国連に経済社会安全保障理事会を

ステファン・エセル(Stephane Hessel)
元大使

訳・小池田智子

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 国際連合は20世紀が生んだ大きな成果の一つである。ますます多岐にわたる様々な問題を扱う上で、国連は無視することのできない手段となっている。これらの課題の多くが世界的な規模に及ぶことを考えれば、多国間主義、つまり諸国民が手を取り合って臨むことが必要だと思われる。覇者による単独主義が可能だと信じるのはナンセンスだと言わざるを得ない。

 他方、主要な決定機構は依然として国家の手にあるとはいえ、もはや国際協力が政府間だけで行われるとは言えない。政府の決定機関と非政府組織(NGO)の間に新しい関係が結ばれつつある。国家の主権は、それに制約を課す経済や金融の力により、さらにポルト・アレグレの世界社会フォーラムの躍進が示すように、NGOや市民活動家の役割の拡大により、以前よりも限定的なものとなってきている。その布石は国連憲章の中にあった。国連憲章が、NGOという用語を生み、それに国連内での諮問的な役割を与えたのである。

 20世紀最後の10年間に集中して新しい勢力が現れたのも、国連の働きが大きく作用している。1945年の時点で国際社会の場で活動していたのは、労働組合組織といくつかの人権保護団体、そして議会間組織だけにすぎなかった。それが次第に他の組織も登場するようになり、今では北半球だけでなく南半球、特にブラジルやアフリカで活躍している。こうした高揚もまた、世界社会フォーラムによって象徴される。このフォーラムの威信は年々高まっており、次回は2004年にボンベイで開催される予定となっている。

 しかし、このようにNGOが活発になっているにもかかわらず、我々はまだそれを政府の決定機関に近付けるための方法を見出してはいない。例えば「世界上院」あるいは「世界市民連合」といった機構について、どのような役割を考えることができるだろうか。それらの機構に送られる代表の選出方法は、どのようなものにすれば世界的な合意を得られるのだろうか。これは重要な問題である。なぜなら、多岐にわたる市民運動の中から真に正統性と呼び得るものを浮かび上がらせるのは至難の業だからである。今すぐにできることは、これらの運動、つまり市民精神や道徳的価値、人権のグローバリゼーションを目指す「別のグローバリゼーション運動」の成果を活かしていくことだろう。

 基本的人権は国連の機能の中でも中心的な位置を占めており、国連はその権利の享受を実際に保障する使命を負う。国連には人権委員会や人権高等弁務官事務所などの機構がすでに存在し、人権を侵害する国々へ圧力をかけることは可能となっている。しかし、国連の有効性はさらに高めなられなければならない。どうすればいいのだろうか。自由や環境、保健衛生といった分野の国際的な条約や協定に「牙」を付ければよい。しかし、欧州評議会と同じぐらい実効性のある機関を、世界レベルで想像することができるものだろうか。欧州評議会には、基本的人権の侵害に対して制裁することができる欧州人権裁判所が備わっている(1)。しかし国際レベルでは、こうした機関の設置を承認すべき政府が共有する民主的な価値観も一般原則も、ヨーロッパと違って一様ではない(2)。それに、例えば保健衛生や住宅、教育などの分野の基準を守っていないという理由で、ペルーやフィジーのような貧しい国を法廷に引きずり出すことができるものだろうか。

政治的意欲の不足

 まずは、世界レベルで少しずつ共通の意識を形づくることを目指し、国連憲章に執行力を持たせるようにすべきである。憲章の冒頭では、国連の広範な目標を定めている。平和と安全、同等の権利と民族自決権を有する人々に基礎を置いた諸国民の友好関係の発展、そして経済的、社会的、人道的な問題を解決するための国際協力などだ。この条文を根拠として、あらゆる分野を統括し、人類の幸福のために行動するという包括的な使命を持つ専門機関を創設すればよい。

 こんなふうに言うことができるだろう。決定機関も訴訟手続きも存在するのに、政治的意欲が欠けている。例えば、欧州委員会は独自の財源を持ち、共同行動を義務付けることができる、世界レベルにはそのような決定機関は存在しない。国連の安全保障理事会ですら(5カ国の常任理事国が強力な立場にある以上、唯一の非民主的な決定機関でもあるわけだが)、その行動は加盟国政府によって提供される手段に依存する。たとえ15カ国や25カ国の協議よりも191カ国の協議の方が複雑なことになるとしても、共通の目標に関して諸国の合意があれば物事は進展する。政治的意欲を生み出すことは不可能ではないのだ。2003年3月の国際刑事裁判所の発足は、諸国が共通に定める危険と闘うことを決意することができ、そのためには自国の主権の制限や放棄を容認することもできる事実を示している。

 容認しがたい事柄でも認める姿勢が、人権問題以外にも拡大していく可能性もある。国連エイズ合同計画(UNAIDS)の創設はそれを明らかにしている。ただしこの場合には、国家間の利害衝突がなかったという事情もあるだろう。逆に、例えば公正な貿易に関する合意をつくるにはどうすればよいのか。世界貿易機関(WTO)は、実際には大企業グループの利益を保護するものとなっている。貧困対策がWTOの暗黙の課題の一つであるとしても、、あの有名な「ワシントン・コンセンサス」が示唆するように、交渉力や強制力といった点でリベラリズムの擁護者が有利になるからだ。国際通貨基金(IMF)や世界銀行の会合でも、各国の大臣たちは貧しい国への支援よりも自国の予算均衡を優先する意向を示している。

 国連には、経済や金融、文化に関わる既存の機関全体に推進力と整合性を与えるようなハイレベルの(安全保障理事会のような)決定機関が欠けている。貧困、感染症の世界的な流行、環境汚染、公共財の商品化といった今日の課題への国連の取り組みは、もはや限界に突き当たっている。国連は1990年代に、保健衛生、女性の権利、貧困対策、人口問題、人権などに関する大規模な会議を開き、見事な文書を採択した。だが、それらの実施はいったいどこまで進んでいるのか。

 ハイレベルの調整機関を創設すれば、分野を異にする国際協定の間の現行の上下関係を覆すことが可能になる。つまり、現在の安全保障理事会と同等の決定能力を備えた「経済社会安全保障理事会」である。この機関は、北の大国と南の大国、それに人口の多い国を加えた拡大G8のようなものとなるだろう。そこには、公約と実行の不一致を指摘する検事の役を果たす事務局長を置く。この理事会は、決められた基準の遵守を促し、行動計画の実施を監視する役割を担うことになるのである。

(1) 人権および基本的自由の保護のための欧州条約は1951年に採択され、市民的権利と政治的権利を保障している。ストラスブールにある欧州人権裁判所には、市民が訴えを起こし、自国政府の非を問うことができる。
(2) アンヌ=セシル・ロベール「政治と法が交錯する国際司法」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年5月号)参照。


(2003年7月号)

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