にわかに注目のアフリカ産油諸国

ジャン=クリストフ・セルヴァン(Jean-Christophe Servant)
ジャーナリスト

訳・萩谷良

line
 むかしは米国にとって物の数にも入らなかったアフリカ。それが、今や地政学的に重要な地域として浮上してきている。ブッシュ政権はイラク侵略へと布石を打つ一方で、石油調達先の再編に着手した。アフリカ大陸の良質な油田は、大規模な紛争に巻き込まれるおそれも低く、2020年までに米国向け原油の25%を供給するようになると言われる。ナイジェリア、赤道ギニア、アンゴラといった主要産油国に向け、米国政府はさまざまな形で働きかけ、軍事顧問と石油企業を続々と送り込む。[訳出]

line

 対イラク戦争の準備を着々と進める米国は、ペルシャ湾岸地域から何千キロの彼方で、それに劣らず戦略的に重要な闘いを進めている。ナイジェリアの日刊ヴァンガード紙が呼ぶところの「(1)静かなる攻勢」。それは「ひとつには中東諸国に冷や水を浴びせないように、いまひとつには、米国の関心はアフリカの資源にしかないとの一般認識が広まらないように」するためだ(2)。狙いは、サハラ以南の石油である。アフリカ問題担当の国務次官補、ウォルター・カンスタイナーによれば、アフリカ大陸の石油は「米国にとって国家戦略的関心事になった(3)」。下院外交委員会アフリカ問題小委員会のエド・ロイス委員長(共和党・カリフォルニア州選出)も、「アフリカの石油は、9・11以降の国家安全保障上の優先課題のひとつとして扱うべきだ」と言明する(4)

 この戦略は、今のところ、米国の議会や政府が公式に表明したものではない。とはいえ、これまで米国がアフリカの産油国に対して行ってきた一連の目立たない、しかし意味深長な介入は、そうした流れを裏書きする。まず、2002年初めのスーダン和平交渉への支援、ナイジェリアに対する石油輸出国機構(OPEC)脱退の働きかけがある。次いでコリン・パウエルが、米国国務長官としては史上初のガボンへの訪問をはたし、9月13日にはブッシュ大統領が、中部アフリカ10カ国の元首を招き、これまた象徴的な朝食会を催した。すでに同年7月には、米欧州軍司令部副司令官カールトン・フルフォード大将が、ギニア湾における石油事業の安全保障問題の調査、在韓米軍のような地域司令部の設置の検討を目的として、サントメ・プリンシペに赴いていた。

 ジョージ・W・ブッシュは大統領候補だった2000年当時、アフリカについて「国家戦略上の優先課題ではない」と語っていた。ここに来て、アフリカに対する米国の関心が復活したのは、気をそそるソロバン勘定があるからだ。国連貿易開発会議(UNCTAD)の推定によれば、アフリカ大陸の石油埋蔵量は800億バレル、すなわち世界全体の8%(5)。米国の輸入原油に占めるサハラ以南の原油の比率は、今日の16%から2015年には25%になると、CIA(中央情報局)長官直属の国家情報会議は予測する。

 今やブラックアフリカは、日量400万バレル強と、イラン、ベネスェラ、メキシコの合計に匹敵する産油地域となった。過去10年間に、他の地域では生産の伸びが16%にとどまった中で、アフリカは36%の伸びを見せた。3年前に石油輸出を始めたスーダンは、今では日量18万6000バレルを生産する(6)。アフリカ最大の原油輸出国ナイジェリアでは、日量220万バレルから2007年には300万バレル、さらに2020年には442万バレルにまで増産の見込みだ。第二の輸出国アンゴラでは、15年にわたった内戦が2002年春に終結しており、産油量は2020年までに現在の2倍の328万バレルとなるだろう。赤道ギニアの沖合いは、石油試掘の件数が目下(アンゴラとならんで)世界最多の地区となっており、2020年には(コンゴ、ガボンを抜いて)日量74万バレル、アフリカ第三の産油国に浮上するかもしれない。

 これら有望なアフリカ油田は、政治的にも有利な条件を備えている。第一に、ナイジェリアを除き、どの国もOPECには加盟していない。「米国は、新興諸国を引きはがすことで、OPECの力を弱めていくという長期戦略をとっている(7)」。第二に、国務省のアフリカ担当顧問ロバート・マーフィが強調するように、これらの油田は主として「海底油田であり(中略)、政治的、社会的な動乱から影響を受けずにすむ。アフリカの産油国に見られる政治的緊張その他の不協和音が、地域紛争あるいはイデオロギー紛争へと拡大し、輸出が差し止められるような事態は考えにくい」

 240億バレルの石油の眠るギニア湾は、世界第一の海底油田地帯になるだろう。しかも、スーダン以外のアフリカの油田地帯は、そのまま大西洋に面しており、さらにチャド=カメルーン間のパイプラインが完成すれば、日量25万バレルが大西洋岸へと送られるようになる。

 エクソン・モービル、シェヴロン・テキサコの二大石油企業も、それよりは目立たないアメラダ・へス、マラソン、オーシャン・エナジーも、米国の石油企業はアフリカに向け、2003年には100億ドル以上を投資する予定でいる。これらの企業は、2001年9月11日以前からアフリカを地政学的に重要な地域と見なしており、2000年3月に下院アフリカ問題小委員会がアフリカのエネルギー資源の可能性を取り上げたとき、すでにそうした見方を伝えていた。この会合の出席者の中でも特に積極的だったのが、先端戦略政治研究所(IASPS)(8)のメンバーだ。1984年にエルサレムに作られたこのシンクタンクは、かねてよりサウジの石油から距離をとるべきだと主張するイスラエルの右派政党リクードと、また米国の新保守勢力ともつながりが深い。

赤道ギニアへの攻勢

 大統領選でのブッシュの勝利は、テキサス石油業界の勝利でもあった。そして9・11以後、IASPSの考え方が、ブッシュ政権のエネルギー問題担当顧問たち、より広くはホワイトハウスの「タカ派」に浸透し始めている。2002年1月25日にIASPSが開いたセミナーには、カンスタイナー国務次官補、数名の高官(アフリカ問題専門家バリー・シュッツ、国防長官付空軍士官カレン・クヴャトコフスキー中佐ら)、連邦議員(ルイジアナ州選出のウィリアム・ジェファーソン下院議員など)、国際コンサルタント、石油企業や投資機関の重役が出席した。このセミナーから生まれたのが、官民の橋渡し役としてのアフリカ石油政策構想グループ(AOPIG)であり、 同グループによる白書『African Oil, A Priority for US National Security and African Development(アフリカの石油−米国の国家安全保障とアフリカの発展に向けた優先課題)』(9)である。

 ブッシュ政権に向けた石油企業のメッセージはきわめて明瞭である。「導いてくれるなら、後に付いていきます」というものだ。2002年1月のセミナー以後、米国政府のエネルギー政策には、石油ロビーの影響がはっきりと見てとれる。たとえば、5月にチェイニー副大統領が発表した国家エネルギー政策は、次のように言明する。「アフリカの石油は品質が高く、硫黄分も少ないことから、米国東部海岸の精製所で有望視されている」。AOPIGはまた、最近ナイジェリアでも一働きをした。北部が政治的、社会的不安に揺れるこの国に、7月中旬に「石油の伝道師(10)」マイケル・ウィービーの率いる使節団を派遣したのだ。公式の目的は、地域の産油諸国を糾合して、ギニア湾岸委員会を作ることだった。非公式には、ナイジェリアのOPEC脱退の意向が討議されたらしい。ただし、ナイジェリア政府はこの噂を最終的に否認した。

 AOPIGの白書が強調するのは、「ペルシャ湾岸での失敗を避ける」ことであり、たとえば石油事業所得の申告の透明化や、すでに米国がアフリカに提供する関税上の優遇措置の拡大を推奨する。また、慎重に抑制を利かせつつ、対米債務の破棄に踏み出すことも提案する。これらの意向が「紛れもない米国政策へといつの日か変容する(11)」ためには、実行すべきことがたくさんある。というのも、石油と「適切な統治」は、依然として反対のことを意味するからだ。中部アフリカ司教会議連合は2002年7月に発表した文書の中で、「石油会社と地域の政治指導者の間に存在する共犯関係」を指摘し、いかに「石油による収入が体制の延命のために使われているか」を強調した(12)。石油生産の75%がシェヴロンの傘下にあるアンゴラでは、2001年の石油収入の30%以上をフトゥンゴ(政権と癒着した実業家人脈)がせしめていたことが、国際通貨基金(IMF)により明らかにされている。しかし、こうして石油ゲームのカードを配り直している米国のやり方をいちばんあけすけに示しているのは、産油国としては小さな部類の赤道ギニアだ。「アフリカのクウェート」と言われるこの国は、2001年に国内総生産(GDP)が70%も増加し、20億バレルと推定される石油を埋蔵している。米国は、赤道ギニアに領事館(クリントン政権時代に予算の都合で閉鎖された)を再開するつもりでおり、また人権に問題のあるアフリカ14カ国のリストからの抹消も考えている。

 CIAの年報には「国家経済を食い荒らしてきた無法な指導者たちによって」運営されていると書かれたこの国の駐米大使(ンゲマ大統領の義弟)が、IASPSのセミナーに出席したのは事実である。米誌ネーションによる調査報道が指摘したように(13)、赤道ギニアにおける石油採掘許可の3分の2が、「ブッシュ政権とつながりのある」米国の事業者に与えられてきたのも事実である。たとえば石油会社CMSエナジーの前会長ウィリアム・マコーミックは、ブッシュ大統領の就任式に10万ドルの寄付をした。同じくギニア湾の石油開発に積極的なオーシャン・エナジー社は、父ブッシュ政権時代に赤道ギニア大使を務めたチェスター・ノリスをコンサルタントとして 首都マラボに送り込んだ。この典型的な対米従属経済への見通しにダメを押すように、赤道ギニアの海底油田の警備はもうじき、ペンタゴンの天下り先の民間企業、ミリタリー・プロフェッショナル・リソースに訓練された沿岸警備隊に委ねられる(この企業は、ラテン・アメリカでも、プラン・コロンビアの軍事作戦を支えている)。「米国国務省の情報源となっているのは、我が国の場合は石油会社なのだ」と、赤道ギニアの駐米大使館員は言う。こうしたわけで、2003年に予定されたブッシュ大統領のアフリカ歴訪(特にナイジェリア訪問)は、さまざまな意味で、まさしく歴史的なものとなりそうだ(14)

(1) The Vanguard, Lagos, 30 September 2002.
(2) James Dao, << In Quietly Courting Africa, US Likes the Dowry : Oil >>, The New York Times, 18 September 2002.
(3) IASPSのシンポジウム、2002年1月25日、http://www.iasps.org
(4) IASPSのシンポジウム、同前
(5) 国連貿易開発会議『国際貿易におけるエネルギー事業および開発へのその影響』(2001年6月、http://www.unctad.org
(6) ジェラール・プリュニエ「スーダン和平はまだ遠い」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年12月号)参照
(7) Roger Diwan (Petroleum Finance Company), The New York Times, 18 September 2002.
(8) http://www.iasps.org
(9) 詳細およびインターネット利用者による批評が、http://www.marekinc.com/BusEcoUSA061301.html に集められている。
(10) See << US Leads Oil Boom in "Other Gulf" >>, Associated Press, 19 September 2002.
(11) Malcom E. Fabibyi, The Wisdom in Remaining with Opec, on http://www.gamji.com
(12) 中部アフリカ司教会議「教会と中部アフリカ貧困問題−石油の場合」(2002年7月、http://www.eireview.org
(13) Ken Silverstein, << Oil Politics in the Kuwait of Africa >>, The Nation, New York, 22 April 2002.
(14) 当初は1月中旬に予定されていたが、前年12月下旬になって延期が発表された。[訳註]


(2003年1月号)

All rights reserved, 2003, Le Monde diplomatique + Hagitani Ryo + Saito Kagumi

line
表紙ページ 本紙の位置づけ 有志スタッフ
記事を読む 記事目録・月別 記事目録・分野別
メール版・お申込 読者の横顔
リンク(国際) リンク(フランス)