プライバシーのことなら我々におまかせ

フランク・マゾワイエ(Franck Mazoyer)
ジャーナリスト

訳・渡部由紀子

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 携帯電話やパソコン、銀行のキャッシュカードなど、日常的に使う多くのものが、我々の行動を偵察している。これらのものは、我々の動きや足取り、振る舞い、消費行動、つまりプライバシーを記録する。私生活が少しずつ、新手ののぞき魔たちに掌握されていく。この傾向は、ますます深刻になりつつある。携帯電話メーカーは、恐るべき効果をもたらす技術革新を我々に「享受」させようとする。それは、位置情報管理である。急速に普及しつつあるMPS(モバイル・ポシショニング・システム)の技術により、携帯電話の使用者の居場所を常時特定することが、近いうちにできるようになるだろう。こうした技術の実用は、フランスではコルシカのエリニャック知事暗殺事件など、司法捜査の枠内に限って認められてきたが、それが日常化する日が刻々と近付いている。

 こうした監視技術を使えば、かなりいろいろなビジネスが考えられるだろう。たとえば、映画館に空席ができた場合に、近くを通り掛かった人に直接、割引料金での入場を誘いかける。この誘いは、周辺の地図とともに、携帯電話のモニターに直接表示される。居場所の割り出しは、ターゲットが知らぬ間に行われる。受信アンテナがカバーする地域の「セル」内に対象が入り込むと、気づかれないような信号が携帯電話に反射してアンテナに戻る。その間に経過した時間により、監視者はアンテナからターゲットまでの距離を測り、客がどこにいるかを数メートルの誤差で知ることができるのだ。

 イギリスのザッグミー社のサービス利用者は、あらかじめ関心分野を登録しておけば、自分に関係ありそうなキャンペーンをやっている店の前を通り掛かると、自動的に携帯電話を通じて個別に知らせてもらえる。もう、ぶらぶらと歩いていたら何かやっていた、ということはなくなるのだ。これからは機械があなたの面倒をみてくれる。お値打ち価格を教えたり、個人的な好みに合った宣伝文句を表示したりして、あなたの代わりに決めてくれる。同様の監視技術を使えば、経営者が従業員の行動をチェックすることや、親が子供に悟られないようにいつでも居場所を確認することなどもできる。

 ジーメンス・グループは、これをさらに進めて、「ぬいぐるみ電話」を実用化しようとしている。子供が危険な状況に陥ったと思われる場合、衛星を使って居場所を特定し、コールセンターで子供の声をキャッチしようというのだ(1)。ジャーナリストのジェローム・トレルは言う。「問題は、本人が居場所を特定されることに同意しているか、また、同意していない場合に本当に拒絶できるのかということだ。その点については、事業者も治安部隊も人々をこっそり追跡する方にメリットがあるから、どうも歯切れが悪い。プラハやミラノ、ニースで反グローバリゼーションのデモが起きた際も、警察は同様のシステムを使ってデモのリーダーの居場所を突き止め、彼らの活動範囲を制限しようとした」

 ジェローム・トレルは、プライバシー・インターナショナルのメンバーである。この団体は、個人の自由に対する新技術の脅威について世論に警鐘を鳴らすことを目的として活動しており、2000年12月には、最初のフランス版「ビッグ・ブラザー賞」を発表し、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に匹敵するような技術を開発した企業の「功績を称賛」した。「ノミネート」された企業各社は、その道ではすでに有名になっている。たとえばフランス・テレコムは、個人監視技術で最先端を行くスウェーデンのセルポイント社との提携で進めている位置情報管理事業により、やり玉に挙げられた。

 スウェーデンの電話メーカーであるエリクソンは、ビデオと位置情報管理の連動を探っている。これが実現されれば、自動車の運転手は最も空いたルートを選ぶために、最寄りの高速道路網をカバーする監視カメラに携帯電話経由で接続できるようになる。その映像から交通量が判断できる。地上波デジタル技術がさらに進歩すれば、ある都市の内部で、あらゆるビデオ監視システムに自由自在に接続できるといった状況が生まれるかもしれない。銀行や美術館、映画館のビデオシステムにつなげば、待ち時間の見当を付けることができる。街のどこにでもワンタッチで瞬間移動して、離れた場所を自分の目で見たいという欲求が叶えられるようになる。

立ち止まるのは不審な行為

 すでに世界各地で多くの家庭が、インターネットとウェブカムを通じてプライバシーの秘密を人目にさらしている(2)。また、いくつかのテレビ局は、衛星放送を利用して、多くの場所の生映像を間断なく提供している。常設されたカメラが、特定の地域の天気を生で伝え(気象情報チャンネル)、各地のスキー場の積雪量を映し出す。

 デジタル技術により、視聴者は自分の番組のディレクターになろうとする。お金さえ出せば、自動車レースやサッカーの試合の放送で、カメラの位置を選ぶことはすでにできる。こうした新しい双方向性を通じて、今まで受け身で映像を消費していた人々が、それぞれの欲望を徐々に編成するようになっていく。視聴者は映画『ビデオドローム』(3)の主人公のように、自分のテレビの画面上でパチパチと切り替わる無限の画素の広がりに陶酔する。映像を加工可能な素材に変えるデジタル技術と情報技術によって、一体感のある双方向的な世界が生まれるのだ。

 「スマートビジョン」もまた、急速に普及しつつある技術の一つである。その好例は、「クロマティカ」計画のカメラに示されている。このカメラは現在、ロンドン、ミラノ、パリの地下鉄構内に試験的に設置されており、乗客の中から「常軌を逸した」行動を検出する能力を備えている。この計画のフランス側の責任者の一人、ルアディー・クドゥール氏は次のように説明する。「地下鉄の中には立ち止まるいわれのない場所がある。立ち止まりでもしようものなら、システムはそれを危険、あるいは少なくとも不審な状況に結び付ける」。カメラ・ネットワーク全体とつなげられたコンピュータには、検出ソフトが走っている。無許可の物売り、物乞いなどの「不審人物」が構内に入ると、ただちに正確な居場所が探知される。もし1分以上動かなければ、その人物の画像は監視スクリーン上で緑色に変わる。2分を超えると赤に変わり、警告が表示される。あまりにも長くじっとしていることや、正しい方向に歩かないこと、グループで立ち止まること、立ち入り禁止区域に入ることは、いずれもあやしい行為とされ、カメラによって即座に告発されるのだ。

 真っ先にこのハイテク「密告者」の餌食となったのは、ホームレスその他、日中をベンチで過ごす人々、つまり地下鉄の望まれざる客たちだった。動かざる者は、生産効率を重視する遊牧民たちの絶え間ない流れにマッチしない。このようにして、「ゼロ・トレランス(寛大な処置は一切とらず)」の思想が広まりつつある。デジタル技術の登場に伴い、監視カメラと社会統制の締め付けがいっそう、恐らく後戻りのないほど強まっていく。もはや最終決定権は人間にはない。巨大なカメラ・ネットワークと連結したコンピュータは、容赦ない審判者と化した。これからは映像の動きに従うべしというのが現実となる。

 多くの市町村が上から下まで、高性能のシステム(4)を躊躇せずに導入するようになった。資金のあるリヨン市は、1年前、中心地域に約50台の超高性能監視カメラを設置することに決めた。このカメラは360度回転し、300メートル以上離れた人物の身元が特定できるような写真を撮影できるという。この壮大な監視網の設置に対し、なんの反対もなかったばかりか、真剣な議論すら起こらなかった。右派の市会議員はこの案に賛成し、左派の大半も同様だった。「もしこれがうまくいったら、監視の網の目をさらに密にして、他の地区へも拡大するつもりだ」。当時の助役、ジャン=フランソワ・メルメ氏はこう明言していた。

寛容な世論

 2001年3月の地方選で、リヨンの市政は左派に変わった。それでも、治安に関する考え方は変わらなかった。治安を担当する第一助役のジャン=ルイ・トゥーレーヌ氏が、真新しい監視センターを案内してくれた。「我々の狙っているのは抑止効果であり、情報を最大限に公開している。このことは多くの地元紙に取り上げられたから、誰もがどこにカメラがあるのかを知っている。それで安心感が強まっている」

 監視センターの指示の下、3人のオペレーターが、路上の往来を昼も夜も監視している。彼らはワンタッチで52台のデジタルカメラを操る。とはいえ、ビデオ監視によって治安の悪さが解消されたとは言い難い。犯罪行為は場所を変え、網の目の外側に向かおうとしているのだ(5)。これらのカメラが、他の目的に使われることはないのだろうか。「目が行き届きすぎないように、個人の住居はソフトによって自動的にシャットアウトされる」とトゥーレーヌ助役は請け合う。リヨンの市民団体「ビッグ・ブラザーにノン」にとっては、こうした歯止めも額面通りに受け取れない。「これらのカメラが人物リストの作成や、消費傾向の把握、デモの際の政党所属者の割り出し、さらには街の看板地区からのホームレス追放に使われないと、どうして確信できるのか」

 逸脱を避けるために倫理委員会を設置した市もあるが、リヨンはまだ実施していない。ロンドン郊外のニューハム自治区も同様である。ニューハムでは、リヨンを上回る技術が導入されている。それは、人の顔の識別だ。路上の生体認識カメラが通行人の顔を読み取り、コンピュータが警察のリストにある写真と片端から照らし合わせる。その目的は、人込みの中から手配中の人物を見つけ出すことにある。

 こうした監視システムに対する世論の寛容さは理解に苦しむとはいえ、公団や住宅で「共同監視」なることが、住人自身によって行われていると聞けば納得がいくというものだ。一部の集合建築では、ホールや踊り場、階段などの共有スペースにおける人の出入りを、全住人がテレビ画面で追跡できるシステムが試験的に設置されているという。

 フランスの南部ではすでに、アメリカの例にしたがって、超高品質監視ビデオ・ネットワークで警備された高級住宅が増え始めている。合金加工の鉄柵、リモコン操作の自動ドアに加え、高解像度カメラによって玄関先を仔細に映し出し、訪問者を逐一確認できるようになっている。こうした監視キットが、2002年には20軒ほどに備え付けられる予定だ。このように来訪者を監視する住宅には、収入レベルの似通った若きエリートたちが集まっている。異なる社会階層の混住などということは考慮の外にある。

 この特権的な要塞は、都市のまっただ中で、監視と不寛容という二つの憂慮すべき原理を組み合わせることにより、プライバシーの終焉を告げようとしているのだろうか。

(1) 仏語版ヤフーのニュース欄2000年12月15日付。
(2) イニャシオ・ラモネ「テレビ番組『ロフト・ストーリー』フィーバーを考える」(ル・モンド・ディプロマティーク2001年6月号)参照。
(3) 『ビデオドローム』、デヴィッド・クローネンバーグ監督、1983年。
(4) リヨン、サン・テチエンヌ、ヴォー・アン・ヴラン、ルヴァロワ・ペレ、モンペリエといった都市の中心地域におけるカメラの設置状況を示す地図については、『トランスフェール』誌(パリ)2001年6月号参照。
(5) フィリップ・リヴィエール「ビデオ監視は海に追いつめるまで」(マニエール・ド・ヴォワール56号「管理社会」、2001年3-4月)参照。


(2001年8月号)

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