米軍事戦略の三つの柱

マイケル・T・クレア(Michael T Klare)
ハンプシャー大学教授

訳・ジャヤラット好子

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 2000年の大統領選で選出が決まるとすぐに、ジョージ・W・ブッシュ次期大統領はラムズフェルド次期国防長官に対し、「ペンタゴン(国防総省)内部の現状に挑み」、さらに「21世紀における戦争の戦略(1)」を練り上げるよう求めた。その詳細はまだ不明であるが、大筋はすでに見えている。

 米国の新たな防衛構造は、三つの柱の上に成り立つこととなる。一つめは米国中心主義である。同盟国との共同作戦も含め、軍事力の使用は国益を最大限にするものでなければならないとする。二つめは世界規模の展開能力である。いつ、どこで、いかなる状況においても、部隊を展開する能力を指す。三つめは恒久的優位である。科学、技術、経済的資源を駆使して、米軍の優位を恒久的に確保することを意味する。

 もちろん、これらの発想はまったく新しいものではない。そのうちの一つか二つは、過去の政権でも強調されてきた。しかし、ここまで総合的に徹底して、米国の戦略構想の転換と言えるほどに組み上げられたことはない。

 他の国でも同じことだが、米国の軍事ドクトリンのもとでは、いかなる海外派兵も自国の重要な安全保障上の利益に基づくべきこととされてきた。とはいえ、もっと高尚な戦略目標も掲げられていた。例えば、民主主義の防衛、全体主義との戦い、平和の維持といった目的が強調された。これらの目的は、ブッシュ政権下で完全に消滅したわけではないにせよ、今後は国益の追求という優先目標に厳しく従うことになる。

 もはや米国は世界的脅威に直面していないと捉える現在の首脳陣は、国益をさしおいてまで何らかの共同防衛計画への参加を迫られる理由はなくなったと考えている。「米国は世界において存在感を持っていなければならない」と、ブッシュ氏は1999年に明言している。「しかし、外交上の難局に際して必ず米軍が出動するという意味ではない」とも言う。彼の見解では、軍事力の行使は「恒久的な国益(2)」によってしか正当化されない。言い換えれば、米国の関与は彼らにとって重要な目標がある場合に限られる。湾岸諸国からの石油の確保、イスラエルや台湾の安全保障、中南米における麻薬密売の抑制、等々。

 国益のみを重視する結果、多国籍軍による平和維持活動への参加は見直される。これは新大統領にとって二次的な問題にすぎない。「(平和維持のための)活動における(米軍の)過剰展開は、部隊の士気に深刻な問題を及ぼした(3)」。現実には、ブッシュ大統領が案じているのは、部隊の士気というよりも、平和維持活動が「恒久的な国益」を利するようには見えないことだろう。

 チェイニー副大統領もまた、選挙期間中の2000年8月に以下のように明言している。「問題は、何が我々の戦略利益であり、資源の投入や、場合によっては国民の生命に値するかを明確にすることだ(4)」。そこには明らかに、クリントン前大統領の関わった数々の平和維持活動は含まれてこない。米国がボスニアの多国籍軍への参加を見直そうとするゆえんである。

 米本土ミサイル防衛(NMD)の問題についても、新政権の立場は同様の青写真に支えられている。ブッシュ大統領は繰り返し、このシステムの配備が米国だけでなく他の同盟国にも恩恵をもたらすものだと示唆したが、別の論理が働いているのは明らかである。彼自身、次のように述べている。「米国の防衛は、来たる21世紀の重要な優先課題となるだろう」。つまり、NMDシステムを「できるだけ早く」配備するということになる(5)。政権サイドの説明によると、北朝鮮やイラクのように、非理性的な指導者がいて、弾道ミサイルを保持している「ならず者国家」からの国土防衛が、NMDの目的である。他国が引き起こす不測の事態に対し、米国が慎重な防衛策をとっているだけの話だというのだ。

 ところが、公式の発言を注意深く分析すると、NMD計画は積極的な攻撃戦略の中核となっているように見える。敵のミサイルを無力化するNMDシステムが配備されれば、「抑止」の制約から解放された未来の米国大統領は、核弾頭か何かを搭載した弾道ミサイルによる報復の危険にさらされることなく、「ならず者国家」を攻撃できるようになるだろう。

 この点は、はっきりと明らかに述べられたわけではないが、ラムズフェルド国防長官の発言などにも表れている。もしサダム・フセインが大陸間核ミサイルを保有していることを知っていたならば、米国は1991年にイラクに対して「砂漠の嵐」作戦を実施しなかったかもしれないという。「ミサイル防衛を展開しなければ、たいへん危険なことになる。ミサイル武装したならず者国家との対決に際し、我々は行動の変更を迫られ、わが国の利益を追求しにくくなるだろう(6)

力ある立場

 米国中心主義に続く二つめの柱は、世界における米国の介入能力の拡大を追求することである。米国の軍事戦略では、常に世界規模の展開能力が重視されてきた。米軍にとって、冷戦は世界規模の闘争であり、世界のいかなる地域でも敵対勢力と対決するための手段が必要とされた。とはいえ、主要な作戦地域は欧州大陸となるはずであった。軍隊はそれゆえ、中欧の平野部における大規模な陸戦に適するように編制され、大量の戦車や重火器などを擁していた。当時は、輸送の問題を考慮する必要がなかった。欧州の米軍基地に置いておけばよかったからである。

 この前提は冷戦の終結によって崩れた。中欧であれ他の地域であれ、米国はもはや大規模で長期にわたる戦争に備える必要は考えていない。むしろ、世界の随所で短期間に密度の高い戦闘活動を行うことを考えなければならない。世界各地に兵器や兵員を置いておくのが不可能である(受け入れ国も少ないと思われる)以上、米国内の基地から部隊を速やかに移動させ、展開する算段を付けなければならない。これも今さら新しい問題ではないが、ペンタゴンの兵器の大半は冷戦期に開発され、輸送が困難な代物である。我々はコソヴォ戦争の際に、この種の問題を目にすることになった。重装備を前線に送り込むのは一苦労であった。紛争終結後、米国の軍事関係者はこの問題について大きな懸念を表明している(7)

 ブッシュ大統領は議会の承認さえ得られれば、戦闘部隊の柔軟化、展開の容易化を優先事項とするだろう。陸軍に関しては、大規模な装甲部隊が消え、小規模で移動性の高い部隊が創設されるようになる。各部隊は小規模になる代わりに、精密誘導兵器 (PGM)を装備される。海軍の場合は、航空母艦のような巨大な戦艦よりも、小さめで探知されにくく、あらゆる種類の誘導ミサイルを搭載した「兵器母艦」が重視される。

 もともと移動性の高い空軍では相対的に変化は小さいが、空中給油能力と長距離輸送能力の向上が求められるだろう。

 全体としては、2001年2月13日にブッシュ大統領が述べた通り、「装備を軽くしつつ、殺傷能力を高めた」陸軍、「世界各地で高精度の攻撃を遂行できる」空軍、そして「陸戦部隊の能力を最大限に発揮させる」海軍が目標とされている(8)

 こうした動きは、ペンタゴンの調達計画に重要な変化をもたらし、既得権益を有する軍需産業の不満を呼ぶだろう。つまり、抵抗が予想される。しかしながら、新政権はあらゆる地域、とりわけ東アジアにおける戦闘で確実に勝利すべく、陸海空軍を刷新する決意を固めている。

 三つめの柱として、ブッシュ政権は軍事的な優位を長期にわたって保持するつもりでいる。米国はすでに、今後数十年は他者の追随を許さないほど圧倒的に優越した軍事力を持っているのだが、新政権にはさらに長期的な青写真がある。米国の軍事的優越を無限に維持しようというのだ。1999年にブッシュ氏は以下のように表明している(9)。「我々の重要な目標の一つとして、米国の平和的な影響力を世界中で、また時代を通じて発揮していかなければならない」。そして米国は、特にアジアにおいて、いかなる大国も連合も地域の安定を脅かすことのないよう、「力ある立場を保持」しなければならないとも述べている。こうした大綱の原案は、1992年に起草されたペンタゴンの秘密報告書「防衛政策指針1992−1994」の中に見ることができる。

 ブッシュ大統領は力ある立場を保持するため、米軍の兵器が攻撃用、防衛用を問わず、いかなる敵よりも常に一世代は先を行くように、国内の科学と技術を総動員しようとしている。彼はこの点で、誘導兵器、衛星や航空機搭載センサー、ロボット兵器、低出力核兵器、そして例のNMD弾道ミサイル防衛システムといったハイテクを念頭に、戦争概念の見直しを求める「軍事革命」論者に従っている。

 先に見たように、NMDというミサイル防衛の傘は、米軍が好きな時に好きな手段によって敵国を攻撃できるようにするためのものと言える。地域レベルでは、紛争のおそれのある戦略地域に戦域ミサイル防衛システム(TMD)を配備するということになる。NMDは紛れもなく、恒久的優位戦略の中核を成しているのである。

 要するに、ブッシュ政権の計画は、欧州にも世界全体にも多大な影響を及ぼすことになる。欧州連合(EU)が安全保障分野で対等な協議を求めても、自国優先を唱える米国内の勢力にぶつかるのは避けられない。また米ロ関係、米中関係を改善させるために努力を重ねても、両国は不信の目を向けるだろう。ロシアや中国が二級の大国に押しとどめられることを懸念するのは理解できる。

 つまりブッシュ大統領は、非常に危険な賭けをしている。かつて支配的な大国が自国の優位を無限に強化しようとする度に、それに対抗する勢力が現れた。そして次に起こるのは、軍拡競争や大規模な戦争であった。

(1) ニューヨーク・タイムズ紙2000年12月29日付より。
(2) 1999年9月23日、サウスカロライナ州チャールストンでの演説より。
(3) 2001年2月14日、ウエストヴァージニア州チャールストンでの演説より。
(4) ニューヨーク・タイムズ紙2000年9月1日付より。
(5) 1999年9月23日の演説より。
(6) 2001年1月11日、上院軍事委員会での証言より。
(7) エコノミスト誌(ロンドン)2000年11月11日号、29〜30頁、およびウォール・ストリート・ジャーナル紙2001年5月4日付参照。
(8) 2001年2月13日、ヴァージニア州ノーフォークでの演説より。
(9) 前出1999年9月23日の演説より。


(2001年7月号)

All rights reserved, 2001, Le Monde diplomatique + Jayalath Yoshiko + Miura Noritsune + Saito Kagumi

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