ジュネーヴで開かれた希望の扉

カドゥラ・ファレス(Qadoura Fares)
1958年生まれ、パレスチナ評議会議員、
本稿執筆以後にクレイ内閣の大臣となる

訳・ジャヤラット好子

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 2003年12月1日、中東和平に関する「ジュネーヴ合意」の調印式がスイスで行われた。これは政府間の公式な合意ではなく、イスラム主義勢力を除いたパレスチナ諸派とイスラエルの左派勢力が、スイス外相の非公式な支援のもとにまとめ上げた文書である。和平合意にあと一歩だったと言われる2001年1月のタバ会合に閣僚として参加していたヤセル・アベド・ラボ氏とヨッシ・ベイリン氏が中心となり、これまで先送りにされてきたパレスチナ国家の境界、聖地エルサレムの分割、難民の帰還などについての最終的な解決案を提示しており、同年2月にイスラエル新首相が選出されて以降、泥沼化するばかりだった中東情勢に風穴を開ける試みとして注目される。米国、ロシア、EU、国連からは、四者の提唱する「ロードマップ」をあくまで優先するとしながらも、この試みを評価する声が上がっている。パレスチナのアラファト議長は好意的な姿勢を見せているが、イスラエルのシャロン首相は激しい拒絶反応を示している。本号に掲載の2本の論説では、合意文書の起草に携わったパレスチナのカドゥラ・ファレス氏とイスラエルのアムラム・ミツナ氏が、それぞれの立場からジュネーヴ合意の意義を述べている。[日本語版編集部]

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 パレスチナ・イスラエル紛争はすでに1世紀以上に及ぶ。互いに何万人もの死者を出し、数百万のパレスチナ人が移住を強いられ、もっと建設的なやり方で使われるべき多大な資源が浪費された。紛争が長期化しているという事実は、それを形づくっている要因がいかに複雑で強烈であるかを浮き彫りにする。民族、宗教、歴史。どれか一つでも紛争をかき立てるには十分だった。

 イスラエルによる占領は尋常ではない。宗教的、歴史的に正当だと主張しつつ、道義上、人道上の行動規範をとかく度外視する。パレスチナ人の側は、この占領が、自分たちを否定することで占領を恒久化するためのものだと信じている。それゆえに、パレスチナの民族運動もまた、イスラエルの占領に対する闘争を正当化するために、とかく宗教的、歴史的な論拠を打ち出してきた。

 紛争が激しさを増すにつれ、両民族はそれぞれの歴史と宗教の物語をますます盾にとるようになり、いずれの側でも宗教運動の力が強まっていった。そして人々は希望を失うほど、その怒りがますます血なまぐさい戦争を駆り立てるようになった。その一方で、双方の政治家たちは、勇気ある決断によって希望を再生させ、未来を取り戻すような前向きな展望をつくり出すことができずにいる。

 パレスチナ民族は、イスラエルやその同盟国があたためている幻想に見向きもせず、他の諸民族が享受している自由を勝ち取るために解放戦争を遂行することを決意してきた。闘争の対象たる占領は、他の地域の占領と比べて特別の意義を持つものではない。イスラエルの占領が、それらよりも何らかの意味で「人道的」あるいは「文明的」であるなどという主張は、合理的な考察に堪えるものではなく、偏向した見方にすぎない。

 紛争のエスカレートと拡大は、だれの目にも明らかだ。そのことが皮肉にも、決定的な軍事的勝利や軍事的解決などあり得ないという(双方の指導層の一部も共有する)自覚につながっている。もっぱら優勢となっているのは「恐怖の均衡」論だが、それを永久に続けていても、さらなる死者と苦しみや憎しみの増大をもたらすだけだ。

 このような状況下で、ジュネーヴ合意はとりわけ歓迎されるべきものとなる。まさに時宜にかなっている。パレスチナとイスラエルの著名人グループによって署名されたこの文書は、現状に対して両民族にとって受け入れ可能な代案を示したものである。たしかに双方とも、この代案を完全に公正だとは受け止めず、むしろ不当だという感情を一時的に抱くことだろう。完全なる勝利をうたいあげることもできないだろう。両者が少しずつ譲り合うという妥協に基づいた合意であるからだ。このような合意を道義的に支えたのは、双方から確約をとりつけ、殺し合いや復讐や憎しみに終止符を打つような、合理的な解決策の模索である。

 この複雑に入り組んだパレスチナ・イスラエル紛争の中でも、日々の現実や目前の政治的制約を超え、両民族の根本的な利害を織り込んで、将来の展望を描いてみせるような人道主義の流れが絶えることはなかった。その将来像の中では、パレスチナ民族が独立を獲得して国家を樹立し、経済的、文化的、社会的制度を発展させてゆく。苦難と剥奪の時代のページをめくり、世界の発展プロセスへと合流する。イスラエル民族の側は、その存続を脅かされることもなく、安全に暮らせるようになる。占領の重荷から解放され、これまで紛争につぎ込まれてきた資源を発展に差し向けることができるようになり、両民族にも中東全体にも利益をもたらすことになるだろう。

 ジュネーヴ合意が発表されると、多くの疑問が提起された。なぜこのような合意が作られたのか。公式な委任を受けていない個人グループの署名にどのような価値があるのか。なぜこの時期なのか。どれもが真っ当でもっともな疑問と言える。

 解決策の模索は、多くの政治家、社会的に活躍する人々、知識人たちにとって、最大の関心事となってきた。とりわけ、対立関係を解消できるのは軍事的手段ではなく、真剣な交渉であるはずだと考える人々にとってはそうだった。2001年1月のタバ会合は、双方が解決に最も近いところまでこぎつけ、決定的瞬間として紛争の歴史に残ることになった。ところが悪いことに、この会合は時期が遅すぎた。イスラエルは総選挙の直前だったのだ。勝利を確実視されていたのは、パレスチナ解放機構(PLO)とのあらゆる合意に強硬に反対する人物だった。

 とはいえ、タバでの前進を無視するのは間違っている。双方の代表団は会合後も、互いの和平案の枠組みと内容を突き合わせ、将来の公式合意の基礎となるべき明確な文書を起草するという作業を続行した。タバ会合の直後、私は(会合当時はイスラエル法務大臣だった)ヨッシ・ベイリンに会い、紛争の平和的解決を支持する人々の間で、双方の和平推進勢力すべてが共有できるような大綱を定めた合意文書を作成してはどうかと提案した。ベイリンは、これに賛同した。

 交渉による解決を信じる人々は、その後の暴力のエスカレートに打ちのめされ、肩を落とした。この状況変化に立ち向かうためには、未解決になっている大きな問題をすべて交渉テーブルに載せ、解決を念頭にそれらに取り組んでいくことが必要不可欠だった。これがジュネーヴ合意を推し進めた考え方である。合意文書は最終的にまとまった時点で、即座に公表した。政治的な打算からではなく、合意が実現可能であることをできるだけ早く示すためだった。タイミングはもちろん重要ではあったが、我々の主要な動機ではなかった。

 ジュネーヴ合意は、合理性に基づき、解決に至ろうとする誠実な意志に支えられた一つのビジョンである。我々は、両民族が自分たちの運命をみずから決められるよう、このビジョンを政治家とともに知識人や一般市民にも提示する。ガラス張りにして大々的に広めることが、非常に重要な点なのだ。なぜなら、政治家がイデオロギーと先入観に縛られて身動きできなくなることもあるのに対し、一般市民はたいていの場合、よりよい未来への道をうまく見分けるものだからだ。公的機関の代表ではない我々は、実現可能な正義に基づいて、均衡のとれた政治的解決の地ならしを試みているにすぎない。この精神に従うなら、政治指導者は一般市民の反応によって、このような解決策が受け入れ可能であることをはっきりと示されることになるだろう。それによって、想像の産物にすぎない制約から解放されることになるだろう。

 敵意と不信感に支配され、二つの国家の共存という展望が本気で脅かされつつある非常に複雑な時期に発表されたことで、ジュネーヴ合意は極めて重要な意義を帯びる。なぜなら、イスラエルの極右政権が講じる措置により、現場では既成事実がつくられており、イスラエル国家の隣にパレスチナ国家を樹立することが実現不可能になっているからだ。

 既存の入植地の拡張、新たな入植地の建設、パレスチナの町や村をゲットー化し、数百ヘクタールにわたりパレスチナの土地を奪う人種隔離フェンスの設営、ユダヤ化を進めるためのエルサレムの支配強化といった措置は、和解も均衡のとれた解決策も(原理的に)全面拒否するイデオロギーから生じている。

 可能な解決策は二つしか残されていなかった。二つとも、我々の合意相手を含め、イスラエル人の大半にとって受け入れ難いものでしかない。一つ目は二民族国家という道である。二つ目は相互拒絶、すなわち一方の民族の存在が他方の民族を排除するという道であり(悲しいことにその可能性の方が高い)、紛争は恒久化することになるだろう。第二の選択肢については、歴史や宗教、イデオロギーを振りかざし、これを正当化しようとする支持者が常に双方の側にいる。イスラエルの政府が軍事的優位の上に立った力の幻想に突き動かされている場合にはなおさらだ。残念ながら、この道をとるならば、紛争と苦しみが想像を絶する新たな頂点に達するのは明らかである。

 このような状況の中では、何らかの手を打って、絶望と不満に満ちた現状から希望と楽観に満ちた将来に向けた現実的な解決策を、両民族に対して示すことが必要不可欠だった。

 我々の今の仕事は、この合意を公式なものに変えるため、それぞれの側で公的なパートナーを見つけることである。皮肉にも、パレスチナ側にはすでにパートナーがいるが、イスラエル側の相手がいない。一方のアラファト議長は、対話を支持する前向きなシグナルを送っており、我々の努力を有益な試みであると励ましてくれている。もう一方のイスラエル首相は、この合意と署名者を激しく攻撃し、計画の切り崩しを図って外交機関をフル稼働させている。連立与党の中には、合意文書に署名したイスラエル人を処刑するよう求めた者さえいる。

 このジュネーヴ合意を正式の協定に変えていくムードをつくり出すのは、国際社会の責任である。国際社会の諸勢力は、我々が和平を模索するように常に背中を押してきた。となれば今こそ、崇高な目標の達成に向けた我々の努力をぜひとも支えてほしい。


(2003年12月号)

All rights reserved, 2003, Le Monde diplomatique + Jayalath Yoshiko + Watanabe Yukiko + Saito Kagumi

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