アメリカの大中東構想とは

ジルベール・アシュカール(Gilbert Achcar)
パリ第八大学

訳・加茂省三

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 ハマスの創始者で精神的指導者であるヤシン師の暗殺により、アメリカ政府がアラブ世界で実行しようとしている計画の議論には、暗雲が立ちこめてきた(本号の記事参照)。この計画は、幾度となく装いを変えてきたアメリカの野心の一環をなしており、「民主化」の名のもとに、豊富な石油資源と中東市場の支配権を確立し、イラク戦争以降に拡充された軍事基地と軍事施設の巨大なネットワークをさらに強化しようとするものである。[フランス語版編集部]

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 イラク侵攻を正当化するためにブッシュ政権が用いた口実は3通りあった。第1は言うまでもなく、9・11事件に続いて布告された「テロとの戦い」だった。あらゆる証拠事実に反し、アメリカ国民には、フセイン大統領がビン・ラディンの共犯さらには後援者であるとの説明がなされた。第2の論拠は「大量破壊兵器」による脅威だった。我々は今では、アメリカとイギリスから提供された情報が嘘であったことを知っている。これら2つの口実が霞んでいくにつれ、第3の論拠が重みを増してきた。それは、アメリカ政府がイラクを民主主義の魅力的なモデル国にすれば、中東全体の模範になるというものである。

 反イラク宣伝キャンペーンの開始以来、他の2つの口実とならんで打ち出された第3の論拠は、国防総省を筆頭にブッシュ政権内外にたむろする「ネオコン」グループ(1)によって熱心に吹聴された。ブッシュ大統領自身も、中東に「民主主義の価値観」を広めるという野心を重々しく述べてみせた。イラク侵攻を目前にした2003年2月26日、アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)での発言である。AEIは、ネオコンと絶対的イスラエル支持者のたまり場として知られたシンクタンクであり、ブッシュ大統領は、ここから20人ものメンバーを政権に「借り出した」ことを自慢していた(2)。彼はさらに同年5月9日に、広めたいという価値観の中身を示すかのように、「今後10年以内にアメリカと中東の間に自由貿易圏を創設する」ことを提案した(3)

 クリントン政権の「人道的戦争」に賛同した人々の中にも、この第3の論拠を支持する者がおり、ブッシュ政権の強圧的な手法の擁護者となっている。そのような人々の代表格が、人権を専門とするカナダ国籍のハーヴァード大学教授、マイケル・イグナティエフであり、荒削りの議論をするばかりだったブッシュ政権に、洗練された議論というプレゼントを進呈した。イグナティエフは、2003年初頭にニューヨーク・タイムズ紙の日曜版に掲載されて反響を呼んだエッセイの中で、彼の筆にかかれば紛れもない「善の帝国」となる「アメリカ帝国」の長所を、いかにも説得力のありそうな醒めた口振りで喧伝した。

 アメリカは「軽い帝国であり、自由市場、人権、民主主義を魅力とする世界的な覇権国であり、その後ろ盾には史上最強の軍事力がある」という(4)。イグナティエフは、その長広舌の結論部で、「帝国を擁護するのは、それがイラクのような場所で、民主主義と安定に向けた最後の希望となったからである」と述べている。その後この託宣はまったくの誤りであったことが判明する(5)

 民主主義をイスラム世界、とりわけイラクにもたらすのだというブッシュ政権の主張は、米語で「進歩主義者」を意味する「リベラル」から「理想主義的」な賞賛を受けたのとうらはらに、「現実主義者」の側からは厳しい批判にさらされた。彼らの中心的な理論誌であるナショナル・インテレスト誌の編集長アダム・ガーフィンクルは、早くも2002年秋の時点で、こうした無邪気な賞賛に手厳しい批判を加えている。

 彼が挙げた最初の反論は、同じくハーヴァード大学教授の有名なサミュエル・ハンチントンが唱えた「民主主義の逆説」に関わっている。つまり世界には、民主主義がその模範たる西洋にとって敵対的な勢力を利することになるような地域もある。アメリカへの敵意が絶頂に達しているイスラム世界は、まさにこの法則が立証される地域であるという。

 ガーフィンクルが提起した第2の反論は、アラブ世界で民主主義を推進するには「我々が長きにわたり友人とみなしてきたサウジアラビアやエジプト、ヨルダンなどの非民主的な指導者層に対し、アメリカの態度を転換するか、さもなくば誰の目にも明らかな外交的偽善をこれからも永久に続けることが、前提条件として必要とされる」というものである(6)

 そうした偽善は、イスラム世界の人々にとっては慣れ親しんできたものであり、民主主義をもたらすというアメリカ政府の約束が、辛辣な皮肉とないまぜの不信感を引き起こした原因もそこにある。アメリカで民主主義を誠実に擁護する者は、この点を特に強調する。例えば、カーネギー国際平和財団の研究員トマス・キャロサースが1年前に、ブッシュ大統領とそのスタッフを「二重人格」と批判している。彼によれば、「『現実主義者のブッシュ』は、世界のあちこちで『独裁者の友人たち』と積極的に交友を深め、その一方で『新レーガン主義者のブッシュ』は、中東で新たに民主主義を強力に推進していくとぶち上げる(7)

イラクでのイメージダウン

 新アメリカ財団で世界経済政策プログラムの共同責任者を務めるシャール・シュヴェンニンガーは、アメリカの戦略に関する論文の中で以下のことを指摘している。「ここ30年間にわたるアメリカの政策は、本質的にアラブの民主主義と自己決定に反するものであった」。歴代大統領は、どれも「アラブの民衆を大きく疎外してきた」3つの柱からなる戦略を追求してきた。第1に「イスラエル防衛のための資金援助と、ある種の和平プロセスの推進」、第2に「エジプトとヨルダンの親米政権への支援」、第3に「湾岸産油国の支配者一族、とりわけサウジ王家との緊密な同盟の発展」という戦略である。

 「イラク占領はアメリカの正当性にまつわる疑問を深めただけである。中東地域の多くの人々が、アメリカの関心はイラク国民の幸福よりも、石油そして軍事上の支配的地位にあるのだという認識を強める結果にしかならなかった」と、シュヴェンニンガーは付言する(8)

 イラクで大量破壊兵器が見つからず、またアメリカに対してイラク国民が根深い不信感、ひいてはあからさまな敵対心を示す方向へと事態がうねるなかで、ブッシュ大統領は「民主主義という宣伝文句」をますます口にするようになった。例えば2003年11月6日には、レーガン政権の後押しで1983年に設立された超党派のシンクタンク、国家民主基金がアメリカ商工会議所で集会を開いた際に演説を行い、野心的な企てを述べ立てた。彼はイスラム世界の民主化を演説の中心テーマとしたが、それを国によって至極まちまちに考えていることを暴露してしまった。モロッコ、バーレーン、オマール、カタール、イエメン、クウェート、ヨルダン、さらにはサウジアラビアといった多数のアラブの専制国家の指導者を賞賛し、その一方で「民主化改革を阻害し台無しにするパレスチナ指導部」を強く非難したのである(9)

 その数日後、イギリスの週刊誌エコノミストが「総督」と呼ぶブレマー行政官およびイラク人協力者と、イラクのシーア派の主要な精神的指導者である大アヤトラ、シスターニ師との対決が始まった。この対決は(ハンチントンの言う意味において)きわめて「逆説的」である。国民の投票による憲法制定議会の選出と新憲法の承認を求めたのはシスターニ師の側であり、それに対して占領当局の側は、アメリカ政府が選任したイラク政府への形式的な権力移譲を正当化する口実として、短中期的に選挙を実施することは不可能だと主張した。こうした対決の中、シスターニ師は多数の支持者による抗議活動を盾にとって国連の調停を引き出すことに成功し、2004年末を目処に選挙を実施するという約束を取り付けた。

 数カ月後に迫った大統領選を前に支持率が低下し始めたブッシュ政権は、不似合いに装った「民主主義」がイメージダウンとなるような情勢を見て、新たに派手な構想を打ち出した。2004年2月13日、ロンドンに本社を置くリベラルなアラビア語日刊紙アル・ハヤトは、「G8・大中東パートナーシップ」と題されたワーキング・ペーパー(10)を掲載した。2004年6月8日から10日にアメリカのジョージア州シー・アイランドで開催されるG8サミットを前に、アメリカ政府が準備役の各国シェルパ(首脳の個人代表)に配布した文書である。

 このアメリカの文書は、アラブ社会経済開発基金(AFSED)と国連開発計画(UNDP)現地事務所の主導で作成された報告書(11)を大幅に借用して、アラブ諸国にいかに貧困、非識字、失業が広まっているかを述べたうえで、G8諸国の「共通の利益」が「過激派運動、テロ、国際犯罪、非合法移民の増加」によって脅かされていると警鐘を鳴らす(12)。アメリカ政府が、これを補完するものとして、欧州・地中海パートナーシップ(バルセロナ・プロセス)やアメリカ国務省の中東パートナーシップ構想など、競合すると言えなくもない構想を挙げ、さらに同一のアプローチの一貫だとでも言うように「多国間の枠組みによるアフガニスタンやイラクの復興に向けた努力」を引き合いに出して、G8諸国の協力を要請しているのも同じ理由による。

ナデル・フェルガーニの批判

 このワーキング・ペーパーの「民主主義」および「知識社会」という項目では、非常に限られた範囲の構想がいくつも挙げられている。例えば、2004年から2006年の間に選挙を実施するアラブ諸国に対するG8の技術支援といったことである。これは、有権者の登録や要員の訓練への技術的な支援のような「選挙前の支援」であって、選挙自体の実施状況を監視することではないと書かれている。他には、女性幹部、ジャーナリスト、(イスラム法を含む)法的扶助組織、NGOの育成センターを設置したり、2008年までに10万人の教員を養成することを支援するといった案が示されている。

 「経済的機会」という項目では、非常に「大胆な」革新として、「中東欧の旧共産主義諸国で実施されたような大規模な経済変革」が主張されている。そこで鍵とされるのは、アメリカ政府の教義によれば繁栄と民主主義の魔法の杖となる民間セクターの強化である。この点に関して、ワーキング・ペーパーはなんとも楽天的である。「マイクロファイナンス」という奇跡のおかげで、毎年1億ドル程度の5年間の出資によって、75万人の女性を含む120万人の「企業家」が、1人当たり400ドルの融資をてこに貧困から抜け出せるというのだ。

 その他の処方箋は定番のものである。例えば、欧州復興開発銀行(EBRD)をモデルにした大中東開発銀行を設立するという。しかし、アラブ諸国にはすでにAFSEDという同様の機構がある。ただし微妙な違いがあって、こちらは欧米諸国の主導下にはない。あるいは、ビジネス特区を創設するという案があるが、これもアラブ諸国にいくつも存在する。また、世界貿易機関(WTO)加盟と、そのために必要な改革を優先するよう、圧力をかけることも示唆されている。

 この文書がアル・ハヤト紙によって暴露されて以来、アラブ世界では批判の嵐が巻き起こっている。その批判はまず、「大中東」の定義そのものに向けられた。そこにはアラブ諸国に加え、アフガニスタン、イラン、パキスタン、トルコ、イスラエルが含められている。これら諸国の共通項といえば、アメリカに対して非常に強い敵意を表明している地域、アメリカ政府によって社会の最大の敵に仕立てられた反西洋イスラム原理主義が非常に活発な地域に属しているというだけだ。

 アメリカが、自国の政治戦略上の優先事項に他の西側諸国を同調させよう目論んでいるという以外、地理的にも、文化的にも、経済的にも、こうした地域を一括りにする根拠はない。考えられるような客観的基準に照らしてみれば、この括りは広すぎるか、あるいは逆に狭すぎる。対象とされた諸国の政府や国民には、このような論理を受け入れることはできないだろう。ただしイスラエルは例外である。他の諸国が自国の大きな不安要素となっていることで、アメリカ政府と戦略上の優先事項を共有しているからだ。

 このアメリカの文書に対し、アラブ側から真っ先に出された最も手厳しい批判の一つは、前述の『アラブ人間開発報告』作成の中心となったエジプト人、ナデル・フェルガーニによるものである。彼はアメリカ政府が報告書を盗用したことに憤慨し、アル・ハヤト紙に寄稿した。アメリカの構想に対する態度決定にあたり、他のG8諸国にはわずかな時間しかなく、アラブ諸国にはさらにわずかな時間しか残されていない。彼によれば、こういった段取り自体が、「他の世界に対し、その国家や国民の運命を思いのままにできるかのような行動に走るアメリカ現政権の傲慢な精神構造」を示している(13)

 フェルガーニは、この文書が非常に多様で広範囲な地域に対し、アラブ諸国のみを対象にした調査のデータを敷衍していると非難する。イスラム教徒が多数を占め、ネオコンがテロの温床とみなす地域として、各国の特殊性はここでは無視されている。彼はさまざまな根拠を挙げて、アメリカの構想を断固として拒否する。第一に、これは主要関係国に前もって相談もなく、「外部から押し付けられた」ものである。第二に、アラブ世界に汚職の種を蒔き、アラブの利益を脅かすような政権には「信頼性」が欠けている。彼は続けて、それゆえアメリカ政府の文書がUNDPとAFSEDの共同報告書に依拠するのは、「酔っ払いが、足元を照らすのではなく、ひっくり返らないようにと、街灯に寄りかかっているようなもの」だと述べた。

アラブ世界に広がる不信感

 フェルガーニはまた、この地域に大きく広まっている感情を表明する。それは、アメリカ政府がこの構想にヨーロッパを「巻き込もう」としているというものだ。第一に意図されているのは、ドイツやフランスである。両国はイラク侵攻に反対したことにより、「地域内部の変革勢力から重要な盟友と見られるほど、アラブの民衆の人気と尊敬を得た」からだ。もしこれらの諸国がアメリカの見方に同調するようなことになれば、「アラブの権利への限定的な支援によって獲得した政治的資産のかなりを失う」ことになり、地域内部の変革勢力と協力する歴史的な機会を逃してしまうだろう。それこそがアメリカの文書の「隠された狙い」とも考えられると、フェルガーニは付け加える。

 彼はとりわけ、アメリカが自らの経済モデルを中東に押し付けようとしていると批判する。ワーキング・ペーパーでは、アラブ世界の主要な問題は無視されている。イスラエルの中東地域への統合が語られるが、パレスチナ人の権利については一言もない。イラクについては主権回復ではなく、復興だけに関心が払われている。それも「イラクの破壊に一役買った諸国の企業に契約を分配する」という意味でしかない。

 フェルガーニは結論として、アラブ諸国にアメリカの構想を拒否するよう呼びかける。ただし内発的な改革、すなわちアラブ世界の真の再生構想を進める真剣な努力を怠り、単に拒否するだけでは意味がないと力説する。そうした改革の展望を描こうと試みたのが、UNDPとAFSEDの共同報告書だった。2003年10月に公表された最新版の報告書では、2002年7月の初版に向けられた非難も考慮されている。新自由主義の教条に迎合するばかりで、アラブ世界の現状の責任の一端が外国勢力による支配にもあることを見過ごしている、という確かに妥当な非難である。2003年の報告書は、アラブ経済の従属性を強調するようになった。また、国家の独占を民間の独占に置き換えるということではないとして、経済自由主義的なトーンを幾分やわらげた。さらに、イスラエルとアメリカの中東政策を厳しく批判している(14)

 この信頼性という問題こそが、アメリカの構想の最大のハンディキャップである。アラブ世界で最も強固に変革を唱える人々でさえ、それを理由にアメリカの構想を拒否している。例えばチュニジアの人権活動家、モンセフ・マルズーキは、同じくアル・ハヤト紙上で、「アラブ世界で民主主義を推進するというアメリカの政策にはまったく信頼性がない」と強調する(15)。彼はさらにこう述べる。「アメリカの政策は、それどころか、イスラム主義の過激派勢力に活躍の場をもたらしているとさえ言える。イラクがそうであるし、他の地域もそうなるだろう」

 ブッシュ政権がアラブ諸国に呼び起こした根深い反感と、この政権から発されるものすべてに対する激しい不信感は、アラブ世界におけるアメリカの主要な同盟国にして保護国であるエジプトとサウジを突き動かした。両国はアメリカの構想から距離を置いた。エジプトのムバラク大統領は、アメリカの構想が引き起こすに違いない激しい反発から身を守るために、批判陣営の先鋒に立った。彼は慎重に対処すると述べた後、すぐさまリヤドに向かい、サウジ首脳と共同で「外部からのアラブおよびイスラム諸国への特定の改革の押し付け」を拒否するとの声明を発表した(16)

 そうした拒絶反応を前にしたブッシュ政権は、当該国を差しおいて行動をとるつもりはないと釈明した。このメッセージを広めるのは国務省の役割だった。とはいえ、アラブの同盟諸国に派遣されたグロスマン国務次官はブリュッセルで、G8サミットと同じ2004年6月に予定されている次回の米欧首脳会議(ダブリン)でも、NATO首脳会議(イスタンブール)でも、「大中東」の改革が議論されることになると明言している。次いで中東諸国を歴訪したパウエル国務長官は、クウェート訪問中に、アメリカ政府としてはアラブ諸国がG8サミット開催前にこの問題に取り組むことを期待していると述べた。

 アメリカの期待は聞き届けられた。アラブの同盟諸国は、3月29日から30日にチュニスで開催予定のアラブ首脳会議(17)で、これもアメリカの意向を反映した「サウジ構想」を何らかの形で再始動させるための準備に入った。この構想は2003年3月にバーレーンで開催されるはずだった前回の首脳会議に向けて、同年1月に公表されたものだった。しかし、イラク危機のために、会議の場所はエジプトのシャルム・エル・シェイクに変更され、期間も1日に短縮された。アブドラ皇太子が提唱したサウジ構想は、地域情勢の緊迫化により、またアメリカ政府の指示に従うことに対する一部諸国からの疑義表明により、政治的に時宜に合わなくなってしまった。とりわけ、シリアのアサド大統領は、アメリカ政府がイラクを掌中に収めようとして、次々と「仮面」を取り替えてきたことを非難した。国連による査察、安保理決議、大量破壊兵器、「民主主義の問題、次いで人権」である。「そして今度は発展を約束するなどと言う(18)

 サウジ構想の狙いは、アラブ諸国に「自主改革」と「政治参加」の発展を謳う新たな憲章を承認させること、そして「民間セクターの支援と推進」や「アラブ共同市場」の将来的な創設に向けた措置をとらせることにあった。要するに、政治的には弱気で、経済的には強気という対照を特徴とする十年一日の処方箋であり、そうしたことを推進しようという人々の手による中東の「自由化」は、せいぜい「民営化」といったところで終わってしまうかもしれない。

(1) 中東の民主化計画のおそろしく楽天的な解説として、ネオコンの主要機関誌に発表された以下の論文を参照。Victor Davis Hanson, << Democracy in the Middle East: It's the hardheaded solution >>, in The Weekly Standard, 21 October 2002.
(2) George W. Bush, << President Discusses the Future of Iraq >>, Office of the Press Secretary, The White House, 26 February 2003.
(3) George W. Bush, << Remarks by the President in Commencement Address at the University of South Carolina >>, Office of the Press Secretary, The White House, 9 May 2003.
(4) Michael Ignatieff, << The Burden >>, New York Times Magazine, 5 January 2003.
(5) そのため、イグナティエフはイラク問題について公に持論を取り下げざるを得なくなった。See Michael Ignatieff, << The Year of Living Dangerous >>, New York Times Magazine, 14 March 2004.
(6) Adam Garfinkle, << The Impossible Imperative? Conjuring Arab Democracy >>, The National Interest, Fall 2002.
(7) Thomas Carothers, << Promoting Democracy and Fighting Terror >>, Foreign Affairs, January/February 2003.
(8) Sherle Schwenninger, << Revamping American Grand Strategy >>, World Policy Journal, Fall 2003.
(9) << Remarks by the President at the 20th Anniversary of the National Endowment for Democracy, United States Chamber of Commerce >>, The White House, Washington, 6 November 2003.
(10) 英語原文が同紙英語版サイトに掲載されている(http://english.daralhayat.com)。
(11) UNDP and AFSED, Arab Human Development Report 2002 and Arab Human Development Report 2003, New York. 両者ともUNDPサイト(http://www.undp.org)でダウンロード可能(アラビア語版のみ無料、英語版と仏語版は有料)。
(12) いかに「非合法移民」が他の災いと結び付けられていることか。
(13) ナデル・フェルガーニ「『大中東構想』批判:アラブは外国由来の改革を断固拒否すべきだ」、アル・ハヤト紙(ロンドン)、2004年2月19日付(原文はアラビア語)。
(14) ブッシュ政権は報復として、UNDP予算へのアメリカの拠出金を自国議会の承認額より大幅に引き下げる措置に出た。
(15) モンセフ・マルズーキ「大中東におけるアメリカの民主主義構想−そうかい、しかし誰と一緒にやるのかね」、アル・ハヤト紙(ロンドン)、2004年2月23日付(原文はアラビア語)。
(16) これについては以下を参照。Nevine Khalil, << Winds of Change >>, Al-Ahram Weekly, Cairo, 26 February 2004.
(17) この首脳会議は3月27日の時点で、無期限延期になると発表された。[訳註]
(18) See Amira Howeidy, << Swan-Song for Arab Unity >>, Al-Ahram Weekly, 6 March 2003.


(2004年4月号)

* 筆者名の欧文表記「Achkar」を「Achcar」に訂正(2004年4月25日)
* リード文「フランス語編集部」を「フランス語版編集部」に訂正(2004年4月25日)

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