民間企業への依存を深めるイギリス教育システム

リチャード・ハッチャー(Richard Hatcher)
セントラル・イングランド大学教育学部研究部長、英バーミンガム

訳・三浦礼恒

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 ブレア政権が経営者の願望を満たそうと熱心に動いていることは周知のことだ。とりわけ欧州憲法をめぐる交渉に関しては、社会政策面での前進を阻止してきた。だが、よもや教育システムの運営まで民間に委ねるなどとは思いもよらないことだった。学校の企業化を進める「ニュー・レイバー主義」は、やはり欧州リベラル化の牽引役にほかならないのだ。[フランス語版編集部]

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 2000年3月、リスボンでの欧州首脳会議では、競争力の向上に貢献するような収益性の高い人的資本を生みだすことが、欧州教育政策の主要目標とされた(1)。イングランドでは(イギリスの他の地域はまだ傷が浅い)、サッチャーによって築かれた基盤の上に、ブレア労働党政府がこの論理に従って教育システムの「改革」を進めるべく、三つの新たな手段を活用してきた(2)

 一つ目は、各校を極めて厳格に監査する教育基準庁(Ofsted)、教員の導入研修を監督し、その後も指導を続ける教員訓練局といった政府機関である。二つ目は、政府の目標に忠実に従う管理者として、各校の校長を再教育するという試みである。三つ目は民間部門であり、本稿はこれを取り上げる。民間部門についてはブレア政権発足から1年後の1998年に、教育担当首席顧問のマイケル・バーバーが「変化と革新の先導の雄」と表現した。

 それから7年、営利ベースにせよ、非営利ベースにせよ、民間企業は明らかに教育システムの中心的な存在になった。政府は教育法やカリキュラム、学校運営といった点で彼らに依存している。教育法を例に取ると、「教育ビジネス」大手のキャピタ社と5年契約を結んでおり、その総額は1億7700万ポンド(約360億円)に上る。この契約により、「読み書き計算に関する国家初等教育戦略」と「中等教育・第3段階の読み書き戦略」の実施方法について、教員に研修を行い、助言を与えるコンサルタントが多数採用されることになる。

 また、「運営」面で民間企業が担った中心的な役割として、教職に能力給制度を導入したことが挙げられる。教員の成績評価基準を策定するため、校長が教員の評価をできるように訓練するコンサルタントを雇うため、また、校長自身が正しく業務を遂行しているかを評価するため、多くの教育ビジネス会社と総額数億ポンドに上る契約が交わされている。

 この他の大きな収入源として、今まで地方教育当局(LEA)が担っていた各種学校サービスの民営化がある。これらのサービスには、校舎の維持補修や学校給食、さらには教育活動の中心にあるはずの専門顧問や生徒支援教員の配属などが含まれる。LEAは地域単位の教育管轄機関であり、市または州に一つずつ割り振られている。ただしロンドンだけは例外で、33のLEAが置かれている。LEAに対するブレア政権の政策は、予算の実質的に全額を各校に委譲させ、学校が各種サービスを民間から独自に購入するというものである。LEAがOfstedの監査を受け、「うまく機能していない」と判断された事例も多い。そうした場合、政府はLEAが全ての学校サービスを民間に委託するよう強制した。

 とはいえ、民間企業は営利目的での公立校の直接経営に魅力を感じてはいない。それが法的に禁じられているからというわけではない。教育に関する2002年の法律では、新設が計画されている学校の場合、あるいはOfstedによって「うまく機能していない」と見なされた学校の場合、LEAは運営について民間企業を対象として入札を実施することを義務づけられている。しかし、労働党が政権に就いた1997年以降、民間企業の直接管理下に置かれた公立学校はたった3校にすぎない。これには二つの大きな要因がある。今のところLEAは入札の回避に成功しており、企業自身も十分に採算が取れる事業とは考えていないからだ。

学校のスポンサー

 政府は企業を教育システムの変革の原動力とするために、さらに別の戦略も採用した。それがスポンサー制度である。極めて間接的ながら影響力が甚大なのは、11歳から16歳、あるいは18歳までの中等教育機関の一種である「専門校」に関するものである。こうした学校では、全国カリキュラムに加えて、芸術、科学、現代諸語、「ビジネスと企業」といった教科を特に教える。推進理由として主張されるのは、学校には子供たちの様々な「適性」に応じる義務があり、多くの選択教科を用意するのが民主主義の拡大になるというものである。多くの教員はほとんど納得していないが、中等教育機関の半数以上が政府から追加予算が出るという話につられて「専門校」に変わった。政府は最終的に全てを変更対象とする意向である。「専門校」の地位を得るためには、企業を主とする外部スポンサーから5万ポンド(約1000万円)を調達することが求められる。

 この制度には、学校の運営を企業精神によって刺激するとともに、経済界に密接に結びつけるという二つの役割がある。実際に名乗りを挙げたスポンサーの多くは「市民企業」であることを示そうとする大企業である(3)。これらの企業の一部は理事を送り込んでいるといっても、学校経営に興味があるわけではない。注目すべきは、スポンサーの中に「教育ビジネス」に関連する企業が入っていないことだ。

 さらに深化したスポンサー制度は「アカデミー」に関わるものである。これは新設の国立中等教育機関として、社会的に不利な環境に置かれた地域に設けられている。政府が直接的な出資をしているが、法的には私立学校と同様に扱われ、他の公立学校に義務づけられているような規制を免れている。そのためLEAの監督下にもなく、特にカリキュラムの面では完全な自由裁量が認められている。今日では17校が開校しており、2010年までに200校にすることが目標とされている。

 スポンサーには固定資産費用の20%、約200万ポンド(約4億円)を拠出する義務がある。普通の学校に比べてはるかに高い平均2500万から3000万ポンド(約50億から60億円)に上る学校建設費の残り分、それに経常費は政府が負担する。現在は地方自治体の公有財産とされている敷地と校舎は、新設されたアカデミーに移管され、その価額の20%はスポンサーのものとなる。スポンサーは理事の過半数の指名権を与えられ、教員の採否や昇進をはじめとする学校の運営権を握る(4)

 政府は企業経営者に加えて、教会やエリート私立学校にスポンサーとなるよう奨励している。政府のウェブサイトでは、現在17校あるアカデミーがリストアップされ、教育面での革新が喧伝されている(5)。スポンサーは億万長者が多く、慈善、経済界の価値観の伝達、企業イメージの向上、政治的な影響力の追求など、一つに限らない様々の動機に基づいている。その一人であるピーター・ヴァーディ卿は、巨大な自動車販売店網の経営者である。キリスト教原理主義者でもある彼は、聖書に書かれてあることが全て本当だと信じている。彼のアカデミーでは天地創造説がダーウィンの進化論と同等に教えられており、ハリー・ポッターの本は魔法の存在を信じさせることにつながるとして禁じられている。このアカデミーはOfstedの監査を受け、良好であると報告されている。

「人的資本」の形成

 教育スポンサー制度は、営利目的のために公立学校を手中に収めるための第一段階になっているのだろうか。世界貿易機関(WTO)のサービス貿易に関する一般協定(GATS)の存在などを考えれば、その可能性は将来的に排除できない。だが、そこに至るまでには多くの障害がある。第一に、現在のスポンサーに代わって、営利を目的とする他のスポンサーが現れなければならない。さらに、他の部門以上に収益が得られる見込みがなければならない。しかしながら、アメリカの2003年-2004年度の状況をみると、たった47社が計417校の公立学校の運営契約を交わしているにすぎず、そのうち利益は出している企業はごくわずかでしかない。

 収益性の問題は、GATSが教育分野にもたらすと思われる影響にも関わってくる。「教育ビジネス」ロビーの主なねらいは義務教育以降の段階であり、通信教育の利用や、大学の海外キャンパス開設といったことが考えられている。さらに、欧州連合(EU)加盟国の大半の政府は、欧州委員会の立場とは逆に、義務教育の分野でGATS上の義務を負うという考え方には消極的であるようだ。批准手続き中の欧州憲法条約のIII-315条でも、貿易協定の交渉と締結に関しては、「福祉サービス、教育、保健衛生の分野において、協定がかかるサービスを国内的に組織するうえで重大な妨げとなり、かかるサービスを提供する加盟国の責任を損なうおそれがある場合」には(従来のような特定多数決ではなく)全会一致が要請されると明記している。

 義務教育システムを民間に開放したブレアは、GATS交渉に関するEUの立場以上に先へ進んだが、営利目的の学校運営に前向きな動きが経済界に起こっているようには見えない。それに、政府が本当に重視しているのは、相対的に弱小な部門にすぎない「教育ビジネス」企業ではなく、支配的な資本部門の利益である。大口雇用者である彼らの観点からすると、「人的資本」の形成は公教育システムの仕事であるが、自分たちの要求に従って行わなければならない(6)

 これはまさに、経済協力開発機構(OECD)の経済産業諮問委員会が、2004年3月18日から19日にダブリンで開催されたOECD教育相会議に提出した作業文書(7)の中で求めたことと同じである。「我々の見解では、初期の教育に関する主要な責任は政府にある。雇用者と企業は、政府や教育機関との協働を通じて、市場のニーズに応じた明確な目標を彼らに示すことに寄与するものである」

 今年2月にイギリス政府が発行した14歳から19歳に関する教育白書の内容も、このロードマップに完全に一致する。従来のような16歳までの共通科目に代えて、経営者の指導のもとに14歳で職業教育に向けた指導を行っていくというのである。「我々は雇用者を運転席に乗せ、学習内容の決定や、修了証の内容の詳細の決定に関して、中心的な役割を果たしてもらうようにする」と白書は書く。社会科学も現代諸語も、人文も芸術も抜きの、最低もいいところの基礎知識だけを与えるということだ。いわば、教育分野における最低賃金のようなものである。それも道理だろう。政府が労働者層の子供たちを導こうとしている学習内容がこれなのだ。

(1) この点については、ルイ・ヴェベール「市場論理に飲み込まれる公教育」(ル・モンド・ディプロマティーク2005年3月号)参照。
(2) Ken Jones, Education in Britain, Polity Press, Cambridge, 2003.
(3) 専門校の推進のための政府機関、専門校信託機関のサイト http://www.specialistschools.org.uk/ を参照。
(4) アカデミーに関しては、全英教員組合(NUT)のサイト http://www.teachers.org.uk/resources/word/Academies04.doc を参照。
(5) 教育基準に関しては、教育技能局(DfES)のサイト http://www.standards.dfes.gov.uk/academies/projects/openacademies/?version=1 を参照。
(6) ウェブサイト http://www.biac.org/statements/edu/Fin05-03-04_BIAC_Paper_OECD_Education_Ministerial_Dublin.pdf を参照。
(7) Richard Hatcher, << Privatisation and sponsorship : the re-agenting of school system in England >>, Journal of Education Policy, volume 20 , London, 2005.


(2005年4月号)

All rights reserved, 2005, Le Monde diplomatique + Miura Noritsune + Sato Takehiko + Saito Kagumi

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