それでも街の本屋は生き残る

モーリス・T・マスキノ(Maurice T. Maschino)
ジャーナリスト

訳・萩谷良

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 「いいえ、うちは商売繁盛よ」
 ヴァレリー・マルタンは、我々が驚くのを面白がりながら言う。
「本屋稼業がこんなに順調なことって、これまでなかったといってもいいでしょうね」
 彼女が営むヴォワイエル(母音)は、40平米と、ささやかなスペースながら、センスのいい店だ。壁には、作家の写真や複製画などが掛かる。店の奥は子どもの本のコーナー。中央には新刊本を平積みにしたテーブルが3つ並んでいて、店主お薦めの本(1)には小さな目立たないラベルが貼ってある。経営は順調で、ここ数十年の間に起こった技術的、経済的変動の荒波にもめげず、今も黒字を続けている。

「20年間この商売をしていて、じつにいろんなことを見てきました」
 マルタン店主は続ける。
「フナック(2)が店舗網を広げ、ル・ディヴァンのような大型書店もすっかり根づいたし、オンライン書店のアマゾンが上陸したし、店をたたんだ同業者をいくつも見ましたよ。もうすさまじい状態で、私の店も売上激減だったけど、ともかく持ちこたえました。今では絶好調と言ってもいいぐらいだわ」

 成功の秘訣? 経営をしっかりして、どんなときでも油断せず、つねに好奇心を研ぎ澄ましていること。それから、たえず情勢に適応するよう心がけ、しかも本来の持ち味は失わないこと。大型書店はベストセラーが主力ですって? ヴォワイエルは品揃えで勝負して、店に置く本はすべて自分の目で選んでいます。
「いちばん面倒なジャンルに取り組んでいるんです。ここに来るお客さんは最新刊の売れ筋めあてじゃありませんから」
 客は店の雰囲気や、見識のある店主のアドバイスにも惹かれて来るものだ(ヴァレリー・マルタンは大変な読書家で、原稿や校正刷りにまで目を通す)。テーマを決めて作家を囲む討論会も人気で(先日はニーチェをとりあげた)、軽食を取りながら午前1時まで議論が続くこともある。
「ときどき魔法にかかったような瞬間があるんですよ。たいていは知らない人どうしなのに、すぐに打ち解けて、質問や話で互いに盛り上がるんです」
 売上は上昇し、友達づきあいの客もできる。ヴァレリー・マルタンが「とっても楽観的」になっても不思議はない。

 ヴォワイエルは例外だろうか? とんでもない。今回の取材で調べてみた30ほどの書店は、パリでも地方でも、元気をなくしているような気配はなく、経営難なんてどこ吹く風だ。もちろん、書籍配給会社や取次会社に対する辛辣な批判を口にし、仕事がきついとこぼしもするが、経営はだいたい安定している。店を広げるところも多い。例えばトゥールーズ郊外のラ・プレファス(序文)は、18年前の35平米が今では240平米だ。ル・アーヴルのラ・ガレルヌ(西北西の風)は100平米から1000平米に、トゥールーズのオンブル・ブランシュ(白い影)は90平米から1700平米に拡張した。財務状態は健全で、これらの書店の存続を脅かしていた脅威は、いずれも現実とならずに消えた。

 こちらが心配顔を向けると、書店主たちは、まさか、というふうに微笑するだけだ。パリに15区マルティール通りのラトリエ(アトリエ)をはじめ3つの店をもつエリック・プレサックに、どんな問題があるかと訊ねると、むっとした表情になった。
「問題? いや、逆に楽しいですよ。新しい本を見つける楽しみとか、それを人に広める楽しみとかね」
 しかし、フナックや大型店との競争とか、流通の系列化とか、生産過剰とかがあるのでは? そういう問題に、書店主たちは誰ひとりとして、自分からはふれようとしない。まるで問題そのものがないみたいな顔だ。

 競争は、最初のうちは脅威だった。経営が不安定になったり、廃業する店もあった。だが多くの場合、店の経営が健全で、店員に元気があれば、競争は街の本屋にとってプラスの刺激になる。パリ15区の小さな書店は、大型店ル・ディヴァンの進出に苦しめられはしなかった。
「私たちが彼らに活気を取り戻させたんですよ」と、ル・ディヴァンのクリスチーヌ・デーイ店主は言う。
 各地へのフナックの出店も、創造的書店発展支援協会(ADELC)によれば、多くの書店に刺激を与えてきた。「ADELCの援助を受けている本屋の近くにフナックが店を出すと、市場に活気が生まれることが確認されている。全国では14.63%の平均成長率が、フナックのある地区では18.6%(パリを含めれば16.57%)に達する(3)

 フナックは(ほかの大型店もそうだが)、出店当初は独立書店から客を奪っていくだろう。しかし、そうして奪われた客も、やがては戻ってくる。彼らはベストセラーは大型店で買っても、エッセイや良質の小説は行きつけの小さな書店で買う。フナックでは小さな店と違って、在庫の回転率が非常に速いから、あまり専門的な(小規模出版社などの)本やあまり需要のない本は棚に並ばないし、店員のレベルも高いとは言い切れないからだ。
「たしかに、店員教育はしているし、教育はよくやっています。しかし、あまりに急いで詰め込みすぎるし、それっきりで終わりなのです」と、元書店員のクレール・グリマルは言う。
「だから、教育を受けても頭に残らない。フナックのエトワール店は1400平米の大きさで、店員は60人いますけど、この手の大型店舗を展開するような中小企業となると、いつもだれかが病気や休暇、研修で欠勤している。そこでアルバイト店員が雇われるわけですが、能力的に問題のあることが多いですし」

 フナック、大型書店、独立書店は、それぞれ違った役割を負っているのだ。本を世の中に送り出す者と、それを大きく広める者。
「ほんとうの本屋は、生まれたての子どもの世話をするものです。そうすれば、他の店があとを引き継いでくれる」と、ミニュイ出版の営業部長で、ADELCの幹部も務めるアンリ・コースは言う。
 たとえば、パリの書店ラ・ブーシュリー(肉屋)は、マルタン・ヴィンクレールの小説『サックス氏の病』(4)を送り出した。店主のローランス・パトリスがある晩この田舎医者の物語を読んで気に入って、宣伝に乗り出したのだ。売れゆきのよさに驚いた出版元は彼女に電話をして、何があったのかと訊ねた。ほどなくして、この本はフナック全店に置かれ、客が奪い合うようにして買っていくようになった。

 「ええ、私たちは大型店とはとても違いますよ」と、ブザンソンでレ・サンダル・ダンペドクル(エンペドクレスのサンダル)を営むエリザベート・セルッティは言葉を強める。
「ことに新鋭の著者たちにとって、また読者にとってもね。それぞれの相手に合わせて対応し、能力のあるスタッフを揃えてますし、品揃えもあり、注文にも迅速に応えます。ここかしこで差をつけてますよ」
 今日の競争状態が、大規模店による小規模店の圧迫どころか、むしろ逆に働いていると言う声は、今回のインタビューで何人もの口から聞かれた。
「困らせているのはむしろこっちですけどねえ」と、大型店ル・ディヴァンのクリスチーヌ・デーイは言うが、ラトリエ店主のエリック・プレサックの意見は曲がらない。パリでレ・カイエ・ド・コレット(コレットの手帖)を営むコレット・ケルベルも、びっくりした顔で我々を見つめて言った。
「困るって、どんな? お互いに持ちつ持たれつよ。あの人たちのせいで不安になるなんてこと、別にないですけど」

 だが、昨年の夏休み明けの10月には400点近くの新刊が出るといった生産過剰状態では、大型書店のほうがうまく生き残れるのではないだろうか? そんなことはない、と、街の本屋はほとんど異口同音に言う。たしかに新刊本があふれかえっているから自分たちの仕事は増えるが、おかげで仕事の効率が上がっている。さえない本、つまらない本がほとんどの新刊本の山の中から、客の興味を惹きそうな良質の作品を選び出せるよう、まめに情報を仕入れるようになったし、はるかに多くの本を読むようになった。9月の新刊シーズンに向けた準備に、4月の時点から取りかかっているのだ。

 こうした店主たちは、いずれ電子ブックが普及して本屋が閉店に追い込まれるなどとは思っていない。第一、電子ブックのハードは5700フラン(約9万3000円)と高額だ。それに、インターネットでダウンロードするのは本を買うより経済的とは言えないし、さしあたりダウンロードできるのは、すでに声価の定まった作家の作品に限られている。
「30年前には、文法は遠からず消滅すると言われたものです」と、出版社スイユの営業員で、教職経験の豊かなエリザベート・ラトラヴェルスは言う。
「しかし、文法は相変わらず教えられています。何よりも、読者というのは決して単なるホモ・テクニクス(技術人間)ではありません。本に触って、ページをめくる楽しみ、人に貸したりする楽しみもあります。やっぱりカセットとはわけが違うのです」

店の個性を打ち出すこと

 本は豊富に出回り、客はひいきにしてくれ、売れゆきは順調。となれば、書店には追い風が吹いているのだろうか? 今の状況を過去30年間と比較するなら、答えは明らかにウィだ。いずれにしても、これまでの不遇な時代を生き抜いてきた店や、すっかり様変わりした業界に新たに参入した店にとっては、そう言ってさしつかえない。
「70年代には」と、ADELCのアンリ・コースは語る。「多くの書店が、在庫を抱えるなんて本屋の沽券にかかわると考えていて、インテリ然としたイメージを醸し出そうとしていました。それに第一、自分を商売人とは思ってませんでしたからね。ご存知の通り、昔の本屋はそれはもう気位が高かった。ジョルジュ・バタイユやアントナン・アルトーの全集を揃えているのを自慢する者も多かったし、もし推理小説やマンガなんか売る羽目にでもなったら落ちぶれたって思ったに違いないですよ」

 プライドに埋もれ、しばしば客を見下し、時代遅れの考え方にしがみついていて、出版社アシェットの営業員ジャン=リュック・トラールから「文化の神殿の巫女たち」と揶揄される書店主たちは、書籍流通業を襲った大きな変化の波を見ず、また見ようともしなかった。書店業は工房の時代から産業の時代へと移行した。系列化が進み(書籍配給・取次グループの形成)、情報処理が普及し、在庫の回転や厳格な会計が要求され、これらの変化に対応するために近代的な経営方式が学習された。ところが、多くの書店は、旧態依然たるエリート意識を鼻に掛け、本屋と図書館を混同し、それまでのやり方で仕事を続けるばかりで、周りの変化に気づかず、あるいは道を見失って、倒産に追い込まれていった。書店の倒産は、都市構造の変化や地域経済の不振によっても加速されたとはいえ、それだけで説明のつくことでもない。ここでも、それぞれの書店の適応能力が、大きくものを言っているのだ。

 構造不況に苦しむ北部地方のような地域でも、独立書店は、根を下ろし、発展している。
「ルベにも、アミアンにも、リールにも、アラスにも、新しい本屋ができています」と、スイユ社のエリザベート・ラトラヴェルスは言う。
「私もひとつ、ダンケルクにできた店を知っていますけど、そこは平気でヴァージン・メガストアのそばに店を開いて、ちゃんと儲かっているんですよ」

 業界の再編や系列化といった客観的要因を重視して、もっぱら経済の論理だけで考えてしまうと、往々にして忘れがちなことがある。一人ひとりの人間は、状況を全面的に変えることはできないにしても、抵抗戦略を編み出すことはできる。そして、一見すると自分たちに不利な制度の中で、ゲームのルールを逆手にとることもできるものだ。街の本屋はそれをよくわかっていた。

 1981年のラング法では、書籍の再販価格維持が打ち出されている(ただ、ほとんどの客はこのことを知らず、大型店のほうが安いと思い込んでいる)。また、88年以降は、ADELCの支援制度を活用できるようになった。出版社4社(ミニュイ、ラ・デクーヴェルト、スイユ、ガリマール)によって設立され、その後に参加出版社も増えたADELCは、書店に運転資金を貸し付け、実権を伴わない程度の資本参加(5%)を行い、貸し付けた資金が完済されれば手を引く(返済期限は最大限8年以内)という形で街の本屋を支援している。この制度のおかげで、開店にこぎつけた店もあれば、財政を立て直した店もある。もしADELCが存在しなかったら、多数の独立書店は今ごろ火の車だ、と言い切る者もいる。そして、かなりの店がまったく日の目を見ずに終っただろうと言う。大いに考えられることだ。

 資金のめどが付いたところで成功が保証されるわけではない。それに、ADELCが助成金を与えるようなことはほとんどない。とはいえ、書店主は借りた金を返す必要があるから、店をはやらせることを考えなくてはならない。人によってやり方はさまざまだが、めざすところは同じ。店の個性を打ち出すことだ。例えば、カーンにあるブルイヨン・ド・キュルチュール(文化の草稿)は、店のつくりで個性を出そうとする。店内がまるで迷路のようになっていて、客は上がったり下ったり、時には迷ったりする。こんなふうに、あてもなく店内をうろつくのは、なかなか楽しいものだ。もっと面白い例もある。ギー・ド=ラ=ポルトが営むラ・ガレルヌでは、中央にカフェを設けている。ここは、昼になるとレストランに変わり(サラダ、オムレツ、タルトが出る)、毎日40人ほどの客がテーブルを囲む。
「人が本屋に来るのは、くつろぐためもあります。本を見る。話をする。ちょっとした楽しみを得る。数えてみたところ、入ってくる人の35%は別に本を買うというつもりもなしに来ている人です。でも、その人たちが気に入ったら、話題にしてくれるし、友達を連れて来てくれる。そうでなくても、ぱらぱらと目を通したり、立ち読みはするでしょう。それに、本を好きになってもらうようにするのが、我々の役割ではないでしょうか?」
 店主は、よく何も買わずに長いこと店にいすわる人たちにも、まったく何も言わずにいる。折しも、一人の高齢の男が、ひじ掛け椅子に身を沈めて、膝に載せた美術書に見入っていた。ル・アーヴルから30キロのところに住み、よくラ・ガレルヌに来て一日を過ごしているこの男は、夕方5時ごろようやく腰を上げ、長距離バスで帰っていくのだ。

 オリジナリティあふれ、客に心地よい空間を提供するところも多いとはいえ、本を売るという本来の仕事も書店は決しておろそかにはしない。ディスプレーの仕方にも気を配り、買ってくれそうな客の注意を惹くラベルをあちこちに貼り付けておく。
「ラベルはまず不可欠ですね」とレ・サンダル・ダンペドクル(ブザンソン)のエリザベート・セルッティは言う。
「こんなにたくさんの本があったら、とほうにくれてしまいますもの。分野別とかテーマ別とかで並べてあったって、頭がくらくらしちゃうでしょう。それに、お客さんの多く、特に初めて来店する方の場合は、気後れしているものです。本を恐がっていると言ってもいいぐらい。店の者に何か聞くと無教養だと思われるんじゃないかとか。ラベルはそういう人たちの手がかりになると思いますよ」
 たしかにそうだろう。ラベルが押しつけがましくなく、書き方が簡潔で、数が多すぎず、そして、その本がお薦めだと言う店主のファーストネームが書いてあったりすれば、なおさらだ。でも、ごくごく少数とはいえ、ラベルが本をほとんど被い隠していたり、色がけばけばしすぎるとか(黄色、グリーン、オレンジ)、コメントが陳腐だとか(「すばらしい」「すごい」「400頁の幸福」)、それで本の中身はほとんどわからないような場合もある。もっとも、サン・モールで書店を開いているジェラール・コラールによれば、それで客が引くようなことはない。店主が棺に見立てた小箱をウィンドウに置いて、自分の気に入らなかった本をそこに放り込んでみせると、客は大いに面白がってくれると言う。

 そこまで奇抜でない書店では、入口の台にお薦めの本を並べているが、あえて選別をしなかったり、あるいは別の選び方をするところもある。
「本によっては、6カ月から8カ月の間、平積みにしておきます」と、オンブル・ブランシュ(トゥールーズ)のクリスチャン・トレルは説明する。
「本を押しつけるというより、客の興味を呼び起こそうとするのです。お客さんはそんなふうにして、知らなかった作家を発見したり、特定のテーマを掘り下げたりすることができる」
 書店の直接的、あるいは間接的な配慮がかなりの役割を果たしているとすれば、それぞれの店の(相対的な)専門化や店員の専門能力が大いにものを言うことになる。オンブル・ブランシュの場合、7万5000点、12万冊というきわめて多種多様な品揃えを提供しているが、一部の分野(文学、人文科学)はとりわけ充実している。
「それぞれの分野を専門の店員に任せているのです」と、クリスチャ・トレルは語る。
「人文科学部門の責任者は民族学、中世史、精神史に関する該博な知識の持ち主です。これらの分野で本を探すんだったら、どんなに細かい注文を付けても、彼が必ず見つけ出しますよ」

 4年前にパリにラ・ブーシュリーを開店したローランス・パトリスは、フランスと外国の文学に力を入れ、なかでも自分の気に入った本は目立つところに置いているが、子どもたちにも格別の注意を払っている。店の後ろには、児童書を置いた子ども用のスペースがあって、親がほかの売り場を見ているのをそこで待っていることができる。それに、邪魔されずにすんで大助かりの親たちが、あとで子どもの見ている本を買ってくれるかもしれない。ローランスは、ときどきちょっとした催し物も企画する。
「やっぱりハリー・ポッターを無視するわけにはいかないわ」と、彼女はおどけて言う。
「最新刊(5)が出た日には、うちにも100人くらいの子どもが来て、おやつを食べたり、福引きをしたりしていきました。J・K・ローリングのほかの本を読んだ子ども2人が、ほかの子たちにあらすじを説明したり」

 客を引き寄せる方法は、ほかにもいろいろある。定期的に著者を呼んで、サイン会を兼ねた討論会を開く。あるいは、ヴォワイエル(パリ)でやっているように、ワインや軽食の会に呼ぶ。それぞれの書店には、それぞれの趣味、そして力量がある。作家を招待するのは高くつき、諸経費、宿泊費、食事代、宣伝費を合わせると軽く2500フランから3000フラン(約4万円から5万円)になってしまう。オンブル・ブランシュ(トゥールーズ)では、5年前から毎週2人か3人の作家を迎え、店内のホールでイベントを開いてきた。ブルイヨン・ド・キュルチュール(カーン)は、店が手狭なので、イベントをやるときは大学の講堂や団体の施設などを借りているが、ほとんどの書店の場合は、テーブルと椅子と陳列台を片づけて、主賓と参加者のためのスペースをひねり出している。

 議論の場を設け、個人的なつながりをつくり、知識を役立て、親切にもてなすことで、書店は客にひいきにされるようになる。
「お客さんが私たちを後押ししてくれるのです」とローランス・パトリスは打ち明ける。
「私たちが気づかなかった本を教えてくれますし、こちらの目を開くようなコメントをしてくれたり、それで本の選び方を見直す場合もあります。ほんとにもう、いろいろとお世話になっているのです」
 大規模書店で見つけた本を、行きつけの小さな本屋で注文してくれる客もいる。
「必ずうちを利用してくれるお客がいます」と、コロミエ(トゥールーズ郊外)で店を開いているミシェール・カプデキは語る。
「私は、商売人である以前に、お客様との交流が自分の仕事だと思っています。なんと言っても、人間関係はとても大切ですよ」

事業状況をきっちり把握すること

 しかし、本屋はまったくの自由気ままにできるわけではない。客にとっては居心地のよい隠れ家であるとしても、それを維持するには、ありとあらゆる注意が必要だ。というより、毎日が闘いと言える。川下では客に依存しているし、川上では書籍配給会社や取次業者に依存している。アシェット、アヴァス、ヴィロなどの大手・中堅に限らず、小規模な会社も含め、書籍の発売を手がける書籍配給会社は、書店を2つか3つに分類している。店の売上高、イメージ、場所に応じて、A、B、Cなどとランク付けしているのだ。それに従って、書店を訪問する営業部員の数(Aランクなら20人から30人、Bランクなら1人か2人)、訪問時間の長さが決められる。

 「書籍配給会社の営業は、私たちの主要な情報源です」とローランス・パトリスは言う。
「もうじき出る本や自分が読んだ本を教えてくれますし、私たちや顧客の好みも知っています。彼らの協力は欠かせません」
 ヴォワイエルのヴァレリー・マルタンも言う。
「彼らなしでは仕事になりません。もし彼らがいなくなってしまったら(事実、コスト節減のために、いずれ営業員が廃止されてカタログ販売やデータ通信に代わるという噂は絶えない)、著者にとっても、編集者にとっても、書店にとっても大変なことになるでしょう」
 書店から注文を受け、注文に応え、補充と返本を引き受け、請求書を作成し、(激しい攻防の末に)リベートを増やしたり断ったりする取次会社との関係は、いっそう緊迫したものとなる。大半の書店は、取次会社を容赦なく批判する。

 例えば、注文への対応が遅すぎるという。
「パリに頼んだ本がこっちに届くのに6日もかかるんですよ」と、トゥールーズ郊外に店をもつミシェール・カプデキはこぼす。
 サン・モールはトゥールーズよりパリに近いが、それでもラ・グリフ・ノワール(黒い鉤爪)のジェラール・コラールによれば「やっぱり同じくらいかかる」という。
 段ボール箱の中身についても、頻繁に問題が起きる。
「間違いなんて日常茶飯事ですよ」と、ブルイヨン・ド・キュルチュール(カーン)の店主。
「時には、注文品の一部が届かないこともありますからね。1箱の段ボールを、30人のお客様がお待ちだというのに」

 頼んだ品物のほかに、頼みもしない物まで受け取ることもある。
「フランス・スタジアムが近くにあるからでしょうかね。いつだったか、頼みもしないサッカーコーチの自伝が6冊も届いたことがあったんですよ」と、サン・ドニでラ・フォリー・ダンクル(インク・マニア)を営むシルヴィー・ラバは憤慨する。
「返品すると、またよこすんです。最後はこっちの言い分が通りましたけど。でも、この『フォーク方式』と呼ばれる押しつけ配本は、まったく悪質ですよ。書店の意向をおろそかにしてる」
  支払期限もおろそかにされている。「返本」(6)しても、なかなか返金してくれない。それにひきかえ、注文した本の代金を払うのが困難になったと書店が支払い繰り延べを頼んでも、同意してくれるとは限らない。

 こうした苦情はもっともなのだろうか?
「ある程度はね」と、ラ・デクーヴェルト社の編集者フランソワ・ジェーズは言う。彼は数年前、取次会社と協力して、本の物流の改善に取り組んだことがある。
「フォーク方式の配本は、やってるところもあるでしょうよ。以前に比べれば少なくなりましたけど、『大きな店』が受け取らない本を『小さい店』にどっさり送りつける取次は今でもあります」
 とはいうものの、彼によると、ほとんどのトラブルは、取次会社に悪意がなくても起きるものだ。
「流通センターは、何百万冊という数の本を取り扱う巨大組織です。作業の大半は自動化されています。取次会社は本をコードで振り分けているから、読み取りエラーだってあるでしょう。もちろん機械の故障もね。ストもあれば、人事異動だってある。時にはミスだって起きますよ」

 たぶん、本と「良心的」な本屋の行く末にとって、いっそう深刻な問題は、需要がなくならないのに儲けが少ない本について、出版業界がなかなか重版に踏み切ってくれないことだろう。
「歴史や哲学や心理学の基本文献が次第に手に入りにくくなっています」と、レ・カイエ・ド・コレット(パリ)のコレット・ケルベルは語る。
「30点注文したとして、送られてくるのはせいぜい6つか7つです。ほかは『在庫切れ』とか『重版検討中』なんて返事が来るだけ。重版がたいして儲からないのは事実だし、取次のほうでも、なかなか捌けない本の在庫を抱えるのはいやがります。そんなふうにして、我々が何を売るかを彼らが決めてしまうのです」

 財務問題というのは決定的に重要だ。財務知識が欠けているか、あるいは知識を役に立てていないような書店があまりに多すぎる。ミシェール・カプデキのように、事業状況をきっちり把握しておこうとする書店主はほんの一握りにすぎない。
「私の店は、トゥールーズ近辺で最初にコンピューターを導入した店のひとつです。15年以上も前ですよ。これで、どんな本を売ったか、どんな本を追加注文しないといけないのか、どんな本を予約注文しておけばいいか、毎晩しっかり確認できます。手形がどうなっているか、支払期日がいつかということも、毎日チェックしています。急ブレーキをかけることもしょっちゅうです。いい運動ですよ、まったく」
 確かにきついだろう。だが、やらなければならない。書店の存続を左右する大事な仕事なのだから。

 そこでADELCでは、加盟店に研鑽を呼びかけ、研修会を実施している。また、書店どうしの個別指導のようなことも組織している。これは、経験豊富な店が、開業をめざす人びとを援助する制度だ。新米店主も対象だが、これがどうして、けっこう増えているのだ。本屋は身体的にきつい仕事だ。段ボールを開け、中身を出し、また箱に詰め、テーブルや棚に本を並べなければならない。必要な仕事量は膨大で、週に70時間近いなんてこともざらだ。ストレスも絶えない。リーヴル・エブド(週刊書籍)誌によれば(7)、89%の書店の財務状態は悪くはないものの、綱渡りすれすれのところが多い。そして給料は、店主やオーナーも含めてぱっとしない。店員の場合、初任給が法定最低賃金(約11万5000円)をやや上回る程度で、その後は8000フランから9000フラン(約13万円強から15万円弱)どまりだ。パリのある大規模書店の共同経営者2人に聞いても9500フラン(約16万円弱)、左岸ゴブラン界隈の書店主に至っては月にたった5000フラン(8万円強)だという。

 それでも、本屋志望者はあとを絶たない。彼らは古い世代より現実的、実務的で、パリでも(書店の少ない11区、12区、19区、20区など)、郊外でも、地方でも、果敢に店を出していく。そのひとりに、モントルイユの書店に勤めたのち、2年前にサン・ドニで店を開いたシルヴィー・ラバがいる。
「街中を歩き回って、店にする物件を捜して、中心部にすごく近いところに心ひかれる場所を見つけました。それまで小間物屋だったところです。銀行がローン(10万フラン)を組んでくれて、足りない分はADELCの貸付金でまかなって、それに自治体からも若干の助成金が出ました。しめて30万フラン(約500万円)です」
 面積60平米、がらんとした壁面むき出しの自分の「店」に入った彼女は、近所の助っ人の力も借りて、板を買って売り場をこしらえた。その意気込みにほれ込んで、いくつかの出版社は支払期限を長めに設定してくれた。以来、ラ・フォリー・ダンクルは、すっかり地域に溶け込んで、おおぜいの人でにぎわっている。それに、何人かのアフリカ作家を記念するパーティを開いた縁で、ブルキナ・ファソにある本屋と姉妹店になったのよ、とシルヴィー・ラバは語る。自分の仕事の将来に対する自信に満ちた口調だった。

(1) 特に、ジャン=ポール・コフマン『天使との闘い』(ターブル・ロンド社、パリ、2001年)、ポール・スマイル『華麗な男アリ』(ドゥノエル社、パリ、2001年)
(2) 書籍、音楽CD、その他デジタル製品などを扱う大型店の全国チェーン。[訳註]
(3) ADELC会報(ミニュイ出版、パリ、1999年6月)
(4) マルタン・ヴィンクレール(ジェ・リュ社、パリ、1999年)
(5) ジョアンナ・K・ローリング『ハリー・ポッターと炎の杯』
(6) 取次業者に代金支払い済みだが売れなかった本を返品すること。
(7) リーヴル・エブド2000年12月−2001年1月号(パリ)


(2001年6月号)

* 筆者名のカタカナ表記「マシーノ」を「マスキノ」に訂正(2003年5月3日)

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