欧州経済通貨連合のはらむ問題

ドミニク・プリオン(Dominique Plihon)
(パリ北大学教授、ATTAC学術顧問委員長)

訳・三浦礼恒

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 2002年初頭に単一通貨ユーロが市中への流通を開始する。これは、ヨーロッパにおける経済通貨統合の極めて象徴的な最終段階であると言われている。今から50年前、1951年の欧州石炭鉄鋼共同体の発足によって始まったヨーロッパ統合は、欧州経済共同体(EEC)の設立に関する1957年のローマ条約の規定に従って、当時の加盟国6カ国(1)による共同市場の創設という形で推進されてきた。この第一段階には2つの特徴を見いだすことができる。まず、ヨーロッパ規模で投資を調整し、エネルギー市場や農業市場の調節を担うものとして、公共政策に中心的な役割が与えられていた。また、共同体の目標として通貨問題はほとんど取り上げられておらず、ローマ条約で規定された通貨委員会は単なる諮問機関にとどまっていた。

 1970年代から80年代にかけて、ヨーロッパ統合は急激な転換期を迎えた。EECの加盟国政府(1986年時点で12カ国)は、共同体の運営において市場メカニズムを重視するという決定を行ったのである。この政治的選択を受け、1986年に新条約として批准された単一欧州議定書は、1992年までに物、人、サービス、資本の単一市場を基礎とするヨーロッパ規模の経済空間を構築することを謳っていた。こうしてヨーロッパは、1980年代初頭からレーガン米大統領とサッチャー英首相によって推進された新自由主義グローバリゼーションの論理に組み込まれていった。そこで奉じられていた自由貿易思想の下、規制緩和や民営化の措置が次々と打ち出され、公的規制の組織的な後退がもたらされることとなった。

 この第二段階では、顕著な変化が見られた。通貨が統合の中心的な役割を担うようになったのだ。1971年8月15日にニクソン米大統領が金・ドル交換停止を決定し、1973年から主要国が変動相場制へ移行したことにより、ブレトン・ウッズ体制と呼ばれた固定相場制が崩壊すると、ECC加盟国は通貨不安を防ぐための政策を探ることとなった。1972年の「スネーク」と呼ばれた準固定相場制も、1979年の欧州通貨制度も、その実施目的は加盟国通貨間の変動に一定の枠組みを設け、変動幅を縮小させることにあった。以降、加盟諸国の経済政策は為替と物価の安定を重視するようになった。言い換えれば、「強い」通貨とインフレ抑制を目指す政策である。

 1993年11月に発効した欧州連合(EU)に関するマーストリヒト条約は、このような統合の論理を究極まで押し進め、単一通貨の導入による経済通貨連合の創設に向けた諸段階と移行手続を規定した。これにより、ヨーロッパ統合は2つの柱の上に建つこととなった。1つ目の柱である単一欧州議定書は、経済機能における市場の支配を謳う。2つ目の柱であるマーストリヒト条約は、ユーロ地域の経済政策における通貨政策の絶対的優位を定める。

 このように、ヨーロッパの構築は完全に偏ったものとなっている。第一に、通貨政策は、ドイツ・モデルを範とする連邦的な構造に組織されている。1999年にスタートした欧州中央銀行制度は現在12カ国の中央銀行(2)から構成され、その上に立つ欧州中央銀行が単一通貨政策を遂行する役割を担うという構造である。だがその一方で、財政政策は各加盟国の内政事項にとどまっており、集権的なシステムが構築されるまでには至っていない。共同体予算は各国の財政支出のごく一部を占めるにすぎず、加盟国の国内総生産(GDP)総額の1.27%を上限とすることが1999年3月に規定されている。そして、全ヨーロッパ規模の民主的な法治国家が存在しないことから、欧州税の徴収も共同体公債の発行も実現していない。

 第二の偏りとして、加盟各国の中央銀行も欧州中央銀行も独立性を保証されているために、政府に対しても国民に対しても説明責任を持たない点を指摘できる。そして第三の偏りは、経済政策の最重要課題が通貨の安定とされていることだ。マーストリヒト条約105条1項では、欧州中央銀行の主要目的は物価の安定を維持することにあるとされている。経済活動や雇用への支援策は明らかに二次的な目標に成り下がっているが、現在の景気動向を考えれば、これらを最優先とすべきだろう。

 このように、欧州経済通貨連合がはらむ最大の矛盾の一つは、通貨政策の信頼性が低下しつつあるまさにその時に、それに非常に重きを置いていることにある。実際問題として、通貨供給量をどのように定義するかにかかわらず、その推移をもはや厳格にコントロールできなくなったことは周知の事実である。そして、今なお通貨政策を目標に掲げているのは、世界の主要中央銀行の中では欧州中央銀行だけでしかない。現実には、各国の中央銀行が直接的に左右できる変数は短期金利に限られる。しかもこの手法は、どうやら次第に効力を失いつつある。例えば、米連邦準備制度理事会(FRB)は2001年初頭から10回にのぼる金利引き下げを行ったが、米国経済の後退状況は改善されず、2001年9月11日の事件によってさらに悪化することになってしまった。

 つまり、経済は第一に長期金利に従って動くものであり、企業や個人が融資を受ける場合はそれを実際の指針とする。だが長期金利は、通貨当局からは非常に間接的な影響しか受けず、主に金融関係者の期待に左右される変数である。そのうえ、欧州中央銀行の目的には為替政策は掲げられていないため、株価暴落が相次ぐ中で、ユーロ圏の企業は国際的な通貨不安にさらされることになる。このように、1980年代に考え出されたマーストリヒト条約の通貨政策関連条項は、21世紀初めの状況に対処できない時代後れのもののように思われる。

バランスのとれた経済政策に向けて

 他方、多くの理由により、欧州経済通貨連合の状況下においては、通貨政策よりも財政政策の方が有効であると考えられる。先に述べた通り、ユーロ圏は資本の単一市場と単一通貨という2つの原理によって形成されている。言い換えれば、欧州各国通貨間の交換レートはもはや完全に固定されている。そして、そのような状況下では経済活動に対する財政政策の影響力が増大することが、あらゆる研究によって示されている。この関係はマンデル=フレミング・モデル(3)として知られており、次のように敷衍される。つまり、資本が流動的で、世界規模の金融市場が存在する状況下では、財政赤字の増分の財源調達が、金利の引き上げや輸出に不利な為替変動を伴うことなくできるということだ。 財政政策の方が重要であるという主張には、もっと根本的な別の理由もある。通貨政策がグローバルで集権化されているのに対し、財政政策は主として国内経済の領域に属するものであり、各国はそれぞれの必要に応じて異なった政策を採用できるのである。

 単一通貨への移行に伴い、ユーロ圏諸国間では為替レートの修正が完全に不可能となる。つまり、各国間における調整は、物価と賃金の変化、また主要なマクロ経済指標(活動、雇用、資本)の変動によることになる。ところが新自由主義的な理論とは逆に、物価の柔軟性は(少なくとも短期的には)極めて低いため、平価の変化がないヨーロッパ諸国間では、物価の相対的な調整は困難なものとなる。この硬直性の一つの要因は賃金にある。賃金の決定を左右する制度的要因(交渉方法)は、ヨーロッパ各国間で大きく異なっているからだ。ケインズの見事な論証によれば、物価と賃金の柔軟性が不充分であるために市場が正しく自己調節を行えない場合には、経済政策が必要不可欠な道具となる。

 論理的には、各国の通貨政策が消滅すれば、各国の財政政策の役割が増大するはずである。ところが実際には、それとは逆の現象が生じたのであった。1997年6月のアムステルダム欧州首脳会議で調印され、皮肉にも「安定・成長協定」に改称された財政安定協定により、マーストリヒト条約で合意された通貨統合の4つの基準のうちの1つをユーロ発足後も維持することが定められた。つまり、財政赤字はGDPの3%を超えてはならない。さらに「過剰財政赤字手続」と呼ばれる特別手続が設けられ、これを遵守しない国には制裁金が課されることになる。

 その理由は、予算の肥大化を防ぐことにあるとされる。予算が肥大化してインフレを誘発するようなことになれば、欧州中央銀行の掲げる物価安定という神聖不可侵の目標に反するからだ。この拘束は、物価が自動的に安定水準に落ち着くことを妨げており、まさにヨーロッパが景気後退の波に沈もうとしている現在、実に耐え難いものとなっている。さらに、加盟国が税制調和を欠く中で激烈な税の競争に走っている結果、予算財源まで減少してしまう。この点でミイラ取りがミイラになったのがドイツだった。協定の締結を求めたドイツ自身、2001年の財政赤字が2.5%に達し、この制約の緩和を望むようになったのだ。

 通貨的な手段と財政的な手段の最適な組み合わせ(最適ポリシー・ミックス)を求めることに基礎を置く、ダイナミックでバランスのとれた経済管理政策が、このような通貨政策と財政政策の著しい偏りによってできなくなっている。ヨーロッパ規模での政策調整は重要課題とは見なされておらず、これは完全に後退であると言うほかない。唯一の手続として設けられている手続は「経済政策大綱」と呼ばれるものである。各国はこれに従って自国の経済政策を規定し、他のヨーロッパ諸国への影響を検討し、否定的な影響をもたらす場合には方針を変更する。ただ実際には、この手続は単なる勧告にすぎず、真の経済政策の調整を導くには程遠いものである。

 ユーロの「恩恵」として主張される議論は、既におなじみである。単一通貨は参加12カ国間の物価体系を均一化し、企業はもとより個人にとっても大きな利益をもたらす。各国の物価を比較できるようになり、決定を下しやすくなるからだ。また両替手数料がなくなるなど、取引コストの削減につながる。さらに各国間の為替投機や通貨リスクを排除する。要するに、ユーロは財、サービス、資本の市場機能を改善し、欧州単一市場の創設を完成させると言うのである。

 しかし、欧州経済通貨連合にもまた大きな「コスト」がかかっている。それは主としてマクロ経済の調整の欠如に関わっている。問題は単一通貨そのものよりも、それを支える自由主義・通貨主義の思想にある。効果に乏しく状況に適さなくなった通貨政策が、市場の圧力を受けた当局によって秘密裡に決定され、とりわけ財政的手段がしわ寄せを被っている。こうした現状からすると、抜本的な改革を強力に進める必要がある。通貨機構と政治機構のアンバランスを解消し、EUに現在欠いている民主性という属性を持たせなければならない。それに、ヨーロッパ市民がユーロに対して無関心で、警戒心すら抱くのは、まさにこの民主性の欠如に起因するのではないだろうか?

(1) ローマ条約に調印した6カ国とは、ドイツ、ベルギー、フランス、イタリア、ルクセンブルク、そしてオランダである。
(2) EU加盟15カ国のうち、デンマークとイギリス、スウェーデンの3カ国は現在のところ通貨連合に加盟していないため、ユーロへの移行には関係しない。
(3) 1960年代に新ケインズ主義の流れを汲んで練り上げられたマンデル=フレミング・モデルは、資本が完全に流動化している状況下における通貨政策と財政政策の効果を比較分析する枠組みとして、全ての経済学の標準的な教科書で用いられている。


(2001年12月号)

All rights reserved, 2001, Le Monde diplomatique + Miura Noritsune + Saito Kagumi

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