累進課税の見直しは賢明な選択か

トマ・ピケティー(Thomas Piketty)
社会科学高等研究院 主任教官

本稿は、『20世紀フランスの高所得層−不平等と再分配 1901−1998年』
(グラセ社、パリ、812ページ、2001年9月5日発刊)の結論部分の要約である。

訳・渡部由紀子

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 20世紀を通じて、フランスにおける所得や賃金、資産の格差はどのように変化したか。そして、その理由はどこに求められるのか。今回の調査では、これまで長期的視点から検討されたことのなかった税務情報と、再分配に関わる政治的議論や計画を基本資料とした。

 これらの格差は、20世紀のフランスでは縮小したと言える(1)。しかし、一部の理論による楽観的な見立てとは裏腹に、この縮小傾向はどうみても、社会全体に及ぶ不可逆的な現象であるとは言えない。特に賃金の格差には、中短期の変動を別とすれば、まったくと言っていいほど変化がみられない。たとえば、上位10%の高額給与所得者の平均賃金は、常に全人口平均の2.5倍から2.6倍、上位1%では6倍から7倍のレベルを維持してきた。

 20世紀の初頭から末にかけ、人間の諸々の労働形態は大きく変貌し、購買力は平均で約5倍になった。しかし、賃金の階層構造はまったく変わっていない。この驚くべき安定は、資格や職業訓練の格差が相変わらずであるというだけでなく、こうした階層構造への社会的な合意があるという事実に照らし合わせるべきだろう。要するに、これまでの政治の動向として、賃金の不平等が本格的に問題視されたことはなかったのだ。

 所得格差が20世紀を通じて多少なりとも縮小した主な原因は、極めて高い水準にあった資本所得の急落にあった。巨額資産(および、それのもたらす巨額の資本所得)は、1914年から45年の間に起こった危機(破壊、インフレーション、30年代に相次いだ倒産)のあおりで暴落した。

 その後に数十年の歳月が流れたが、これらの資産や資本所得が第一次世界大戦前の天文学的水準に戻ることはなかった。その説明として最も説得力があるのは、累進課税制度が巨額資産の蓄積や再構築を阻んできたとの指摘である。

 事実、20世紀初頭に富の極度の集中がみられたのは、1世紀にわたる平和が蓄財を許したからである。1815年から1914年まで、巨額資産は所得税や相続税に煩わされることなく膨らみ続けた(1914年以前は最高税率ですら取るに足らない値であった)。そして1914年から45年の動乱の中で、巨額資産の蓄積に関わる条件が一変した。所得税と相続税の最高税率が非常に高い水準に達したのだ(所得税の最高税率は1920年代には90%を超えた)。

 動乱以前の水準に匹敵するほどの資産を回復するのは、物理的に不可能となった。その結果、大きな変化が生じたことは特筆に値する。20世紀初頭と1945年以降を比べると、上位0.01%の高額所得(大半が資本所得であるという点は変わらず)と平均所得との格差は5分の1に縮小した。資本所得そのものが消滅したわけではないが、その集中は大きく是正された。フランスの国民所得全体における労働所得と資本所得の内訳は20世紀を通じて一定であったが、それぞれの分配状況は大きく様変わりしたのである(労働所得については実質的な変化はみられないものの、資本所得の格差は大きく縮小した)。

 付け加えて言えば、第一次世界大戦の勃発以前に格差がすでに縮小していたという説もあるが、根拠は薄い。もし1914年から45年にかけての動乱がなかったとすれば、フランスが20世紀初頭の極度の不平等をこれほど急激に解消することはなかっただろう。とりわけ、税制による所得再分配が決定的に重要となったのは、二度の世界大戦と1930年代の恐慌が人々と金融制度に残した傷跡の所産と言える。

 とはいえ、格差縮小の原因が、必ずしも戦争や相場のような偶発的事件に求められるということではない。1914年から45年にかけての危機は、当時の資本主義に際だっていた不平等が堪えがたい水準に達した結果、内発的な反応として起こったものと捉えることもできるのではないか。

資産格差の不安定性

 では、19世紀の状況に逆戻りするようなことも考えられるのだろうか。この点に関しては、諸国の歴史を突き合わせてみる必要がある。巨額資産が1914年から45年の間に大きく目減りした点は、すべての先進国に共通である。しかし米国では、もともと欧州に比べて格差が小さく、打撃も深刻ではなかったため、1980年代から90年代にかけて急速に原状を回復した。その20年間で、格差が第一次世界大戦以前の水準にまで戻ったのだ。欧州の国々、とりわけフランスでも、米国と同じコースをたどり、19世紀末から20世紀初頭にかけてみられたような資産と所得の極端な集中が、21世紀初頭に復活するといったことは十分に考えられる。

 たしかにこのような予言は極めて危険である。20世紀の歴史を仔細に検討しても、格差の推移がほとんど予見できないことは明らかだ。特に所得格差は、19世紀の間ほぼ一定していたにもかかわらず、20世紀には縮小と拡大が複雑に繰り返されることになる。この歴史の大きな転換期は、世界とフランスで大体において一致する。賃金の階層構造は2つの世界大戦でかなり崩れ、戦後に急速に復活している。また、1936年、68年、82−83年が大きな転機となっている。21世紀中に同様の変動や転換が起きないとすれば驚愕に値するが、それを予見できるというのは傲慢だろう。

 19世紀への逆戻りという考え方に確証はないにしても、いくつか客観的な根拠もある。まず第一に、ミレニアムの節目を迎えた現在、先進国の生産システムが変化を遂げつつある。この変化は、伝統的な工業部門の衰退とサービス業および情報技術の発展を特徴とし、(どんな時代にも古い部門の衰退と新しい部門の浮上があるとはいえ)格差の急速な拡大をもたらす可能性がある。特に、急成長する新分野に関しては、比較的短い期間で多大な事業資産を蓄積できるようになる。こうしたことはすでに1990年代の米国でみられており、欧州でも起こらないという理由はない。

 第二に、おそらくさらに重要な要因として、高所得層を対象とする限界税率が各国で引き下げられる傾向にあり、20世紀初頭に匹敵するような資産水準を回復するには有利な状況を作りだしている。限界税率が第二次大戦後の「栄光の30年間」にアングロ・サクソン諸国などで適用されていた70%や80%、あるいはそれ以上に達するときよりも、30%や40%(控除が加わればさらに低下)のときの方が、資産の構築(もしくは再構築)がはるかに容易なことは明らかである。

 米国では、また米国ほどではないが英国でも、1980年代から90年代にかけての資産格差の拡大は大規模減税によって促進されており、高所得層は70年代末より減税の恩恵を受けてきた。フランスや大陸欧州の国々では、初期の政治的、イデオロギー的状況が異なる。70年代の経済危機に際して、アングロ・サクソン諸国では、第二次大戦以降の(累進課税制度をはじめとした)経済介入政策の失敗を見て取ったのに対し、欧州諸国では、高度成長期と結び付いた制度を見直すことへの抵抗感が強かった。

 しかし、こうした欧米間の大きな開きは、最終的には縮まることになる。1980年代から90年代にかけて購買力が停滞した結果、欧米ともに所得税に対する拒否反応が現れるようになった。さらに今日では、ますます強まる資本と「スーパー・エリート層」の流動性が(実際に、あるいは仮定上)あるとされ、両者を対象とした所得税の軽減に各国が同調する流れを作りだしている。

 このように、現在の状況を総合すると、21世紀の最初の数年間は資産家にとってありがたい方向に進んでいくように思われる。しかし、こうした経済的、知的状況がはたして長続きするだろうか。20世紀の経験に照らせば、不平等があまりに明らかであるような社会は、内部に不安定化要因をはらんでいる。20世紀の歴史を検討すると、資本の極度の集中は、社会正義の観点だけでなく、経済効率の点でもいずれはマイナスに働くことが理解される。1914年から45年の間に起こった資産の平準化が、旧世代の資本家の没落を早め、新世代の企業家の台頭を促進することで、欧米経済に「栄光の30年間」をもたらした可能性は十分にある。累進課税制度には、第一次世界大戦前と同様の状況が再現されるのを阻止するという利点がある。この制度が立ちゆかなくなれば、長期にわたる経済の硬直が生ずることになるだろう。

(1) この調査の基本とした方法の一つは税務情報、すなわち所得税申告(1914年の所得税創設時に登場)、給与申告(1917年の給与所得税創設時に誕生)、相続税申告(1901年の累進相続税創設時に登場)の体系的利用である。


(2001年9月号)

All rights reserved, 2001, Le Monde diplomatique + Watanabe Yukiko + Saito Kagumi

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