コミュニティとなったアメリカ企業

イブラヒム・ワード(Ibrahim Warde)
カルフォルニア大学バークリー校教授

訳・斎藤かぐみ

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 国際労働事務局(ILO)の最新統計によると、アメリカの労働時間は韓国とチェコを除けば世界最長である。2000年の労働時間は平均1979時間で、1990年に比べて36時間も増えた(1)。これは、ほぼ世界的に見られる時短の動きに逆行する。また、富と繁栄とともに時短が促進されるという著名な社会学者の見識(2)にも矛盾している。

 アイオワ大学で労働と余暇の歴史を研究するベンジャミン・ハニカットは、「労働は新たなイデオロギー、新たな宗教と化した」と述べる。経済学者ジュリエット・ショアによると、広告や世間の目、横並び意識に追い立てられながら、購買力の低下を補い、揃えておくべき物を購入するためには、働く量をひたすら増やすしかない(3)

 こう仕事漬けでは、家族や余暇、コミュニティ、市民としての活動に回す時間はほとんどない。だがこの空白は、いまや当の企業によって満たされる。社会学者アーリー・ホックシールドが指摘するように、職場は家庭よりもフレンドリーでホットなもの、工場とは似ても似つかないものとして、ますます多くの会社員にとって落ち着ける「居場所」になっている(4)。ことにニューエコノミーの大型企業(マイクロソフト、オラクル、シスコ、アップル、アマゾン等々)は、グローバル化されたエリートからは技術的、社会的進歩の象徴のように見なされてきた。これらの企業が広めた新しい人事管理のポイントは、従業員の物理的、心理的、感情的な欲求を満たすことにある。

 たとえば本社は「キャンパス」と呼ばれ、なごやかでフレンドリーな内輪の世界、若々しくて肩の凝らない社風を思わせる。ここでは託児所、ジム、運動場、カフェ、セラピスト、葬儀カウンセラー(grief counselors)、クリーニング屋、郵便局、飲み物やアスピリンを置いた「休憩室」、さらには生花の注文や劇場のチケット購入を引き受ける「コンシェルジュ」までもが提供されている。

 一言でいえば、その目的は中間・高級管理職はもとより社員の労働時間を減らすことではなく、福祉向上による能率アップの公式に従い、よりよい条件でバシバシ働いてもらうことにある。この黄金の鳥かごは、夢を見させてくれる。ビジネス雑誌が定期的に掲載する「働きやすい会社」として近ごろ最も人気が高いのは、昔ながらのメリット(給料の高さ、福利厚生、キャリアプラン、終身雇用保障)を提示する会社ではなく、「楽しい雰囲気」づくりに成功した会社なのだ。フォーチュン誌の最近の調査では、そのために必要な条件として、使命感、心をつかむリーダーシップ、「キャンパス」の充実の三つを挙げている(5)

 この三つは、ダラス・バプティスト大学で経営学を教えるデイヴ・アーノット教授によれば、献身、カリスマ教祖、コミュニティからの隔離という新興宗教の三つの主要な特徴に対応する。有能社員に人気の各社の内部で、何がそこまで彼らを駆り立てているかといえば、すばらしい大冒険(未来の建設、世界の改革)という意識、そして90年代の熾烈な競争で高まった聖戦ムード(ライバルの打破、政府の打破、旧弊の打破)である。報酬アップは付け足しにすぎない。よく言われるように「金の問題ではなく、将来の問題(6)」なのだ。だから勤務時間を計算したりはしない。利得は固定給ではなく、重力の法則に逆らうような「ニューエコノミー」独特のストックオプションの急騰によって与えられる(7)

仕事と家庭の「インテグレーション」

 こうした献身的な姿勢は、ボスへの崇拝によってさらに強化される。スティーヴ・ジョブズ(アップル)、ビル・ゲイツ(マイクロソフト)、ラリー・エリソン(オラクル)、ジャック・ウェルチ(ゼネラル・エレクトリック)、ハーブ・ケレハー(サウスウエスト航空)といった経営者は、そのカリスマ(ギリシャ語で「恩寵」の意)ゆえに社員の畏敬を集め、その身辺や言動、快挙は一般人にとっても注目の的だ(8)。コミュニティからの隔離という特徴は、企業が社員の世話を焼き、物理的、精神的な快適さを提供することで実現される。社員はもはやキャンパスを離れる口実を持たず(眠る時だけはたぶん別)、外の世界と接する必要もない。新しい技術(磁気カード、監視カメラ、携帯電話、電子メールなど)のおかげで、彼らは「電子のひも」を付けられて、いつでもどこでも捕捉可能な状態に置かれている。

 今後は社員に50%の能率アップを求めていくと発表したシスコ(9)の人事部長、バーバラ・ベックによれば、いまや仕事と家庭のバランスではなく、両者の「インテグレーション」を考えるべきなのだという。個人の領域と仕事の領域の融合は、社員間の「関係づくり」で知られるサウスウエスト航空ではさらに際立っている。同社には821組もの社内カップルがいて、出会いを求める独身者のためのクラブまである(10)。問題は言うまでもなく、この社会契約が一方通行だということだ。社員は身も心も捧げるが、会社は非情である。人員の削減ないし合理化の際には、一瞬のうちに社員から雇用を奪い、家族やコミュニティを奪い去る。

 新興宗教の場合と同じく、研修セミナー、修養会、全体ミーティングといった恒常的な教化を通じて、仲間内の価値観が注入され、威勢のよい掛け声が浸透し、批判精神が弱められていく。会社の社訓(使命、目的)が教理問答のように復唱され、スポーツや軍隊を思わせる歌やスローガンが熱っぽく叫ばれる。会社のロゴを身に付けるといった服装に至るまで、あらゆるものが会社への献身を示している。

 スポーツシューズの大手ナイキでは、あの有名なロゴのタトゥーをくるぶしに入れるのがセンスのいいこととされている。どこから出てきたのかわからない怪しげな理論武装のもと、きわめて奇妙な慣行も広がっている。相互の協調を促し、仲間意識を養うためにという理由で、指導員やまとめ役、「コーチ」を名乗る者たちが、「自分自身でいるための方法」を手ほどきに来る。社員たちは、テレビのトークショー(や新興宗教)のように、心の秘密を打ち明けるようにと促される。

 社内をいつも幸せな空気で満たすための方法として、ヘルス・ケア・アンド・リタイアメント・コーポレーションでは抱擁(hugs)の大切さを説き、11時間の抱擁セミナーの受講を社員に義務付けた。同社の人事部長ハーレイ・キングは、「人間には日に8回から10回、少なくとも4回の抱擁が必要だ」と言う。ただし、セクハラだとされないために、二つの制約が課せられる。あらかじめ許可を求めることと、魅力的な人だけに相手を限定しないことだ。

 働きすぎの時代を後押ししているのが、ある種の人事革命である。雇用不安と労働負担の増大と並行して、個人の自由や個性の発揮がさかんに強調されるようになった。購買力が低い従業員も、この新しい言い方によれば「心理的な所得」を得ることになる。購買力の低迷を肩書きの氾濫が補っているわけだ。

自主的に、勤務時間外に、経費は自己負担で

 ファーストフードの分野では、ほとんど誰もが「マネージャー」に就いている。さらに模範的なのが流通大手ウォルマートの改革だ。ここでは大半が法定最低賃金しか受け取っていないにもかかわらず、全従業員が「アソシエート(共同事業者)」を名乗る。年金基金を通じて会社の持分(ごくごくわずか)を保有しているという意味なら、確かにそうかもしれない。同じ発想から、実権が一部の者に集中するほど、「責任付与」(empowerment)という考え方が広まっていく。

 2000年末まで、企業は株式市場の好況に押され、競い合ってコスト削減や「責任付与」、あるいは「アソシエート」の個性の鼓舞に努めた。なかでも大胆な労使関係の改革を試みたのがバンク・オブ・アメリカである。同行は1999年12月、今後数カ月で約1万人の雇用削減を行うと発表した後に、自動現金預入払出機(ATM)との「養子縁組」を奨励するパンフレットを行員に配布した。そこで呼びかけられたのは、各自が自主的に、勤務時間外に、経費は自己負担で、都市部や農村部のATMを一台選んで毎週世話をするということだった。パンフレットは、どうやって「君のATMを成功に導くか」を説明する。例えば「ごみを集める」「電球を取り替える」「下草を刈る」といったことだ。このプログラムには、ニューエコノミー独特の「ウィンウィン」(全員が勝者)という気概がみなぎっている。つまり、顧客はぴかぴかのATMを利用でき、行員は愛情と誇りをもって(金勘定にとらわれず)仕事を達成でき、株主は利益を得られるようになるはずだった。

 しかし、カリフォルニア州労働局は、バンク・オブ・アメリカの労働法解釈はいささか「単純素朴」にすぎると考え、行員に対して清掃作業の費用(養子とされたATMまでの交通費込み)を払い、清掃や園芸の用品を支給すべきであると指摘した。同行はこれに驚き、「何もわかっていない」公権力が社内問題に首を突っ込むことに苛立った。そして、この改革的な取り組みの狙いがコスト削減、あるいは雇用を盾にした脅迫にあるなどとは言いがかりも甚だしいと述べ、監視カメラを使って自主作業者の働きぶりをチェックするようなつもりは毛頭ないと明言した。「養子縁組プログラム」の狙いは、あくまで現場の「士気の昂揚」と「仲間意識」の促進なのである(11)

 この当時は、インターネットの爆発的な普及により、度を超えた仕事への熱中が頂点に達していた。人々は息が切れるまで、それでも喜々として働いていた。一部のベンチャー企業では、最も意欲あふれる者たちが、オフィスで寝ることを誇りにしていた。愉快でにぎやかな職場でこなす仕事なら、16時間や18時間かかろうと一向に苦にならない。気晴らしはいつでも手の届くところにあった。テーブルサッカー、バスケットボール、フリスビーといったゲームや遊び道具はインテリアの一部を成す。陽気な雰囲気づくりは絶対不可欠で、あらゆることが「パーティをやる」口実になった。参加は同僚に限り、祝賀会に送別会、金曜夜はもちろん飲み会に繰り出した。

 ハイテク銘柄が暴落し、それに景気後退の始まりが追い討ちをかけ、冒険感覚は消え失せたが、それを鼓舞した精神は今なお健在である。大量解雇があれば、それを口実にして「ピンクスリップ(解雇通知)パーティ」が催され、新たに生まれた失業者と採用担当者が一堂に会す。ただし後者の人数は、目下のところ着実に減っている。

(1) The Washington Post, 4 September 2001.
(2) ダニエル・ベル『脱工業社会の到来』(内田忠夫・嘉治元郎ほか訳、ダイヤモンド社、1975年)
(3) マーク・ハンター「時短など夢の夢のアメリカ社会」(マニエール・ド・ヴォワール53号)、ジュリエット・B・ショア『浪費するアメリカ人』(森岡孝二監訳、岩波書店、2000年)参照。
(4) Arlie Hochschild, The Time Bind : When Work Becomes Home and Home Becomes Work, Metropolitan Books, New York, 1998.
(5) Fortune, New York,12 January 1998.
(6) アメリカの最も有名なベンチャー投資家、ジョン・ドエルが映画『シリコンバレーの秘密』(2001年)の中で述べた言葉。
(7) 「大恐慌前夜を思い出させる株式相場」(ル・モンド・ディプロマティーク1999年10月号)参照。
(8) アラン・デウッチマン『スティーブ・ジョブズの再臨』(大谷和利訳、毎日コミュニケーションズ、2001年)、マイク・ウィルソン『カリスマ』(朽木ゆり子・椋田直子訳、ソフトバンク、1998年)、ジャック・ウェルチ、ジョン・A・バーン『ジャック・ウェルチわが経営』(宮本喜一訳、日本経済新聞社、2001年)参照。
(9) The Wall Street Journal, 30 November 2001.
(10) Fortune, 10 January 2000.
(11) See The San Francisco Examiner, 23 December 1999 and The San Francisco Chronicle, 23 December 1999.


(2002年3月号)

All rights reserved, 2002, Le Monde diplomatique + Watanabe Yukiko + Saito Kagumi

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