イスラムのスカーフに対するヨーロッパ諸国の姿勢

ドミニク・ヴィダル(Dominique Vidal)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・阿部幸

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 フランス下院は2004年2月10日、今秋の施行を予定した「公立学校における宗教的シンボル禁止法案」を圧倒的多数で可決した。上院の審議は3月初旬に行われる。この法案は、シラク大統領が設置した諮問委員会の勧告を受けて提出されたものであり、広くは宗教を理由とした公共ルール違反を認めるべきではないとの問題意識に立っている。革命によって生まれたフランス共和国の政教分離(ライシテ)はきわめて先鋭的で、すでに1886年の時点で「宗教を排除した義務教育」や「教師の宗教的中立義務」に関する法律を制定している。今回の法案をめぐっては、その立場に基づいた賛成論、それに対して文化の多様性、信教の自由、教育を受ける権利、あるいは新法の必要性に対する疑問などに基づいた反対論、さらには抗議デモが巻き起こり、近隣のヨーロッパ諸国からも「不可解」と評されるほどの政治的緊張が生まれている。[日本語版編集部]

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 「どうしてまた、そんなことになってしまうのか。人権と近代民主主義の祖国とされるフランスが、こんな大それた差別に走ってしまうとは」。ワルシャワの日刊紙ガゼータ・ヴィボルチャによれば、これがポーランド人のスカーフ問題に対する反応である(1)。もっとも、ポーランドにおけるカトリック教会の重みを考えれば、この反応は割り引いてみたほうがよいだろう。とはいえヨーロッパ諸国の人々の大半が、この問題をめぐるフランス国内の議論の沸騰ぶりに驚いていることは事実だ。スカーフ着用を禁止する法律まで制定するなんて、非常識だと感じる人も多い。

 実際のところは、それほど驚くようなことではない。「フランス流のライシテ(政教分離、宗教色排除)」は非常に独特のものだ。ヨーロッパでは、多くの国家が、宗教の影響から完全には脱しておらず、また宗教色の強い君主制もかなり残っている。その上それらの国では、イスラム系移民問題の語られ方も、フランスとは異なる。イスラム系コミュニティがマージナルな存在にとどまっている国もあれば、出生地による国籍取得が認められていない国もある。国民的な統合よりもコミュニティ主義が先に立っている場合が多いのだ。

 スカーフ問題に関し、ドイツの場合、法的な禁止を考えているのは一部の州にすぎない。ドイツではイスラム教徒が実に320万人(人口の3.8%)を数え、そのほとんどがトルコ(またはクルド)の出身である(2)。カールスルーヘにある連邦憲法裁は2003年9月24日、アフガニスタン出身の女性教師の訴えを受けて、バーデン・ヴュルテンベルク州当局が彼女に教室でのスカーフ着用を禁じたのは誤りだったという判決を下した。裁判官によれば、同州はそもそも「万人に受け入れ可能な規制」のあり方を探り、法律を制定しておくべきであった。それから4カ月後、ドイツの16の州・特別市のうち、10の州・特別市は依然としてスカーフ着用を法律で禁じることは考えていない。ザールラント、ヘッセンの2州とベルリン特別市ではすべての公務員について、またバーデン・ヴュルテンベルク、バイエルン、ニーダーザクセンの3州では公立学校についてのみ、禁止法を制定しようとしている。ただし、キリスト教やユダヤ教のシンボルまで標的にしようとはしていない。

 このような展開は当然、激しい議論を引き起こした。キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル党首は党指導部に宛てた文書の中で、キリスト教的な伝統は「我々の文化」の一部を成すとして、宗教的シンボルを公共の場から排除する必要を認めなかった。ザクセン州のマイジエール法相も「このままいけば、国家と教会の極端な分離にまでつながりかねない」と同意見だ。社会民主党(SPD)所属のティールゼ連邦議会議長は「原則的に国家は宗教上の中立の義務を負う」と前置きしたうえで、「十字架は抑圧の象徴ではないが、イスラム教徒にとってのスカーフは違う」と明言した。ラウ大統領の見解はこれらとは異なっており、禁止の対象をキリスト教のシンボルにも広げるべきだという。

 こうなると、教会勢力も黙ってはいない。十字架をスカーフと同じ次元に置くなどとんでもない、とドイツ司教会議議長のレーマン枢機卿がかみついた。ローマ法王庁の教理省長官、ヨハネ・パウロ2世の側近のラッツィンガー枢機卿は、新年ミサの際に次のような立場を公言した。「私はイスラム教徒にスカーフ着用を禁止するつもりはない。しかしそれ以上に、罪の赦しを公に象徴する十字架を禁止しようなどという動きを放っておくつもりはない(3)

 このような意見の食い違いは、実のところ、宗教の地位がドイツでは曖昧であることに由来する。1949年のドイツ基本法は、国家と教会とを明確に切り離さない1919年のワイマール共和国憲法の条文を引き継いでいる。この条文は、「国教会は存在しない」と述べるにとどめ、「各宗教の平等な取り扱い」を保障する。さらに、現行憲法の前文には、「ドイツ国民は、神と人間に対する責任を自覚」して、この憲法を起草したと記されている。事実、公立学校では修道女が修道服姿で教壇に立つことができ、キリストの十字架像を教室に置くことが認められ、宗教の授業を選択科目としてカリキュラムに含めることが義務付けられている。その上、国家は約5500万人のキリスト教徒から税金を徴収し、それを教会へ振り分ける役割を担っている。

「予断を抜きに、議論の成熟を」

 宣誓の際に神という言葉を口にしなかった最初の首相となったシュレーダーはどうかといえば、ドイツは「宗教色排除が徹底していないが、宗教と国家が切り離された」国であり、「ユダヤ・キリスト教」の色合いが濃いと、クリスマスの直前に強調した。また、こうも発言した。「国家公務員のスカーフ着用は適切とは言えず、そこには教員も含まれる。しかし、私は少女がスカーフをつけて登校するのを禁じることはできない」

 もっとはっきり言い切るのは、連邦政府の移民統合委員、マリールイーゼ・ベック議員が率いる団体の70人の女性たちである。「もしスカーフをした女性に対し、一人一人の動機を考慮することなく、教育を受ける道を等しく閉ざしてしまうなら、それで最初に打撃を受けるのは、手に職をつけることで束縛から解放されたいと願っている女性たちだ」

 イギリス的な視点とフランス的な問題意識がいかに隔たっているかは、オブライエン外務政務次官の発言をみればわかる。「フランス人は、その文化と歴史によって、宗教色排除や宗教的シンボルの着用に関して我々とは異なる考え方を持つに至った。(・・・)イギリスでは、スカーフや十字架像、キッパ(ユダヤ教徒の帽子)の着用といった宗教の表現を目にしても別に何とも思わない。(・・・)移民を統合するのに、同化を求める必要はない。(・・・)イギリスという国は、様々な民族や宗教的伝統を包み込んでいる。(・・・)多様性は我々の力強さの一部だ。(・・・)多文化性はわが国の誇りだ(4)

 イギリス(イスラム教徒200万人、インド・パキスタン系が中心、人口の3.4%)では、各公立学校の校長が自由に校則を決めることができる。ほとんどの校則はスカーフ、キッパ、シーク教徒のターバンなどの着用を許可している。病院でも、特別に願い出ればイスラム教の服装が許される。スカーフやターバンの着用は、警察内ですら認められている。ガーディアン紙のジョン・ヘンリーは、フランスの「ライシテ」のことを「英米流の多文化主義になじんだ者にしてみれば、抽象的なばかりか意味不明ですらある概念」と言う。インディペンデント紙のジョン・リッチフィールドは、スカーフをめぐるフランス国内の議論を「不可解」と評している。

 ベルギー(イスラム教徒30万人、人口の2.9%)は、スカーフ問題に関してはドイツとイギリスの中間に立つ(5)。ベルギーには学校に関する連邦法が存在しないので、スカーフを禁止しようという場合には、各校がそれぞれ独自に校則を制定できる。これまでは、特にフランス語圏で見られた数少ない衝突も、話し合いによって解決されていた。しかし、ブリュッセルのある学校でスカーフが禁止され、イスラム系コミュニティが抗議に立ち上がって以後、衝突が再燃するようになった。

 フランス語系の2人の議員、社会党のアンヌ=マリ・リザンと自由党のアラン・デステクスが、学校内と公務員に関して宗教的な服装を禁止する法案を提出したのである。しかし、選挙を控えているということもあり、政府に審議を急ぐ気配はない。社会党のディ=ルポ党首も、「予断を抜きに、議論の成熟を待つべきだ」とする。

フランスの法案に似通ったトルコの法律

 オランダ(イスラム教徒30万人、人口の1.9%)は、ベルギーよりも寛容な立場をとる。宗教に基づくあらゆる差別が法律で禁止されており、スカーフ姿は公立学校でも目にする。スカンジナヴィア諸国でもこれと同様、信教の自由の名のもと、公立・私立にかかわらず、スカーフは教育の場で容認されている。スウェーデン(イスラム教徒35万人、人口の4%)では、イェーテボリの高校でソマリア出身の生徒2人がブルカ着用を願い出て認められなかった事件があっただけで、それも教師が生徒を見分けられるようにとの理由からである。デンマーク(イスラム教徒17万人、総人口530万人)では、極右のデンマーク人民党が2003年夏にスカーフ禁止法案を提出したが、成立はしていない。保守・自由連立政権はスカーフについて厳しい見解を述べるようになったものの、法律による禁止までは考えていない。「スカーフ問題に関して何を語ろうと自由だが、私は国で禁止することには賛成しない。それは表現の自由の原則に反する」とボーダー移民統合相は発言している。

 スペイン(イスラム教徒30万人、人口の0.7%)もこれと似た状況で、公立でも私立でもスカーフ着用が見られる(6)。深刻な衝突が起こったのはマドリッドのみ、2年前のことである。私立フアン・デ・ヘレーラ高校の理事会が、13歳のモロッコ出身の生徒のスカーフ着用に反対し、彼女を公立学校へと転校させたのである。カスティーリョ教育相は、2003年12月末にエル・パイス紙で、宗教的シンボルを学校内で公然と身につけることが「適切」ではないにしても、だからといって「禁止」されていいわけではない、と述べている。同紙によると、アスナール政権が慎重な態度をとっているのは、十字架がすでにほとんどの公立教育機関から取り外されているからでもあるが、この問題に関して教育委員会が独自に決定を下せるような権限をもっていることが大きい。

 イタリア(イスラム教徒80万人、人口の1.4%)でも、イスラムのスカーフは火急の問題ではない。移民自体が最近のことで、出身国から家族を呼び寄せる段階には至っておらず、女性や少女の割合はまだ低い。むしろ問題になったのはアブルッツォ州の小さな村、オフェナの小学校の教室にあった十字架像のほうだった。イスラム教徒の児童の父親アデル・スミスは、イタリア・イスラム連合会長として、2年前から話題を振りまいている人物である。彼の訴えを受けたマリオ・モンタナーロ判事は2003年10月末、十字架像の取り外しを命じた。「十字架像は、すべての市民に共通の伝統とはいえない価値観を暗黙のうちに支持するものだ」と同判事は語っている。

 この判決は大きな物議を呼んだ。チャンピ大統領までが、「我々のアイデンティティの根底にある価値観のシンボルなのに」と力説した。ローマ法王は、「ある社会に特有の宗教的遺産を認知するには、それを表すシンボルを認知することが不可欠だ」とし、「平等原則の誤った解釈」によって宗教的シンボルを排除すれば、「社会不安ひいては争いの要因」を作ることになると断じた。オフェナの小学校では問題の十字架像が取り外されることもなく、さらに近所の修道院から贈られた巨大な十字架像が飾られることになった。この種の議論に新味はない、といわざるをえない。それも当然で、カトリックが第二次世界大戦後に国教でなくなったとはいえ、学校に十字架像を置くことは1923年の法律で規定されているのだ。

 今回提出された法案をフランスの議会が可決すれば、宗教的シンボルに関するフランスの政策は、トルコと似通ったものになる。トルコはイスラム教国だが、厳格な政教分離を定めている。同国の法律は、学校や大学内を公共施設であるとして、スカーフ着用を禁止している。トルコ当局が昔からこの問題に敏感なのは、スカーフの自由な着用という要求が、イスラム政治運動の積極的な支持表明である場合が多いからである。

 エルドアン現首相を党首とし、2002年11月に政権の座に着いた公正発展党(AKP)は、イスラム政治運動の流れを汲みつつも、ケマル・アタチュルク以来の政教分離の伝統を受け継いでいる。とはいえ、それで欧州人権裁判所を相手どって、スカーフ着用禁止法を正当化できるわけではない。同裁判所は1998年、スカーフを脱ごうとしなかったせいで学業の続行を妨げられたというレイラ・サヒンさんの訴えを受けて、トルコ政府による自由の侵害に関わる審理を進めている(7)。トルコは有罪判決を受けるのだろうか。フランスでは近々、まさにそれと同じ法律が成立する。

(1) ラ・クロワ紙、パリ、2004年1月9日付。
(2) イスラム教徒の統計は、「イスラム教徒」の語の定義の仕方によって大きく幅がある。ドイツに関しては、AFP通信2003年10月21日、2004年1月1日、5日付を参照。
(3) ロイター通信、2004年1月5日付。
(4) AP通信、2003年12月18日付。
(5) ベルギーに関しては、AFP通信2004年1月5日付を参照。
(6) スペインに関しては、AFP通信2003年12月22日付を参照。
(7) トルコに関しては、AFP通信2003年12月23日付を参照。


(2004年2月号)

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