反広告運動を絡め取るシステムの罠

フランソワ・ブリュンヌ(Francois Brune)
著書『順応の幸福』(ガリマール社、1985年)、
『今日のイデオロギーについて』(パランゴン社、2004年)

訳・池田麻美

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 昨年末、メディアは突然、ある一連の事実を発見した。地下鉄構内に広告というものが存在する。キレた若者グループがポスターの襲撃に乗り出し、自由闊達な文句を書きなぐった。これに憤慨したパリ交通公団(RATP)は、現行犯で逮捕された60人ほどの活動家に100万ユーロを請求した。この事件を「旬」のネタとして、新聞や雑誌はルポを量産したが、出資者であるスポンサーが憂慮を示すおそれもあった。広告システムの秩序に突如としてペンキを浴びせかけたこの襲撃グループは、いったいどこから飛び出したのか。そしてメディアはなぜ、自分たちの飯の種となっているシステムを非難してみせたのか。

 2003年10月17日、300人ほどの「落書きペインター」が地下鉄の駅に繰り出し、何百もの広告パネルを絵の具や黒い十字、してやったりと言わんばかりの警句(「金を使う代わりに、頭を使え!」)で塗りつぶした。この行動を呼びかけたのは、舞台芸術関連の不定期労働者、学生、教師、失業者、フリーターらからなるStopub(広告やめろ)というグループが開設したウェブサイトだ。彼らがこぞって非難するのは、世界と精神の商品化であり、そこでショーウインドーと媒体の役割を果たしているのが「広告」だった。自分たちの運動がメディアによってリーダー個人に還元されてしまうのを拒否するため、全員がロベール・ジョンソン某を名乗ってみせる。11月7日には第2弾が実施されたが、10月17日のアクションを伝えた活字メディアはほとんどなく、テレビにいたっては皆無だった。

 11月28日、新たな大規模アクションを起こすべく、1000人の活動家が駅に集結した。しかし、RATPは広告システムの秩序を周知徹底させるため、人員輸送車何台分もの警察官を動員した。300人近くの活動家が不意打ちを食らい、その大半はアクションを起こす暇もなく逮捕された。同じ時期、ウェブサイトの当初のプロバイダー(Stopub.Ouvaton)は、責任者の名前を裁判所に明かすよう迫られ、知っている唯一の名前を伝えた。それは、問題のサイトをボランティアで立ち上げた若い情報技術者だった。メディアはアクションと弾圧というありがちな事件に感銘を受け、これを社会現象(に類するもの)に仕立て上げられると考えたようだ。

 11月28日に弾圧にあい、一部の新聞が関心を高めたことに元気づいた「反広告運動」グループは、12月19日夜にフランス各地で落書きペインティング・ツアーを組織した。RATPと交通広告会社メトロビュスは、職務質問された数百人の活動家のうち62人を告訴し、連帯責任として総額100万ユーロのはした金を請求することにした。

 これを機にメディアは動き出した。2003年12月から2004年2月にかけて、市民団体や多少は名の知れた運動家、広告思想評論家は、数え切れないほどのインタビューの申し込みを受けた。潜伏ルポがいくつも出たことは言うまでもない。その題材は、暴力に訴えず、お祭り騒ぎのようなやり方で、消費社会の武器とシンボルに果敢に挑む若者たちだ。新聞のリベラシオン、ル・フィガロ、雑誌のル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール、テクニカール、ル・モンド2、VSD、そして再びリベラシオン、ル・フィガロ、雑誌レコー・デ・サヴァンヌが、写真を入れ、発言を大ざっぱに引用し、個性的な人物を登場させるといった体裁の記事を相次いでものにした。こうした記事については、当事者たちも了承している。メディアの大騒ぎを利用して、卑劣な訴訟を攻撃したいからだ。この流れにラジオが乗り、テレビが控えめに続いた。3月10日にはリベラシオンが、この事件をとうとう一面で取り上げた。見出しは「反広告運動、訴えられた自発的世代(1)」という、何とでもとれるものだった。

 この動きがどのようにして生まれたのかを捉えるには、現状をもって現状を説明するようなことは避けなければならない。彼らの抗議行動が、教師のストライキや舞台芸術労働者の運動、フランス国内の研究活動に対する攻撃といった流れの一環として、つまり「文化と精神の商品化」に対する批判の土壌の上に起こったことは確かである。とはいえ、これらの出来事を起爆剤として「自発的世代」が反広告運動を生み出したというわけでもない。突然の出現の背景には、それが今後も長いこと続くだろうと思わせるような深い原因がある。

反逆の香り

 第一に、広告の圧力が4年前から再び高まっていることが挙げられる。公共空間は広告に侵食されている。バスは広告でラッピングされ、電車の駅には匂いつき、地下鉄の通路には音の出る広告が設置され、長編映画の中には「タイアップ商品」が登場する。広告システムは学校にも入り込んでいる。校内には看板が置かれ、企業がスポンサーになった授業があり、広告的なシンボルが身につけられる(生徒が身につけるのは宗教的なシンボルばかりではない)。性差別的な傾向はさらに激しくなっている。おしゃれなポルノが流行し、テレビは下半身を狙ったバラエティを流し、途中で延々とはさまれるCMも同じところに向けられる。がんじがらめの広告は、身震いを覚えさせる。それは「陽気さの嫌悪(2)」などといった類のものではない。

 さらに深い原因は、フランス下層部(まさに地下鉄)の生活が不安定になる一方で、ポスター上では豊かさの神話が繰り広げられるというズレが拡大していることにある。その結果、広告の奔放さはますます耐え難いものになっている。ハイパー消費の偽の幸福は、それに身を委ねる人の一部に絶えず欲求不満をかき立てる。広がる貧困化の犠牲となった人々は、そこら中に満ち溢れた拝金主義によって、絶えず屈辱を覚えさせられているのである。

 他方、ここ20年ほどの間にメディア広告システムの分析が進み、いくつかの市民団体が運動を行ったことで、「何もかもが売り物(3)」というイデオロギーに抵抗する道が開かれた。専門資料や論考、ナオミ・クラインの『ブランドなんか、いらない』(4)やポール・アリエスの『おぞましいブランド野郎め』(5)のような参考文書、それに『広告破壊者』『景観行動』『レコロジスト』といった専門雑誌がますます激烈な「広告批判」を繰り広げるようになった。「反広告運動」と呼ばれる現在の運動は、これらを参考に自分たちのアクションのやり方を考えようとしている。

 この抗議行動はもはや、大挙して押し寄せる広告に対する生理的な拒絶反応に留まらず、他の運動の認識とも重なり合ってくる。それは、経済自由主義や「商品と化した世界」のカルテル化に対する根本的な批判であり、消費社会で奨励される生活モデルと直結した地球生態系の荒廃であり、経済至上主義の要請によって正道を踏み外した民主主義の破綻である。活動家の中でも熟慮を重ねた人々は、一刺し程度や一発くらわせるだけでは満足しない。彼らはグローバルとローカル、市場の帝国主義と消費のイデオロギーを結びつけてみせようとしているのである。

 あるグループが、そのことを明確に述べている。「我々の公共空間は、ブランド経済の頂点に立つ一握りの多国籍企業の餌食となった。彼らは世界中に不幸を振りまいている。事業活動を海外に移し、発展途上国を恥知らずに搾取し、天然資源や文化、しまいには人間自身をも商品化している」。それゆえ、反撃に公共性を持たせていく意味と必要性がある。

 しかしどうだろう。雑誌や新聞が急に反広告運動の「闘士」を(グラビア、見開きページ、色鮮やかな写真などで)特別扱いするのに驚いた人もいるかもしれないが、この運動のことを書いた記事を読めば、きっと安心するだろう。こうした急ごしらえの記事は、メディアによる絡め取りとそれにあたっての常套手段の延長線上にあるものにすぎないからだ。

 まずは、ワクチンの作用というやつだ。広告がそこかしこで自らの権力を乱用している(増殖し、性差別に走り、低俗化を促す)ことは認めざるをえない。われらがジャーナリストたちは、こうした健全な主張と手を取り合って、どこかしら偉そうな調子で、アンダーグラウンドの落書きペインティングが広まった1968年5月の反逆の香りを嗅ぎ取ってみせた。そういう見方なら皆にとって安心できる。「広告」を巧妙に擁護する者たちにとってはなおのことだ。というのも、広告の暴走に対して絶対的自由を対置してみせれば、システムへの順応が可能なことを逆の側から証明することになるからだ。リベラシオン紙の論説は、それを単刀直入に表現する。「過度の広告が広告をだめにするという状況下で、抗議行動によってダメージを与えることはできない。広告手法の刷新に寄与することになるなら、なおさらのことだ(6)

RATPの大々的な仕掛け

 2番目の手段は一括だ。かつての「反グローバリゼーション運動」という表現にもそうした傾向があったように、「反広告運動」という呼び方をすれば、この現象にラベルを貼りつつ、そこに政治的なものにほかならない首尾一貫した主張があることを見ようとせずにすむ。メディアは現実を構築しているのに、それを捉えているだけだと信じ込ませようとする。社会現象の突然の出現は理性のかかわるところではないという周知の図式である。「反広告運動」についての記事に繰り返し出てくるのが「ごちゃまぜ」という表現だ。そこにはシステムにうんざりした雑多な人々が集まっている。緑の党より緑にこだわるエコロジスト、時代錯誤の広告嫌い(標準的な読者が合流しようと望むには別世界の人々)、自覚のない「ネオ・シチュアシオニスト」の学生、大っぴらに羽を伸ばす隠れアナーキスト、「フリースタイル」にいそしむ人畜無害なスプレー画家、さらにはイスラムのベールの保守的な擁護者までが入り混じっている。彼らは皆、それぞれ多少なりとも「市民的不服従」(という表現がよく使われたが意味は不明)に足を踏み出していた。

 メディアはさらに訳知り顔で、運動団体(法律遵守主義だが時代遅れ)や社会派雑誌、悔い改めた広告業界人、ばりばりのモラリストについても触れてみせる。要するに、運動の成り立ちを分析する代わりに、現象の瞬間的な見取り図を切り出しているだけなのだ。こうした全体がいわば星雲のような効果を生み出していて、それで読者、つまり今週なら反広告運動を売り込もうとするターゲットの「アンテナ」を直撃しようというわけだ。

 とはいえメディアの記事は、一括しようとすれば「反」という言葉ぐらいしか共通点がなさそうな見事な無秩序を描きながらも、旧世代と新世代、思考する後衛(ごりごりの広告批判、体制批判的な広告嫌い、旧来型の団体)と「行動」する前衛(迅速な反応、インターネットによる連絡、自発的世代)の間に境界を引く。先端を行き、ポストモダンのお約束に身を浸したリポーターたちは、理性よりも衝動という新世代の広告嫌いに見られる姿勢を歓迎する。

 メディアが気に入ったのは、見せかけの「若さの嫌悪」であり、「ペンキ爆弾狂」たちの抜群の機動力であり、彼らが都市で繰り広げるゲリラごっこである。例えばテクニカール誌は完全に「イン」であろうとして、“No pub last night, underground, free style(昨日の夜は広告なし、アンダーグラウンド、フリースタイル)”と英語で書き記す。 反広告運動に説得力があるとされるのは、「政治的アクションをフリースタイルでやっている(7)」からだ。この運動はまさに旬として取り上げられることで、束の間の流行にすぎず、それゆえ無害なものとなる。

 しかし、このようなメディアの巧妙な取り上げ方も、RATPが大々的に試みた体制への絡め取り策の前では罪が軽いものに見えてくる。RATPはムチだけではなくアメも用いることにして、2004年3月に突然、1週間にわたり47枚のパネル(RATPの年間広告掲示数の1万分の1に相当)を提供し、あらゆるジャンルの芸術家たちが「自由な表現」に使えるようにすると発表したのだ。一言でいえば、反広告運動のための広告パネルということになる。

 その後まもなく、環境保護団体「環境のための行動」が仕掛けにはまり、広告汚染を非難するためメトロビュスから広告スペースを買ったことを自画自賛した。これに対して『広告破壊者』は厳しい声明を出したが、それももっともである(8)。運動家にとって、絡め取られることから逃れるのが困難だとしても、絡め取ろうとする側を逆に絡め取ってみせるなどと主張するのは軽薄にすぎるからだ。小さな魚が大きな魚の腹に入り込んで、内側から食い尽くすという戦法の有効性は、今のところまだ立証されていない。

(1) この見出しに呼応するかのように、「反広告運動は我々に改善を迫っている」という広告業界人の発言が引かれている。
(2) 2004年4月11-12日付ル・モンドの「反広告運動、もしくは陽気さの嫌悪」という一文で、ロベール・レデケールが(そのつもりではないにしろ)笑いを誘う視点からまくしたてた主張に逆らうようではあるが。
(3) フランソワ・ブリュンヌ「広告に対するレジスタンス」(ル・モンド・ディプロマティーク2001年5月号)、広くは同じ号の広告特集を参照。
(4) ナオミ・クライン『ブランドなんか、いらない』(松島聖子訳、はまの出版、2001年)。[訳註]
(5) ポール・アリエス『おぞましいブランド野郎め』(ゴリアス社、パリ、2003年)。
(6) リベラシオン紙、2004年3月10日付。
(7) テクニカール誌2004年2月号は、「具体的でリゾーム的な取っ組み合い」と賞賛する「フリースタイル」の対極にあるものとして、読みもせずに「坊主の説教くさく、まじない的で、結局さほど効果はない」非難にすぎないとする批判的論考を挙げている。さらにこんな一文もある。「広告と我々の関係はあまりに親密で曖昧であり、一方的で無味乾燥、教訓を垂れるだけの攻撃文書はお話にならない」。記事と見分けをつけるのが難しい広告の重みで崩れそうなテクニカール誌は、確かによほど親密であるに違いない。
(8) 『広告破壊者』は、「環境のための行動」が2004年3月18日に企画した「広告は汚染メッセージを運ぶ」というテーマの「討論会」への参加を拒否した。そこには、悔い改めた元広告業界人で、出版社フラマリオンのテレビCMを担当したフレデリック・ベグベデが参加する予定になっていた。『広告破壊者』はまた、地下鉄駅の落書きペインター62人の弁護団が、メディア受けをよくするために、2人の証人を立てようと考えたことについても嘆いている。1人はベグベデであり、もう一人は、「世界のあらゆる悲惨をきわめて吐き気を催させるような方法で道具化した元ベネトン広告担当」のカメラマン、オリヴィエロ・トスカーニである。


(2004年5月号)

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