大西洋主義という幻想

ベルナール・カセン(Bernard Cassen)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・池田麻美

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 2003年4月16日、欧州連合(EU)の加盟条約に調印するためアテネに集まった10カ国の加盟予定国(1)と15カ国の現加盟国の代表には、この歴史的、地理的な再会の瞬間に心おどらせる様子は見られなかった。物理的にそこに存在していたわけではないアメリカの影が、ワシントンとバグダッドからアテネまで伸びていた。そのために、集まった首脳たちが「国際的な正当性と世界的な責任の担保」に向けた国連の努力を支持するとして、EU諸国の結束を懸命にうたいあげても、どこか現実ばなれした印象は拭えなかった。そこで言う「国際的な正当性」は容赦なく、まさにアテネ会談の瞬間にも、ブレアやアスナールによって愚弄されており、「家族の記念写真」を撮るためにアクロポリス前に集まった各国代表の過半数も両国に賛同していたのだから。

 すでに2002年12月、コペンハーゲン首脳会議で加盟条約を採択した諸国は、拡大後のEUではヨーロッパとしての自立心が拡大前よりも逆に薄くなるだろうということを理解していた(2)。時には望まれ、時には甘受されたEU諸国の服属は、公式の発言では暗示されているだけだったが、英米のイラク侵攻によって鋭く照らし出されることになる。東中欧諸国でEU加盟の展望が何の感興も引き起こさなかったのも、同じ事情による。重大な事柄はよそで起きるということが、市民たちにはよくわかっていた。EUは内部にも少なからぬ問題を抱えているが、それらの解決を試みる以前に、ド・ゴール時代のフランス以来これまで真剣に提起されたことのない実存的な問い、すなわち「大西洋を超えた絆」という問いを突きつけられている。

 「絆」という以上は、それを大西洋の西岸から東岸への単なる伝達路ではなく、価値あるものにしようと決意した主体が、その両端にいなければならない。実際には、大西洋主義者なるものは東岸の側にしかいない。フランスに限ったことではないが、政界や論壇、マスコミのエリートたちは前々から、かれこれ数十年前から、思想家レジス・ドブレの言う「アメリカ党」に大挙して賛同しており、まったく現実を直視しようとしない。現実的には、尊大な帝国にとって存在するのは唯一の中心、すなわちアメリカのみである。ヨーロッパであれ、ロシアであれ、「ひとまとめ」にされた周辺部を構成するものには、いかなる共同決定の余地も残されていない。そして、これはG・W・ブッシュに始まったことではない。カーターやクリントンもまた、それぞれの時代において、必要とあれば単独主義的な行動を取っていた(3)

 周知のように、ほとばしる感情は目を曇らせる。大西洋主義者たちにとっては幸せなことだ。もし彼らが少しでもアメリカの報道や公式出版物を読んでいるのなら、相思相愛ではないのだと暗澹たる気持ちになっているはずだ。ワシントンでは、アスナールのスペインやベルルスコーニのイタリアへの配慮は、トンガ共和国やソロモン諸島への配慮と同等であり、例の「有志連合」のメンバーは全て横並びに扱われている。2003年3月にアゾレス諸島で開かれたアスナール、ブレア、ブッシュの三者会談の写真を見る者は、困惑を感じざるを得ないだろう。そこでは上背のあるアメリカ大統領が、あたかもペットの動物にするかのように、スペインの首相の肩をぞんざいに叩いているのだ。

 イギリスの場合、指導者たちは伝統的にアメリカとの「特別な関係」を誇ってきた。しかしカーター政権(1977-1981年)で国家安全保障担当の大統領補佐官を務め、現在も政権内部に影響力を持っているズビグニュー・ブレジンスキーは、イギリスに対して以前から単刀直入に、この関係はイギリスの頭の中にしか存在していないと述べていた。「アメリカにとっては主要な支持国、きわめて忠実な同盟国、決定的な軍事基地の提供国であり、とりわけ重要な情報活動では密接な協力関係にある。イギリスとの友好関係は大切にすべきだが、その政策を注視する必要はない。地政戦略ゲームから引退し、過去の栄光をなつかしんでいるだけで、フランスとドイツが中心になって進めているヨーロッパ統合の動きには、ほとんど関与していない(4)」。現国防長官ラムズフェルドが、とるに足りない英軍の派遣部隊なしでもイラクに攻め込む準備があると宣言したのも、まったく同様の意味である。この冷厳な現実という原理を喚起されたブレア氏は、さぞや深く思うところがあったことだろう。

 過去20年間のアメリカの対ヨーロッパ政策が、「タカ派」の場合にはヒステリーに近い調子を帯びるにしても、まったく変わっていないことは、いくつかの文書をざっと読めば確認できる。まず、1992年に国防総省の出した「防衛政策ガイダンス、1992-1994年」には、次のことが実に率直に記されている。アメリカは、自らの「リーダーシップに挑もうとするような先進工業諸国」をくじき、「あらゆる世界的な競争相手の将来的な出現」を容認しない(5)。この表現はまるでEUを指しているとしか思えない。次に、2002年9月にホワイトハウスが発表した「国家防衛戦略」という文書がある。これは、予防戦争を最初に正当化した基本文書である。さほど注目されなかったことだが、ここでは一度もEUという言葉が使われず、加盟諸国への言及もまったくない。これに対して、ロシア・中国・インドは、長文の考察の対象となっている。オーストラリア・韓国・メキシコ・ブラジル・カナダ・チリ・コロンビアのような親米国家については、簡潔ながらも賞讃に満ちたコメントが記されている。しかし、どこを指すのか不明の「ヨーロッパの同盟諸国」なら二、三度でてくるものの、「ヨーロッパ」はたった一度、「アメリカは西ヨーロッパ、北東アジア、またそれ以外の地域で基地と兵舎が必要となるだろう」という文中で、意味深長に使われただけだ。

力関係を正しく評価せよ

 フランソワ・モーリヤックはドイツを愛するあまり、彼の時代に西独と東独の二つが存在していたことを喜んでいた。ラムズフェルドもまた、ヨーロッパを二つに分けて考えている。彼の軽蔑する「古い」ヨーロッパと、彼の愛する「若い」ヨーロッパである。前者はアメリカの命令におとなしく従おうとせず、後者はかつてモスクワの衛星国であったが、現在ではしっかり「頭の中はアメリカ」になっている。ブッシュはさらに進んでいて、トルコの外相の質問に答えてこう言った。「まだ欧州連合なんてものがあるんですか。バラバラにしてやったはずなのに(6)

 ここまで愛想のよいことを言われてしまうなら、ヨーロッパの指導者たちも現実政治に不意に目覚めて、逃げ去る「パートナー」を追いかけるのは諦め、一念発起するに違いないと思われるかもしれない。しかし、事実はそうではない。フランスでは、「企業トップのトップ」たるフランス企業運動(MEDEF)のセリエール会長が、彼には好都合な政策を実施しているはずの自国の政府を見限って、アメリカの友人たちに宛て、彼らの領事館に抗議の電報を打ってほしい、とりわけフランス産の製品を槍玉に上げないでほしいと懇願した。政界を見ても、イラクで英米が軍事的に勝利すれば、フランスとドイツは「負け組」になるとして、ラルーシュ下院議員からクシュネール元保健相、マドラン下院議員に至るまで、大西洋主義者たちの嘆き節がまたぞろ聞こえてくるようになった。

 歴史はバグダッドの陥落とともに止まってしまったのか。民主的制度を備えた大国が、進んで明白に国際的合法性に違反していることは、嫌われ者の独裁者の打倒(ちなみにこの目的はイラク侵攻の根拠として援用された国連安保理決議1441号にはあげられていない)の代価として法外ではないというのか。ある全体主義体制の敗北によって、別の全体主義体制が盤石となったのか。ウィリアム・プファッフはインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙で次のように述べた。「新保守主義者たちは狂信的だ。彼らは、立証もされていない思想のために人々を殺してもよいと考えている。従来の道義によれば、正当防衛の場合には戦争が正当化される。全体主義の道義では、社会と人々をより良くすることが戦争を正当化する(7)

 ヨーロッパとしては、こうした国際的合法性の粉砕により、EUの基本的価値観が侵害されたと感じ取ってもおかしくはない。EUとは何よりも法治の主体であって、そこでは諸国の多様な利害が、特定多数決のような決定手続や、欧州司法裁判所の確定判決に従うことを受け入れている。しかし、それが正面から攻撃されているという事態が、盟主アメリカにへりくだって寛大さを願い求め、「おこぼれにあずかる」ことに躍起になっている諸国政府の心を騒がせているようには思えない。

 このような腰砕けの態度には、両者の力関係の非常にまずい評価が反映されている。もう少し長い目で見れば、多くのアメリカ人評論家が正しくも指摘するように、ヨーロッパがアメリカを必要としている以上に、アメリカはヨーロッパを必要としている。アメリカの経済と財政の憂慮すべき状況は、ブッシュの再選を脅かしかねない(8)。イラクの「復興」にかかる費用はまさに天文学的であり、EUと多国間機関による多大な出資が必要となってくる。多国間機関では、EU諸国の票数を合計すれば、理論的には拒否権を行使することもできる。これから政治的な困難が生まれることは必至であり、イラクとその近隣諸国は激動に見舞われるだろう。EU諸国の政府は、米国国際開発庁(USAID)の予算のわずかなおこぼれをもらおうとして頭を下げる代わりに、イラクの不幸な人々に人道的援助の手を差し伸べるだけにしておくべきだ。ただし、それが侵攻の追認になってはならない。そして、待つ。アメリカはいずれイラク占領で政治的に行き詰まる。しかも、必要な費用はイラクの石油ではまかないきれず、ジュネーヴ第4条約(9)では石油に手を付けることは禁じられている。アメリカは自分から、国連が単に担架の運び役としてではなく、大手を振ってゲームの場に戻ってくることを依頼するようになる。それを待つ。セガン下院議員の言うように、「今日の依頼者が必ずしも明日の依頼者とは限らない(10)

独仏の矛盾

 待つこと、しかし同時に、EUが「得意」な分野でアクションを起こすこと。つまり法の分野である。例えば、英米軍の地位(戦争は「正当」なものだったのか否か)、そしてイラクに国防総省が送り込んだ総督の地位を確定するよう、国際司法裁判所に訴えを提起すること。これは、もし後日にEUが出資に踏み切るような場合には、最も重要なポイントとなる。いずれにせよ、EUの資金が爆撃被害の修復に使われてはならず、その費用は破壊の張本人である英米だけが負担すべきである。あるいは、ブレアらに対し、1907年のハーグ第4条約(11)やジュネーヴ第4条約などに規定される占領国の義務を間断なく喚起すること。イギリスとスペインは、アメリカと違って国際刑事裁判所の管轄権を認めており、同裁判所に引き出される可能性があることも忘れてはならない。

 さらに全般的なアクションとしては、米系の多国籍企業によるタックス・ヘイブン(租税回避地)の利用に対する補償措置として、世界貿易機関(WTO)の紛争解決機関によって認められた追加関税40億ドルを支払うよう、アメリカに要求することもできる。石油輸出国への決済をドル建てではなくユーロ建てにするという、アメリカを大慌てにするようなアイデアの実現を探ることもできる。これにより、ドルの準備通貨としての地位、つまりアメリカが世界のツケで暮らしている状況が、直撃を受けることになるだろう。ヨーロッパとアメリカの関係の均衡を取り戻し、「タカ派」の頭を少しばかり冷やしてやるような、この種のアイデアにはこと欠かない。EUの責任者たちに欠けているのは政治的意思である。このままでは、EUは独自の利益を持った運命共同体としては有名無実になり、市民の大半はEUへの関心を決定的に失ってしまうだろう。

 こうした「宥和」の姿勢は、アメリカの政策への反対運動の中で、真のヨーロッパ公共圏が誕生している状況とは完全にずれていると言わざるを得ない。ヨーロッパ自身のヨーロッパが、足元で確かに生まれつつある。だが、それは指導者の大部分のうちには生まれていない。イラクでの市民の大量虐殺と、ジャーナリストの殺害。力の横柄な誇示。エイズやマラリアへの対策には向けられることのない資源の卑しい無駄遣い(イラク戦争の一カ月分の戦費は世界の開発援助の年間総額を上回った)。バグダッドの博物館略奪を前にした海兵隊の無関心(その一方で油田と石油省は「警護」されていた)。戦争がトランプのゲームであるかのように、イラク政権幹部の顔写真をあしらったカード。どこかのタリバンと同じくらい取り憑かれた様子で、何かにつけて神を引き合いに出す指導者たち。マイケル・ムーアのヒット作『ボーリング・フォー・コロンバイン』と最近の作品(12)による、ブッシュとチェイニ―とラムズフェルドのアメリカに対する糾弾。パレスチナが長いこと被ってきた苦難については言うまでもない。こうした数々の事実やイメージが、ヨーロッパ人の意識に深い衝撃を与え、様々なヨーロッパ的価値観を確認することを要請している。

 タイミングというのはうまくできているもので、これらの問題に対する回答については、ヨーロッパの将来に関する協議会(EU将来像諮問会議)の憲法条約草案の中に書き込まれることになる。座長のヴァレリー・ジスカール=デスタンは、草案を6月末に提出するのを諦めてはいない。すでに明らかになったように、特定多数決で決定される(それゆえ拡大EUではアメリカに服属することが最初から目に見えている)共通外交・防衛政策なる発想は、バグダッドの瓦礫の中に崩れ去っている。2月に公表された最初の16の条文によれば、公共サービスに対して何ひとつ肯定的な言及がない点からしても、社会政策に対する経済政策と通貨政策の優位という欧州共同体建設の現状が、条約によって追認されることも明らかである。

 現実的には、戦争拒否の最先鋒に立ったドイツ、ベルギー、フランスの政府は、ある恐ろしい矛盾に捕らえられている。それぞれが自国で推進する政策と、EUレベルで制度化しようとしている政策が、アングロサクソンの超自由主義「モデル」の引き写しでしかないとすれば、アメリカの地政戦略上の覇権を拒絶することに何の意味があるだろうか。ラファラン内閣の様々な反改革(年金、教育、労働法、税制、社会保障など)にしろ、シュレーダーが進めようとしている(そして社会民主党の下部が激しく反対している)「社会国家」の縮小にしろ、自由主義と大西洋主義という点で完全な一貫性を見せるアスナール、ベルルスコーニ、ブレアの立場からすれば、成功にほかならない。したがって、英米による侵攻への反対に動いたヨーロッパの勢力の相当部分が、確かに見上げたものだが尻切れトンボの「反逆者」たち、つまりシュレーダーとシラクに合格点を与えないとしても、まったく驚くには値しないだろう。

(1) 条約が批准されれば、2004年5月1日から、キプロス、エストニア、ハンガリー、ラトヴィア、リトアニア、マルタ、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、スロヴェニアがEUに加盟することになる。
(2)ベルナール・カセン「欧州構築の歴史を振り返る」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年1月号)、アンヌ=セシル・ロベール「『欧州共通外交』への遠い道のり」(同2002年12月号)。
(3) John Vinocur << European detractors fault Bush, but where are the counterexamples ? >>, International Herald Tribune, Paris, 9 April 2003.
(4) Z・ブレジンスキー『ブレジンスキーの世界はこう動く:21世紀の地政戦略ゲーム』(山岡洋一訳、日本経済新聞社、1998年)。
(5) Defense Policy Guidance 1992-1994、フィリップ・ゴラブ「帝国主義政策の変容」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年3月号)による。
(6) ル・モンド・ディプロマティーク2003年4月号、20ページの囲み記事より。
(7) William Pfaff, << Which country is next on the list ? >>, International Herald Tribune, 10 April 2003.
(8) フレデリック・C・クレルモン「危機的状況のアメリカ経済」(ル・モンド・ディプロマティーク2003年4月号)。また、2003年4月10日付のポリティス誌に、経済超大国アメリカという神話に水を差すような、イギリスの研究機関インディペンデント・ストラテジーによる報告書「帝国の終焉」の論評が掲載されている。
(9) 戦時における文民の保護に関する1949年8月12日のジュネーヴ条約。[訳註]
(10) 「前のめりの論理」(ル・モンド2003年4月12日付)。
(11) 陸戦の法規慣例に関する1907年10月18日のハーグ条約。[訳註]
(12) マイケル・ムーア『アホでマヌケなアメリカ白人』(松田和也訳、柏書房、2002年)。


(2003年5月号)

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