Googleを通して見える世界

ピエール・ラジュリ(Pierre Lazuly)
ウェブサイト Les Chroniques du menteur(嘘つき時評)制作、
L'autre portail(一味ちがったポータル)主宰

訳・岡林祐子

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 30億ページにも達するインターネットは、最も充実した百科事典になぞらえられることが多い。実に膨大な資料が惜しげもなく公開されていて、我々の問いに瞬時に答えてくれる道具立てもそろっている。検索エンジンはものすごく強力で、こちらの記憶があやふやな時も、漫然と単語を並べてみるだけで情報を見つけ出してくれる。

 こんなふうになくてはならない検索エンジンだが、その数はだんだん減っていて、現時点で世界に向けて良質のサービスを維持しているのは、たった四つのアメリカ企業だけだ。増え続けるデータの海の中にネット利用者を送り出すと豪語するには、まずは数千台のコンピュータにウェブを巡回させ、どんな情報があるかを調べ上げなければならない。特に大事なのは、その中から最も妥当なページを選び出す能力だ。この能力、つまり検索エンジンの「知能」こそが成否の決め手となる。3年足らずのうちに世界で最も利用される検索エンジンとなったGoogleは、まさにその能力を証明した。革新的な手法を使って、目的の情報が大体において検索結果の最初のページに出てくるようにしたのだ。

 口コミで広がるのはあっという間だった。この「すぐれもの」検索エンジンの愛用者は友達にも利用を勧め、Googleによる検索数は1999年初めの1日あたり1万件から、2003年春には2億件を超えるまでになった。今では世界中の検索の実に53%がGoogleを使っていて、7000万人の利用者のかなりがインターネットといえばこの類例のない検索エンジンのことだと思い込んでいるほどだ。「Googleはいつの間にか、検索エンジンの常識を大きく超える必需品になったのです」と、ジャーナリストのフランシス・ピザーニは語る。「私はもはや、ほしい情報が掲載されたサイトに行くために検索エンジンを利用したりはしません。検索結果があれば十分で、そこで示されたサイトは確認先の意味しか持っていないのです(1)

 しかしながら、Googleの圧倒的な優位は、次のような現実的な疑問を引き起こさずにはおかない。Googleのアルゴリズムがいかに「すぐれもの」であるにしても、例えば「イラク」という言葉を含んだ300万ものページの中からどのようにして「最も妥当な」10件を選び出しているのか。

 他の検索エンジン同様、Googleにも最初に大きな壁がある。それは、一般公開されている情報しか提供できないという限界である。もし、ヒゲワシの生態に関する記事を公開しようと思った人が一人もいなければ、このテーマについて検索しても何も出てこない。つまり「インターネットで引いてみる」といっても、その対象は利用可能なあらゆる知識ではなく、大学、機関、メディア、個人といった情報提供者が(少なくとも一定期間)自由に公開することにした知識に限られる。つまり、妥当な検索結果を得るためには、そうした情報提供の質が大きく物を言うことになる。

 アクセス可能なページの総数が増え続けているとしても、一部の公的機関のサイトでは意図的に情報量を減らしている。2001年9月11日直後、多くのアメリカの政府系サイトは「デリケート」なデータを削除した。例えば、米軍のサイトでは削除対象が、それまで誇らしげに掲載していた八つの化学兵器倉庫に関する情報だけでなく(2)、多くの非軍事情報にも及んだ。地理情報部は道路網地図へのアクセスを禁じ(3)、ペンシルヴァニア州は通信インフラ、学校や病院などの施設地図を見られないようにした(4)。企業の中にもテロ対策という名目で、環境保護団体が激しい闘いの末にようやく公開させた情報を消したところがある。例えば、カリフォルニアの電力各社は、汚染物質排出に関するデータを外した(5)

「ページ順位」という判断基準

 2001年の「ニュー・エコノミー」の崩壊も、公開情報の削除に拍車をかけた。オンライン・メディアは記事の提供を会員に限定するようになっていった。この戦略は収入アップを狙ったものだったが、両刃の剣だった。存在そのものがウェブ上から消えてしまうことになったからだ。会員登録をしなければ(たとえ無料でも)アクセスできないサイトは、検索エンジンに素通りされてしまう。つまり、ニューヨーク・タイムズ紙がヒゲワシの生態に関する素晴らしい調査記事を1カ月前に発表したとしても、この記事は検索結果には出てこない。こうして、新聞・雑誌記事の大半は、実質的に存在しないものになってしまった。

 それに並行して、新しいタイプの利用者がネットに押し寄せるようになった。存在感を増したい企業はネットを重点的な広報メディアとして位置付けた。さまざまな運動団体はネットに新しい活動手段を見出した。さらに、ネット利用者たちが次々と個人サイトを開設した。かつては技術マニアだけに限られていた「自前の発表の場」が、操作の簡単なソフトの登場によって誰にでも手の届くものとなったからだ。

 1990年代半ば、米スタンフォード大学で情報工学を専攻する2人の学生、サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジは、ネット上の新たな情報の奔流に直面して一つのひらめきを得た。サイト間の関係を数学的に解析する検索エンジンを作れば、初歩的な技術を用いた既存の検索エンジンよりも優れた結果が得られるにちがいない。最も「妥当な」ページとは最も頻繁にリンクされたページ、つまり他サイトからリンク先に選ばれたページだと確信した2人は、これを研究の対象とし、より「数学的」な検索エンジンの基礎を築いた。この検索エンジンは、1998年9月に2人が起業した際にGoogle(グーグル)と名付けられることになる。

 ウェブページの「妥当性」を評価するにあたり、ブリンとペイジは「ページ順位」というGoogle特有の判断基準を考案した。あるウェブページの価値は、そのページがリンクされた数によって絶え間なく再評価される。まったく孤立したサイト、つまりどこからもリンクされていないサイトは、存在しないも同然となり、なんの「お墨付き」も得られない。逆に、あちこちからリンクされたサイトは、Googleの見地からして定番サイトということになる。この独自のアルゴリズムは目覚ましい成果を上げた。

 しかしながら、このシステムにはすでに不都合な点がある。新設サイトはハンディがあり、すでに地位を確立したサイトの関心を引かなければ存在感を示せない。「ページ順位はウェブのまったく民主的な性質に基づいたものだ」と語るGoogleの創設者たちも、「重要ページからの一票には重みがあり、対象ページの重要度を上げることにつながる」と認めざるを得なかった。驚くべき民主主義ではないか。すでに影響力のある者の投票権には、新参者よりも重みがあるというのだ。

 アンドリュー・オーロウスキーが「レジスター」誌に載せたエピソードは示唆に富んでいる(6)。2003年2月17日、ニューヨーク・タイムズの1面に、反戦運動を第二のスーパーパワーの登場だとする記事が掲載された。「この週末に世界中で起こった大規模な反戦デモは、おそらく地球上に今もなお二つのスーパーパワーが存在することを我々に思い起こさせた。アメリカ合衆国と世論だ」と記事は書いた。アナン国連事務総長もすぐにこの言葉を引き取って使った。その後の数週間は、Googleで「第二のスーパーパワー」という言葉を検索すれば、出てくるのはこの元の定義だった。

 これに逆キャンペーンを張ったのが、ハーヴァード大学のジェイムズ・F・ムーアだった。3月31日、ムーアは個人サイトを開いて「台頭する第二のスーパーパワーの美しい表情」というタイトルの記事を載せた(7)。ニューヨーク・タイムズの記事よりも無難な内容で、「第二のスーパーパワー」という言葉が共和党員さえ魅了するほど薄められた形で頻出する。一部の「テクノ夢想家」たちがムーアの考えに我が意を得たりとばかり、ネット上で強い影響力を持った論評を通じて、彼のあやしげな論文を「第二のスーパーパワー」についての「出所」に仕立てあげていった。事実、1カ月後にこれをGoogleで検索すると、上位30件のうち27件がムーアの毒抜きバージョンとなる結果が出たという。経済戦略とハイテクとリーダーシップの専門家であるムーアには、自分のしていることの意味がよく分かっていた。

イデオロギーの陣取り合戦

 「反戦運動を『第二のスーパーパワー』だとニューヨーク・タイムズに書かせるまでには、世界中の数百万人の力が必要だった。彼のトゲのない定義が、Googleのアルゴリズム『ページ順位』のおかげで他を蹴散らすようなお墨付きを得るには、一握りの『ウェブロガー』(8)が彼の記事にリンクを張るだけで十分だった」とオーロウスキーは指摘する。「主に検索エンジンを通じて世界を見ているかぎり、『第二のスーパーパワー』という言葉に他の意味もあり得るのだとはなかなか信じられないだろう。この言葉の本来の意味はほとんど消滅してしまったのだから」

 オーロウスキーによれば、このエピソードは「Googleが『本物』ではなく『合成物』である」ことを明らかにしている。検索の結果は、あるテーマについての主要な出所ではなく、最も広く受け入れられリンクされたものを示す。著作権法で保護される著作物のオンライン公開が禁じられていることも、この現象をさらに広げている。ラウル・ヴァネージェム(9)について検索をかけると本人の書いたテキスト(著書の一部はオンラインで閲覧可能)も見つからないでもないが、大半の著述家に関しては、著作の購入の推奨か、よくてネット利用者による書評が見つかる程度だ。喩えていえば、図書館が本を無料で貸し出すのを断念して、登録利用者が書いた読書カードしか閲覧に回せないような状況だ。

 出所となる文章が見当たらないことで、こうしたイデオロギーの陣取り合戦に拍車がかかっている。そして奇妙なことに、この象徴権力、つまり特定のテーマについて自分の見方を優位に置く能力は、今なお通常の権力分配構造に収まりきらない数少ない存在の一つとなっている。支配的なイデオロギーの目立ち具合はここでは過剰であるどころか、むしろその逆なのだ。例えば、チャーター機を愛好する内務大臣の名前で検索をかけてみれば、非正規滞在者の権利を擁護する団体のサイトに導かれる。ある実業家について検索すれば、Googleは公式発表を無視して、代わりに彼が関与した金融スキャンダルの記憶をよみがえらせるかもしれない。現実として、さまざまな関係者の影響力は、主にネットをどれほどモノにしているかの度合いによる。サイトを作り上げるだけでは不十分であり、他のサイトとのリンクを張り巡らし、ネットの「実力者」から認知してもらう能力も必要なのだ。

 多くの者は自分の書いた文章への認知を他意もなく享受しているが、検索エンジンの弱点を巧みに活用してのける者もいる。例えば、各種ロビー団体のために、一見するとニュース速報のような体裁の情報サイトを構築する専門の代理店が存在する。客観的な見かけを装っておけば、それだけでネット利用者が真に受けて、自分のサイトからリンクしようと考える可能性は高い。つまり、こうした情報サイトは象徴権力を付与され、以後それを享受できるようになるわけだ。

 遺伝子組み換え作物やイスラエル・パレスチナ紛争のようにデリケートなテーマをめぐっては、それぞれが自分のイデオロギーにGoogleの「お墨付き」をもらおうとして、熾烈な闘いを繰り広げている。ある定番サイト(少なくともこの検索エンジンから見た定番サイト)の責任者が、風変わりな代理業者から次のような意表を突く申し出を受けたほどだ。「我々のクライアントのサイトを売り込むために、貴殿のサイトのリンクを買いたいと考えています。このリンクは、貴殿のサイト上で特に目立つものにする必要はありません。というのは、我々はあなたのサイトを経由した訪問を期待しているわけではないからです。貴殿のサイトは検索エンジンに高く評価されているので、リンクを通じて検索エンジンに対する我々のサイトの存在感が高まることを期待しているのです」。エキスパートとして有名なこのサイト責任者は、クライアントとして金融業者、旅行代理店、製薬会社などが挙げられていたという。

 Googleの本当の限界が明らかになるのは、根本的に異なる視点がウェブ上で並び立つような、政治性を帯びた問題をぶつけられた場合だろう。数学的な基準のもとでは、ある種の意見に事実上の優位を与え、若干名の意見を反映したにすぎない文章に不当にも妥当という評価を与えてしまうかもしれない。ネット上で地歩を確立した「古株」が過剰に目立ち、彼らのサイトが(アメリカを中心とするウェブログ現象などを通じて)緊密なリンクを築き上げているという事実は、Googleの現在の「思想的指導者」が誰であるかを(数学的に)指し示している。たしかに、検索エンジンは技術的、実用的な問題に対しては目覚ましい成果を上げた。しかしある種の分野では、妥当性はアルゴリズムの管轄外なのだ。

(1) フランシス・ピザーニ「我が人生Google」(Netsurf, http://www.netsurf.ch/archives/2001/01_10/011024nt.html
(2) << Security Concerns Prompt Army to Review Web Sites Access >>, Defense Information and Electronics Report, 26 October 2001, http://www.fas.org/sgp/news/2001/10/dier102601.html
(3) San Francisco Chronicle, 5 October 2001.
(4) 「報道の自由をめざす記者委員会」の雑誌 The News Media and the Law, Fall 2002, http://www.rcfp.org/news/mag/v.cgi?26-4/foi-stateage
(5) ジャン=ピエール・クルティエ「危機:検閲、変更、訂正を受けるウェブサイト」(レ・クロニーク・デ・シベリー、2001年10月30日、 http://cyberie.qc.ca/chronik/20011030.html)。
(6) Andrew Orlowski, << Anti-war slogan coined, repurposed and Googlewashed... in 42 days >>, The Register, 4 March 2003, http://www.theregister.co.uk/content/6/30087.html
(7) James F. Moore, << The Second Superpower Rears its Beautiful Head >>, http://cyber.law.harvard.edu/people/jmoore/secondsuperpower.html
(8) フランシス・ピザーニ「ウェブログの流行」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年8月号)参照。
(9) ベルギーの思想家。1950年代から70年代初めにかけヨーロッパ各国で芸術・文化・社会・政治の統一的実践を志向する運動を組織的に行なったシチュアシオニスト(状況主義者)の一人。[訳註]


(2003年10月号)

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