ハイチ経済を支える麻薬取引

クリストフ・ヴァルニー特派員(Christophe Wargny)
国立美術工芸学院助教授、パリ

訳・斎藤かぐみ

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 国際社会は1997年以来、政治的混乱の続くハイチ向けの融資を凍結している。2001年5月初め、隣国ドミニカ共和国のメヒア大統領は、ハイチの窮乏と不安が続く限り地域の平和と安全は望めない、と国際援助の再開を訴えた。援助資金の不足がこの国をいっそうの混迷に陥れている。政治的空白が続けば、幅を利かせるのはマフィアである。過去4年間で麻薬取引は3倍以上に膨れ上がった。すでにイメージダウンの著しいハイチは、さらに麻薬が自由に取引できる国という悪評まで兼ね備えることになってしまった。[訳出]

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 写真が満載されたガリマール社のすばらしい最新版ガイドブックのページをめくっていると、18世紀に「アンティールの真珠」とうたわれたハイチへと心は駆ける。ところが、いざ現地に来てみると、短期居留者はいるものの、旅行者の姿はまったく見当たらない。この島の社会経済は史上最悪の状況に陥っている。政治状況についてもまた、諸外国からさんざんに言われている。貧困の蔓延、放逐、壊滅、荒廃、悪夢、難破、崩壊、十字架への道行き、カオス、終末、といったように、聖書に由来するもの、しないものを取り混ぜて、さまざまな形容詞がニュースにあふれている。民主化に向けた歩みはすでに15年にも及び、その間、国際社会の対応にも一貫したポリシーが見られず、これならジャン=クロード・デュヴァリエ独裁時代の傀儡政府の方がましだったという声さえ聞かれるほどだ。

 政治家の姿勢は、ひたすら無責任に終始した。政府の空白期間が1年半(1997年6月から98年12月まで)、次いで議会の空白が同じぐらい(1999年1月から2000年5月まで)続いた。さらに、その後の1年は、選挙と抗議運動に明け暮れた(1)

 政治家たち、なかでも落選組の特徴を見てみると、海外の一流校の出身者が多く、アメリカ大陸中でも最貧の部類に入る自国民に対し、無意識のうちに侮蔑感を抱いているのが何ともやりきれない。治安は次第に悪化し、国民の自由が侵害される状況も増えている。野党勢力は当然ながら少数派で、しかも様々な党派に分かれているが、大使館関係者の支持の下、アリスティド大統領が95年の政令で廃止した国軍の復活を主張する。

 2000年5月21日に行われた総選挙で、国政に関わる機関はいずれも一新された。この選挙は、手続き上は様々な点で問題が出てきたものの、実質的な結果は疑問の余地なく大統領与党ファンミ・ラヴァラスの圧勝だった。しかし選挙の結果、ハイチの転落と孤立はかえってひどくなった。4年前から先細りになっていた国際援助資金は、もはやどうしようもないほどに不足している。援助資金の規模は、ほぼ国家予算に匹敵する。つまり、遅れに遅れた給与を公務員に支払い、残る2割を期限きっちりの債務返済に回せば、それでもう国庫に何も残らない。

 これまで、国際援助資金はハイチ経済を支える三つの柱の一つになっていた。テタンバ経済(2)とあだ名されるハイチ経済は、主にインフォーマル部門に支えられていて、輸入は輸出の5分の1ほどでしかない。国際援助方面で今でも健在なのは非政府機関(NGO)だけで、貴重な資金をもたらしてくれるとはいうものの、その実態は政府もつかみきれていない。活動団体の数は全国で250以上と史上最高に達する。かなり目立つのがアメリカの宗教系NGOだが、なかには開発よりも布教に熱心なものも少なくない。

 ハイチ経済の命綱となっているのは、むしろ在外ハイチ人である。ニューヨークやマイアミ、モントリオールやアンティール諸島に渡った200万人の移民が、国家予算の3倍に相当する10億ドル弱を本国に供給する。さらに、彼らの「成功」はボートピープルや頭脳流出の促進要因にもなっている。

 三つ目の柱は麻薬である。ハイチは生産地でも消費地でもないが、アメリカに入るコカインの大半はフロリダを経由し、その6分の1はハイチから運ばれる。米麻薬取締局の調査によると、2000年の取引量は史上最高の規模となり、1991年から94年までの軍事政権時代をも上回る。米国務省の最近の報告では、「ハイチを経由した南米産コカインは、98年には54トンであったが、99年には67トンに増え、アメリカに入り込むコカインの15%を占めるまでになった」という(3)。当局による押収量は取るに足りず、今やハイチはきわめて安全な経由地と見なされている。

 コロンビアとフロリダの中間というのは、まさに立地として完璧だ。しかも海岸線は全長1500キロに及び、領空は監視が行き届かず、まともな政府がなく、対策の手立てに欠け、汚職は蔓延、コストは割安、と絵に描いたような条件が整っている。クリントン政権のクリストファー米国務長官は、ハイチを先行きのない「破綻国家」と呼び、あっさりと見放した。コロンビアの密輸業者にとっては、願ったり叶ったりだ。彼らの拠点はハイチの首都ポルトープランス郊外の住宅地、ペチョンヴィルにある豪邸「エル・ランチョ」に置かれている。ここはいわば国内の別天地で、受付ではスペイン語も使える。

 コカインは高速挺や小型飛行機であちこちから運ばれてくる。受け渡しが必ずしもこっそり行われているとは言いがたい。たとえば2000年10月、北西端の町モール・サン・ニコラ郊外でのこと。コロンビアの飛行機が1機、簡易飛行場に着陸した。積荷は400キロのコカイン、受取人は待ち構えていた地元警察である。これは不注意のなせるわざだったのか、それとも予定通りの展開だったのだろうか。さらに情報をかぎつけた住民も獲物の分け前を要求した。少し前に南西部のグランド・アンス地方やレ・カイ近郊でも見られたように、この種の騒動は昨今では珍しくない。警察はといえば、一時的に手にしたにすぎない品物の分け前を与える立場でもない。農民たちは道路をふさぎ、警察の軽トラックと、それから積み荷の麻薬を巻き上げた。最悪の事態をおそれた憲兵隊はそそくさと逃げ出し、パイロットの放置した飛行機は燃やされた。数日後、現場に(コロンビアからではなくポルトープランスから)機動隊と民間人がやって来て、目ぼしいものをかき集めて持ち去った。誰かに命じられたのか、それともどこかで話がついたということなのか。

 この種の貨物がやって来ると、地元の町も少しばかり潤う。手数料をいただく場合もあれば、船荷の木炭に混ぜて個人的にポルトープランスに送るという場合もある。乾いた土地で種まきをするよりも、この方が確実な収入になる。ドゥニゼ警察長官が40人いる麻薬対策専門官の何人かを張り込ませられないこともないはずだが、そうした措置はとられなかった。国軍が解散された後、警察は国連から訓練を受けることになったが、その大部分は今ではマフィアと通じている。たとえば密輸品の飛び交う小さな西方の港町、ミラゴーヌに赴任した場合、月給300ドルをもらって監視の目を光らせるより、その10倍をもらって眼をつむる方が賢いというものだ。そうすれば、発電機の付いた豪邸を建て、召使いを雇い、四輪駆動車も手に入れることができる。

 治安の悪さに苦しむ首都は別として、ハイチの人々の態度はどっちつかずだ。たとえばミラゴーヌでは、密輸が一部の住民に仕事(運搬、隠蔽工作、書類偽造など)を与え、インフォーマル部門のビジネスを作り出している。北部の町カップ・アイチアンには、アメリカの税関検査をくぐり抜けられるような隠蔽工作のスペシャリストもいる。

不可欠の支援

 このありさまは、ハイチ警察に訓練を施した国際社会にとって手痛い失敗だ。最初は6000人いた要員も今日では3000人を割り込んでいる。プレヴァル前大統領時代にも目に余るような警察の汚職がなかったわけではないが、横領や汚れ仕事の経験豊富な軍人くずれが流れ込むにつれ、現場の状況はますます悪化した。その結果、まともな人間は次々に辞めていった。カナダのレジーナで訓練を受けた100人ほどの若手幹部(うち3分の1はハイチ系カナダ人)も、赴任先の現実を見て意気沮喪してしまった。行政の権限は弱く、派閥の論理で動き、司法も腐っている。「われわれが任務に就こうとすれば、やらせておけ、と耳を疑うような命令を下してよこす。逮捕した連中を恐喝したり、部下にばかげた配置転換をくらわせたり。カネをもらって民間人の家を警護する者もいた。われわれが習ってきたこととはまったく逆だ。やりにくくてたまらなかったよ」。最近辞職したばかりのジェラールが吐き捨てるように言った。

 町中で警官の姿を見かけることはほとんどない。本部に行けば何人かは見つけられる。どのみち3分の1は大統領府直属のエリート部隊に詰めている。それと、副業代わりに民間の警護活動を請け負う者もいるから、国家警察の制服を着た人間には会えなかったとしても、ポルトープランスの町を歩いていれば、どこかの銀行や豪邸で大量の私兵を目撃できるはずだ。どんなに小さなスーパーマーケットにも、ウジ銃(4)を構えた男が必ず1人は立っている。

 スーパーマーケットを兼ねたガソリンスタンド、銀行や貿易会社、それに豪邸や高級四輪駆動車の数は確かに増えている。麻薬マネーの一部が地元に落ちるからだ(とはいえ、大半はアメリカのような安全な国に移される)。現金の移動は法律で制限されているが、銀行の遵法意識は相当いいかげんだ。ペチョンヴィルにはあぶく銭の札ビラが出回っており、物売りや召使いのポケットに入ることはないにしても、とどまるところを知らない新築ラッシュを生んでいる。

 1994年以降は大規模な国連部隊がハイチに駐留し、コカイン取引も少しは影をひそめたかに思われた。しかし、警察が訓練を受けても、司法の改善が伴わない。それに、経済が期待に反して伸び悩んでいる。時にはディーラーが逮捕されることもあるが、いつのまにやら出所している。「麻薬成金」や有力者、汚職役人などの圧力に抵抗するのはなかなか難しいものだ。最近も、ダニー・トゥッサン上院議員(ファンミ・ラヴァラス所属)が麻薬取引への関与を米司法省から疑われ、ハイチ国内の殺人事件にも一枚かんでいたらしいことが明るみに出た。一部の警察官を介して麻薬取引は他の議員にも広がっている。

 雇用の創出、関連する金額の大きさ(地元だけでも相当な額に上る)、他の密輸品との関係、地元住民の手にする漁夫の利、マネーロンダリング、間接的な政治資金源、金持ち向けの不動産取引といった具合に、麻薬取引は現地経済における一大産業を形成する。世界中から称賛される芸術品や、港湾地帯で組み立てられる製品を輸出するより、ずっと実入りがよさそうだ。港湾地帯の企業はよく積み荷のタダ乗り被害にあうが、それを探知するために麻薬犬を置いているような所はまずないと言える。

 独立200周年となる2004年に向け、ハイチ政府は大規模な開発計画を打ち出しているが、目下のところ国際援助の凍結という壁にぶつかっている。国家機構の変革まで含めた開発計画への大規模な支援を得られないまま、ハイチが麻薬という蜜の壺を手放すとは考えにくい。彼らは自分たちを鼻にも引っかけない隣の大国に対して、その存在をアピールできるような大した材料を持ち合わせていない。麻薬とボートピープル、それにアメリカ黒人社会の連帯感ぐらいのものだ。

 プレヴァル前大統領が1997年に受け入れた二国間協定により、アメリカの特殊部隊はハイチの領海や領空に立ち入ることができる。しかも何らの制約も受けない。とはいえ、アメリカの沿岸警備隊はむしろ、コロンビアの高速艇に比べて逃げ足ののろいボートピープルを熱心に捕まえている。ハイチ警察にはアメリカで訓練を受けた部隊もあり、CIA(米中央情報局)の内通者もいる。だが、特殊訓練を受けたハイチ警察が張り込んでいるドミニカ共和国国境(5)で、出国する移民の流れ(一日100人から200人)や、ハイチで陸揚げされて隣国の港へ向かう「粉」の流れが止まる気配はない。

 2000年度、ハイチは麻薬対策に関するアメリカ政府の年次報告で優等生の座から滑り落ちたが、今のところ「麻薬国家」にまで成り下がってはいない。しかしアメリカの今の共和党政権は、アリスティド復権をもたらした1994年の国際介入に批判的で、開発問題への関心も薄いから、2001年度は格下げに踏み切る可能性もある。麻薬対策と自由貿易というアメリカの要求の二面性に蓋をするには、ハイチは格好のスケープゴートである。

 こうした状況の下、第二期アリスティド政権が警察改革に腰を上げないわけにはいかないだろう。大統領は改めて、警察の任務が自由の保証と盗っ人の取り締まりにあることを徹底させなければならない。これに呼応するかのように、2001年1月以来マイアミ税関の動きが活発になって(6)、押収件数が過去に比べてぐっと増えた。

 とはいえ前途は多難である。北西の港町ポール・ド・ペの農民やミラゴーヌの港湾労働者は、自分たちの仕事を守りたいと思うだろうし、あぶく銭が落ちてくるのを期待しているかもしれない。そして、エル・ランチョ邸に出入りする名だたるボスたちが、プールサイドの特等席を喜んで手放すとは考えにくい。

(1) 「アリスティド派の最後のチャンス」(ル・モンド・ディプロマティーク2000年7月号)参照。
(2) “tet en ba”=“tete en bas(頭を低くして目立たないようにする)”から来たクレオール表現か。[訳註]
(3) ロイター通信2000年1月3日付で報じられたオルブライト長官の発言。
(4) イスラエル製の軽機関銃の名。
(5) ハイチが西3分の1を占めるイスパニョーラ島の東3分の2はドミニカ共和国領である。[訳註]
(6) Miami Herald, 16 January 2001, and Associated Press, 1 February 2001.


(2001年6月号)

All rights reserved, 2001, Le Monde diplomatique + Saito Kagumi

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