欧州警察協力システムの強化計画

イェーレ・ファン・ブーレン(Jelle van Buuren)
ジャーナリスト、ユーロウォッチ所員、在アムステルダム

訳・富田愉美

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 2001年9月11日のテロを新たな根拠として、世界中で、警察権力の拡張が進められている。アメリカでは秘密裏の勾留が増え、人々を「パノラマ的に」監視するというとんでもない計画が続々と打ち出されている。ヨーロッパとて例外ではない。技術的な措置とされるシェンゲン情報システムの「強化」は、域内での人の移動の自由をフォローする情報システムから、監視や捜査のための個人データベース構築へという、その目的の変質の隠れ蓑となっている。[訳出]

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 シェンゲン情報システム(SIS)のホストコンピューターは、ストラスブールのヌーホフ地区にある「要テロ警戒」級の厳重警備体制をしいた建物内に設置されている。欧州警察協力のITの中枢となるこのサーバーの記憶媒体には、ヨーロッパ諸国への入国を禁じられた外国人や指名手配犯、盗難車、武器、監視下にある容疑者に関する膨大な情報がストックされている。

 当局者たちは、ヨーロッパ各地の多数の端末から、いつでも、特定の外国人がSISのリストに載っているかどうかを調べることができる。ごく最近(2001年末)の数字によると、シェンゲンのデータベースには1000万件以上のデータが登録されており、うち約15%が個人に関するものである。更に分析すると、そのうちの90%が「好ましからぬ外国人」に分類されている。

 このシステムにどれぐらい効果があるかを評価することは難しい。公式には、1999年の照会件数は5万4000件とされているが(1)、この年以後、シェンゲン協定の加盟国(2)はSISの運用に関する年次報告を公表していない。

 しかしながら、この数字が近いうちに桁違いになることは十分に予測できる。なぜなら、シェンゲン協定諸国はSISに重大な変更を加える計画を秘密裏に進めているからだ。表向きは、情報量が増大しており、それが欧州連合(EU)の拡大によって更に悪化するという問題があげられている。しかし、シェンゲン情報システムの強化(EU内部用語によればSIS−II)は、コンピューターやハードディスクの追加によるデータ処理能力の向上にとどまるものではなさそうだ。実際のところ、技術上の必要というのは、SISの能力や性質そのもの実質的な変更の隠れ蓑でしかない。

 今回の計画の一つに、ビザをとってEUに入ってくる外国人を個別に記録するというものがある。各国の税関や入管は、入国者がビザの有効期限内にEUを出たことの確認を望んでいる。出ていない場合は、SISに通報される。そしてその外国人はヨーロッパ全域で、「不法滞在者」としてマークされ、拘束されれば即刻、国外追放となる。2001年9月11日のテロ以降、諸国の当局はこうした措置が必要であると主張してきた。シェンゲン・グループの内部文書でも、「シェンゲン圏内への入国者をうまく管理することが国内治安の向上につながる」と述べられている(3)

 SIS−IIのもう一つの標的は、グローバリゼーションに異議申立する活動家たちであり、彼らは「ある種の国際的な会合への合流を阻止すべき潜在的危険人物」として規定される(4)。ここ数年間に例外的に実施されたEU域内国境の(一時的な)閉鎖は、ほぼいずれもEU首脳会議や国際的な首脳会議の際にデモを防ぐことを目的としていた。今後は、これらの活動家に関する個人データが、SISに記録されるようになる。

 シェンゲン協定の加盟国がブリュッセルに突きつけた要求項目はそれだけにとどまらない。彼らは、写真、指紋、DNA情報や生体測定データを中央ファイルに加えることを望んでいる。SIS−IIでは、このファイルに人相や目の虹彩を識別するシステムを結合することで、取り締まり対象の人物を高い精度で見分けようとする。しかも各国の警察は、自分が「不完全」な情報しか持っていない場合でも、このファイルの閲覧を求めるようになるだろう。

 しかし、SISの目的は、諜報当局の関与によって、根本から変わることになる。彼らは、このデータベース内にあるあらゆるタイプの興味深い情報を調べる権利を手に入れたいと考えている。この狙いは、シェンゲン圏内の人の移動の自由をフォローし管理する、というこのファイルの当初の目的に矛盾する。個人ファイルを当初予定されていなかった用途に流用するというのは、改めて繰り返せば、データベースに関わる大罪である。ひとたび扉が開かれたら、他の官庁もそこに押し寄せてくるだろう。例えば、自動車登録の所轄官庁は盗難車について、金融取引の監督機関は不正取引情報について調べようとするだろうし、難民を担当する部局なら書類が偽造されていないことを確認し、福祉厚生関連の部局なら社会保険の不正受給を見破ろうとするだろう。むろん、EUの警察機関であるユーロポールも、この宝の山の電子データの探索を求めて、公式に名乗りをあげている(5)

「架空の人物像」が作り上げられる懸念

 もしこれらの計画が実現に至ったなら、SISはEU内の国境を管理する道具から、調査活動と警察活動をより「積極的に推進する」道具へと変わる。理屈からしても、協力機関によって、ある種の捜査を前進させるような情報がどんどん注ぎ込まれるようになる。このシステムに事実にとどまらず、疑惑や噂までもが組みこまれるのに、そう時間はかからないだろう。

 「旧来」のSISも、すでに透明性、コントロールや責任を欠いていたが、未来のSIS−IIは、確証のない情報でガタガタになるおそれがある。オランダの会計検査院は、1999年度の報告で、SISのオランダに関連する部分が、とても「汚れている」ことを明らかにした。例えば、オランダの検察庁は、被疑者に対する訴追を取り下げたときに警察に通知していなかった。それはシェンゲンのファイル内に「容疑」として残されたままだった。

 EU市民には、自分の「シェンゲン犯罪記録」が正しい情報に基づいているか確かめる権利がある。しかし、その手続きは各国で異なっており、この権利のことを知っている人もあまりいない。シェンゲン協定を人権法に合致させる責任を持つシェンゲン合同監視機関(JSA)は、1998年以降、情報パンフレットを作成している。オランダではつい最近配布され、ベルギーではすでに2度出まわっているが、フランスでは1度も配られていない。ヨーロッパ諸国への入国を拒否された外国人はというと、法の迷路の中で罠にかかっているようなものだ。例えば、外国人がもしイタリアで、フランスによってSISに書きこまれた記録に基づいて入国を拒否されたとすると、フランスの裁判所に訴えなければならないとされるが、そのフランスに行くことはそもそも禁じられている。

 バラバラのデータベースから、現実とのつながりに乏しいプロフィールが作成され、それによって「架空の人物像」が作り上げられる懸念がある。警戒を要する事態である。しかし、欧州警察協力に関する議論自体、独自の目的を定めるために集まり、こうした協力を実行に移そうとしている一部の専門家たちに独占されているのである。

 2001年9月11日のテロ攻撃は、これらの人々が、難民申請者や外国人の権利の問題に関する治安重視に満ちたムードの中で、彼らの要求を議題にあげることを可能にした。これはアメリカに触発されている。アメリカでは、ジョン・ポインデクスター海軍大将が、イランゲート事件への関与にもかかわらず、「全情報認知」計画の責任者に任命された。この計画の目的は、各個人の「情報的特徴」を明らかにすることにより、国家が潜在的テロリストを絞り込めるようにすることにある。

 入手可能なあらゆる情報をパノラマ的に収集し、情報処理あるいは手作業で処理する。論争を呼んでいるこのポインデクスターの計画は、「膨大なデータ群を利用するための革命的技術」の発展を見込んでいる。銀行や医療に関するもの、また通信や輸送に関するありとあらゆる情報がこのシステムに統合され、諜報機関の集めた情報と照合されることになる。アメリカとEUとの間では、すでに司法協力に関する合意が議会の審議を経ることなく取り交わされている。それに加えて、通信傍受技術の選択に関する交渉も進められており、更に2月19日には、太平洋横断便の乗客に関するデータをアメリカ当局に提供することを航空会社に課した取り決めが交わされた(6)

 シェンゲン・グループの内部資料は、「現在では、SISのデータを当初に予定された以外の目的、特に広い意味での警察情報の目的に利用するという考えには、9月11日の事件以後、EU首脳会議の結論とも一致する広いコンセンサスが得られている」と強調する(7)。欧州諸国の警察が言及するこの「広いコンセンサス」は、一般の議論に由来するものではない。それは、EUの奥の院で秘密裏に開かれた会合から生まれたものなのである。

(1) Justice, << The Schengen Information System - a human rights audit >>, London, 2000 - http://www.justice.org.uk
(2) シェンゲン協定は、1985年にフランス、ドイツ、ルクセンブルク、ベルギー、オランダ間で締結され、後に英国とアイルランドを除くEU全域に拡大された。この協定の内容は、新たなEU加盟希望国が満たすべき加盟条件の一貫をなしている。
(3) European Council , << New functions of the SIS-II >>, Document no. 6164/5/01 Rev 5, Limite, Bruxelles, 6 November 2001.
(4) European Council , << New functions of the SIS-II >, 5968/02, Limite, Bruxelles, 5 February 2002.
(5) Management Board of Europol, << Europol's operational needs for access to SIS >>, File no. 2510-70r1, The Hague, 28 May 2002.
(6) Cf. The International Herald Tribune, Paris, 20 February 2003.
(7) European Council , << New functions of the SIS-II >>, op. cit.


(2003年3月号)

All rights reserved, 2003, Le Monde diplomatique + Tomita Yumi + Saito Kagumi

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