反乱軍人からエクアドル大統領へ

マルク・サン=テュペリ(Marc Saint-Upery)
ジャーナリスト、キト在住

訳・ジャヤラット好子

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 11月24日のエクアドル大統領選で勝利したルシオ・グティエレス氏は、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領と同様、反乱軍に加わったことで名を上げた。2000年1月21日のことだ。エクアドル先住民連合(CONAIE)のメンバー数千人に支持された若い士官のグループが、この人口1250万のアンデスの共和国で数時間にわたって司法府と行政府を占拠し、マワ政権を崩壊させたのだ(1)

 そのきっかけは、窮地に立たされたマワ政権がドル化政策に踏み切ったことだった。しかし、それ以前に人々はとっくに堪忍袋の緒を切らせていた。原因は1999年の銀行救済措置だ。外貨準備高の2倍相当の金額を不法に浪費し、小口預金者数十万人の一生分の生活費に当たる金額をかすめとった金融財閥に、このとき国は30億ユーロ近くを注ぎ込んだ(2)

 グティエレス氏の選挙キャンペーンは、ネオリベラルの金科玉条とは大違いで、汚職対策、貧困の減少、保健衛生と教育への資金投入、「5つの安全保障(社会、市民、司法、環境、食糧)」の推進、雇用創出に向けた競争力の引き上げをスローガンに掲げていた。彼はこれらを基本方針として、2001年に政治運動「1月21日愛国社会党(PSP)」を創設し、先住民と同盟関係を結んだ。

 しかし、エクアドル先住民運動は、突き進むグティエレス派の単なる脇役というわけではない。1986年にCONAIEが設立されてから、とりわけ1990年の全国的な蜂起いらい(3)、インディオたちは社会闘争と運動組織をうまく結合させてきた。CONAIEは「排除型民主主義」を拒否する姿勢を示した時期を経て、もはやこれまでのように選挙を一握りの権力者に任せておくわけにはいかないと決断した。そして、オルターナティブ左派や社会運動に関係する非先住民とも手を結び、1995年に「パチャクティク多民族統合運動・新平和(MUPP-NP)」を創設した。MUPP-NPは現在27の市町村を掌握し、そこで多文化参加型民主主義を実践している(4)

 進歩主義勢力を一本化した方がよいと考えたパチャクティク党は、最終的に2002年の春、グティエレス候補を支持することに決めた。選挙の結果、この元陸軍大佐がアンデスやアマゾンのインディオ居住地域で多数の得票を獲得し、MUPP-NP自身も議員数6人から11人への前進を果たしたことは、先住民運動への支持の確実な広がりを示している(5)。まだ創設から日が浅く、今までの運動のリズムからかけ離れた躍進を遂げたパチャクティク党には、これからたいへんな試練が待ち受けることになる。それはまた、ラテン・アメリカでは前代未聞の経験となるはずだ。

 新政権の組閣にあたっての議論は、先住民運動とPSPとの間に最初の公然たる軋轢を引き起こした。MUPP-NPの全国的な調整役を務めるミゲル・ジュコ氏は、入閣により政府として共同責任を問われるようになるのなら、先住民側が「重要度の低いものではない」ポストを得るなどの手当が必要だと主張した。パチャクティク党としては、入閣して干されるより、議会与党にとどまる方がまだしもということだ。閣外協力が続くかどうかは、グティエレス大統領が基本的な公約を守るかどうかにかかってくる。彼はたとえば、米州自由貿易地域(FTAA)への加盟の拒否(6)、米国が自分の都合から強く要請するコロンビア紛争への介入の拒否を公約としていた。

 いずれにせよ、グティエレス大統領は議会の過半数を制してはいない(PSP所属の議員は6人だけ)。とりあえず様子見を決め込んだ社民勢力(16議席)だけでなく、パナマに亡命中のブカラン元大統領のエクアドル・ロルドス党(PRE)のように、大統領支持を高値で売りつけようとする中道ないしポピュリスト勢力とも話をつけなくてはならないのだ。

恐るべき障害

 さらに憂慮すべきは経済状況である。2003年、エクアドルは公的対外債務(120億ドル超、GDPの80%近く)の支払いに、20億ドルを費やした。また、2002年には税収不足が2億5000万ドル近くもあったと推定される。こうした状況に関し、エマヌエル前経済担当相(現在、逃亡中)による不透明きわまりない経済運営がまったく無関係とは思われず、公式に発表された数値の透明性の欠如を強く懸念するグティエレス大統領と前政権との間に論争が起きている。とはいえ最も重大な問題は、経常収支と貿易収支の赤字増大である(原因の一部はドル化政策にある)。前者は17億ドル、後者は14億ドルをそれぞれ超えている。

 この惨憺たる状況を前にした先住民運動は、新政権の政策づくりに一貫性と透明性を強く求めつつ、無責任な約束はしないという立場を表明した。対するグティエレス大統領は、ひたすら発言を穏健化させている。ベネズエラのチャベス大統領やブラジルのルーラ大統領との違いを(少なくとも戦術として)強調することに腐心する新大統領は、選挙後の最初の訪問先に米国を選んだ。また12月初めには、コロンビア訪問を口実として、画家グアヤサミンの記念美術館の除幕式に出席するためキトに来たチャベス大統領とキューバのカストロ議長に会うことを避けた。

 単に「清潔」で有能な政府を作ろうとするだけでも、恐るべき障害が待ちかまえている。とはいえ、グティエレス氏の汚職撲滅という約束は信用できる。軍での出世をなげうち、体を張って大統領となった彼が、これまでの政治家階級のハゲタカ的な慣行を助長するようなことはないはずだ。しかし、不労所得にあぐらをかいた集団とマフィア的な業界利権は、この国の構造そのものに広がった膿となっており、すさまじい恐喝や妨害をかけうる力を持っている。さらに、仕事に見合った給料をもらっていない行政機関の上層から末端レベルにまで、汚職は深く根付いてしまっている。破綻した国家財政を考えれば、この現状が短期的に克服されるとは考えにくい。

 エクアドルが選挙後に熱狂に包まれなかったのも、こうした困難を国民が意識しているからだろう。ムードの変化を示すような兆しはさらに微妙だ。ジャーナリストたちが半ば否応なしに先住民のリーダーたちに敬意を払い、彼らが今までになくテレビに映るようになったり、経営者団体が自国の「社会的負債」に急に関心を見せるようになったりしたくらいだろう。

 グティエレス陸軍大佐を組織的に支持した社会層は、今は慎重に見守っている。国民的総意を基盤にした政府の必要性をとやかく言う者はないが、この総意がさまざまな層の利害を単純に積み上げたものであってならないことを強調する者は多い。月2回発行の左派系雑誌『ティンタヒ』のキント・ルカス編集長いわく、大統領は「全ての人々を喜ばせるのは不可能であると心得るべきだ。嘘はないと人々が思えるよう、合意にも対立にも透明性がなければならない。新政権にとって最悪の事態は、人々が欺かれたと感じるようになることだ。そんなことになれば、数百万のエクアドル人が大きくふくらませた希望がぶち壊しになってしまう」

(1) エクアドルでは貧困層が全体の7割から8割を占めると推定されている。
(2) 銀行救済にGDP(国内総生産)の24%相当が費やされたと言われる。これに対し、1999年の社会保障費は7%、教育費は3%、保健衛生費は2.2%にすぎなかった。
(3) この他に全国行進や先住民の平和的蜂起が1992年、94年、95年そして2001年に起きている。
(4) MUPP-NPは全国22州のうち5州の知事選でも勝利した。
(5) 改選前は総数123議席、改選後は100議席中の数字。
(6) パチャクティク党は地域経済同盟の強化およびアンデス共同体と南米南部共同市場(メルコスル)との接近を主張している。


(2003年1月号)

All rights reserved, 2003, Le Monde diplomatique + Jayalath Yoshiko + Saito Kagumi

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