独裁者の椅子に座ったバグダッドの解放者

デヴィッド・バラン特派員(David Baran)
ジャーナリスト、在オタワ

訳・葉山久美子

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 アメリカによるイラク攻撃を不法で傲慢であると糾弾した人々は、占領軍に向けられるイラク市民の曖昧な反応に、ある意味で安堵や確証を見出している。この国に目を釘付けにしたメディアが伝えるのは、占領軍の失態に憤慨し、一見して蹂躙されている自分たちの権利を主張し、米政府の意図についてはお見通しだとする市民の不満だ。占領諸国の計画に多少なりと賛同するようなムードを示唆する報道はまずない。ほとんどが批判ばかりである。「戦争前よりもさらにひどい」「アメリカ人はサダムと同じだ」といった言葉が繰り返される。

 この手の比較は、それを口にするのが旧体制で一文の得もしていなかった人々である場合には、なおさら気懸かりなものとなる。現場にいるメディアに神経をとがらせる占領諸国が、失脚した前政権と同様の犯罪を犯すようなことはあり得ない。不当な拘束、アムネスティ・インターナショナルによって告発された拷問事件、メディアに対する規制などがあるにせよ、占領軍による暴虐は、戦闘時の軍隊一般の狼藉ぶりに比べればかわいいものだ。チェチェンのロシア軍、パレスチナのイスラエル兵、アフガニスタンの米軍を思い起こせば充分である(1)

 むろん、武装反対行動に対する鎮圧作戦は数々の行き過ぎを招いている。拘束された容疑者がひどい目にあわされることはしょっちゅうだ。米軍に急襲された家では、徹底的な捜索を受けて家具が破壊される。住人のドル貯金が略奪されることもある。米兵のブーツで顔を踏まれるという辱めを受けたと訴えるイラク人もいる。旧体制のやり方そのもののような例もある。最近、武装反対勢力の牙城となっているドゥルイヤで農園が破壊された事件は、サダム・フセインの軍により1991年に丸坊主にされたヤシ園のことを思い出させる。あるいは手配中の人物の身代わりに妻を拘束するのは、連帯責任を強要するということだ。身内一人の行状のせいで、その家族ひいては部族全体が苦しんでもいたしかたないという考え方である。

 とはいえ、武装反対勢力もその支持者も、想像を絶するような拷問にあうことや、自分の妻が目の前でレイプされること、親や子供が処刑されることなど絶対にないと知っている。恐怖の時代が過ぎ去ったことは、みな心底から理解している。だから、外国メディアが(正当にも)憤慨する占領軍の横暴に対し、イラクでは形ばかりの抗議しか起こらない。

 メディアは暴力のエスカレートを伝えるが、住民の間には無気力が広がっている。この温度差は、今にも暴動が起きるかのように言い立てられながらも、実際にはなかなか起こりそうにない状況にも表れている。そこには一つのパラドックスがある。これほど抗議してしかるべき状況に置かれた人々が、占領当局を厳しく非難しながらも占領状態を受け入れているというのは、どういうことなのだろうか。その答えを見つけるには、イラク人がごく自然に、旧体制と新指導部を対比しているという事実をまじめに検討しなければならない。

 第一に、アメリカの文民当局と軍は、独裁時代に用いられていた拠点聖域化政策を採用し、さらに強力に推し進めている。彼らは大統領府や党所有の建物の周囲を固めただけでなく、一部のホテル、学校、集合住宅なども占拠した。これらの戦略拠点は厳戒態勢で守られる。爆弾を乗せた車による攻撃に備えるため、バグダッドは巨大なコンクリート要塞だらけの町となった。イラク人に言わせれば「ベルリンの壁」だ。バリケードの向こう側に行くためには、警備の厳しい手続きに従わなければならず、そもそも特権的身分を持っている必要がある。

 これらの隠れ家に引きこもった政治権力は、イラクの一般市民には不透明で近寄りがたいものと映っている。真の決定権を握るのはただ一人。その男、文民行政官ポール・ブレマーは独自の警備隊に守られ、独裁時代の密偵にも似た顧問に取り巻かれ、市民からは隔絶した存在だ。彼らの生活や行動は、一群の聖域の中で完結している。移動には武装した車列が用いられ、その通行に出くわした一般市民は不安をかき立てられる。重要きわまりない政治決定が城壁の陰で、手続きもほとんど不透明なまま下される。

 下された決定は一見して恣意的であると同時に、いつ取り消されてもおかしくはないという印象を与える。今までの決定を見ても、相互の矛盾や後日の撤回といったことに事欠かない。つまりイラク人が知っている政治とはいまだに噂、リーク情報やガセネタ、あるいは憶説を介して伝えられるものなのだ。人々の見るところ、現在の暫定統治機構は、かつてのフセイン政権下の内閣と同じように、米当局に服従するだけの飾りものでしかない。イラクの政治権力は、一般市民から構造的に隔たっているだけではなく、まともな広報政策も備えていない。その結果、占領当局の意図をめぐり、ありとあらゆる憶測が飛び交うようになる。

 こうした状況で、イラクの人々は新指導部に、旧体制そのままの政治文化を見て取っている。独裁体制下の体験と同じだという印象を受け、以前と何も変わらないという気にさせられる。ある思い違いの例を引けば、それがどういうことなのかがよくわかるだろう。米軍は、復興促進のためにイラク人も治安維持に協力してほしいと呼びかけて、次のようなスローガンを貼りだした。「我々に平和を。そうすれば電気を与えよう」。そこで多くのイラク人は、配電が可能になっていたことを理解した。つまり停電は制裁でしかなかったのだ。この種の不手際が、ファルージャのような町でどのような効果を引き起こしたかは想像にあまりある。この町の住民は、まさに不当な嫌がらせを受けていると感じているのだから(2)

 占領当局は、口先では国全体の利益のためだと言いながら、実際には特定の利益を優先的に守ろうとする点においても、旧体制と似通っている。何よりも優先されるのは、新たな権力エリートたるアメリカ人の安全である。占領軍は、検問のような危険性の高い仕事には、米兵の代わりにイラク人を配置するようになった。現場での発砲命令は基準が甘すぎて、多数の一般市民が犠牲となっている。

カオスの恐怖

 これらの犠牲は必要だと、門外漢には意味不明なことが言われている。この言い方は、武装反対行動についての多少なりとも客観的な分析をまったく受け付けようとしない。武装反対行動は何であれイラク国民自体に対する攻撃だということになる。公式見解では、「バッド・ガイ」と総称される「バアス党員」(3)と「テロリスト」が、とにかくイラク国民に敵対行動をとっているのだとされる。

 イラクは捕らえどころのない敵に攻撃され、脅かされ、そのせいで足踏みしている。この敵を掃討しないかぎり、新しい進歩の時代の幕は開けない。だから人々は、自分たちの苦しみが一過性のものにすぎず、当局がこの重大な戦いに身を挺して取り組んでいることを理解すべきなのだ、と。

 これは、フセインがイラクに科された経済制裁について述べていたことと大差ない。ブレマーによれば「重要なのは自由である。(・・・)暴力や物不足を乗り越えること、連合軍の勝利のおかげで今日イラクの人々が享受している数々の権利を思い起こすことが重要なのだ(4)」。もちろん、「罪のない人々の命が奪われることは関係者全員にとって悲劇である。しかし実際には、その数は非常に限られている(5)」。実際には、その数は不明である。死者の数を確認する仕組みもなければ、「失態」に関する公的調査も行われていない。

 占領当局は概して、イラクにおける暴力や機能不全に対する責任を強く否定する。米政府はメディアに対し、後ろめたいことは書かないように命じている。それどころか、イラクの人々の過去や現在の苦しみをプロパガンダの材料に使っている。なかでも虐殺現場は大っぴらに開放した。そのせいで、裁判を起こすのに必要な正確な資料づくりは困難になった。要するに、国民的和解のプロセスなどはどうでもいいということだ。フセインの息子たちについても、彼らが占拠していた家を苦もなく包囲したというのに、むざむざと殺害してしまっている。

 イラク市民が被っている苦難は、占領諸国が筆頭に置く利害によって歪曲されているだけではない。職務を再開したばかりの警察機構も、米軍拠点を警護するという任務のせいで、すでに信用されなくなっている。過去の不法からして将来を期待しにくい諜報機関も、曖昧な根拠のもとに徐々に再組織されている。さらに今後は、イラクにおける選挙日程が中東の「民主化」のあかしとして、ブッシュの選挙戦略に利用されていくことも想像に難くない。イラクの政治状況がいかに占領諸国側の利害によって左右されているかがわかろうというものだ。結局のところバグダッドの米当局は、かつての大統領府「ディーワーン・アル・リアーサ」の特徴の数々を帯びるという、全く予想外の特異な状況に身を置くことになったのだ。この機関は、フセイン政権下で実権を一手に握っていた。

 現在もフセイン時代と同様に、ありあまる手段を手にした実際の権力中枢と、壊滅状態の国家機構とは完全に分断されている。一般市民が無情に放り出されているのに対し、特権階級に属する者たちは豪壮な建物に引きこもっている。彼らは献身的な武装警備隊に囲まれ、旧体制下の略奪の論理に似ていなくもない手段(水増し請求や文字通りの腐敗)によって、手に入るかぎりの資金を独占している。

 ここに至って、独裁体制との継続性を示す最大の要因を指摘することができる。サダムの統治で疲弊したイラク人は、今もなお日々生き残ることに必死であり、何か事を起こそうとは考えていないのだ。彼らは権力に対して自分たちは無力であると言う。故国を、富を、運命を剥奪されたという感情はあまりにも馴染み深く、耐えられないものではないように思えてしまう。

 イラク人が持つ期待は、外の人間から見るとほとんど信じがたいほど慎ましく現実的なものでしかない。この醒めた感覚を要約するのにピッタリな決まり文句がある。「そうかい、アメリカ人は我々の石油が欲しいんだな。サダムの時代にもそれで利益にあずかることはなかったんだし、少しは我々に残してくれるのなら・・・」

 このような状況では、占領軍がどうにかこうにか事態の改善を実現すれば、桁外れの効果を上げられる。反対に、イラク軍の解体のような劇的なものも含め、数え切れない失策の反響は抑えられる。確かに、重要な高位聖職者や傑出した部族長が拘束されてはいる。失態は続いている。車に乗っていた人々が装甲車に潰されるといった事件もある。しかし、いかなる出来事をもってしても、真の暴動はもとより数千人単位のデモさえも起こることはないように思われる。

 それゆえ、前大統領が占領諸国の地均しをしてやったのだという民衆の見立ては、まったく根拠のないものではない。フセインの統治下でまとまりを奪われたイラクの人々は、厳密に言えば「国民」とは呼べないかもしれない。ほとんどのイラク人は今、アメリカが早々に撤退することで内戦が起こる可能性を恐れている。つまり占領軍は、旧体制が享受していたのと同根の、最低限の正統性を手にしている(6)。すなわちカオスの恐怖である。

 往時との対比はここまでだ。占領軍には、旧体制とは違い、何が何でも国民に一目おかれようとする筋合いはない。彼らの大半はいずれ去る。米政府はイラクでの権益を守るために、軍事占領よりももっと巧妙な方法を見つけることだろう。それに、目下の米政府の目標は、国内のタカ派に加えられている圧力のおかげで、イラクの人々にとって希望をもたらすものとなっている。

 選挙に向けたブッシュの思惑がやはり最大の決め手であることは明らかだが、この企ての成功は彼にとっても不可欠なものだ。その成否は、イラク人への主権移譲を成功裏に果たすことができるかにかかっている。

(1) ジェイミー・ドーラン「アフガンの砂漠の砂の下に」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年9月号)、ローランス・ジュルダン「アフガニスタンで続く人権侵害」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年12月号)参照。
(2) デヴィッド・バラン「ファルージャでの思い違い」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年6月号)参照。
(3) バアス党員であることは様々な出世や金儲けの手段を得るための条件だったが、この語は旧体制に関わる不穏分子を漠然と意味している。つまり、必ずしも旧体制の政策や慣行に心底から同意していたことを意味するわけではない。デヴィッド・バラン「バアス党の国民掌握体制」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年12月号)参照。
(4) 2003年8月13日付の記者会見。
(5) The Chicago Tribune, 17 August 2003.
(6) デヴィッド・バラン「戦争を前にしたバグダッドの概況」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年2月号)参照。


(2003年12月号)

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