「持続可能」な「開発」に異議あり

アミナタ・D・トラオレ(Aminata D. Traore)
元マリ共和国文化大臣

訳・清水眞理子

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 南アフリカのヨハネスブルクで、9月4日まで、持続可能な開発に関する世界首脳会議が開催されていた。自然環境を破壊する開発、社会的不平等を拡大する市場万能主義は、他のどの地域にもましてアフリカを痛めつけている。西側列強は今もなお、この大陸の略奪を続けている。欧米は国際ルールを都合のいいように変え、アフリカの指導者の多くもそれに加担する。しかしながらアフリカが現在の苦境を乗り越える道は、過小評価されている独自の豊かな文化を活かし、それぞれの社会がもつ活力を引き出していくことにあるはずだ。[訳出]

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 現在と未来という概念に関し、アフリカにおいて今日まで最も共有されてきた考え方は、次の世代が後を引き継いでくれるならば、避けられない死というものも受け入れられるようになるということだった。「持続可能性」は、自分の後にも残っていくだろう命として捉えられていた。頼みとする他の誰かがいる限り、誰も貧しい人間と見なされはしなかった。だから、われわれの社会では子孫を作ることが非常に重視される。生まれた子供の数だけでなく、その子供の資質、つまり心身の健康、社会性、道徳心を通じて、命は永遠につながれていくからだ。

 その火を絶やさないよう、あらゆる手だてがとられていた。それを持続可能というだけでなく、永続的なものとするための支えが、自然とともにあり、様々な形で連帯することだった。これから切り倒そうとする木や、耕す前に荒らすことになる土地には、コーラの実や家畜の乳、穀物を供えて許しを乞うた。初めての収獲のときにはいろいろな行事が催され、環境との折り合いや環境への配慮が絶対に必要であることを思い起こす場となった。このような生命の経験と知識は、当然ながら多くのテクノクラートの失笑をかっている。

 リオ・サミットから10年、持続可能な開発に関する世界会議がアフリカ大陸のヨハネスブルクで開催されるのは喜ばしいことである。しか「持続可能」と言ってみたところで、「開発」とはどこまでも一つのキーワード、合言葉にすぎない。それが恐るべきであるのは、植民地列強の「文明化」なる使命の続行を許すからである。しかも今回は、地元のエリートも共犯となって自国民を欺き、服属へと導いているのだ。自由主義グローバリゼーションは、この詐欺行為を論理的に括ってみせたものに他ならない。その失敗や災禍にわれわれが意気消沈する必要はない。。世銀の元チーフ・エコノミストで、ノーベル賞を受賞した経済学者スティグリッツでさえ、「グローバリゼーションは今日、機能していない。世界の貧困層の多くにとって機能していないし、自然環境の多くの分野においても機能していない。また、グローバル経済の安定のためにも機能していない(1)」と語っている。

 アフリカは他のどの地域にもまして、支配的な経済システムについてのわれわれの知識全般と、ブレトン・ウッズ機関(2)が自ら認めた過ちとを照らし合わせ、冷静に対処すべきだった。しかし実際には何もなされていない。われわれの指導者は問題をはき違え、従属の配当を手にする道を選んでいる。必ずしも必要とは言いがたい高額なインフラ整備への多額の投資は、対外債務を増やすだけでしかないというのに、相も変わらず大半の指導者の優先事項となっている。それを示しているのが、アフリカ開発のための新パートナーシップ(NEPAD)という彼らの最新の発明だ。この新自由主義的な構想は、かつてアフリカの指導者が考え出したもののなかで最も野心的であり、その生みの親たちは自信に満ちた顔で平然と構えている。アフリカ社会の多くの組織から発された警告は見事に黙殺されている(3)

 これらの指導者たちがパートナーと思いなし、自国民よりも大事にするG8やIMF(国際通貨基金)、世銀、WTO(世界貿易機関)が、貧困対策や環境保護に対して決然と誠意ある姿勢で臨んでいるとはとても言えない。集中豪雨が北半球の一部に降り注ぎ、干魃と飢饉が南部アフリカを襲い、西アフリカにまで及ぼうとしている事態を前にしても、まだ市場万能主義の信奉者たち、とりわけアメリカの強大な政権の考えは改まらない。奴隷として連れて行かれたアフリカ人の子孫が被った損害に対するダーバン会議での賠償問題から、FAO(国連食糧農業機関)ローマ会議での農業補助金問題、モンテレイ会議での開発資金問題、京都議定書の温室効果ガス排出問題、あるいは国際刑事裁判所に至るまで、アメリカの傲慢さはとどまるところを知らない。

 40年にわたる開発によってできた傷口は、大きく開いたまま痛んでいる。そのうち20年間はIMFや世銀が指導する構造調整に、10年間はいわゆる持続可能な開発に費やされた。アフリカ人は己のあずかり知らぬうちにこれらの戦略に乗せられて、大半が極めて不安定な生活に追い込まれた。非識字、失業、栄養不良、飢饉に疫病がアフリカを襲い続けている。自分たちの文化的な拠り所がかき乱され、作用しなくなってしまっただけに、人々はますます心許ない状況に置かれている。もちろん彼らは、あらゆる方面で新しい対策を考え出し、できる限りの抵抗をして、多少なりと着実な成果を挙げてきた。内向き思考、個人主義、狂信、出国、暴力が、アフリカにおける商業主義グローバリゼーションの犠牲者の避難場所として立ち現れる。

人々にとって意味をもった概念を

 豊かな国ぐにの政策決定者の強迫観念となっている移民問題は、この悲劇に照らして再検討されなければならない。社会不安が生まれたときに第一に犠牲になるのは、女性であり、子供であり、労働者であり、農民であり、老人であり、身体障害者である。彼らは開発の名のもとに欺かれ、貧しさに追い立てられていく。そして母国を後にする。自分たちの土地で自分たちの規範に従って生活することに、もはやどうやって意義を見出せばよいのかわからなくなってしまったからだ。

 これらの人々が生まれ育った都市や地方、農村では、生き延びるための収入源や生活手段を奪われたアフリカ人が、食料価格の高騰や公共サービス、とりわけ医療サービスの民営化を前に、肉体が消滅することへの恐怖を抱きながら生きている。事実、支払い能力のない病人は死ぬだけだ。生き延びるためには、抜け目なく立ち回り、子供が働き、女性が仕事を増やし、さらには物乞い、売春(エイズの流行にもかかわらず)、窃盗、殺傷に手を出すしかない。  

 社会的な絆が崩壊し、人々の拠り所がぼやけていくのと並行して、天然資源は恐ろしい速さで減少している。用材として伐採する多国籍企業により、また自家用の薪や収入の糧として木を切る貧しい家庭により、森林は荒れ放題だ。このような状況の原因は人口圧力にあるとする意見が支配的になっている。確かにその影響は大きいが、人口問題の解決は教育、とりわけ女性教育によって可能だったはずであり、そうした対策を講じていくべきである。

 世界の強者は、彼らの利益に関わるとあらば、われわれの不幸の原因を解決策として持ち上げ、財源を奪い取り、さらにはゲームのルールを仲間内で好き勝手に定めることもいとわない。地球上で8億人、その大部分がアフリカ人を襲う飢餓は、持続可能な開発の信奉者に対して未曾有の挑戦を突きつけている。アフリカ大陸のほぼ全域で、食い止めることができるはずなのに大量の死者を出しているエイズの流行も、いまだにパートナーを取り違えているアフリカ人エリート層に選択を迫る。

 一国主義のアメリカ、二枚舌で態度不明瞭な裏切り者のヨーロッパ、アフリカの至るところで干渉はしても責任は問われないIMFと世銀、汚職に浸り将来展望に欠けるアフリカ人指導者、そして様々な社会による組織化の動きの体制への取り込みといった国際環境のなかで、今回のヨハネスブルク・サミットに多くを期待できるものだろうか。9月11日の余波に揺れ、ここ数カ月に相次いだ金融スキャンダル(エンロン、ワールドコム、ゼロックス、ヴィヴァンディ・ユニヴァーサル等)に揺れる先進諸国が、われわれの大陸の不幸に対し、これまで以上に注意を傾けるとは考えにくい。

 言葉が嘘としか感じられず、人々の苦しみを増すだけでしかない現状において、われわれの経済的、政治的、社会的、文化的権利を取り戻そうとする正当な希望をどのように名づけるべきだろうか。この大陸が受け継いだ豊かな言葉のなかから、人間や環境について語り、人々にとって意味をもった概念を掘り起こすという創造力を発揮しない理由があるだろうか。開発という(持続可能性の概念とは相反する)概念も、自由主義グロバリゼーションという概念も、ともに人間性を失わせる論理から発している。アフリカはこれに対し、生命の原理をぶつけ、人間を大事にする価値を示していくべきなのだ。それは傲慢に対しては謙虚さ、自己中心主義に対しては他者、特に将来を担う世代への感覚と気遣いである。

 このような創造力を働かせる努力は、特にアフリカ社会の人々と組織の肩にかかっている。世界システムの実態を見抜き、アフリカの商品化とは違った意味をもつ政治的開放を実現するに足る、そのような市民大衆を生み出すのは、まさにわれわれ自身の責務なのだ。

(1) ジョセフ・E・スティグリッツ『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(鈴木主税訳、徳間書店、2002年)
(2) 第二次世界大戦後に設立された国際通貨基金や世界銀行など。
(3) サヌ・ムバイ「『グロバリゼーション』に向き合うアフリカ経済」(ル・モンド・ディプロマティーク2002年7月号)参照


(2002年9月号)

* 改訳の上『力の論理を超えて』に収録、NTT出版、2003年8月

* 筆者名の原語表記「Aminata D. Toraore」を「Aminata D. Traore」に訂正(2003年4月1日)

All rights reserved, 2002, Le Monde diplomatique + Shimizu Mariko + Ando Rikako + Saito Kagumi

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