ラテン・アメリカとヨーロッパの絆

カルロス・フエンテス(Carlos Fuentes)
メキシコ人作家

訳・北浦春香

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 ある社会党系の欧州議会議員が最近、ヨーロッパ統合の道のりをその文明の金字塔たるカテドラルの建築に例えてみせた。カテドラルの建築には時に何十年、何百年という歳月が必要となる。メキシコシティのソカロ広場にあるカテドラルは、1573年に建築が始まったが、完成したのはようやく1813年になってからだった。政治的な建設の事業にも、時にカテドラルと同じほど多大な時間がかかる。ヨーロッパの建設は、453年にローマ帝国が崩壊して以来、延々と続いているのである。

 ローマ帝国による統一が終わりを告げると、ヨーロッパは政治的に分解した。カロリング朝時代に再び統一を見たのも束の間、これもキリスト教という中世で唯一の求心力を凌駕することはできなかった。しかし、ハインリヒ四世、フィリップ四世といった俗権と、グレゴリウス七世やボニファティウス八世といった教権の間の抗争が、ヨーロッパの民主主義を育むことになった。西洋は、例えばロシアのような運命を辿らずに済んだ。ロシアでは、俗権と教権を融合させた皇帝による専制体制が確立され、それが1917年のレーニン以降も、ソ連時代を通じて、党と国家の融合という形で続いていく。

 ヨーロッパにおける「二つの権威」間の抗争は、むしろ国単位の権威を確立し、あらゆる政治的主体をそれぞれの国家の法に従わせることになった。ヨーロッパは、このような国家と国民という法制度を通じて、国際法を構築することができたのだ。今から5世紀前の1492年以後、世界は桁違いに広がった。突如として、地球は丸く、太陽の周りを回っているのだと認識されるようになった。そして当然のように、世界をさらに理解しようとする探索が実行に移された。16世紀は、ヨーロッパで最初のグローバリゼーションが起こった時代だった。この時の問題は、21世紀の自由主義グローバリゼーションが引き起している問題によく似ている。

 ヨーロッパが最初のグローバリゼーションのときに企てたのは、シアトルやジェノヴァやエヴィアンで激しい抗議にさらされながら(1)、現代のグローバリゼーションの信奉者たちが主張しているものと完全に一致する。それは、新しい現実に見合った新しい法制度を、という主張である。ルネッサンス期のヨーロッパでは「人権」の概念が生まれた。オランダ人グロティウスは国際共存の規範に先鞭をつけ、スペイン人フランシスコ・ビトリアやフランシスコ・スアレスがこれをさらに精緻なものとした。この二人のスペイン人は、「文明化された」諸国民の関係だけではなく、先住民の権利や、植民地の人々との関係にも力を注いだ。

 ヨーロッパとアメリカ、とりわけスペインとスペイン系アメリカの間で、政治や法体系が軌を一にするようになったのはこの時代からだ。フランシスコ・ビトリアは、先住民に対してセビーリャの住民と同じ権利を認め、人権の普遍原則としての国際法の基礎を築いた。近年スペインの予審判事バルタサール・ガルソンが、自分たちが罰せられることはないと踏んでいたチリの軍事独裁者アウグスト・ピノチェトとクーデターに加担した軍人たちを起訴したのも、まさにこうした論理に基づいている。「万民法」の体系による法の力は、植民地化による諸悪をもってしても揺らぐことはなかった。この万民法は、無数の攻撃にさらされながらも、多くのアメリカ大陸の先住民が今なお要求してやまない人間性と合法性のかすかな拠り所となってきたのである。

 スペイン系アメリカは、19世紀初頭に独立を手にし、ヨーロッパとの絆を断ち切ったが、以降何度となく、新たな覇権国たる米国に蹂躙されることになる。1970年代から80年代にかけて帝国主義の最悪の担い手となったリチャード・パール、オットー・ライヒ、エリオット・エイブラムズらがジョージ・W・ブッシュ大統領の側近として復活した現状で(2)、ラテン・アメリカ諸国は対外関係や支援国、貿易相手を多様化する必要に迫られている。そこで目をむけるべき先が、ヨーロッパ以外にあるだろうか。

 ラテン・アメリカの人々は、地政学がもたらす宿命をよく知っている。北米とは共存せざるを得ず、そのためには巧妙に、誇りをもって交渉する必要がある。紛争や致命的な緊張状態のないヨーロッパとならば、協力や理解による関係を結ぶことができるだろう。我々はヨーロッパにもっと目をむけるべきだ。普遍的なモデルを標榜し、ラテン・アメリカで猛威をふるった超自由主義の経済モデルよりも、ヨーロッパで実践されている経済モデルの方が、結局のところは多くの点で優れている。ヨーロッパを見れば、富める者から貧しい者へと、富の恩恵が自動的に降り注ぐわけではないことがわかる。再分配を行おうとする政治的意思が必要なのだ。無秩序な資本主義なら、ラテン・アメリカでは既に19世紀を通じて実践された。富は上層階級に集中し、下層階級はそのおこぼれにさえあずからなかった。

 我々が必要としているのは、欧州連合(EU)のようなモデルである。そこには、社会憲章、賃金労働者の参加、団体交渉がある。そして、雇用と賃金と生産性が緊密に結びつけられないかぎり、社会は不公平で不公正なものとなり、結局は貧困化の道を歩むことになるという信念がある。

 ラテン・アメリカは、公共部門と民間部門との均衡を見出さなければならない。こうした均衡を打ち立てようとして、市民社会やNGOが各地で立ち上がっている。ヨーロッパは我々に、過酷で自己中心的な超自由主義に代わるモデルを示してくれる。ヨーロッパとは我々にとって、多様化の源であり、自己目的化した市場のドグマから逃れる出口である。市場が民衆の敵であるのなら、民衆は市場の敵となるということだ。

 我々は、ヨーロッパから最上のものを受け継いできた。イタリアの元首相、マッシモ・ダレーマはこう述べている。「ヨーロッパ文明は、国家・国民・制度・政党・規則に基づく政治を生み、教養・芸術・知性・能力によって作り上げられる道徳を生み出した。この二つを併せ持つヨーロッパは類まれな存在となり、諸国が殺し合った二度の大戦とホロコーストの悲劇のように、自らの心に刻み付けられた深い傷からも回復することができたのだ」

 これが、我々にとってのヨーロッパである。そのヨーロッパが、外国人排斥、排外的愛国主義、人種差別、反ユダヤ主義、イスラム教徒の排斥、宗教的狂信、ファシスト的ナショナリズム、そして何よりも移民の糾弾という奈落にはまりこみ、自分自身を否認するとき、我々は自分の身を切られるように感じる。

 特にスペインでは、ラテン・アメリカからの移民が標的になっている。ヨーロッパに働きに来て、与えるだけで何も取ってはいないのに、なぜ非難されなければならないのか。望まぬ征服によって苦難をもたらしながらも、利益は持ち去ったかつてのヨーロッパ帝国に対して、その返礼を行っているだけなのに。

 かつて征服の対象とされたラテン・アメリカが、老いゆくヨーロッパの人間と文化に新たな力を吹き込もうとしているのだ。ラテン・アメリカは、かつてヨーロッパから与えられたものを送り返しているにすぎない。それは混淆、つまり異なる人種や文化の交わりだ。ヨーロッパとラテン・アメリカは、グローバル化する世界の中で手を取り合い、手本を示すことができるのではないか。資本と商品の移動の自由だけでは不十分なのだ。人の移動の自由が実現し、国境を超えた分業によって雇う側も雇われる側も利益を得られるようになったとき、初めてグローバリゼーションはその名にふさわしいものとなるだろう。

 ジャック・デリダの言葉のごとく、これまでずっと約束してきたものを、ヨーロッパは今こそ贈与しなければならない。自分の中で最上のものを。冷戦の跡地に漂う悪感情を戒めて、植民地主義や軍国主義の名残は二度と見たくないという他の地域に対して門戸を開かなければならない。

 世界が待ち望んでいるのは、これからの1000年に向け、ヨーロッパが国際社会の中で、経済協力の新しい構想、より緊密な文化交流、そして新たな法秩序の創造を打ち出してくれることなのである。

(1) それぞれ、1999年のWTOシアトル閣僚会議、2001年のジェノヴァ・サミット、2003年のエヴィアン・サミットの際の抗議運動を指す。[訳註]
(2) リチャード・パールは、強い影響力を持つ国防政策諮問委員会の委員であり、イスラエル政府に近い極右のタカ派である。オットー・ライヒは、キューバ出身、イラン・コントラ事件やニカラグアに対する汚い戦争に関与。国務省で中南米問題担当の次官補を経験し、現ブッシュ政権では中南米担当特使に任じられた。エリオット・エイブラムズは、中東問題についての大統領特別補佐官。レーガン政権では国家安全保障会議の中南米部長を務め、イラン・コントラ事件にも関与した。


(2003年11月号)

All rights reserved, 2003, Le Monde diplomatique + Kitaura Haruka + Saito Kagumi

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