開発の自文化中心主義に抗して

セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche)
パリ十一大学経済学名誉教授、市民団体「水平線連盟」会長

訳・清水眞理子

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 『ル・モンド・ディプロマティーク』は2003年11月号に「縮退の社会に向けて」という論文を載せた(1)。以来、このテーマはオルターグローバリズム運動の中に、さらには広く社会的な議論を呼び起こしてきた(2)。「縮退派」が南側の人々に提案しようという代替構想とはいかなるものか。固有のモデルか、それとも新たな西洋化か。[フランス語版編集部]

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 広告業界をまねたメディアの言い方では、新機軸を打ち出すにとどまる構想はすべて「コンセプト」にされる。文化に関しても例外ではない。こういった状況で、縮退という「新しいコンセプト」の中身は何なのかとの質問が出ることに驚きはない。がっかりさせてしまうのを承知のうえで、縮退は言葉の伝統的な意味での「コンセプト」ではなく、経済学者が成長の理論を練り上げてきたのと同等のいわゆる「縮退の理論」は存在しないという答えを繰り返しておく。縮退というのは要するにスローガンだ。開発に対して徹底的な批判を行なう人びとが、経済至上主義者の取り澄ました言葉を打ち砕き、ポスト開発政策に向けた代替構想を描き出すために掲げている(3)

 縮退それ自体は本当に具体的な代替策にはならない。むしろ、代替策を増殖させるための母胎である(4)。経済至上主義者、開発主義者、進歩主義者の全体主義によって封じられてきた独創性や創造性の空間を再び開いていくのに必要な提案ということだ。こうした提案を掲げる人々のことを「無差別な縮退」すなわち既存システムの見直しなき負の成長を構想しているにすぎないと見なしたり、あるいは一部の「オルターエコノミスト」が批判するように南の国々に問題解決の道を閉ざそうとしているのだと勘ぐったりするのは、悪意でなければ頑迷の部類に属するだろう。

 北でも南でも、共生と自立性、節約に基づいた社会を建設しようという構想は、厳密には「縮退=成長の収縮」というよりも、「無神論」と同様の意味での「無成長」によってたつ。これはまさに信仰と宗教、すなわち経済という信仰と宗教の放棄にほかならない。したがって、開発という神のペルソナを倦むことなく脱構築していかなければならない。

 これまでの数々の失敗にもかかわらず、中身が空っぽになったまま何度も定義しなおされた「開発」というフェティッシュな概念への不合理な執着が続いているのは、経済至上主義と絶縁できていないことを示している。結局のところ、成長そのものとと絶縁できていないということだ。矛盾したことに、守勢に追いこまれたオルターエコノミストは、成長の弊害を認めるにいたっていながら、南の国々にもその「利益」を享受させたいという望みを捨てきれない。そして北の国々については「減速」を唱えるにとどめている。われわれが体験してきた成長が環境と社会の観点からして維持可能でもなく、望ましくもなく、持続可能でもないことを認めるオルターグローバリズム活動家も増えてはいる。しかしながら彼らは、縮退などというのは有望なスローガンではなく、発展を知らなかった南側諸国には必要悪として成長の「猶予」を得る権利があると主張する。

 「成長もだめ、縮退もだめ」の袋小路で身動きできなくなった人々は、教会の公会議に見られるような慣習にしたがって、誤解から全員が合意してくれそうな「成長の減速」という問題設定に傾いていく。しかしながら「減速」された成長では、共生と自立性、節約に基づいた脱成長社会の利益を得るべくもない。不公正で環境破壊的な強力成長の唯一の利点である雇用の維持すらできなくなる。

 成長社会を疑問視すれば民衆を絶望させることになると主張する者もいるが、「成長なき開発」などという経済学的に無意味な再定義をほどこされた「開発」が、死へといたる「成長」の中毒者に生きる希望と喜びを取り戻させるはずもない。

南がとるべき道

 脱成長社会の建設がなぜ南でも北でも必要かつ望ましいのかを理解するには「成長反対派」の足取りに立ち戻らなければならない。自立性と節約に基づいた社会という構想は昨日に始まったわけではなく、開発批判の流れの中で形成されてきた。40年以上前から、まさに南側諸国の開発の弊害を告発してきたアンチもしくはポスト開発主義者の小さな国際連帯組織がある(5)。ブーメディエン大統領時代のアルジェリアからニエレレ大統領時代のタンザニアにいたるまで、この開発というのは資本主義的、超自由主義的であっただけではなく、公式に「社会主義的」「参加型」「内発的」「自助・自力による」「大衆連帯的」などと銘打たれていた。それはまた人道主義的なNGOによって実行され、後押しされていた。ささやかなレベルで目覚ましい成果があったとはいえ、破綻は大規模に及び、「人類全体とあらゆる人間の開花」に到達するはずだった企ては汚職、支離滅裂、構造調整計画の中に沈み、貧困を悲惨に変えた。

 成長経済の建設に取り組んできた南の社会もまた、こうした無謀な企てによって追い込まれた袋小路にますますはまり込むのを避けるためには、縮退の問題に関わらざるをえない。まだ時間があるとすれば、彼らにとって重要なのは「覆いをとる」こと、すなわち違ったやり方で開花するために障害物を取り除くことだろう。それは間違ってもインフォーマル経済を一本調子に礼賛することではない。というのは第一に、北の縮退は南が別のかたちで開花するための条件であるからだ。ひどい飢饉のさなかでもエチオピアとソマリアがわれわれのペットのえさを輸出せざるをえないかぎり、われわれがアマゾンの森林の焼畑農場でできた大豆の絞りかすで肉畜を育てるかぎり、われわれは南の真の自立性を窒息させている(6)

 南の縮退を断行するというのは、再評価(reevaluer)、再概念化(reconceptualiser)、再構築(restructurer)、再配置(relocaliser)、再分配(redistribuer)、削減(reduire)、再利用(reutiliser)、リサイクル(recycler)という「8つのR」の好循環の軌道に乗るためのスパイラル運動を開始することである。この最初のスパイラルは、絶縁(rompre)、回復(renouer)、再発見(retrouver)、再導入(reintroduire)、奪還(recuperer)など、代替的であるとともに相互補完的な別のRとも有機的に結び付けられるだろう。北への経済的、文化的依存と絶縁すること。植民地化、開発、グローバル化によって断たれた歴史を回復すること。独自の文化的アイデンティティを再発見し、再び自分のものとすること。忘れられ捨てられた固有の生産物や、その歴史と結び付いた「反経済的」価値を再導入すること。技術や伝統的なノウハウを奪還すること。

 もし北の人々が環境影響範囲(EFP)の必要な縮小にとどまらない正義への配慮を本当に示したいのなら、先住民が時として返済を主張するもうひとつの負債を認知すること、すなわち返還を行なうことが求められるだろう。失われた名誉の返還(略奪された遺産の返還はもっと厄介である)とは、縮退に向けて南の人々とパートナー関係を結ぶことを意味するだろう。

 反対に南の成長という論理を、まさにこの成長が生み出した悲惨さからの脱出を口実として維持したり、さらに悪いことに新規に導入しようなどというのは、西洋化をいっそう進めることにしかならない。「学校、医療センター、水道網の建設、食糧自給の回復(7)」を望むというのは好意からの提案ではあるが、そこにはよくある自文化中心主義が存在する。まさに開発の自文化中心主義である。

社会の豊かな独創性に賭けること

 道は2つにひとつしかない。ひとつは当事者の国々に政府を通じて、もしくはメディアに操作された世論調査を通じて欲しいものを尋ねてみることだ。答えに疑いの余地はない。西洋の家父長主義が言うところの「基本的必需品」の前に、クーラー、携帯電話、冷蔵庫、特にクルマだろう(フォルクスワーゲンとゼネラルモーターズは数年後に中国で年間300万台の生産を予定しており、プジョーも遅れてなるまじと巨額の投資を行なっている)。これら諸国の責任者を喜ばせるために、原子力発電所やラファル戦闘機、AMX戦車も付け加えておこうか。もうひとつは、グアテマラの農民指導者の心の叫びに耳を傾けることだ。「貧乏人をそっとしておいてくれ、もう開発の話は聞かさないでくれ(8)

 インドのヴァンダナ・シヴァからセネガルのエマニュエル・ンディオンまで、民衆運動の立役者もそれぞれ同じことを語る。というのは結局のところ、南の国々にとって「食糧自給の再発見」が文句なく重要であるというのは、それが失われてしまったということだからである。アフリカでは1960年代に大規模な開発攻勢がかけられる以前は食糧自給ができていた。それを崩壊させ、日ごとに食糧依存を強化したのは、植民地の、開発の、グローバル化の帝国主義ではないか。産業廃棄物でひどく汚染されるまでは、水は水道水であろうとなかろうと飲めた。学校や医療センターにしても、文化や衛生を導き入れ、守るのによい施設だと言えるのかどうか。イヴァン・イリッチはこれらの施設が北の人々にとってさえ適切なものだろうかと疑問を投げかけた(9)

 イランの経済学者マジッド・ラーネマはまさに強調する。「援助と呼ばれ続けるものは惨めさを生み出す構造を強化するための出費でしかない。それに対して、真の財産を奪われた犠牲者は、彼ら自身の望みにかなう代替策を見つけようとグローバル化された生産システムから身を引き離そうとするやいなや、決して援助を受けられなくなる(10)

 だからといって南でも北でも開発の代替策が不可能な後戻りであったり、「無成長」の画一的なモデルの強制であったりするわけにはいかない。開発から除外され、難破した人々にとって、とるべき道は失われた伝統と手の届かない近代性とのなんらかの統合しかありえない。これは二重の挑戦をはらんだ矛盾に満ちた方法である。この挑戦を受けて立つためには、創造性や創意工夫がひとたび経済至上主義や開発主義の束縛から解き放たれたときの社会の豊かな独創性に賭けることができる。そもそもポスト開発のあり方は必然的に複数になる。そこでは環境や社会の絆を破壊する物質的満足が特別重視されないかたちで集団が開花する方法が探られる。

 良い人生の目的は場合に応じて様々に変化する。言い換えれば、新しい文化が再構築・再発見されていく。この目的に絶対に名前を与えなければならないとすれば、イブン・ハルドゥーン(11)ならウムラーン(開花)、ガンジーならスワデーシー・サルヴォーダヤ(みなの社会条件の改善)、西アフリカのトゥクロール族ならバムタアレ(一緒に快適でいましょう)、エチオピアのボラナ族ならフィドナア・ガビナ(栄養が十分であらゆる心配から自由な人がのびのびしている)(12)と呼ぶだろう。開発とかグローバル化を錦の御旗になおも続けられる破壊の企てに対し、絶縁状を突き付けることが重要である。独自の創造が始まっている兆しはここかしこで見つけられ、「ポスト開発」の希望を開く。

 「縮退」の政策を実行するために南でも北でもそれに先立って、文字通りの集中的解毒治療を行なう必要があることに疑問の余地はない。実際、成長は悪性ウイルスとなり麻薬となってきた。マジッド・ラーネマが書いているように、「それぞれの地方固有の世界に侵入するために最初のホモ・エコノミクスは2つの方法を採用した。一方はHIVウイルスの活動に、他方は麻薬ディーラーが用いる手段に似ていた(13)」。免疫力を破壊すること、新たな欲求を作り出すことである。麻薬ディーラー(この場合は多国籍企業群)はわれわれを奴隷状態に縛っておくことに利益を見出すがゆえに、麻薬の連鎖を断つことはなおさら難しい。それでも必要という健全なショック症状をきっかけに、われわれがこれを断ち切ることを促される可能性はきわめて高い。

(1) セルジュ・ラトゥーシュ「収縮社会のために」(原宏之訳、『世界』2004年2月号)[訳註]
(2) ジャン=マリー・アリベ「必ずしも発展に成長は必要ない」(ル・モンド・ディプロマティーク2004年7月号、同日本語版)参照。[訳註]
(3) セルジュ・ラトゥーシュ「『開発』幻想からの脱出に向けて」(ル・モンド・ディプロマティーク2001年5月号)、同『縮退、生きる喜びの書』(『広告破壊者』発行、リヨン)参照。
(4) クリスティアン・コムリョー編『未来のための下書き−別の道についての議論への寄与として』(『ジュネーヴ大学開発研究所・新ノート』第14号、PUF、パリ/ジュネーヴ、2003年)参照。
(5) このグループは『脱「開発」の時代』(ヴォルフガング・ザックス編、三浦清隆ほか訳、晶文社、1996年)を出版している。
(6) このような地球規模の「移動」が気候にまた少し変調を加えていくこと、投機的な大土地所有による耕作がブラジルの貧民からインゲンを奪うこと、さらには狂牛病のような生物発生学的な惨事を見る危険性があることについては論をおくとしても。
(7) ジャン=マリー・アリベ「持続的開発:大きな隔たり」(ユマニテ紙2004年6月15日付)。
(8) アラン・グラ『権力の脆弱』(ファイヤール社、パリ、2003年)249ページより。
(9) イヴァン・イリッチ全集第一巻(ファイヤール社、パリ、2004年)の刊行は現在もなお色あせない『脱病院化社会』を再読するよい機会となろう。
(10) マジッド・ラーネマ『惨めさが貧困を追いやるとき』(ファイヤール社/アクト・シュッド社 パリ/アルル、2003年)268ページ。
(11) アラブの歴史家、哲学者(1332年チュニスに生まれ、1406年カイロに没す)。
(12) Gudrun Dahl and Gemtchu Megerssa, << The spiral of the Ram'sHorn : Boran concepts of development >>, in Majid Rahnema and Victoria Bawtree, The Post-Developpment Reader, Zed Books, London, 1997, p. 52 ff.
(13) マジッド・ラーネマ前掲書214ページ。


(2004年11月号)

* 小見出し「南がとるべき道」直前の段落「開発なき成長」を「成長なき開発」に訂正(2010年7月5日)

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