遺伝子組み換え食品をめぐる欧米貿易摩擦はあるか?

スーザン・ジョージ(Susan George)
ATTACフランス副代表

訳・斎藤かぐみ

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 遺伝子組み換え食品の無害性を保証できるような科学者はいない。にもかかわらず、ブッシュ政権は欧州連合(EU)に対し、1998年以来の輸入許可凍結を解除することを求めている。しかも、このEUの施策は、アメリカの鉄鋼に対する保護主義的な措置と同類であると主張する。対する欧州委員会は、アメリカ政府の圧力に抵抗するどころか、それを唯々諾々とEU加盟国に伝えているにすぎない。貿易を担当するラミー欧州委員に至っては、自分としては予防原則の適用を推進するつもりはないと、ゼーリック米通商代表に言質を与えているほどだ。[訳出]

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 2001年9月11日の事件がもたらしたのは、アメリカが「テロリズム」に対して世界規模で始めた「無限」の戦いだけではない。愛国主義を掲げたブッシュ大統領の下で、以前はファスト・トラックと呼ばれていた通商促進権限を下院が僅差(賛成216、反対215)で承認したのも、同じくテロリズムの余波によるものだ。これが上院でも可決されれば、政府は国際通商協定を締結する権限を持つようになる。政府が締結した協定について議会は一括して承認するか拒絶するかしなければならないが、後者の可能性は低い。貿易交渉にあたり、この権限をもたないアメリカの貿易交渉担当者は信頼に足る相手とは見なしてもらえない。合意内容が後になって議会で修正されるおそれがあるからだ。

 通商促進権限に関する上院の議決に先立ち、2001年11月、カタールの首都ドーハで世界貿易機関(WTO)の閣僚会議が開催された。この会議は、自由主義グローバリゼーション反対派からは屈辱として、そして経済界からは成功として受け止められた(1)。ドーハでは、1999年12月にシアトルであえなくつぶれたミレニアム・ラウンドに代わり、「開発ラウンド」なる全方位的な新ラウンド交渉が立ち上げられた。そこに含まれる数々の分野の中でも、環境はすでに波乱含みの分野に属すると言える。

 ドーハ会議の最終宣言に環境が掲げられたのは主に欧州連合(EU)の圧力によるもので、日本、ノルウェー、スイスから支持された。インドは強力に反対し、多くの開発途上国も程度の差はあれ同意見であり、アメリカも同じく反対に回っていた。しかし、環境に関する事項が盛り込まれた代償はきわめて大きかった。途方もなく大きかった。第一に、そこには大幅な制限条項が加えられた。WTOルールと多国間環境協定(MEAs)との整合に関する将来交渉の結果に拘束されるのは、すでにこうした協定に参加している国だけなのだ。ということは、あらゆる国がアメリカを見習って、MEAsに調印しないとか、調印しても撤回するという道を選んでもおかしくはない。第二に、そもそもの目的とは逆に、WTOがMEAsを取り仕切るようになるおそれがある。バイオテクノロジー業界をはじめとする経済界はそれを望んでいる。

 どうやらEUのラミー貿易担当委員も、この見方を共有しているようだ。彼はアメリカの友人、ゼーリック通商代表を安心させるために、ドーハ宣言の調印前にこう書き送っている。「バイオテクノロジー製品の貿易や、現在または将来の生物安全性に関する多国間協定の貿易関連の側面の実施などに対し、貴国政府が抱いている重大な関心について、ドーハにおける交渉結果をヨーロッパが違法な貿易障壁の正当化に利用するのではないかとの貴殿の懸念を拝聴いたしました。この点に関し、欧州委員会の交渉担当者として、それは誓ってあるまいということを申し上げます。また、予防原則に関するWTO内の権利義務の均衡を変えるために小職が本交渉結果を利用することはない旨、どうぞご承知おきください(2)

 この書簡の最後の一節は語るに落ちている。欧州委員はつまり、EUが予防原則の強化を求めることは絶対にないと述べたのだ。とりわけ、生物安全性に関わる立証責任の転換を求めることは絶対にない。あくまでも、ある種の製品を輸入したくないという国あるいは諸国グループ(ホルモン牛肉の場合のEU)が、その製品の危険性を立証する義務を負うのであり、輸出国の側が無害性を立証する必要はない。この立証責任の転換の断念こそ、ドーハ最終宣言に環境条項を盛り込むことに対し、アメリカが求めた代償だったと言ってよい。

 こうしたEUの配慮あふれる姿勢が、やがて遺伝子組み換え食品という死活的に重要な分野にはねかえってくるかもしれない。アメリカはヨーロッパに関し、ラミー欧州委員の説明に納得したわけではない。ゼーリック通商代表は、ドーハ会議から1カ月も経たないうちに圧力をかけ始めた。新たな遺伝子組み換え食品の輸入許可に関するヨーロッパの「遅れ」や、遺伝子組み換え原料を含む製品の追跡可能性とラベル表示に関するEU指令に対し、ブッシュ政権が攻撃を始めることをほのめかしたのだ。

 1998年以来、EUは新たな遺伝子組み換え食品の輸入許可を凍結していたわけだが、2001年7月、欧州委員会はその解除に向けて、組み換え製品の追跡可能性とラベル表示に関する一連の措置を閣僚理事会と欧州議会に提案した。これらの措置はまだ実施されていないが、組み換え原料を含む製品と含まない製品の「選択」ができるようにすることで、消費者の抵抗を減らそうとしている。アメリカとしては、許可凍結だろうと、それに代わる追跡可能性とラベル表示のルールだろうと、まったく耳を貸す気はない。遺伝子組み換え製品には何ら危険はなく、それで議論は終わりということだ(3)

フランスとドイツの選挙が済んでから

 フランスは現在、EUの環境相理事会の中で、特別多数決を阻止する少数派の中心国となっている。歩調を合わせているのはデンマーク(新たに発足した右派政権の下で立場を替える可能性もある)、ギリシャ、オーストリア、イタリア、ルクセンブルクである。この少数派は盤石ではないうえに、強大な相手を向こうに回している。ドーハ会議の直前の11月6日、輸出総額で数十億ドル規模に達する64のアメリカの農業関連企業・団体(カーギル、モンサント、ファーム・ビューロー、食品雑貨製造業者協会など)は、農務長官とゼーリック通商代表に宛てて、EUが実施している予防原則と「違法な措置やその他の技術的な貿易障壁」を非難する文書を送っている。彼らがアメリカ政府に訴えたのは、衛生上・植物検疫上の措置(SPS)および貿易の技術的障壁(TBT)に関するWTOの二つの協定が、これ以上軽視されるのを許してはならないということだった。

 政府の全面的な後押しを受けたアメリカのロビー団体は、EUの輸入許可凍結によってトウモロコシだけで3億ドルの損害が出たと主張し、遺伝子組み換え農産物はアメリカの独壇場となるという展望の下に激しい圧力をかけている。ヨーロッパの大手バイオテクノロジー企業は、反対運動にめげて農業分野から手を引き、医療分野に特化するようになったからだ(4)。アメリカのヴェネマン農務長官は、2002年1月にオックスフォードで行った演説の中で、アメリカは常に「健全な科学(sound science)」に依拠していると述べた。それに対して「残念ながらヨーロッパには、理論上のリスクの存在だけを前提とした予防原則なる競合概念がある。(中略)この概念は、バイオテクノロジーの成果をはじめとする新しい農産物の一部を安易に阻止するおそれがある」という。パウエル国務長官の経済問題担当顧問を務めるラーソン元国務次官は、その1週間後にブリュッセルで、「アメリカの忍耐はそろそろ限界だ」とさらに語気を強めた。

 遺伝子組み換え食品の問題をWTOに申し立てるという圧力が高まりつつある。ラーソン顧問は、フランスをはじめとするEUの少数派を欧州司法裁判所に提訴することも示唆し、牛海綿状脳症(BSE)事件の際にイギリスからの牛肉輸入を拒否したフランスが敗訴した前例を引いている。「われわれにはあらゆる選択肢がある。ともかくもヨーロッパ諸国の大統領、首相、外相に、この問題がわれわれにとって最高度に重要だということを理解してもらわなければならない。不適切で違法な行動がある場合、それを改めさせるには対決という方法を取るしかない(5)

 ゼーリック通商代表も、2002年1月に世界中のアメリカ大使に14ページの指示書を送り、WTO加盟国政府、特にEU諸国が消極的な姿勢を示した場合には、次の論理によって反論を封じるようにと申し渡した。

 遺伝子組み換え原料を含む食品や家畜飼料の追跡可能性とラベル表示というEUが提案する措置は、「適用も検証も不可能で、実施コストがきわめて高く、本来の目標を達成できず、貿易を害する」ものでしかない。いずれにせよ、そこで対象とされているのは「利用がすでに承認された製品」、平たくいえばアメリカ当局が承認済みの製品である。ゼーリック通商代表は結論として次の疑問を示した。「許可の根拠が科学であって、政治的思慮ではないと保証するつもりが、はたしてEUにあるのだろうか(6)」。そのような恐るべき民主主義は、アメリカが適切な対策を打てばおそらく避けられるだろう。それに欧州委員会が手助けをしてくれる。

 2001年10月、保健と消費者保護を担当するバーン欧州委員は、翌年3月のバルセロナ欧州首脳会議で輸入許可凍結が解除されることになるだろうと訪米先で語った。その3カ月後、ラミー欧州委員は同じく訪米中に、もう少し現実的な見通しとして、新しい遺伝子組み換え食品の承認の問題がそれほど急速に審議されるとは考えにくいと述べた。その原因はヨーロッパの「政治環境」にあり、「よりよい機会」は「年内の後日」にめぐってくるとの見解だ。フランスとドイツの選挙が済んでから、ということか。

 欧州委員会の駐米代表部で消費者保護と食品安全を担当するファン・デル・ハーゲン公使参事官は、アメリカの参事官を兼ねているつもりもあるようだ。彼は自分の派遣元に関する率直な見解をアメリカに伝えた。新しい遺伝子組み換え食品の輸入に関するEUの決定手続は「どうにも擁護できない状況」だという。このEU高官はさらに念を入れて、アメリカがこの件でWTOに訴えれば「われわれは負けるだろう」と述べた。そして、自分が擁護すべきはずの状況のハンディを教えるだけでは足りないとでもいうように、アメリカが追跡可能性とラベル表示の件でEUをWTOに訴えるのは得策ではないとの解説も付け加えた。なぜならば、万が一アメリカが負ければ、「アメリカの議会と国民はWTOへの信頼をますます失うことになる」。逆に勝ったとしても、「EUは政治的な理由から、絶対に決定に服そうとはしない」。それに続く紛争は、「ホルモン牛肉の時よりも凄まじいものとなる」からだ(7)

 啓蒙に満ちたアドバイスを得たアメリカ政権は、フランスとドイツの選挙日程を考慮に入れ、遺伝子組み換え食品の戦略を練り直した。「政治的な火種となるWTO紛争が選挙の争点とされ、緑の党によるバイオテクノロジー反対キャンペーンをあおる」ことになってはまずいと考えたのだ(8)。とはいえ、それは目的の断念を意味するものではない。

(1) ベルナール・カセン、フレデリック・F・クレルモン「WTOドーハ会議の結果」(ル・モンド・ディプロマティーク2001年12月号)参照。その一方、ベアトリス・マール議員を座長とするフランス下院EU代表団による報告は、WTO会議の結果をどちらかといえば前進であったと見なし、『ドーハ、変革への試み』と題している。
(2) パスカル・ラミー委員からロバート・ゼーリック大使への書簡、ドーハ、2001年11月14日。Inside U.S. Trade, Arlington, vol.19, no.4, 23 November 2001 による。
(3) 遺伝子組み換え原料を含む対象製品は、チコリ、トウモロコシ、大豆、トマト、大豆油、コーン油、菜種油、コーンシロップ、コーンスターチ、食品添加物、家畜飼料であり、遺伝子組み換え飼料で育てられた家畜を原料とする製品は含まれていない。
(4) ル・モンド2002年1月20日付を参照。
(5) International Trade Reporter, Washington, vol.19, no.2, 10 January 2002.
(6) 2002年2月7日、ゼーリック通商代表とヴェネマン農務長官は、ほぼ同じ表現を用いて中国が決定した遺伝子組み換え食品の輸入制限を批判した。
(7) 以下に引用されたファン・デル・ハーゲン公使参事官の発言。Chris Rugaber, << US to Analyze EU Biotech Rules, Plans WTO Submission >>, Bureau of National Affairs, International Environment Reporter, Washington, vol.24, no.25, 5 December 2001.
(8) Inside US Trade, vol.19, no.51, 21 December 2001.


(2002年5月号)

All rights reserved, 2002, Le Monde diplomatique + Ando Rikako + Saito Kagumi

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