国際NGOと多国籍企業の憎からぬ関係

イヴ・ドザレ(Yves Dezalay)
フランス国立学術研究センター研究部長
ブライアント・ガース(Bryant Garth)
法学教授、アメリカ法曹財団理事

訳・日本語版編集部

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 大規模な非政府組織(NGO)の責任者から多国籍企業の経営者へ、といった転身がかくも容易なのはなぜなのか。似たような社会的経歴に加え、多くはアメリカの有名大学出身という似たような学歴のおかげで、二つの組織はたやすく接近する。両者の接近は社会的な責任分担なる名目の下に、大企業とNGOの理に反した「パートナーシップ」へと展開を遂げている。[フランス語版編集部]

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 グローバリゼーションをめぐる議論について、社会学の見地から言うべきことは多い(1)。というのも、学術的な分析を見渡すと、利点を売り込んだり問題点を批判したりといった議論はにぎやかであるが、グローバリゼーションの主要な担い手である専門家や対抗専門家の活動手法にふれたものはほとんどないからだ。

 法学や経済学、政治学に従事する人々にとって、グローバル・ガバナンス(世界統治)の研究は価値が高く稼ぎになる市場だ(2)。この人々は学問上、イデオロギー上の相違を超えて、グローバリゼーションを重要な課題としてとらえる点で共通している。それを推進すべきもの、反対すべきもの、制御すべきもの、いずれと見る立場をとるにせよ、グローバリゼーションは一つの現実であるとする。社会的・制度的な資源を動員し、グローバリゼーションを政治的な課題として、また専門家が群がる作業現場として実在させようとする。ここで口角泡飛ばす人々は、ある討論の場から別の討論の場へと砲弾を投げあいつつも、この新しい権力の場の瓦解を防ぎたいという点では利害を共有する。それはそう難しいことではない。対決の力学が働く結果、似通った学識と社会資本をうまく使いこなす剛の者たちが最前列に立てられることになるからだ。こうした事態が木霊のように響きあう諸々の戦略に有利に働いている。

 国際的専門知識の市場は、エリート主義に支配され、保護された市場である。ここに参入するには、相応の文化的・言語的な能力が要る。国際的な素養というのは、高い費用のかかる国際的な学歴によって強化され太鼓判を押される以前に、コスモポリタンな家系に生まれた者の専有物である。グローバリゼーションを批判する者の中にも、こうした国際ネットワークに属する者がいる。なかでも北米の影響が大きい。若い専門職員をアメリカのアイビー・リーグ(3)の成績優秀者から採用するという点は、大手の国際NGOも同じだからである。これらのエリート校は年間の学費が4万ドルを超えることもあり、本質的に、自由主義的なエスタブリッシュメントの子女のためのものだ。この階層は、ノブレス・オブリージュの原則の下、ある種の理想主義と普遍主義を常に育んできた。

 このような採用法のおかげで、一部の運動組織やNGOは、有能な人材を次々に迎えては送り出す場となった。こうした組織は意欲的であるうえに公に認知され、多国籍企業や国家の批判的パートナーとなる。両者間の協力態勢は、金銭的な報酬は少ないが、経験を積む機会には富んでいる。将来的に、国家機関や大手の専門事務所、さらには多国籍企業でのキャリア形成を妨げるものでは全くない。運動のプロはそこでかつての学友と肩を並べ、ひいては追い越していくだろう。というのも、彼らは運動家として研鑽を積むことで、「グローバリゼーション」時代の成功の大きな鍵をいくつか手にしているからだ。まず人脈がある。それに、メディアへの露出と目立たないようなロビー活動をうまく組み合わせる政治的なノウハウだ。やがて実業界にキャリアを進めた場合には、「道徳的な企業家」としての評判が役に立つことも忘れてはならない。

 例えばハーヴァードとオックスフォード、イエールの学位を持つベンジャミン・ハイネマンの職歴は、フォード財団が資金援助する公益法律事務所での3年間から始まった。そのおかげで、彼はカーター政権で重要な職責を担うことになる。その後、世界最大の多国籍企業ゼネラル・エレクトリックの法務部長に就任し、17年間この職に留まった。現在は同社の副社長である。ハイネマンはこの典型的な経歴によって、自由専門職と実業家の世界で一目おかれ、職業倫理と「社会的責任」の推進に携わっている。

 グローバリゼーションの活動家の若手世代の特質は、年長世代にとってはなおさら価値があるものだ。幼い頃から二カ国語教育を行う学校(特に開発途上国の場合)のようなエリート主義の教育施設で学んだ者も多く、文化の面でも言葉の面でも苦労しないという能力は、外国で大学教育を受けるためのパスポートとなる。概ね家族が負担する留学費用が、社会淘汰の作用を更に強める。

 従属国の国家エリートが外国で養成されるというのは植民地モデルの遺制であり、それが新帝国主義によって再び活性化している。アメリカはその覇権を押し付けるべく、教育分野に資金を投じ、将来の政府責任者のための大学教育コースを経済学・政治学中心のものに再編した。こうしてアイビー・リーグの有名私立大学が、国内外の新しいエリートを作り出す場として偏重されるようになった。様々な分野の国家ブルジョアジーは、高等教育を受ける学生数の増加によって激しくなった国内での競争を避け、外国で費用のかかる教育を受けさせることで、その子女に箔を付けてきた。権威ある外国の学位を取らせることは、彼らだけに許された特権だ。多くの国のエリートに共通するこの戦略が、「指導者養成の世界的な場の統一」に寄与してきたのだ(4)

 開発、市場、法治国家といった新しい普遍的価値を称揚し、古い植民地主義イデオロギーを非難することは、覇権国家アメリカにとって一石二鳥となった。つまり、周辺国のエリート留学の流れを自国に向かわせる一方で、ヨーロッパの新植民地モデルの長期的持続を保証していた有力者ネットワークの地位を低落させるという結果をもたらした。これには更に、最も高い報酬を与える自国の自由専門職市場への優秀な頭脳の流出というおまけまで付いている。

両取りの戦略

 国内的な場と国際的な場は、エリート再生産の戦略の中で緊密に絡みあっている。国際的専門知識の市場で支配権を握るのは、出身国から認証された資格や学位を駆使できる者だ。逆に、専門能力や人脈の国際的な蓄積は、国内の権力争いの上で無視しがたい強みとなる。フランス国立行政学院(ENA)や理工科学校(エコール・ポリテクニーク)の学位が国際機関でキャリアを積む上で障害になることはまずもってない。ハーヴァードの学位がフランスで大臣になるのを妨げることも全くない。少数の特権グループは、一方では国際的な舞台で発言権を強めるために国内での知名度を活用し、他方では国内の権力争いで立場を強化するために国際的な活動に力を注ぐことが同時にできる。後者の場合には、世界的な競争の中で自国の利益をより良く推進できると説明しておけば事足りる。

 こうした両取りの戦略は、「人間味を帯びる」ようになったとか言うグローバリゼーションの最前衛を担うフォード財団、ロックフェラー財団、ソロス財団といった民間の大手慈善機関にとってはいっそう価値のあるものだ。これらの機関は人権や環境保護の分野で活動する大手NGOの国際的な発展に資金を提供することで、自由主義の新たな正統教義の作成と普及に携わる大学の国際的な威光を高めるのに寄与している。諸国の中央銀行総裁の半数以上が経済学を専攻し、そのほとんどはアメリカの有名大学で学んでいる。更に、3分の1以上は国際通貨基金(IMF)または世界銀行でのキャリアがある。こうしてグローバリゼーションは、北米モデルから機構の面でも活動手法の面でも感化された国際的な「ガバナンス」の場の値打ちを高めている。

 逆説的だが、帝国は内部の分裂をも力とする。帝国理性の狡知(5)は自身の批判の流儀すら輸出するところにある。アメリカモデルに対する異議申し立てさえも、アメリカで普及している分析手法(多文化主義、人種混合)や闘争手法(「市民社会」の援用、メディアの利用)の薫陶を受けている。アメリカの敵対者は、「エスタブリッシュメントのインターナショナル」(IMF、世界銀行等)に依拠して保守的な政策を正当化する人々に反撃するために、NGOのネットワークに出回っている一連の代替モデルの一つを選び出す。こうして、新しい世界秩序の中心でも周辺でも、帝国の内部闘争が文化輸入の力学と相互に作用しあうようになる。内部闘争が競合するとともに補完しあい、覇権を強化する作用をもたらしているのだ。

 ワシントンに拠点のあるNGOの場合、エリート大学から新人を採用し、慈善機関から資金援助を受け、多くの中継ポイントが(大学にも国際機関にも)あるおかげで、新しい政治上・学問上の課題に即した戦略やモデルを容易に練り上げることができる。これらのNGOは、自らの分析内容を広めることに腐心する。国際世論が動いてくれれば、ワシントンでの影響力の強化に利用できるからだ。被支配国の運動組織にとっては、問題は別のところにある。自前の収入源に乏しいために、慈善活動の国際市場に頼らざるをえない。そして、この市場はその見返りとして、彼らのスローガンやモデル、ひいては流儀を押し付けてくる。

 バンジャマン・ビュクレは博士論文「連帯の国際市場」の中で、大規模な国際NGOと地元レベルで活動する小規模組織との「パートナーシップ」の曖昧な性質を余すところなく詳述している(6)。小規模組織が活動資金を得るためには、融資機関との交渉となるプロジェクトの論理にしたがわなくてはならない。プロジェクトの競合をてこにして、「対象となる住民」の定義についても、目標や評価基準についても、融資元は大きな影響力を確保する。更に、融資元の優先事項は国際舞台に足場を築いた大規模NGOにも引き継がれる。大規模NGOはこれにより、国際的な資金調達を直接できるほど社会的に力がない地元の小規模NGOネットワークに対して、持ち株会社の役割を演じることができるようになる。この仕組みのおかげで、対象国政府や地元有力者の仲介は不要となる。代わりにいわゆる「国際市民社会」が、自らの価値観や優先事項を確実に広め、開発のニーズや「民主主義の期待」が何かを決めることになる。

 「連帯の国際市場」の担い手たちは、弟子(や専攻分野)を途上国内の金融機関に押し付けるマネタリストを非難するくせに、周辺国家の政治的再編という企てを地元レベルにまで適用してくる。現場で信用を築こうと努める彼らを前にすれば、小規模NGOの責任者の側は恩顧主義の論理を免れることができない。こうした担い手たちは極度の依存状態にある住民の代弁者として、同時に「お目付役」として、それまで地元の政治権力をほぼ独占していた有力者と競合するようになる。

「持続可能な発展」に向けて?

 小規模組織の活動家は、国際的に得たものに対して時に地元で高い代償を払うことになる。民主主義国やNGOで定評のある方法(平和的集会、カリスマ性の高い運動指導者のメディア露出)を用いるようにと推奨された結果、暴力の行使をなんとも思わない諸権力と衝突する羽目になるからだ。メディアに取り上げてもらうといった欧米流の抗議運動のイロハに沿ったものが、現地の体制に強いインパクトを与えるとは限らない。抑圧機関の力の強さや諸権力の均衡関係が、ストックホルムやワシントンとは違うのだ(7)

 こんなふうに不確かで力の差がある闘争を前にすれば、グローバリゼーションの大舞台へ逃げ出したくなる活動家もいるだろう。そこでは、自由にできる資金を手渡され、活動が前ほど危険でなくなっただけでなく、効果も上がったような印象を持てるかもしれない。

 このようにして、ピノチェトの独裁下で人権擁護のパイオニアだったチリの活動家のうち、最良の人々が何人も国際舞台で一線に立つために出国した。執拗に付け狙われたり追放処分を受けたりしたせいで出国を決心した者もいる。その中の一人、法学教授のホセ・サラケットは、1976年にアムネスティ・インターナショナルに加わり、その3年後に国際執行委員長に就任した。

 だが、彼らの大半の渡航は、民主派連合の勝利の後、チリのNGOが凋落を迎えた時期に一致する。一つには、新政府が彼らの名望を利用するために協力を呼びかけたからだ。例えば、大司教座内で独裁制の犠牲者を擁護する法務委員会の責任者に就いていたロベルト・ガレトンは、人権大使に任命された。その後、国連の人権問題特別報告者として、特にザイールでキャリアを積んだ。更に一般論として、チリのニュースが大手メディアの一面トップから消えたため、住民の最も恵まれない層が警察の暴力を受け続けていたにもかかわらず、NGOへの資金援助が細ったことが挙げられる。ホセ・ビベンコのように、活動を続けるために出国することを選んだ活動家もいる。彼はワシントンに赴き、ヒューマン・ライツ・ウォッチのアメリカ支部で主要なスポークスマンの一人となった。

 かくして、世界市民社会の萌芽形成のよすがとなる諸国内闘争の国際化が、アメリカの政治力学の感化を受けた戦略とノウハウを普遍的なものとして押し付けるのに一役かっている。遡ればロナルド・レーガンが勝利した時点で、様々な相反する効果が生み出されたが、大きな一つが「人権」を普遍的価値とする流れの促進である(8)。右派による国家機構の掌握をいわば迎え撃つために、外交政策エスタブリッシュメントのうち共和党を主体とした改革派は、自らが創設し運営権を握る民間研究機関を支えとした。彼らは、対抗権力の役割を演ずる力のある「市民社会」の発展を促すことに心を砕き、レーガンを取り巻くタカ派に対抗して、人権という普遍的モラルに訴えた。

 市民レベルの動員を緩和する役割を果たしてきたのが慈善財団である。例えば環境分野では、フォード財団が助成金をちらつかせ、科学者ネットワークを動員することにより、「責任ある」というテーマ系への抗議運動の転向を大きく助長した。環境防衛基金(EDF)の幹部に対し、世論を動かすための法廷闘争という戦略をとるのはやめろと圧力をかけたのがその一例である。この戦略の考案者が愛用していた文句は「卑劣漢を裁け」だった。

 フォード財団の財務担当者たちは、スポンサーとしての市民的責任の問題であると主張しつつ、著名な弁護士事務所による申請書類の事前選考を強制した。財団は同時にエコロジストと実業家の交渉を奨励した。そのためにまず、EDFのエコノミストチームに研究資金を提供し、環境保護は単にコストの増加を意味するのでなく、企業にとって潜在的な利益の源であるとの論証を得た。次に、小規模の活動家グループ多数に圧力をかけ、公認の専門科学知識に基づいた交渉ができるようなプロの司令部いくつかを中心に、統率のとれた組織構造に再編成させた(9)。「持続可能な発展の市場」と現代風に呼ばれるようになった環境保護の国際舞台は、今では大規模なNGOによって支配されている。かつて「泥棒男爵」たちはアメリカの博愛的資本主義のうちに改良主義の伝統を作り出したが、その伝統の流れを引いた反攻の手段が、これらの大規模NGOなのだ(10)

 ピエール・ブルデューは次のように指摘する。「普遍的なるものへの準拠は何よりの武器である(11)」。帝国主義は人権と(良い)ガバナンスを旗印として前進するすべを知っている。NGOとのパートナーシップという策を弄する多国籍企業の次の手は、「持続可能な(資本主義の)発展」の雄を名乗ること以外にないだろう。

(1) 雑誌『社会科学研究学報』の「グローバリゼーションの社会学」特集(パリ、2004年3月)参照。
(2) 例えば世界銀行のような大規模な国際金融機関は、一連のマネタリスト的な処方箋に加え、法と「良いガバナンス」の推進に今や数億ドルを費やしている(cf. Yves Dezalay, Briant Garth (eds.), Global Prescriptions. The Production, Exportation and Importation of a New Legal Orthodoxy, University of Michigan Press, Ann Arbor, 2002)。
(3) アイビー・リーグはアメリカのエリート大学8校の総称。これについては、リック・ファンタジア「社会的に門戸の狭いアメリカの大学」(ル・モンド・ディプロマティーク2004年11月号)参照。
(4) ピエール・ブルデュー「幹部養成機関に関するシンポジウムのまとめ」(ヨーロッパ社会学センター、人間諸学館、パリ、1993年)282ページ。
(5) ピエール・ブルデュー、ロイック・ワッカント「帝国主義的理性の狡知」(『社会科学研究学報』、1998年3月)およびル・モンド・ディプロマティーク2000年5月号を参照。
(6) バンジャマン・ビュクレ「連帯の国際市場:ブラジル領アマゾンにおける非政府組織」(社会科学高等研究院博士論文、パリ、2004年6月)参照。
(7) アルンダティ・ロイ「人道一辺倒の危険」(ル・モンド・ディプロマティーク2004年10月号)参照。
(8) イヴ・ドザレ、ブライアント・ガース「徳性の帝国主義」(ル・モンド・ディプロマティーク2000年5月号)参照。
(9) Cf. Robert Gottlieb, Forcing the Spring : The Transformation of the American Environmental Movement, Island Pr., Washington, 1993.
(10) ニコラ・ギヨ「博愛的使命、ジョージ・ソロス、社会科学と国際市場規制」(『社会科学研究学報』、2004年3月)参照。
(11) ピエール・ブルデュー「実践理性」(スイユ社、パリ、1994年)242ページ参照。


(2005年6月号)

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