ムスリムとして、世界市民として

ヒシャム・ビン・アブダラ・エル・アラウィー(Hicham Ben Abdallah El Alaoui)
プリンストン大学 中東・北アフリカ・中央アジア研究所創設者、
元国連コソヴォ特使 人権・コミュニティ担当、またモロッコ国王モハメッド六世のいとこ

訳・葉山久美子

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 世界は9月11日の事件を境に変わった。首謀者はまだ特定されていないが、国境を越えたイスラム主義ネットワークのメンバーである可能性が高い。その指導者が、半ば伝説的人物とさえいえるウサマ・ビン・ラディンであろうと誰か他の人物であろうと、事件を前にした我々は、それがアラブ‐ムスリム諸国と世界全体に及ぼした影響の総合的な検証に取り組まなくてはならない。

 この忌まわしい暴挙の背景には、世界秩序から取り残されたアラブ‐ムスリム世界の怒りと屈辱がある。これだけの暴力をイスラムの名のもとに繰り広げるネットワークが存在する以上、我々ムスリムは、「イスラム原理主義」に対する自分の立場をはっきりさせなくてはならない。欧米には欧米の責任があるにしても、それで我々が自分の責任を免れるわけではない。私が言いたいのは、政治的にも社会的にも全体主義的なイスラム運動の台頭を許し、聖典の自分勝手な解釈を主張する武装グループの組織化を許してしまったことである。

 ムスリムの大半は、異教徒の隣人と共存しながら平和裡に信仰生活を送り、現代社会の利便を享受したいと望んでいる。同じ国に暮らすムスリム市民と非ムスリム市民が単一の価値観に従うことなど全く求めていない。信仰を広めるために世界を相手に戦争を仕掛けたいなどとは思っていない。この種の緊張関係が開かれた宗教世界と全体主義的宗教世界の間にみられるのは、なにもムスリムに限ったことではない。アメリカには、ウサマ・ビン・ラディンと同じような言葉を語るキリスト教原理主義が存在する。入植ユダヤ人過激派もまた、大イスラエル国家を建設する宗教的権利の名のもとに世界を戦争に引きずり込むこともいとわない。

 ムスリム社会の中で、イスラム主義運動は貧しい大衆に影響を及ぼし、国際エリート層をますます孤立させている。このエリートたちは、不平等と大衆の貧困に目をつぶりつづける体制のもとで安穏としている。こういった体制が、別の形の反体制運動の芽を摘むために、そもそもイスラム主義運動を利用したのである。

 この種のイスラム主義者が支持を得ているということは、自由を愛するムスリムに自分たちの主張を守る力がなかったという証拠であり、事態は急を要する。現代の多民族、多文化、多宗教の世界に暮らすムスリムは、寛容なイスラムを守りぬかなければならない。つまり、社会正義、民主的な政治制度を守り、すべての国の尊厳と主権を尊重する国際関係を守っていかなければならない。

 それに取り組むためには大変な政治的勇気が必要である。その勇気がなければ、イスラムが殺人者の手に奪われてしまうのを防ぐことはできない。一人の人間が同時にムスリムであり、弱者やパレスチナ人の擁護者であり、世界市民であることには、何らの矛盾もないのである。我々はそれぞれの社会の中で、こうした理念を守るために闘わなければならない。9月11日の事件によって、それが焦眉の急であることが改めて確認された。彼らから挑戦を受けたのは我々ムスリムなのである。我々はそれに真剣に立ち向かわなければならない。

 今回の事件が示した脅威はきわめて重大である。この事件は他のいわゆるテロ行為とは性質が異なる。例えば、IRA(アイルランド共和軍)やETA(バスク祖国と自由)、70年代にパレスチナ人が起こした事件とも、さらには最近の中東における「自爆事件」とも違っている。これらの行為は、特定の苦境へと注意を向けさせること、もしくは特定の行為に対して復讐することを目的とし、不正義と受け止められる状況の是正を求めるものであった。そして、犯行声明を通じて政治的意義を帯びようとした。

 9月11日の事件には、特定の状況とのつながりが全く見られない。主要な動機は、何かしら特定の不正義の是正を求めることにはない。そこに認められる戦略は宗教的信条に根ざしており、「西洋世界」に対する全面戦争に「ムスリム世界」全体を引きずり込み、勝利を収めようというものなのだ。

 今回の攻撃を実行した小規模グループは、そこまでの対立に持ち込もうとするなら、彼らの運動に身を投じる数千人の若者を駆り立てている絶対的な怒りと決意を、世界中のムスリムにも呼び起こす必要があると考えている。それが、犯行声明を出さない理由である。彼らの目的は、もっと大規模な紛争を引き起こすことにある。罰すべき相手、打ち叩くべき相手の特定が困難で、ムスリム全般に報復せざるを得ないような状況をつくりだし、やみくもな報復が全世界のムスリムの怒りをかきたてることが、攻撃者の望みなのだ。

失敗は許されない

 この思惑どおりに事が運ぶようなことがあれば、彼らは決定的な戦いで勝利を収めたことになり、さらに勢いを強めて次の戦いに突き進むことは必至である。彼らが勝算を賭けるムスリム世界全体の蜂起というシナリオが、にわかに現実味を帯びることになる。

 今回の攻撃者はかねてより聖戦を語りつづけ、我々はこれまで彼らを社会のはみ出し者とみなしていた。いまや、彼らの言葉を文字どおりに受け止める必要がある。彼らは世界の耳目を集め、我々に彼らの決意を認識させた。ムスリム世界を知る者にとって、民衆の蜂起というシナリオは非現実的ではない。ハイジャック犯たちが想定していたような破局的な規模に達しないまでも、地域や国家の規模でなら充分にありうることだ。

 せいぜい数千ほどの人間が、誰も望まない「文明の衝突」を自己流で引き起こすなどということが、はたして可能なものだろうか。ハイジャック犯たちには思うところがあったのだろうということは、アメリカの報復攻撃が何をもたらすことになるかを考えてみれば想像がつく。

 アメリカは、今回の攻撃に対し軍事力でもって報復するだろう。単に復讐からだけではない。同様の行為はその原因を絶つまで止まないからである。しかし、先に述べた理由から、原因というものを見極めることは難しい。そこにあるのは目立たず、広く拡散し、うまく隠れたネットワークであり、そのメンバーは同じ不満を分かち合う大衆の中に紛れているからだ。ひとたび紛争が起きれば手に負えなくなるかもしれない。アメリカがアフガニスタンを攻撃した場合、パキスタンが揺れ動くことになる。核保有国にタリバンと同じようなイスラム主義政権が誕生するのは誰の利益にもならない。同じく核を持つインドはどう反応するだろうか。中国はどうか。ロシアはチェチェンやカフカス各地でどう出るだろうか。

 そして事態はバルカン半島のムスリム社会や、比較的近年に形成された西ヨーロッパのムスリム社会にも及ぶだろう。アメリカは自らの悲劇に見合う成果を早急に上げられなかった場合、無謀な戦線拡大に傾いていくかもしれない。もしイラクが攻撃対象とされれば、紛争は広がり、無傷でいられる国は一つとしてなくなる。

 アメリカにとって最も効果的な戦略は、反撃の的を絞り込むことである。その一方で、アラブ諸国に圧力をかけ、穏健なイスラム主義勢力を不当に責め立てさせるような方向に流れてはならない。そんな挙に出れば、各国レベルで悪循環を繰り返すことになるだけであり、絶対に避けなければならないことだ。もっと包括的な取り組みによってしか、組織の首謀者を孤立させ、新たなメンバーの獲得を妨げ、大衆蜂起を防ぐことはできない。

 この戦略には、アラブ社会やムスリム社会に対するアメリカ外交の根本的な見直しが必要である。第一に、アメリカはイスラエルによるパレスチナの土地の占領を止めさせるよう要求し、全ムスリムにとっての聖地であるエルサレムを首都としたパレスチナ国家の樹立を認めるべきである。

 この「新しいタイプの戦争」に「勝利」するためには、アメリカによる政策の見直しが必要不可欠である。テロの問題を片付けたらパレスチナ問題に取り組むから辛抱してほしいというのは、もう通用しない。このカードにはすでに手垢が付いている。最後に使われたのは湾岸戦争の際、今から10年も前にさかのぼる。そしていまだに待ちぼうけが続いている。この問題が今後どう扱われるかによって、数億人のムスリムと少なからぬヨーロッパ人が、アメリカの決定に対する自分の姿勢をその場で決めることになる。

 さらに、アメリカは自分に刃を向けてきた「テロリズム」を生み出した責任を自問しなければならない。アメリカは、自らの目的に即したネットワークを作り上げ、人民を恐怖で支配する抑圧的な体制を支持することにより、この「テロリズム」を推進してきた。多くのアラブ政権のように、自らの利益のために狂信者を利用してきたことについて、アメリカは我が身を振り返ってみるべきではないだろうか。

 暴力のグローバリゼーション化である。「対岸」の紛争、不正義、被害者が、こちらのドアを叩く。国際政治とは足元の政治であり、指導者は自分の行動について全世界に責任を持たなければならない。貧困、不平等、抑圧、傲岸といった問題にも取り組んでいく必要がある。新自由主義グローバリゼーションによる災禍はウォール・ストリートでも中央アジアの村々でも感じ取れる。問題となっているのは、世界の安全保障なのである。今回は、誰にも失敗は許されない。


(2001年10月号)

All rights reserved, 2001, Le Monde diplomatique + Hayama Kumiko + Saito Kagumi

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