世界の自滅的な農業政策

ジャック・ベルテロ(Jacques Berthelot)
トゥールーズ国立理工科学校「農村のダイナミズム」研究室 客員研究員

訳・三浦礼恒

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 この9月中旬に開かれた世界貿易機関(WTO)閣僚会議の失敗は、農業問題を含めた南北間の深い溝をまざまざと見せつけた。近代化社会では農業は保護産業として、国家による様々な助成によって支えられており、さらに農業の近代化によって余剰農産物の生じた欧米は、そのはけ口を輸出に求めるようになった。アメリカでは農業法、欧州連合(EU)では共通農業政策(CAP)が、こうした政策の武器として用いられてきた。その一方、経済の論理に従って食糧を安価な輸入に頼るようになった多くの発展途上国は、国内農業が壊滅的な状況に陥っており、貿易自由化を原則論として説く先進国の二重基準に疑問を突きつける。暗礁に乗り上げた貿易交渉は、いたずらに対立を強調するのではなく、国際貿易の意義を改めて問い直す機会とすべきではないだろうか。[日本語版編集部]

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 2005年1月の妥結をめざす世界貿易機関(WTO)の通称「開発」ラウンドでは、農業分野が重要な争点となっている。この新ラウンドは、2001年11月にドーハ(カタール)で開かれた閣僚会議に始まり、きたる9月10日から14日にカンクン(メキシコ)で行われる閣僚会議で重要な節目を迎える。そこでは、あらゆる交渉分野が「包括パッケージ」として加盟各国による「一括受諾」の対象とされており、「全部についての同意がなければ何ひとつ同意がない」という結果を見ることになる。

 欧州連合(EU)15カ国の代表として貿易交渉を担当するラミー欧州委員は、2002年12月18日にフランス下院の公聴会で次のように答弁した。「EUは『シンガポール問題』、すなわち貿易の円滑化、競争、投資、および政府調達の透明化に関して第一線に立ってきた。もし欧州委員会の提案する(共通農業政策の)改革が首脳会議で承認されれば、我々は交渉の際、利害に応じて使うことも使わずにおくこともできる裁量幅を持てるようになる」。彼は2003年3月19日にロンドンでイギリス下院の特別委員会を前にした時も、この共存共栄論を披瀝して、「市場アクセスに関する問題では、我々は工業とサービスの分野で多くを得ることになるのだから、農業分野では譲歩する必要がある」と述べている。

 2003年6月26日の農相理事会で共通農業政策の改革が了承された後、農業担当のフィッシャー欧州委員は「カンクン閣僚会議ではEUとして得るものがないかぎりは交渉の材料を使うようなことはしない」と確言した。ドーハで開始された新ラウンドが「シンガポール問題」も含めたものになるならば、EUはWTOの新しい農業協定を視野に入れた現在の提案からさらに踏み込んでみせるということだ。現在の提案では、農産物の輸入関税については36%、生産量に連動した国内助成については55%(ラミー委員は60%という数字を7月31日に表明)の削減が見込まれているが、これらの措置は、「払戻金」と呼ばれる輸出補助金の45%削減という関係者以外にとっては歓迎すべき方針をもってしてもなお不十分である。2003年8月13日に米欧間で合意された新たな削減案も、信用のおけるものではない。両者が共謀して、助成に関するWTOへの報告義務を今後も広範にわたって逃れようとしているだけだからだ(1)

 1994年に合意された現行の農業協定は北の国々にとっても南の国々にとってもメリットがなく、これを元にして再交渉をしようという姿勢は、これまでにもたらされてきた害悪をさらに深めるだけのごり押しに等しい。実質的には米欧間の交渉によって生まれた現行協定は、EUの共通農業政策(1992年、1999年、2003年)とアメリカの農業法(1996年、2002年)という、もっぱら両地域の世界的な食品産業が武器とする農業政策の最近の改定を反映しているにすぎない。そうしたことが、北半球社会の消費者の利益や環境保護、動物の福祉といった言い方と、農民をはじめ農村人口が4分の3を占める南半球の飢餓へのほんの僅かの同情の言葉にくるまれて、WTOの農業協定としてまとめられたにすぎないのだ。

 世界の諸国がこうした自滅的な政策を続けている現状は、3つの要因によって説明することができる。それは、南北ともに農業交渉において欺瞞的な経済概念を用いていること、北半球では食品産業からの圧力があること、さらに南半球には国内市場を保護するよりも北の市場が開かれる方が利益になるという誤った確信が流布していることである。

直接補助によるダンピング輸出

 保護、世界価格、消費者余剰、ダンピング、デカップリングされた補助金といった農業政策の基本概念のうち、最後の2つの定義は政治的・法律的なごまかしの上に成り立っている。ダンピングの場合は、1948年にWTOの前身であるGATT(関税と貿易に関する一般協定)により、生産コストを下回る価格による輸出ではなく、国内市場価格を下回る価格による輸出として定義されている。1992年、1999年、そして2003年6月のEU共通農業政策の改革も、これによって説明がつく。国内の農産物価格を段階的に世界水準にまで引き下げれば、「払戻金」のない輸出、つまり形式的にはダンピングのない輸出になるという仕組みである。

 これを実現するためには、WTOの農業協定によって少なくとも2003年末までは認められている「デカップリング」された助成、つまり年度ごとの生産量や価格に連動しない助成という形で農民の所得保障を行えばすむ。穀類を例にとれば、「介入価格」と呼ばれる保証価格は2001年7月から1トンあたり101.31ユーロに引き下げられている。世界水準に合わせた価格ということだが、EU加盟国の中で最も競争力のあるフランスの小麦の生産コスト(1トンあたり160ユーロ)をも大きく下回る。この差額は、生産者に対する(1989年から91年の作付け面積と収量を基準とした)1トンあたり63ユーロに上る直接補助によって穴埋めされる。EUはこれにより、2001年7月から2002年6月まで「払戻金」なしに小麦を輸出することができた。しかし、それは実質的に巨額のダンピングを行わなかったということではない。欧州委員会はこうした仕組みの下に、2002年から2010年にかけて小麦の輸出を1660万トンから1880万トンへと拡大しようとしているのだ。

 1996年以降、アメリカが生産量を管理する手段(作付け制限、公的備蓄、農家への備蓄補助金)を全面的に廃止したあおりで、世界価格は下落の一途を辿った。アメリカでは1996年から2000年の間に直接補助が4倍に膨れあがり、2002年の農業法では向こう10年間にわたって生産量との連動を広範に復活させている。その結果、南半球は、農業協定によって一定の裁量権を認められているにもかかわらず、国際通貨基金(IMF)や世界銀行から強要された関税引き下げを追い風とする北半球からのダンピング輸出にさらされることになった。それが彼らにもたらしたものは、農業貿易の赤字の増大である。先進国のダンピングによって国内での食糧生産が引き合わなくなり、輸出作物の拡充に向かっていたまさにその時、熱帯産品の価格が暴落してしまったからだ。

 典型的な例として挙げられるのは、ブラック・アフリカによる小麦の輸入である。1996年から2000年の間に、数量ベースでは35%増加したが、金額ベースでは13%の減少となる。ブルキナファソにいたっては数量ベースでは84%も増加したが、金額ベースでは16%の増大にとどまった。こうした食糧ダンピングにさらされた西アフリカのフランス語圏諸国では、生産コストが世界で最低レベルという明らかな比較優位を持つ綿花の大幅な増産に乗り出した(「民営化で大混乱のアフリカ綿花産業」参照)。しかし、綿花相場の暴落によって、西アフリカ諸国は1997年から2001年にかけ、毎年2億ドルにも及ぶ損害を被った。この暴落は、米欧(および中国の)生産者に対する(今に始まったわけではない)多額の助成にもまして、1996年のアメリカによる供給管理の廃止に起因する(2)

 フィッシャー欧州委員は2003年6月26日の農相理事会で、共通農業政策の改革を了承させた。「平和条項」と呼ばれる現行WTO協定13条の期限が切れる2004年初頭になれば、EUの直接補助はカップリングされた(生産量に連動した)助成と見なされ、削減を義務づけられるようになるからだ。この改革の眼目は、直接補助の全面的なデカップリングにある。2000年から2002年に受け取った直接補助の平均額に相当する新たな「経営体ごとの単一支払い」は、受益者が生産義務を負うことなく、あるいは穀類、油糧・タンパク用作物、牛肉、羊肉のように補助の根拠とされたもの以外の農産物を生産する場合に交付されるから、デカップリングされた助成に当たるというのだ。

 これが生産量や価格に影響を及ぼすものでないなどというのは、とんでもない詐欺である。南側諸国の交渉団の大半と世界中の非政府組織(NGO)は今やその事実に気づいているが、アメリカとEUは農業協定によって認められていることを盾にして一歩も引こうとしない。

共通農業政策の展望

 だが、EUはすぐに幻想を捨てざるを得なくなるだろう。第一に、穀類と油糧・タンパク用作物の大半(1億800万トンの穀類、1260万トンのふすま、1830万トンの油糧・タンパク用作物)は家畜の飼料とされているから、EUの単一支払いは投入資源への助成、すなわちWTO農業協定6条2項によって先進国が削減義務を負うカップリングされた助成に該当する。全面的なデッカプリングだと言ってみたところで、農家が油糧・タンパク用作物の生産を続けることに全く変わりはない。コストの50%以上を飼料が占める鶏肉や豚肉の生産も、ダンピングとして問題視されるようになるだろう。

 第二に、「緑の政策」による助成(協定で認められた助成)とされるものでも、2004年以降はダンピング効果による実質的な損害の立証があれば、WTOで問題視されることになる(3)。要するに、EU共通農業政策による助成をWTOの「緑の政策」に含めようとするフィッシャー委員の滑稽な奮闘は最初から失敗に終わっているのであり、新手の改革は実行に移される前から効力を失っているのである。

 共通農業政策とWTO農業協定の見直しに関するEUの戦略は、完全に食品産業の主導下にある。EUの食品飲料産業連盟(4)は2003年6月19日に「輸出払戻金の(45%の)削減というのは大胆すぎると言わざるを得ない。産業界が世界市場で支払う金額と共同体市場で支払う金額に差があるかぎり払戻金は必要である」という声明を発表している。

 この声明が出された同じ日、連盟に招待されたラミー委員の発言は彼らを大いに安心させた。「食品業界には、農業担当のフィッシャー委員、産業担当のリーカネン委員、そしてみなさまのために国際貿易問題に携わる私という、3人の欧州委員を利用できる特権があります。(・・・)WTOの交渉によって我々の製品が関税引き下げの恩恵を受けるようにしなければなりません。この点についての優先順位を決める段になった際には、みなさまのご意見をぜひ参考にさせていただきたいと存じます」

 第三の要因は、最も嘆かわしいものである。南側諸国の政府は、若干の基本食糧を保護する可能性に望みをつないで国内市場を北側のダンピング攻勢から守ろうとするよりも、北側の市場開放をひたすら訴えることで、ばかを見てきたのだ。彼らの戦略は失敗に終わり、農業貿易の赤字を増大させ、多国籍企業をもうけさせることになっただけだった。

 こうした事態を見抜いたビア・カンペシーナ(フランスの農民連盟を含めた70ほどの農民運動の集合体)と西アフリカ農民・農業生産者組織ネットワークは、「最後進国の農民とその家族にとって第一の問題は、家族の食い扶持の生産であり、次いで国内市場へのアクセスであり、輸出などというのはずっと後のことなのだ」という声明を2001年7月17日に出している。この立場は残念ながら、国際交渉に臨む最後進諸国の政府には共有されていない。

 南半球の飢餓の悪化と北半球の田園の死滅を防ごうとするなら、EUの共通農業政策とWTOの農業協定は食糧主権の原則に基づき、あらゆるダンピングを排したものに作り替えられなければならない。今でも農民が多数を占める南の国々の総合的な発展は、食糧主権がなければ、つまり輸入に対する保護がなければ望めない。そして、発展がなければ、北の国々がそこに高付加価値の製品やサービスを輸出することもできない。EUとしては、カンクンをはじめとする様々な場で、こうした方向をめざす論陣を張っていくのが得策だ。というのも、補助金付き輸出は穀類と乳製品では生産量の10%、食肉では8%、砂糖では30%しか占めていないからだ。しかし、EUが進もうとしているのは、どうやらこの道ではない。

(1) ジャック・ベルテロ『農業というグローバリゼーションのアキレス腱:WTOで連帯的農業協定を実現させるための鍵』(ラルマッタン社、パリ、2001年)、および「なぜ、そしていかに、農業貿易の自由化によって南の農民が飢え、北の農民が疎外されるのか」(ヨーロッパ・第三世界センター、ビア・カンペシーナ『新自由主義グローバリゼーションに対する農民オルタナティブ』所収、ジュネーヴ、2002年10月)を参照。筆者の連絡先は berthelot@ensat.fr、ウェブサイト http://www.solidarite.asso.fr/actions/Agriculture.htm も参照。
(2) Daryll Ray, Notice to Mali Farmers : Forget Subsidy Levels. Focus on Lack of Policies to Limit Production, Agricultural Policy Advisory Center, University of Tennessee, http://www.agpolicy.org. ルイ・ゴルー『補助金がアフリカ中西部の関連産業にもたらした損害』(フランス外務省、パリ、2003年3月)。
(3) Didier Chambovey, How the Expiry of the Peace Clause Might Alter Disciplines on Agricultural Subsidies in the WTO Framework, Journal of World Trade 36 (2) : 305-352, 2002.
(4) 食品飲料産業連盟については http://www.ciaa.be を参照。


(2003年9月号)

<--* 『日刊ベリタ』掲載記事への本文内リンクを追加(2003年10月16日)

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