だれもがみなアメリカ人

セルジュ・アリミ(Serge Halimi)
ル・モンド・ディプロマティーク編集部

訳・逸見龍生

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 アメリカ、それは世界だ。ブッシュ大統領は大胆な論理の飛躍で、この二つを結びつけてみせた。彼は言った。「われわれ」が宣戦布告を受けた以上、「われわれ」は「世界」を勝利へと導かなければならない、と。2001年9月11日、米国はとにもかくにも甚大な被害を被った。米国が過去20年間に、グラナダ、リビア、パナマ、イラク、ソマリア、ハイチ、アフガニスタン、スーダン、ユーゴスラヴィア、と次々におこなった軍事行動で被った被害をすべて合わせても、今回の規模には届かない。これほどの事件が起き、国防総省の一部まで破壊された以上、悲嘆と哀悼で塗りつぶされていた事件直後のメディア報道では、おそらくまだ事足りなかったのだ。

 目には目を。世界貿易センターの瓦礫を前にした67%のアメリカ人は、軍事報復で「罪のない市民が何千人か犠牲になる」かもしれないとしても、それで復讐心が和らぎはしないだろうと認めている(1)。犠牲者は敵側にしか出ないとでも思っているのだろう。たいしたことはないさ。そう、彼らにとっては。つまりわれわれにとってもまた。なぜなら「われらはみなアメリカ人」なのだから。

 この手の市民意識というやつが、なんのしばりもなしに生まれるはずもない。従来、自国の利益のみにもとづく外交政策を展開する自由を訴えてきた米国は、ひとたび試練の時を迎えるやいなや、水も漏らさぬ連帯やら、同盟諸国の一致団結やらを要求するようになった。ワシントン・ポスト紙はこう警告している。「戦争への協力は絶対的な要求であるべきだ。協力を拒否する国は(中略)アメリカの敵とみなされ、経済や軍事面で深刻な結果を招くことになろう(2)

 そして協力が実現する。2001年9月18日、うんざりするほど繰りかえされて特別でもなんでもなくなったニューヨーク特別生中継の最中、ラジオ局フランス・アンテールの記者は、米国東海岸の時間を分刻みで伝えるといいんじゃないかと思いつく。どうやら当地の時間がわれわれの時間になったようだ。わたしたちはみなアメリカ人で、みなニューヨークに暮らし、みな英語を話しているというわけだ。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙もこう言っている。「今回のテロ攻撃をきっかけとして諸外国、とりわけヨーロッパ諸国が、アメリカ同様の価値基準と生活水準をもっていながら、西洋に挑みかかるテロリスト勢力と米国との対決にはかかわらない、という発想でいるのはむずかしくなった(3)

 フランス・アンテールは映画監督マイケル・チミノにマイクを向けたが、めぼしい答えは返ってこなかった。だが、なにしろそこはロサンゼルスで、チミノ監督は英語をしゃべっていた。インタビュアーを務めたジャーナリスト兼政治学者のニコル・バシャランは、チミノ監督のおしゃべりにすっかり舞い上がって、やはり英語でこう締めくくる。“Thank you, Michael, and remember this : we are all Americans(サンキュー、マイケル。忘れないで。わたしたちはみなアメリカ人なのだから)”。それから、9月14日のフランス・ミュジークのラジオ放送。「リスナーのみなさんこんにちは。本日正午に3分間、みなで黙祷を捧げ、アメリカ人になりましょう。(中略)8億人のヨーロッパ人が同じ時刻に同じ黙祷を捧げ、心をひとつにかよわせるのです。みなさんの日々の暮らしのひとときを割き、まだ覚めやらぬ衝撃の日々が過ぎたいま、この朝のひととき立ち止まり、思いを凝らし、じっくり考えるのです」。「じっくり考える」という言葉が、ここ数日で少なくとも一度は口にされたわけだ。

 この全ヨーロッパ的な大いなる内省の時間に触発されたのかどうか、その2日後に文壇の重鎮ジャン・ドルムソンが、ル・フィガロ紙上で「ブッシュ大統領への公開状」を発表する。ドルムソンは大統領に宛ててこう書き送った。「大統領はご存知でしょう、わたしたちすべての唇の上に、『われわれはみなアメリカ人だ』という叫びが立ち上っていることを」。だがル・ジュルナル・ディマンシュ紙にとっては、そんなことではまだすまされない。「喪に服しているのがアメリカであるのならば、打撃を受けたのはすべての民主主義国家である。すべての民主主義国家がいま危機に瀕している。その意味で、そう、わたしたちはだれもがみなアメリカ人なのだ」

卵泥棒は牛すら盗む?

 「わたしたち」か。「だれもがみな」か。いったいなんの権威を盾にして(報道という権威だろうか)、これら数多くの有名評論家たちは、「わたしたち」がある集団に属していると決めてかかったり、沈黙の数分間やら唇の上の叫びとやらを「わたしたち」に強制する権利があると考えたのか。あるジャーナリストが配慮に欠けるとみなされて「3分ではなく1週間の沈黙」を強いられたような昨今は(4)、民主主義がやられたおかげでまた、論壇も否応なしにわかりやすくなったものだ。「ル・モンド紙のジャン=マリ・コロンバーニ、リベラシオン紙のセルジュ・ジュリー、ル・フィガロ紙のミシェル・シフル、ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール誌のジャック・ジュイヤールやジャン・ダニエル、ル・ポワン誌のクロード・アンベール、レクスプレス誌のドニ・ジャンバール(5)の記事を読んでごらんなさい。これら数十ページに及ぶ数百の記事は、つまりは同じことを語っているのです(6)」。なるほど同じことか。ではどこに、すべてを読む必要があるというのか。

 国家の出番がやってきた。市場がそれを求めるご時世だ。市場の最も忠実な代弁者ですら、こう言い出している。「ビジネス界、経済界がひたすら待ち望んでいるのは、当然ながら強力な政治的指導力である。攻撃を受けたのは、資本主義体制の中核そのものなのだから(7)」。9月17日、震え上がった株主たちを安心させ、いまや海を越えて広がったわれらの愛国心をまとめ上げるためだろうか、ウォールストリートの相場下落は底を打ったとの誤報が流れた。フランス・アンテールはさっそく、「アメリカの敵にむざむざと第二の勝利を与えてはなりません(8)」と解説した。

 そうこうするうちに、次の疑問がわきおこる。これほどの憎悪と確信を燃え上がらせたのは、いったいどんな思想信条や政治信条だったのか。答えはすぐに示された。「反グローバリゼーションを叫ぶ壊し屋の猿ども、毛沢東主義の孤児どもが、資本主義の代名詞であるアメリカへの攻撃を実行に移したのだ。そうした妄想が、世界に対する責任感というものを捨て去ったあげくの行為なのだ(9)」。その後、某朝刊紙はこのネタで大いに盛り上がっていくわけだが、同紙によく寄稿する経済界の「キーパーソン」は、事件以後あまりに長く続いた自粛期間もそろそろ終わったとみたのか、勢いよくこう書き立てた。「テロリストたちはこの象徴的存在(世界貿易センター)を攻撃目標とすることにより、いまやここかしこで聞かれるようになった反グローバリゼーション運動の主張に合流した(10)」。夏のあいだ中ラジオやテレビをにぎわわせた「反グローバリゼーション運動の活動家たち」が、いまや首を洗って差し出すように求められる。よからぬことを企めば、あとでその付けは大きいぞというわけだ。ニューヨークの事件はジェノヴァの記憶を抹消した。パリ在住のあるアメリカ人ジャーナリストも書く。「ハイジャックされた旅客機が世界貿易センターという象徴に激突した。その恐怖は、グローバリゼーションに向けられたいわれなき暴力の不条理を浮き彫りにするとともに、この暴力に対峙しなければならない当局側の責任を一層重くした。米国と世界の貿易関連機関を暴力的に悪ときめつけることは、現在では殺人をも辞さぬ企てと大差ないものになってきたのだ(11)」。世界貿易センターとは、文字どおり世界貿易の中心地を意味していたはずではなかったのか。

 ウサマ・ビン・ラディンがテロの数日前に、いちはやく知っていたとおぼしき今回の事件が引き起こす市場の動きを見込んで、自分に有利な投機売買をおこなっていたらしいことが発覚しても、資本主義体制や億万長者たちを、そしてインサイダー取引を問題視するという不埒な考えを抱いた者は誰ひとりいなかった。忌み嫌うべき対象はすでに別の場所に確保できていた。ラジオ局ユーロップ1(フランス有数の大企業グループ、マトラ・アシェット・ラガルデール系列)の番組では、ジャーナリストが刑事よろしくATTACフランスのリーダーを問いつめた。「こんな風に言う人びとに対してあなたはどんな返事をしますか。卵泥棒は牛すら盗む、と。つまりですね、遺伝子組み換えコーンを引き抜く者は(12)、いつ爆弾を仕掛けるかわかったものじゃない、と」。なるほどその通り、そんなことはわかるはずもない。

 だが、わかっていることもある。ニューヨーク市民数千人の死を都合よく利用するのを差し控える節度は、長続きしなかった。一部の実業家は、事件後の人びとの心情に乗じて、大規模な「リストラ計画」をこっそりと発表した。そして9月17日、ドイツ連邦銀行のツァイトラー理事は次のように言った。「心理的にも経済的にも困難な今の状況にあって、最優先すべきは金融市場の機能と流動性を確保することだ。トービン税のような、国際資本市場への課税導入をめぐる議論はきわめて非生産的だ」。はっきりいえば、犯罪的だということではないのか。

(1) ニューヨーク・タイムズ紙が2001年9月13日・14日に実施した世論調査による。質問内容は以下の通り。「米国は、たとえ数千の罪のない市民が殺されるとしても、テロ犯に対して軍事的手段を取るべきか」。
(2) ワシントン・ポスト紙社説(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙2001年9月14日付転載)。
(3) John Vinocur, << The New World Order Is a Clash of Civilizations >>, International Herald Tribune, Paris, 13 September 2001. 西側諸国を除き、特に南側諸国ではテロ事件はさほどの感情的反応をかきたてなかった。例えばカメルーンのル・メサジェ紙は次のように伝えている。「今回の奇襲攻撃は、ジョージ・ブッシュの国が今日全世界に対して主張しようとする悪質な支配の、その傲慢さに見合ったものであった」
(4) 当事者のダニエル・メルメ記者が、9月17日にフランス・アンテールの番組で自ら暴露した。
(5) フランスを代表する新聞・雑誌と、それぞれを代表するジャーナリストたち。[訳註]
(6) ラジオ局フランス・アンフォ、2001年9月13日放送分。
(7) ジャン=マルク・シルヴェストル、テレビ局TF1、2001年9月12日放送分。
(8) 18時のニュース。この日ニューヨーク株式市場は7.1%下げた。
(9) ジャン=フランソワ・ルヴェル(アカデミー・フランセーズ会員)「なぜこれほどの憎悪が」(ル・ポワン誌2001年9月14日号)。
(10) ル・フィガロ紙別刷り経済面、2001年9月13日付。市民団体 Arimed(Action-Critique-Medias)のウェブサイトには、この種の発言の引用が多く集められている(http://www.samizdat.net/acrimed/)。
(11) Jean Vinocur, op.cit. See also << Terrorists Exploit Anti-Globalization >>, International Herald Tribune, Paris, 22-23 September 2001.
(12) ジョゼ・ボヴェ氏で知られる農民同盟が、実験農場で栽培されていた遺伝子組み換えコーンを引き抜いた事件に当てこすったもの。[訳註]


(2001年10月号)

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