イランの脅威、イランへの脅威

ポール=マリー・ド=ラゴルス特派員(Paul-Marie de La Gorce)
ジャーナリスト

訳・近藤功一

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 去る6月18日、ブッシュ大統領はアメリカがイランの核兵器開発を「容認することはない」と断言した。あの2002年1月29日の一般教書演説で(イラク、北朝鮮とともに)イランを「悪の枢軸」構成国として糾弾して以来、今回の発言は最も重大であり、名指しでイランに向けられている。これに続いて、イラン政府が核開発計画の一部を隠蔽したとして、国際原子力機関(IAEA)が公式に非難を行った。欧州連合(EU)もアメリカと足並みをそろえ、抜き打ち査察を定める核不拡散条約の追加議定書を直ちに、また無条件で受け入れるようイランに要求した。

 つまり、これまでアメリカ政府が表明してきた意向に変化がないかぎり、アメリカとイランの対決が真剣に検討すべき可能性として浮上することは間違いない。その時期は今後数カ月のうちか、あるいは米大統領選の後か、いずれにせよ近い将来のことと考えられる。その可能性の大きさについては、そもそもの出発点から振り返ってみる必要がある(1)

 イランが核兵器製造に結びつく研究計画の実施を決定したのは王政時代のことである。冷戦末期の非常に緊張した世界情勢の中で、この国はソ連の南部国境と接するアメリカの主要な戦略的同盟国となっていたから、アメリカ当局がイランの核開発計画に異を唱えるどころか、それを後押ししたらしいとしても驚くには値しない。この計画はイラン革命によって幕を閉じることになる。

 計画中止の決定は、1982年に覆された。イランはイラクの攻撃下にありながら、国際社会によって兵器の入手を封じられていた。これに対し、敵国イラクはソ連やフランスからあらゆる種類の近代兵器を手に入れていた。しかし、イランの核への回帰は、より広範な戦略的分析にも由来していた。ソ連、パキスタン、アメリカ空海軍が展開する湾岸地域、およびイラク、イスラエルといった近隣諸国はすべて、核保有国かそうなる可能性の高い国ばかりだったのだ。何ら手を打たないでいることなど、イラン政府には考えられなかった。この認識は現在でも、彼らの選択にとって決定的な戦略上の重要事項となっている。

 これらを考え合わせると、民生目的の核施設とは別個の軍事目的の核開発計画は、この時期に開始されたものと推測される。極秘のうちに進められた計画は、完了には至らなかったと考えられる。しかもイランはこの間に、イスラエルを除く周辺諸国と同様に、大量破壊兵器を禁じる核不拡散条約に調印している。

 いずれにせよ、1997年にハタミ大統領と改革派が政権につくと、核開発計画全体の見直しが始まった。第一の理由は経済事情である。1979年の革命により、さらにアメリカが命じた石油の禁輸措置により、外国の石油企業はイランを去っていた。それに反旗をひるがえしたのはフランス企業トータルだけだった。この状況下で、イランは石油生産を日量400万バレルに乗せるのに10年近くを費やした。他方、経済成長と人口増加のために国内消費を著しく増大し、輸出に回せる分は日量200万バレルにすぎなくなった。天然ガスを大幅に増産すれば輸出余力は高まるだろうが、対外貿易の均衡を考えれば、原子力エネルギーの活用が合理的と見なされる余地はある。

 イラン政府は、核兵器製造の事実を否定することはできるとしても、その能力を持つべきだという考えは確かに持っていたはずだ。この点に関するアメリカの非難は、IAEAが2003年6月6日付の報告書に盛り込んだ膨大な情報と仮説に依拠している(2)。IAEAのエル・バラダイ事務局長は、イラン当局が事業の一部を隠蔽した点については非難したが、アメリカの圧力にもかかわらず、条約違反であるとの宣言は出そうとしなかった。しかし、イランの計画をめぐるトップレベルでの情報交換の中からは、フランスの情報をはじめとして、イランが軍事利用を目的とする作業を行ったと示唆する情報も出てきている。ウランの濃縮率を軍事用燃料に必要なレベルまで上げるための遠心分離技術を利用した作業、また民生目的の核開発計画や化学産業に必要な量を明らかに超えた重水の生産が示唆するように、プルトニウムの使用を想定した作業などがなされているという(3)

 いずれにせよ、アメリカ政府はイランが1年以内に軍事用燃料を生産できる段階に達していると見る。パウエル国務長官はこの3月にCNNで次のように語っている。「この件が示すように、核兵器を開発すると決意した国は、その気になれば国外からの査察官や監視団に対してさえ、着手した開発の過程を秘密にしておくことができるのだ(4)

同時並行的な反撃の可能性

 もしイランが核保有国として台頭するとすれば、それは国際的な戦略関係という観点から何を意味しているのだろうか。この国は核保有国に取り囲まれているというだけではない。イラン政府は、アメリカによるイラン包囲網の構築を、この春の対イラク戦争の結果として(また目的の一部として)捉えており、その見方には一理ある。アメリカは現在、中央アジアの旧ソ連諸国、アフガニスタン、パキスタン、湾岸諸国、イラク領内、そしてカフカスに部隊を展開しているのだ。

 イランには、1980年から88年にかけてのイラクとの戦争体験の記憶がある。当時は欧米諸国と結託していたサダム・フセインの軍は、化学兵器を使用した。そのうえ、イラク側はあらゆる種類の近代兵器についてイランよりも優位に立っていた。イラン軍司令部は、抵抗あるいは反撃を行うために、大規模な歩兵部隊を投入しなければならなかった。イラクの戦線に揺さぶりをかけ、亀裂を生じさせるには、多大な人命を引き換えとする猛攻撃が必要だった。このときの記憶が焼きついているイラン政府は、二度とこのような経験を繰り返したくないと考えている。

 彼らにとって、紛争の危険はなくなっていない。イラクの占領とその後に続く危機は、イランに直接的な波及効果を及ぼす可能性がある。イラクのクルド人が完全な自治を獲得したことで、イランのクルド地域にも影響があるかもしれない。アフガニスタンの新たな内戦で、同国との国境地帯は不安定になっている。イスラエルはイランを最も危険な敵国と公言してはばからない。そして今ではアメリカが、執拗な名指しの威嚇を向けてきている。

 想定される紛争のうち、イラン政府が最も懸念しているのがイスラエルとの衝突である。彼らの見るところ、シャロン内閣はもし情勢が許すなら、1981年にベギン内閣がイラクのタムーズ原子炉を破壊したのと同様に、イランの核施設を躊躇なく破壊するだろう。イランの弱みは、領土の狭さというイスラエルの弱みによってしか補うことができない。この考え方によれば、イランの安全を保障できるのは核抑止力だけだ。

 それ以外に考えられる唯一のイスラエルへの反撃は、戦う準備のある勢力を利用することだ。たとえばレバノンやパレスチナに拠点を置く勢力や、イランが近隣諸国で勧誘、募集、武装化することのできるグループなどである。しかしイラン政府は、その場合にはアメリカがイスラエル側に付いて干渉してくるのではないかと危惧している。そうなると、十分な核抑止力こそが有意義だということになる。この核抑止力は、まさに近隣諸国からの核攻撃を妨げるものとなるはずだ。それにはシャハブ3のような射程距離1300キロほどの中距離ミサイルがあればよい。つまり、イスラエル領内に到達できる程度ということだ。このミサイルはすでに実戦配備されており、「革命防衛隊」に引き渡されている(5)

 では、イランとアメリカの対決はどのような形をとることになるだろうか。アメリカ政府がイラクに対して行ったのと同様の戦争を起こすことは考えにくい。面積、人口、天然資源のいずれをとっても、イランはイラクとは比べものにならず、この国を占領するにははるかに多くの兵力が必要となってくるからだ。

 確かに、イランの軍隊は非常に装備が乏しいと言われており、しかも二つに分かれている(6)。一つは伝統的な国軍である。幹部は革命によって失脚したが、対イラク戦争の間を通じて忠誠を保った。もう一つは「イスラム革命防衛隊」、別名パスダランである。これは少なくとも10万人の兵力を擁し、独自の海軍、空軍、そして兵器工場を持っている。

 しかし、もし侵攻を受けたならば、国民もまた古くからの民族主義に突き動かされて立ち上がり、おそらく北西部のクルド地域と南東部のバルーチー地域は別として、あらゆる闘争手段に訴えるようになるだろう。現行の聖職者体制に反対する民主勢力でさえも、国の独立を防衛する義務に背を向けるようなことはなく、アメリカが差し出す支援に手を出したりもしないだろう。

 結局のところ、最も可能性が高いのは、核研究・実験センターや重厚な軍事インフラに対する米軍のピンポイント爆撃ということになる。それは紛争の始まりにすぎない。イランがこれに対し、さまざまな方向で同時並行的な反撃を行っていく可能性が考えられるからだ。まずイラクに対する政策を転換し、シーア派住民に対して最大限の影響力を行使して、武装抵抗に向かわせようとするかもしれない。そうなれば、イラクの抵抗運動は桁違いに拡大することになる。

 また、テロ活動に走る絶対伝統主義勢力に対し、これまでの容赦ない姿勢を改める可能性もある。最初の狙いは湾岸地域となるだろう。ここにはシーア派住民が多く、米軍の拠点は直接的な脅威にさらされるようになる。さらにイラン政府は、アフガニスタンのハザラ系住民に対して絶大な影響力を行使しようとするかもしれない。その目的は、現在の勢力バランスを突き崩し、アメリカがカブールに樹立した政権の力を弱めることだ。要するに、予想されるイランとアメリカの対決は、無数の方向へと広がっていくことになる。

(1) ポール=マリー・ド=ラゴルス「アメリカの圧力にさらされるイラン」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年7月号)参照。ベルナール・ウルカード『イラン、共和国の新たなアイデンティティ』(パリ、ブラン社、2002年9月)参照。
(2) Implementation of the NPT Safeguards Agreement in the Islamic Republic of Iran, Report by the Director-General, 6 June 2003 (http://fas.org/nuke/guide/iran/iaea0603.html).
(3) Latest Developments in the Nuclear Program of Iran, in Particular on the Plutonium Way, May 2003 (http://projects.sipri.se/expcon/nsg_plenary03-f.htm).
(4) << Iran closes in on ability to build a nuclear bomb >>, Los Angeles Times, 4 August 2003.
(5) Center for Strategic and International Studies : Iran's Search for Weapons of Mass Destruction, 7 August 2003 (http://csis.org/burke/irans_search_wmd.pdf).
(6) ベルナール・ウルカード、同上参照。


(2003年10月号)

* 下から六つ目の段落「『革命防衛隊』のに引き渡されて」を「『革命防衛隊』に引き渡されて」に訂正(2004年2月23日)

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