソの会議はここだけの問題ではなく、アフリカ諸国の現状の縮図といってよい。アメリカのモンサント社やスイスのシンジェンタ社を筆頭とする多国籍アグリ企業から、農業部門の大規模機械化を進め、遺伝子組み換え作物に市場を開放するようにと強いプレッシャーを受けている(2)。最大の売りは、害虫にとって毒になる成分を作り出すというBtコットンである。理屈の上では農薬の使用量の削減と収穫量のアップを農民に約束するものだ。これらの企業は米国国際開発庁(USAID)の支援のもと、世界第3の綿花生産量を誇る西アフリカを重点地域と見なしており、同庁では、南側諸国にバイオテクノロジーを導入させるために、1億ドルの資金を用意している。

 こうしたプレッシャーに対するアフリカ諸国の反応は大きく分かれている。ザンビアは、飢餓にさらされているにもかかわらず、アメリカ産の組み換えトウモロコシの売れ残りが詰め込まれていることで悪名高い世界食糧計画(WFP)の援助食糧をことわった。ベナンは、2002年に組み換え作物に関して5年間のモラトリアム(猶予期間)を設定しておきながら、この両義的な食糧援助を受け入れた。アグリ産業の橋頭堡となっている南アフリカでは、10年近く前から遺伝子組み換えの綿花とトウモロコシが栽培されているが、その成果には議論の余地がある。マリの隣国ブルキナファソでは、社会の各方面から批判を浴びているにもかかわらず、組み換え綿花の屋外での試験栽培が2003年に開始された。

 市民会議の参加者たちは、西アフリカ、南アフリカ、インド、ヨーロッパからやって来た15人ほどの証人の話に、非常に注意深く耳を傾け続けた。分子生物学者、農業技師、NGOメンバー、農民運動家の代表などが、遺伝子組み換え作物の利点と問題をめぐる様々な質問に回答した。環境と健康へのリスク、収穫量アップの現状、社会・経済的な要素、倫理的・法的な問題などだ。それにもちろん、意識されないだけに大きな影響をはらんだ文化面の問題についても議論された。遺伝子組み換え作物のことをバンバラ語で、バィエレ・マシ(作り替えられた育ての母)と呼ぶ。イスラム圏とされるマリの人々は、心の底にアニミズム的な発想を持っている。遺伝子工学の物質主義的な態度、つまり、ある生物の遺伝子を抽出して別の生物に組み込むなどという姿勢には、心穏やかでいられない。

両方向の証言

 知的所有権と生物特許という極めて重要な問題については、長時間の議論が交わされた。特に、ベナンから来た市民団体「穀物」の遺伝子学者ジャンヌ・ズンディェッポンから、次のような指摘が出た。「Btコットンの種子には特許がかかっているため、農民たちは企業の絶対的な支配下に置かれてしまう。小規模農家は従来のように、次の年に蒔くために種子を採っておくことができなくなる。種子を使えば訴えられることになるからだ」。「遺伝子組み換え作物に反対し遺伝子多様性の保護を求めるマリ同盟」の指導者であるママドゥ・ゴイタが言うように、西アフリカでは綿花生産が危機的な状況にあるだけに、彼女の指摘は的を射ていた。株式の6割を国が、残りの4割をフランス企業ダグリスが保有する公営企業、マリ繊維開発公社(CMDT)は、通貨CFAフランの切り下げと綿花の国際相場暴落のあおりで赤字に転じている。1994年から2005年までの間に、年間生産量は32万トンから60万トンに拡大しているにもかかわらずだ。

 2008年に予定されているCMDTの民営化は、世界銀行がマリ政府に財政援助をする際に条件として呑ませたものである。赤字に苦しむCMDTから生産農家に支払われる買い上げ価格は、2004年のキロあたり210CFAフラン(約45円)から2006年には160CFAフラン(約35円)にまで落ち込んだ。その一方で化学肥料の経費は上昇している。こうした条件下、綿花はもはや利益の出る作物ではなくなった。綿専業でやっていた農家の多くは、ミレット(雑穀)やトウモロコシなどの食糧作物の栽培に戻ろうと考えている。ママドゥ・ゴイタは、こんなふうに提案した。「消費者が遺伝子組み換え作物に反対しているヨーロッパ諸国の市場に参入するには、有機コットンが切り札になる。いずれにしても、今の力関係は不公平すぎる。アメリカのような強国はダンピング政策をとっていて、2万5000の綿農家に40億ドルという大量の補助金を出している。これに対してマリでは、綿花によって300万人が生計を立てているのだ」

 多国籍企業にも会議に参加して意見を述べるようにと声がかかったが、出席するとの返事はなかった。「何度もシンジェンタ財団やモンサント社に参加を要請しました」と、ジュネーヴのバイオセキュリティ学際ネットワーク(RIBios)の生物学者で、「民主的な質疑応答の市民空間」の運営委員を務めたバルバラ・ボルドーニャは言う。「でも、その気はなかったようです。公開されたガラス張りの討論では、思い通りに動かせないとみたのでしょう」。しかしモンサント社は、自社に有利な発言をしてくれそうな農民を何人か推薦してきた。こうしてやって来たのが、南アフリカのズールー族の農民で1996年からBtコットンを栽培しているT・J・ブテレジであり、試験栽培では全く問題がなかったと請け合った。洪水が起きて従来品種が大損害を受けたときも組み換え品種は無事だったので、それ以来「組み換え一辺倒」になった。自家用のトウモロコシも組み換え品種を育てて食べているが、全く健康に害はないと言う。「私に続きませんか。そして、豊かになりましょう!」と、彼はマリの農民たちに呼びかけた。

 インドのアンドラ・プラデシュ州からやって来たP・V・サティーシュは、正反対の証言をした。3年間にわたって体系的に調査した結果、彼の地方では、遺伝子組み換え品種を試験栽培している農家よりも従来品種の農家のほうが収穫が多かった。従来品種に比べてBtコットンのほうが殺虫剤が少しで済むというわけでもない。経費がかさむうえに収穫も期待外れのBtコットンを導入した多くの小規模農家は、ついには破産に追い込まれた。モンサント社に対する賠償金の請求は、にべもなく拒絶された。アンドラ・プラデシュ州は最近、モンサント社に対して州内での活動を禁じることを決定した。

 こうした両方向の立場に加え、中間的な意見もあった。ブルキナファソの国立環境・農業研究所で綿花プログラムのチーフを務める農学者ウォラ・トラオレの証言もそのひとつだ。ブルキナファソでは、2010年からの商業化に向け、2003年からBtコットンの試験栽培が行われている。「地元の気候に合うように改良された在来品種の研究をさらに深めていく必要がある。それによって初めて、組み換え作物が西アフリカの抱える課題に対する将来的な解決手段となるかどうかがわかるだろう」。しかしアフリカ独自の公的研究が必要だという彼の主張は、会衆には受けがよくなかった。アフリカ諸国の研究機関の資金の大部分が、バイオテクノロジー開発に利害関係のあるロビー団体から出ていることは有名な話であり、人々は警戒心を持っているからだ。

 会議の参加者たちは耕地面積に応じて数グループに分かれ(うちひとつは女性だけで構成された)、評決にまる一日をかけて判定を出した。答えは「ノン」である。シカソに集まった農民たちは、満場一致でマリへの遺伝子組み換え作物の導入を拒否したのだ。多国籍企業に依存しないために、在来品種と伝統的な工夫を守る。これが、彼らの最大の関心事だった。「自分たちの畑の主人であり続けたい。奴隷にはなりたくない」。発表役のひとりを務めたブラヒム・シディベは、こう断言した。その隣でビラマ・コネが、和気あいあいとした暮らしを守り続けたいと強調した。「私たち農家は助け合うのが普通です。遺伝子組み換え作物は、友情や連帯の感覚を壊してしまいそうです。もし私が組み換え品種の畑を持っていて、隣の人は従来品種の畑だったとしたら、品種の汚染の問題が生じて紛争になるでしょう」。女性グループの代表バスリ・リディ・ゴイタは、伝統的な農業技術による在来品種の改良に重点をおいて研究を進めること、小規模農家の研修に力を入れて、有機農業のやり方などを教えることが大事だと述べた。

 1月29日、市民会議の勧告文がシカソ州議会に渡された。会議の様子を毎日中継していた地元ラジオ局、それに全国テレビ局もこれを伝えた。勧告文には法的な強制力はないが、これを考慮しない理由も全くない。マリは生物多様性条約カルタヘナ議定書(3)に調印しているのだから。この議定書に基づいた国内法案には、遺伝子組み換え作物を導入するにあたっては、研究段階の場合も含め、事前に市民参加型の全国的な手続きをとらなければならないという規定が盛り込まれている。リディ・ゴイタは声を大にして言った。「断固として、私たちは遺伝子組み換え作物を望みません。それが私たちの国土に入ってくることを禁止するよう政府に要請します。もしも違法に遺伝子組み換え作物を栽培する農民がいたら、その人たちの畑を燃やしてしまいます!」 

(1) その代表格が、バイオセキュリティに関する学際ネットワーク(RIBios)である。ジュネーヴ大学とローザンヌ大学で生涯学習講座を開いており、バマコでも同様の講座の開設を予定している(http://www.ribios.ch/)。
(2) トム・アマドゥ・セック「アフリカ綿花産業の存亡を賭けた闘争」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年12月号)参照。
(3) バイオテクノロジーのリスクの防止に関するカルタへナ議定書は、生物多様性条約の議定書として採択されたものであり、「近代的バイオテクノロジーによって改変され、生物多様性の保全および持続可能な利用に悪影響を及ぼす可能性のある生物につき、危険なく、人の健康に対するリスクも考慮しつつ、輸送、取扱および利用を行うこと、特に国境を越える移動に留意すること」を謳っている。この議定書は、2001年6月4日の期限までに103カ国が調印している。


(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年4月号)

* 註(3)「リスクも考慮つつ」を「リスクも考慮しつつ」に訂正(2009年1月3日)

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