世界の新たな相貌

イニャシオ・ラモネ(Ignacio Ramonet)
ル・モンド・ディプロマティーク編集総長

訳・渡部由紀子

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 9月11日の事件からほぼ3カ月が経った。今こそ、あの事件がどのように世界の地政学的状況を変え、人々の生活に影響を与えたかについて、最初の総括をすべき時である。1989年11月9日にベルリンの壁崩壊によって始まった時代は終わり、新たな歴史が幕を開けたことに異論の余地はない。

 すべてはあの運命の火曜日に、新たな兵器が出現したことによって始まった。燃料を満載し、破壊ミサイルと化した定期便の飛行機。その時まで未知のものだった、この怪物的な焼夷弾は、米国に不意打ちの攻撃を加え、同時に複数個が激突した。その衝撃はあまりに激しく、世界を文字通り揺さぶることになる。

 テロリズムの概念そのものが一変した。すぐさま、もはやこれまでとは違うという意味をこめて、「ハイパーテロリズム(1)」なる言葉が登場した。思考を絶し、想像を絶する一線が越えられてしまったのだ。常軌を逸した、過去に類例のない侵攻だった。いったい何と呼べばいのだろう。襲撃か?攻撃か?戦争行為か? 暴力の極限が塗り替えられてしまったようだ。もはや後戻りはできまい。われわれの誰もが、9月11日の凶行は発端であって、今後も起こり得ることを知っている(2)。たぶん別の場所で、状況もきっと違うだろうが、再び繰り返されるだろう。紛争の歴史が教えるように、どんなに恐ろしい威力をもつものであっても、新たな兵器はいったん登場すれば必ずまた使われる。毒ガス兵器の使用が1918年だけでなく、都市への空爆が1937年のゲルニカだけでなかったことを見てもわかる。ヒロシマから56年を経た今なお核の恐怖が維持されている根底にも、まさしく再び使われることへの懸念がある。

 9月11日の攻撃は、その首謀者たちの並外れた残忍さと、ずば抜けた洞察を示すものであった。彼らが望んだのは叩きのめすこと、核心を叩き、人々の精神を叩きのめすことだった。そして、少なくとも三重の効果を狙った。物理的損害、象徴的インパクト、そしてメディアを通じた大規模な衝撃である。

 結果は周知の通りである。約4000人の人命(3)、世界貿易センターの二つのビル、米国防総省の一翼が失われた。4機目の飛行機がペンシルヴァニアに墜落していなければ、おそらくホワイトハウスも被害を受けただろう。しかし、こうした破壊行為が彼らの主要目的でなかったことは明らかである。破壊だけが目的ならば、たとえば原子力発電所やダムに狙いを定め、死者数十万人の大惨事を引き起こしていたはずだ(4)

 第二の目的は米国の権威、その帝国主義的な覇権の経済的(世界貿易センター)、軍事的(国防総省)、政治的(ホワイトハウス)な象徴を貶め、辱め、足蹴にすることにより、人々の心の中に打撃を加えることであった。

 この二つほど注目されていない第三の狙いはメディアである。攻撃の指導者と目されるウサマ・ビン・ラディン氏は、いわばテレビ上のクーデタによりブラウン管を占拠し、そこに自らのイメージ、彼の手による破壊の光景を映し出させようと目論んだのだ。こうして彼は、米国政権の鼻を明かし(5)、米国の(さらには全世界の)テレビ画面を手中に収めた。そして、米国の異様なもろさを暴き出し、己の忌まわしい力を視聴者に見せつけ、自ら振り付けた犯罪を上演して見せた

「救世主」のテロリズム

 こうした自己陶酔は、事件発生当初にメディアを占領したもう一つの映像によって完成された。それはビン・ラディン氏本人の映像だ。アフガニスタンの洞穴をバックにした、奇妙なまでに穏やかな目をした男の自画像。この映像が、9月11日までほとんど世に知られていなかった男を、一夜にして、世界で最も有名な人物に変貌させた。

 地球規模のハイテク装置により、リアルタイムの映像を全世界に送信できるようになって以来、「メディア的な救世主信仰」の出現する条件が出揃ったことは明らかだった。とりわけダイアナ妃の事件は、メディアの数が大きく増えたとはいえ、その中身がかつてないほど統一され、画一化されていることをわれわれに教えた。それらがことごとく、いつの日か電子的預言者とでもいうべき者によって利用されることは、あの時から十分に考えられた(6)

 ビン・ラディン氏は、その第一号である。彼は9月11日の侵攻を機として、世界中のテレビに登場するようになり、世界規模でメッセージを発することができた。ある者にとっては悪事の天才、あるいは現代のマブゼ博士(7)だが、世界中の多くの人々、とりわけアラブ‐ムスリム諸国の人々からは英雄のように見られた。いや、英雄どころか救世主、「人類を悪から解き放つために、神に見出され遣わされし者」なのだ。

 そして彼は、この目的のためには、いかに逆説的に見えようと、新しいタイプのテロリズムを編み出すことも辞さない(8)。誰しも理解しているように、これからはグローバルなテロリズムが相手となる。それは組織もグローバルだが、その及ぶ範囲や標的もグローバルである。彼はまた、明確な要求を何もしていない。ある領土の独立も、具体的な政治的譲歩も、特定の体制の樹立も要求していない。9月11日の侵攻でさえ、公式の犯行声明は今なお出されていない。この新たな形をとったテロは、米国や広くは西側諸国の「行動全般」に対する一種の罰や報いとして示されているが、具体的な行動が特定されているわけではない。

 のちに取り消したとはいえ「十字軍」という言葉を使ったブッシュ大統領と同様に、ビン・ラディン氏も、この対立を文明間の衝突、さらには宗教戦争という言葉で言い表した。ビン・ラディン氏は断言する。「世界は二つの陣営に分裂した。一方は、不信心者の長であるブッシュが言うところの、十字架の旗の下に集まる陣営、もう一方はイスラムの旗の下に集まる陣営だ(9)

 自国領土では初めて(10)、しかも本土という聖域で、多大な人命を奪う攻撃を受けた米国は、反撃を決断し、国際政治の様相を一変させた。世界は当初、米国の性急で衝動的な逆襲を懸念し、息を潜めていた。しかし、米国政府内で最も明敏なところを示したパウエル国務長官の采配の下(11)、米国は冷静さを保つことができた。そして、国際社会の同情と、ほとんどすべての国の政府が(イラクを顕著な例外として)表明した連帯意識を利用して、その世界的覇権を強化するに至った。

 われわれはすでに1991年12月のソ連消滅以来、米国が唯一の超大国であることを知っていた。しかし、ロシア、中国、また独自の流儀でフランスなど、それを認めようとしない強情な国もちらほらあった。9月11日の事件はこの迷いを一掃した。ロシア、中国、フランスをはじめ、多くの政府が、はっきりと米国の優位を認めた。フランスのシラク大統領を一番乗りとして、多くの国の首脳が大急ぎでワシントンを公式訪問して哀悼の意を表した。それらは実質的には無条件の忠誠の誓いだった。どの国も、腹芸をしている場合ではないことを理解していた。ブッシュ大統領は、「われわれの側に付かないのは、テロリストに味方することだ」と警告し、この非常時に手をこまねいている国は、すべて記憶にとどめておくと付け加えた。

米国の圧倒的優位

 ひとたび、国際連合や北大西洋条約機構(NATO)を含む全世界的な忠誠が確認されると、米国政府は尊大な姿勢で、つまり、同盟諸国の提言や希望を一切考慮せずに行動した。この同盟は、なりゆきに従って動く。常にワシントンがパートナーを選び、その国の遂行すべき任務を一方的に決め、裁量の余地はまったく与えない。ある米国人アナリストは次のように指摘する。「この戦争へのヨーロッパの参加は、唯一の権威を明確に受け入れることを前提とした一方通行の上に成り立っている。つまり、米国の指揮権である(12)

 軍事の分野だけではない。情報戦という「見えない戦争」でも、50カ国以上の情報局が米中央情報局(CIA)と連邦捜査局(FBI)の指揮下に服している。すでに全世界で360人以上の容疑者が、アル・カイダやビン・ラディン氏とかかわりを持っているとして、逮捕され、告発されている(13)

 米国の優位はこれまでも強力だったが、今や圧倒的である。その他の西側の強国は(フランス、ドイツ、日本、イタリア、さらに英国ですら)、それに比べればはるかに小さな存在に見える。米国は9月11日の翌日ただちに、その強烈な威嚇力をこのうえもなく鮮やかに見せつけた。

 ビン・ラディン氏は、9月9日にアフガニスタンで北部同盟の軍事的指導者、マスード司令官を暗殺させたことにより、襲撃の後に米国政府が利用し得る決定的な切り札を排除したものと思っていた。米国はもはや北部同盟を当てにすることはできまい。もしワシントンが、あくまで北部同盟を利用して自分の後ろ盾であるタリバン政権を倒そうとしても、その行く手には、1億5000万の人口を抱え、核兵器を持つ厄介な軍事大国、パキスタンが控えている。ビン・ラディン氏の考えでは、イスラマバードがタリバン体制の崩壊を認めることはあり得ない。パキスタンがついにアフガニスタンを手なずけ、事実上の保護領にするという歴史的な野望を実現させたのは、タリバン体制が確立されたおかげだったからだ。

 北方のロシアもまた、ブッシュ大統領が重視するミサイル防衛構想をめぐる深刻な対立から、関係の冷え込んだ米国に協力はしないだろうし、中央アジアの同盟国、ウズベキスタンやタジキスタンで便宜を図るとも思えない。この常識にかなった読みに従えば、米国は9月11日以降、はるか遠くから巡航ミサイルを使って爆撃するしかないはずだ。それは派手な反撃にはなるだろうが、実質的な影響は被らずにすむだろう。

 ビン・ラディン氏の読みが完全に間違っていたことは、その後の経過が示す通りである。24時間も経たないうちに、米国を支援するか、それともカシミール紛争やインドとの対立、核兵器保有のような戦略的重要分野で相当のリスクを背負うかを迫られたパキスタン軍最高司令部は、躊躇しなかった。周知の通り、アフガニスタンを犠牲にしたのだ。

 ロシアもまた、一秒たりとも迷わなかった。9月11日、ブッシュ大統領に真っ先に連絡を取り、連帯の意を表明したのはプーチン大統領である。中央アジアでの連帯を深めたあまり、国軍内部が動揺するほどだった。今やロシアのNATO加盟さえ取り沙汰されている(14)

 ロシア政府のこの軌道修正は、もはや世界中を見回しても、米国に拮抗し得るような軍事同盟のできる余地がないことを意味している。米国の軍事的支配は今や絶対的である。つまり、米国が10月7日以降、アフガニスタンに科した昼夜を問わぬ空爆という「処罰」は、世界中のすべての国に対する恐るべき警告である。米国に刃向かう者は、一つの同盟国もなく単独で米国と向き合うことになり、空爆にさらされて、石器時代に逆戻りさせられるということだ。イラク、イラン、シリア、イエメン、スーダン、北朝鮮といった具合に、米国の新聞には次の「標的」となりそうな国が公然と列挙されている。

国家形態の変貌

 9月11日後のもう一つの教訓は、グローバリゼーションが続行し、現代世界の主要な特徴となりつつあるということだ。しかし、目下の危機が、そのもろさを明るみに出した。米国はこの観点から、いわばグローバリゼーションの安全保障装置の設置が急務だと主張する。ロシアの同盟への合流、中国の世界貿易機関(WTO)加入、そして、世界各地で自由と民主主義の縮小をもたらしている世界的テロ対策という名目(15)を並べてみると、この地球規模の安全保障装置が速やかに設置され、おそらくは新しいNATOに委ねられるための条件は、すでに整ったように思われる(16)

 しかし、9月11日の責任の一端は、自由主義グローバリゼーションにもあるという声も聞こえてくる。それは一つには、グローバリゼーションが不公正、不平等、そして貧困を地球規模で増大させてきたからだ(17)。こうして、絶望と恨みを募らせた多数の人々が、今や反乱を起こすか、あるいはアラブ‐ムスリム世界ならば(アル・カイダのような)極限の暴力に訴えるイスラム過激派グループに集結しようという状況にあるのだ。

 グローバリゼーションは、国家を弱体化させ、政治の価値を切り下げ、規制を解体することにより、緩やかで、階級や上下がない、ネットワーク状の組織の発展を促してきた。たとえば多国籍企業もNGOも、この新しい流れに乗って伸びてきた。しかし、同じ条件下で、こうして開放された空間をやりたい放題に利用することで、有害無益な組織も同じように増えている。マフィアや犯罪ネットワーク、ありとあらゆる暗黒組織、新興宗教やテロリストグループなどがそうだ(18)

 アル・カイダはこの点で、多国間にまたがる活動組織、資金調達網、報道通信関係のコネクション、物資調達ルート、人道的活動の看板、プロパガンダの伝達網、支部や孫支部など、グローバリゼーションの時代に完璧に適応した組織である。

 世界史上には、都市国家(アテネ、ヴェネツィア)、地域国家(封建時代)、国民国家(19世紀および20世紀)が存在した。しかし、われわれは今、グローバリゼーションの中で、ネットワーク国家、さらにはビン・ラディン氏を最初の典型例とする個人国家の出現を目にしている。それでも当面は、ヤドカリが空っぽの貝殻を必要とするように、彼も空っぽの国家(かつてはソマリア、現在はアフガニスタン)を必要としており、その中に入り込んで、その国家をまるごと自らの野望に従えようとするだろう。

 グローバリゼーションがそれを助長する。明日には企業国家が生み出されるだろう。そして、ビン・ラディン氏と同じような手口で、中身がなく空っぽで、組織の体をなさず、無秩序に蝕まれた国家の中に入り込み、思うがままに利用するようになる。この点でも、ビン・ラディン氏は、いわば恐るべき先駆者であったのかもしれない。

(1) フランソワ・エスブール『ハイパーテロリズム−新しい戦争』(オディール・ジャコブ社、パリ、2001年)およびパスカル・ボニファス『明日の戦争』(ソイユ社、パリ、2001年)参照。
(2) 9月11日の事件後もなお、エアバスのスーパージャンボ機の開発を続けることが理にかなっているのかを考えてみるべきだろう。この巨大な飛行機は、環境面からすれば噴飯ものであり、狂ったパイロットの手にかかれば、とんでもない兵器となることは目に見えている。
(3) その後、2001年12月中旬の当局発表では犠牲者総数は3000人前後とされる。[訳註]
(4) われわれは今回、原子力発電所もダムも飛行機爆弾に耐えられるようにはできていないことも学習した。
(5) 米国政府はただちに事の重大をさとり、(われわれの見解では不器用に)反撃を試みた。あの侵攻の首謀者に、米国のもろさの最も悲劇的な側面を眺める楽しみを提供しないため、犠牲者の遺体の報道を禁止したのだ。
(6) 『コミュニケーションの横暴』(フォリオ・アクチュエル文庫92、ガリマール社・ガリレ社、パリ、2001年)の特に「メディア的な救世主信仰」の章を参照。
(7) フリッツ・ラングの映画に出てくる稀代の犯罪者。[訳註]
(8) ジャン・ボードリヤール「テロリズムの精神」(ル・モンド 2001年11月3日付)
(9) ル・モンド 2001年11月3日付
(10) ハワイにある真珠湾は、1941年12月7日の時点ではまだ米国の植民地であった。
(11) ポール=マリー・ドゥラゴルス「アメリカの戦略の成否」(ル・モンド・ディプロマティーク 2001年11月号)
(12) International Herald Tribune, Paris, 21 November 2001.
(13) International Herald Tribune, Paris, 24 November 2001.
(14) Ibid.
(15) フライムート・ドゥーヴェ氏は「9月11日の後、米国およびヨーロッパで法治国家は一時的に停止した」と述べた(ル・モンド2001年11月7日付)。また下記も参照。Patti Waldmeir and Brian Groom, << In liberty's name >>, Financial Times, London, 21 November 2001.
(16) International Herald Tribune, Paris, 21 November 2001.
(17) とりわけアナン国連事務総長のインタビュー(ル・フィガロ紙2001年11月5日付)を参照。Financial Times, London, 21 November 2001 ; El Pais, Madrid, 19 November 2001 および、本年度ノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・E・スティグリッツのインタビュー(ル・モンド 2001年11月6日付)も併せて参照。
(18) 『混沌の地政学』(フォリオ・アクチュエル文庫67、ガリマール社・ガリレ社、パリ、2000年)参照。


(2001年12月号)

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