ペンテコステ派という繁栄の神学

アンドレ・コルタン(Andre Corten)
政治学者、ラテンアメリカ政治的想像界研究グループ、モントリオール

訳・北浦春香

line
 諸々の制度や政治構造が危機に陥っている中で、人々の帰属意識や従来の価値基準が崩壊しつつある。ほどけていく経済と社会の編み目の隙間を埋めるかのように、新興宗教が隆盛を極める。しかしそれらをめぐっては、様々な議論が入り乱れているのが現状だ。ラテンアメリカやアフリカに広がっているペンテコステ派とその保守的な神学は、確かに米国から好意的に見られ後押しされている。だが、たとえ支配的イデオロギーの再生産を導いているのだとしても、この教会が大衆の文化を反映していることもまた事実である。[訳出]

line

 神の国ユニバーサル教会があれほど人々の耳目を集めたのは初めてだった。さる1995年10月12日、ブラジルの守護聖人の日に、このプロテスタント教会の牧師が同国最大のテレビ局で、カトリック教会がいかに偶像崇拝に堕しているかを信者に解説するために、ノッサ・セニョーラ・アパレシーダ(顕現の聖母像)に暴行を加える様子が放映された。牧師はこれを通じて、政教分離を掲げた国家の宗教的傾斜を告発することも意図していた。当時、ブラジル人の多くは神の国ユニバーサル教会など気にも留めず、このセンセーショナルな行為に怒りを覚えた。その一方で、このブラジル色の強い教会が世界に広がっていることを、心の中で誇りに思う人々も少なくなかった。

 ユニバーサル教会は世界70カ国のどこでも同じメッセージを発している。「苦しむことをやめよ」。フランス議会(1995年)(1)やベルギー議会(1997年)の新興宗教調査委員会に目を付けられ、ことにベルギーでは「様々なセックス・スキャンダルの舞台」と言われた同じ教会が、ラテンアメリカやアフリカでは、かつてない勢いでその勢力を拡大しているのである。

 貧困にうちのめされた町、コンゴ(旧ザイール)の首都キンシャサでも、ペンテコステ派はすさまじい勢いを見せている。「イエス様、イエス様!」恍惚状態の信者たちが、教会の床を転げ回るようにして叫ぶ。これを煽りたてるのが、「神の詐欺師」とも呼ばれるカリスマ牧師たちだ(2)。こうした牧師たちは、当地における説教の一節を引用すれば「失望、鬱状態、不信感に悩まされている者たちを陥れた呪術」を暴き出し、空腹や病や窮屈な家を忘れさせる。彼らは信者に「奇跡の繁栄」の夢を見せる。この教会は町中に入り込み、夜になるとここかしこを歌声や叫びで満たすだけでなく、テレビやビデオ、さらにはインターネットを通じて浸透しつつある。「もし厳しい措置をとらずに10年も放置すれば、コンゴという国は堕落した人間、あるいは精神を病んだ人間の集まりになってしまうだろう」と、キンシャサ・カトリック大学学長のムウェゼ教授は語る(3)

 カトリック教会が恐れているのは、「アジアとアフリカにおけるイスラム急進派の拡大」だけでなく、「第三世界の大都市における、福音諸派や様々な新興宗教、それにとどまるところを知らない『ペンテコステ派』との熾烈な競争(4)」である。他方、あるプロテスタント系の神学者(5)はこう問いかける。「ペンテコステ派こそ第三世界におけるキリスト教の未来なのではないか」と。ともあれ、アフリカやラテンアメリカでは、改宗者があとを絶たない。様々な名前を冠した教団が次々に現れる。アッセンブリー・オブ・ゴッドやチャーチ・オブ・ゴッドなど知名度の高いものもあるが、その他にも「神は愛なり」「生ける教会」「シオンの聖堂」「勝利の教会」などそれほど知られていないものもある。これらの教団は「ペンテコステ派」を名乗ることはめったになく、むしろ「福音派」と呼ばれている(6)

 ペンテコステ派とはどういったものなのだろうか。教義上の特徴としては(制度化された教会と比べて特に異端というわけでなく)、新約聖書の使徒行伝に書かれているような聖霊の賜物、例えば「異言」(神を讃えようとするもので、聞いても理解できない言語表現)、癒し、預言、悪霊払いといったものが実際に存在すると考えていることが挙げられる。

 この覚醒運動は、プロテスタントをルーツとして、米国や南アフリカ、ブラジルやチリの黒人教会誕生とほぼ同時期、20世紀初頭に生まれ、1980年代から本格的に広がりはじめた。シオン教会(7)や使徒教会を含めれば、南アフリカの人口の半数がこれらの諸派に属することになる。今から20年前には、4分の1ほどにすぎなかったのにである。チリやグアテマラといった国では、人口の15%から25%が信者である。こうした新しい宣教を受け入れた人々の数は、アフリカとラテンアメリカを合わせて1億人を超えると見られる。

 一般的な見方からすれば、熱心に宣教を行い、信者にも深い関与を求める点において、これは「新興宗教」にあたる。ところが、この運動は、新興宗教の特徴となる他のいくつかの基準(特に超少数派であるという点)に合致しないのだ。というのも、社会学的観点から見れば、そこでは排他主義が標榜されておらず(「教会の外に救いはない」という決まり文句はあてはまらず、「イエスへの回心」が重視される)、現実社会から距離を置けと説かれることも少なくなっているからである(8)

 ともあれ、この運動がすさまじい勢いで勢力を拡大していることは、新たな教団が国境を越えて(ケニヤ、ウガンダ、コンゴ、ルワンダ、ブルンジ、タンザニアあるいはブラジル、ベネズエラ、ウルグアイ、アルゼンチン)次から次へと設立されていることを見てもわかる。さらに驚くべきは、その画一性である。ルワンダ、ジンバブエ、コートジヴォワール、ボリビア、ブラジル、グアテマラ、ハイチといった国々の新興宗教集団が、互いにこれほど似通っていることをどうやって説明できるのか。これはグローバリゼーションの影響なのだろうか、それともグローバリゼーションの一環なのだろうか(9)

「米国政府援助」説

 1980年代末まで、これらの宗派はカトリックの世界では「新興宗教」と断定されており、その爆発的増加を説明する方法は一通りしかなかった。そこで引かれるのは「1969年のロックフェラー報告」やレーガン米国大統領の思想基盤となった1980年の「サンタフェ文書」だった。つまり、カトリック教会内部へのマルクス主義勢力の浸透、そして解放の神学の持つ危険性が問題となっていたのである。さらに、カトリック教会の上層部もこれを憂慮していた。カトリック系のルーヴァン大学(ベルギー)は1969年の時点で、CIA(米国中央情報局)の密かな協力の下、キリスト教開発倫理センターを設け、一部は同大自身が輩出したラテンアメリカの解放の神学者たちを抑え込もうと試みた。

 いずれにせよ、解放の神学の大衆的な影響力に対抗するために、これらの報告書が示唆した戦略は、なかでも拡大途上の福音派勢力へのてこ入れを重視するものであった。そこからすれば、ペンテコステ派が米国帝国主義の「霊的部門」だという根強い見方に一理あると言えなくもない。

 1990年に2冊の本が評判となった。一つは批判精神に満ちた米国の研究者デイヴィッド・ストールのもの(10)、もう一つは英国の著名な宗教社会学者デイヴィッド・マーティンのもの(11)であり、そうした単純な見方に終止符を打つ内容を持っていた。福音派運動の発展が米国文化の普及に寄与し、ヨーロッパ色の強いカトリックの影響力を抑えるという点で、米国政府から好意的に見られていたことが事実であるとしても、そうした運動の驚くべき勢力拡大が米国の資金によるものだという証拠はどこにもない。多額の(少なくともカトリックの様々な宗派が受けているものよりも多額の)資金援助を受けているという説についても同様である。

 実際には、これらの教団の多くは自律的である。神の国ユニバーサル教会の勢力拡大は、資金の流れる方向という点で強力な反証となっている。この場合、貧しいブラジルの資金によって(北側諸国を含む)世界全大陸への進出が果たされているのだ。

 「霊的部門」説のさらに強力な論拠とされているのは、信仰スタイルと教義が米国モデルとまったく同様であることだ。アフリカやラテンアメリカの隅々で、これら諸派は大規模な十字軍となってスタジアムで集会を開き、膨大な数の信者や見物人を引き寄せる。「神癒」を見せるテレビ番組が時には24時間体制で流されて、大衆に浸透していく。米国でベストセラーになった宗教本の翻訳は、どんな小さな村でも福音派の書店で手に入れることができる。これらの活動はどれもジミー・スワガート、パット・ロバートソン、ケネス・コープランド、ラインハルト・ボンケ、チョー・ヨンギといった著名なテレビ宣教師の名前と結び付いている。米国の宣教師の中にはキリスト教連合の幹部として大統領の取巻きとなった者もいる。

 他方、ペンテコステ派と南アフリカの極右との類似性を示したポール・ギフォード(12)が解説するように、ペンテコステ派の教義の一部は(程度の差こそあれ)米国にそのルーツを求めることができるという。神は貧困を喜ばない(豊かになることは罪ではない)とする繁栄の神学、我々の心身や国から悪魔を追い払わなくてはいけないという解放と霊の戦いの神学、あるいはギフォードの用語によればキリスト教シオニズム(註(7)を参照)などがこれにあてはまる。

 アフリカでもラテンアメリカでも、説教で繰り返しイスラエルを語ることや、信者に対してイスラム教徒のメッカ巡礼のようにエルサレムへの巡礼を勧めることは、こうした見方を裏付けるものである。千年王国説を思わせるこの霊の戦いは、時に思いがけない形で立ち現れる。コスタリカでは、ペンテコステ派のあるスター宣教師が飛行機に乗り込み、「ニカラグア国境からパナマ国境まで、プアンタレナスからリモンまで、6キロごとに聖油を撒いた」。その目的は「福音伝道を容易にするために国土を解放する」ということであった(13)

幻を見ているのは誰か

 従来のペンテコステ派や「ネオ・ペンテコステ派」と呼ばれる新しいペンテコステ派、それに同種の教会は、「貧しい人々」を市場の要求に適応させようとしている点において、米国帝国主義だけでなく勝ち誇るネオ・リベラリズムの「霊的部門」となっているのだろうか。集団としての労働者階級ではなく個々人(一般的には貧しい人々)に向け、世界的な布教の成功を告げる「語りの装置」を通じて、これらの宗派はまぎれもなく構造調整プログラムの衝撃を和らげる働きをしている。改宗者に与えられるのは、まさに世界銀行が望んでいるもの、つまり女性と男性へのエンパワーメント(権限付与)であり、自己を信じ、逆境を乗り越えることができると信じる力である。こうして社会から排除された人々が、押し潰されることはない、「再起」しなければいけないと感じるようになるのだ。

 信者は信仰心で満たされ陶然となっているため、ネオ・リベラリズムが押し付ける種々の新たな試練を抵抗なく受け入れる。その果てには、四輪駆動車を乗り回す宣教師のように、またたく間に豊かになれることが約束されている。与えなさい、そうすれば神は100倍にして返して下さるだろう!

 新たな「人民の阿片」だろうか。マルクスの著名な一節の冒頭を思い起こしておこう。「宗教は追いつめられた生きものの溜息であり、非情な世界の情であるとともに、霊なき状態の霊でもある」。こうした見方からすれば、従来のカトリックやプロテスタントは、ここ数世紀の間に合理性の道を辿り、魅惑することをやめ、マルセル・ゴーシェのいわゆる「宗教からの脱出」へと向かったため、もはやほとんど情や慰めを与えてくれはしない。しかし逆に、現代世界では新たに宗教的なものが求められ、感動、聖性(なかでも畏怖すべき力の現前)、参加が渇望されているのだ。ペンテコステ派はラテンアメリカでは、19世紀に広まっていた大衆的な崇拝や神秘主義を再び取り入れている。カトリック教会は1860-70年代頃から「ローマ化」と呼ばれる方法によって、こうした「異教的」な民間信仰を枠にはめようとしてきた。

 アフリカでは、ペンテコステ派は預言と結び付いた。預言とは開放でもあり、抵抗でもある。ますます合理的で「バーチャル」になる世界の中で、追いつめられた人々は情を求め、一体感を求めている。そして、自分を苦しめている悪の残忍さを説明してくれる劇場を探し求め、そこに聖なる感覚を見出そうとする。それは幸福の幻だろうか。彼らの多くは、自分たちをさらに苦しめることにしかならない革命を約束し、その責任を負うべき人々こそ、幻を見ているのだと確信している。

 ペンテコステ派の「語りの装置」は個人に向けられ、社会階層を対象とはしない。男も女も一人一人が分断されていると同時に、すべてがすべての中にあるという全体論的な世界に生きている。霊媒的な文化に浸かり(信者は霊の現前を信じている)、自然や共同体との一体感を感じ続け、共同体が解体すればそれを再生しようとする。このような全体論が何よりもよく表れているのが、「神癒」と呼ばれるものである。「神癒」とは、一人一人の自分の身体、他人との関わり、霊的な求めに対する新しいアプローチであり、単なる身体状態の変化ではなく再生なのである。それは「新生」(born again)を通して得られ、これにより個人が自分自身を取り戻すだけでなく、共同体も内部の調和を得る。南アフリカの場合、限界に達しようとしている経済的不平等の問題が手つかずのままであるとしても、現地のキリスト教特有の「癒し」の考えを通じて新しい社会への移行が達成されたと言える。

アイデンティティーの形

 ペンテコステ派に対し、知識人は苛立ちを見せる。知識人にとって、こうした神秘主義はグロテスクな仕草にすぎず、信者は単におめでたい、遅れた、あるいは日和見的な人々にすぎない。ペンテコステ派は超現代的であろうとするが(とりわけ国境を越えた組織網やメディアの利用という点において)、しかしそれと同時に悪霊を信じている(悪魔の出現という形に置き換えられている)という点で前近代的に見える。また、非常に厳格でありながら(酒や煙草の禁止、非常に厳しい性的禁欲主義など)、肉感的でもある(その儀式はかなり官能的なバレエを思わせることもある)。聖書の文字どおりの実行を標榜するが、信者各人の体験には柔軟に対応する。こうして、神に祝福されたアブラハムの繁栄を文字どおりに受け止める繁栄の神学は、一獲千金を夢見る大衆幻想の担い手となる。この神学は、屈辱と悲惨と依存から抜け出すという権利主張でもある。キリストに身を捧げることで、「勝者」となるのである。

 人類学者もかなり前から、グローバリゼーションの様々な徴候への平然とした適応が見られることに苛立ちを見せてきた。特に本物のアフリカにこだわるアフリカ研究者たちは、こうした「米国的」現象を無視してきた。研究が進むようになったのは、人類学者、社会学者、政治学者の(多くが英国やフランスの)若い世代が関心を向けるようになってからであった。ラテンアメリカでは、ブラジル、チリ、アルゼンチンでいち早く研究が始まり、現在ではこの現象は広く知られている。

 ペンテコステ派の「悪趣味」な文化や「信仰のスーパーマーケット」的なスタイルは、今では過度な価値判断を混入することなしに受け止められている。好むと好まざるとにかかわらず、そこには一つの大衆文化の発露が認められる。それは、世界の出来事から距離を置こうとはしない文化である。かつては隠棲と避難の文化であったペンテコステ派は、適応の文化に変わった。しかし自己の伝統を否定することはせず、それが外部からはしばしば迷信であると見なされる。

 この現象は世界各地に広がっている。アジア(中国さえ含む)(14)における勢力拡大についても取りざたされているが、研究は未だきわめて少ない(15)。それはまるで総力戦の様相を呈している。「1990年代は、教会の2000年の歴史が始まって以来、未曾有の激しい霊の戦いを目の当たりにする時代となった」と聖書学校では教えられる。「非武装地帯はどこにもないのだ」。あらゆる場所で、同じような儀式、同じようなメディアの利用、同じような「語りの装置」を見出すことができる。

 しかし、手段が同じだからといって文化まで同じになるかといえば全く違う。この手段は、どんな形のねじでも回すことのできる「自在レンチ」のようなものだ。それは、国境をものともしないという点では普遍的である。しかしいったんねじが回されてしまうと、そこにはまた新たな形が出現する。様々なアイデンティティーが打ち出される。それらの周縁は、民族単位とは言わないまでも国単位よりは狭いものが多いが、なおかつ国境をまたぎ越えるほど広がっていたりもする。特筆すべきは、そこに現れるのが上から描かれた地政図ではなく(教団の数は星の数ほどあり、大規模なものでさえ組織は非常に分権化されている)、草の根の「裸足の宣教師」によって下から描かれた地政図であるということだ。これらの宣教師たちはただ単に、他の国々との関係を広げることで、自分の家族や隣人から尊敬されたいだけなのだ。

 「神癒」を信じてやまない信者たちは、(保健衛生面も含めて)あらゆる面で打ち棄てられた場所で新たな文化を編み出している。知的エリート層がそう認めないにせよ、大衆の文化と呼んでよいだろう。とはいえ、これは抵抗の文化である。そして同時に、はからずも支配的イデオロギーを再生産する文化である。その意味では、ペンテコステ派は人民の阿片であると言えるだろう。ここで再び、マルクスがこの言葉を発した文脈を思い起こす必要がある。それは、感動なき世界における感動である。

(1) ブルーノ・フシュロー「ヨーロッパ進出を計るアメリカの新興宗教」(ル・モンド・ディプロマティーク2001年5月号)を参照。
(2) ルース・マーシャル=フラターニ「奇跡の繁栄:ナイジェリアにおけるペンテコステ派牧師と神の富」(『アフリカ政治』第82号、カルタラ社、パリ、2001年6月、24-44ページ)
(3) マルク・ファンヴェッセ「洗脳」(ル・ソワール紙別刷り、ブリュッセル、2001年9月7日付)
(4) ル・モンド2001年2月22日付
(5) ウォルター・ホレンウェガー、『ロマンド司牧神学研究所誌』第39号(ローザンヌ大学、2001年4月)を参照。
(6) キリスト教の「福音主義」はきわめて多義的な用語であるが、20世紀初頭に米国に始まり、個人が霊感を受けることを重視する諸運動を特に「福音派」と総称する。なお「ペンテコステ」は「聖霊降臨祭」を意味する語である。[訳註]
(7) シオン教会の教義によれば、神は決してイスラエルを見捨てたことはない。
(8) ジャン=ポール・ヴィレム「新興宗教の社会学的定義」(フランシス・メスネール編『フランスにおける“新興宗教”と法』、パリ、PUF、1999年、21-46ページ)。また、ダニエル・エルヴュ=レジェ『細分化された宗教、あるいは新興宗教の問題』(カルマン・レヴィ社、パリ、2001年)も参照。
(9) Andre Corten and Ruth Marshall-Fratani (eds.), Between Babel and Pentecost : Transnational Pentecostalism in Africa and Latin America, Hurst Publisher/Indiana University Press, London/Bloomington, 2001.
(10) David Stoll, Is Latin America Turning Protestant ? The Politics of Evangelical Growth, University of California Press, Berkeley, 1990. デイヴィッド・ストールは最近も、グアテマラのノーベル平和賞受賞者リゴベルタ・メンチュの経歴に関して(非常に異論の余地のある)論争を引き起こして注目された。
(11) David Martin, Tongues of Fire : The Explosion of Protestantism in Latin America, Blackwell, Oxford, 1990.
(12) Paul Gifford, << The Complex Provenance of Some Elements of African Pentecostal Theology >>, in Andre Corten and Ruth Marshall-Fratani (eds.), Between Babel ..., op.cit., pp.62-79.
(13) ジャン=ピエール・バスチアン(アンドレおよびマリー・コルタン編、『政治的想像界とペンテコステ派:アフリカおよびラテンアメリカ』、カルタラ社、パリ、2001年、220ページ)
(14) 中国については数字が膨れ上がっており、一部の福音派関係者は6000万という数字を挙げる。『ペンテコステ派世界会議』、ロサンジェルス、2001年5月より。
(15) Paul Freston, Evangelicals and Politics in Asia, Africa and Latin America, Cambridge University Press, 2001.


(2001年12月号)

* 5段落目の「福音書の使徒行伝」を「新約聖書の使徒行伝」に訂正(2001年12月30日)

All rights reserved, 2001, Le Monde diplomatique + Kitaura Haruka + Saito Kagumi

line
表紙ページ 本紙の位置づけ 有志スタッフ
記事を読む 記事目録・月別 記事目録・分野別
メール版・お申込 読者の横顔
リンク(国際) リンク(フランス)