天秤にかけられるパキスタン女性の命

ロラン=ピエール・パランゴー特派員(Roland-Pierre Paringaux)
ジャーナリスト

訳・瀬尾じゅん

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 2000年12月4日、国連総会は、女性を犠牲者とする「名誉の殺人」をなくすための対策を求める決議を採択した。この年の夏には女性問題に関する国連特別総会が開かれているが、それに先立つ2月に、ヨルダンで二人の王族が、この種の犯罪に対する刑罰を減免する現行刑法の改正を訴えるデモ行進の先頭に立った。しかし、今日もイスラエルで、パレスチナで、レバノンで、トルコで、エジプトで、モロッコで、あるいはウガンダで、ブラジルで(i)、家名を傷付けたという理由で奪われる命がある。[日本語版編集部]

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 女性が「台所の事故」で生きた火柱になるのは、パキスタンでは珍しいことではない。イスラマバードにある、暴力の犠牲となった女性を救済する市民団体の設立者、シャハナズ・ボカリのもとを訪ねれば納得がいく(1)

 彼女が見せてくれた写真に写っているパキスタンの女性達の焼け爛れた体は、バンガロールの病院で会った若いインド女性達と同じくらい悲惨である。しかし、ここではインドのように結納品や金銭が絡んでいるわけではない。このような残忍な事件は日常的に広がった暴力の一環なのだ。パキスタン人権委員会によれば、少なくとも女性の80%が、男性による暴力の犠牲になっているという。

 イスラム共和国パキスタンには、女性に向けられる特殊な暴力犯罪が存在する。いわゆる「名誉の殺人」である。この表現は、同様の犯罪が過去に、あるいは現在でも、不貞や復讐がらみの事件で温情の対象となっている他のイスラム諸国をも想起させるが(2)、パキスタンでの件数の多さは群を抜いている。

 「名誉の殺人」はイスラム以前からの慣行であって、女性を真っ先に虐げるイスラム原理主義を追い風としているとはいえ、真に宗教的な根拠を持つとは言えない。この問題は、何よりも、「名誉の殺人」は罰しないという、文化的、社会的な背景から来ているのだ。その根源には、バルチスタン州や北西辺境州、さらにはパンジャブ州やシンド州の部族社会にどっしりと根づいた古くからの慣習がある。彼らはこの種の殺人をカロ・カリ(不貞な関係の男女)の名で呼ぶ。

 こういった頑迷な家父長制の支配する共同体では、男達は、少しでも異性と戯れたとか、少しでも不貞の疑いがあるという理由で、妻を、娘を、姉妹を、そして母親を殺すのだ。ラホール、ペシャワール、イスラマバードなどの新聞を読めば、この種の事件の輪郭がうかがい知れる。2001年1月、スーム・モリの村で、二人の兄弟が若い男を銃殺した。家のそばをうろついて妹を冷やかすのをやめるよう、前から警告していたのだという。この二人は男に続いて妹も処刑した。トバ・テック・シングでは、妹を殺した若い男が警察に対して、彼女は同じ村の男性と「不義の関係」(というのがお決まりの表現)を持った疑いがあり、「自分が叱っても聞かなかった」と供述した。

 マンディ・バフディンでは、猜疑心に毒された事務員が「野獣のような凶行に及ぶ」事件があった。妻と子供五人を斧で惨殺したのである。さらに二人の子供が瀕死状態で病院に運ばれた。この殺人鬼は「妻の態度に疑いを持っていた」という。別の村では、二人の少年少女が川で裸になって水浴びをしているところを取り押さえられた。二人は性的関係を持っていたという村人の告発により、相談の後に家族自身の手で公開処刑された。さらに別の村では、若い女性が夫となった男性と婚前交渉を持っていたことを兄に打ち明け、殺されるという事件があった。

 どの事件を見ても、女性の体は家族の名誉の受け皿にされているかのようだ。不貞な関係を持つことで、女性は社会秩序をかき乱す。彼女の体は、男の意のままに売られ、買われ、交換される。このルールを犯そうとした女性、あるいは単にそう疑われた女性には、罰が下される。その罰は死に至ることもある。責められた女性が何を言ったところで重みを持たない。不義の性的関係や恋愛関係があると言われるだけで、一族の名誉、とりわけ男性の名誉が耐えがたいほど傷付けられたとみなされる。という理由を盾にして、男達は自らの手で落とし前を付けるわけである。

家か死か

 「実際に不義の性的関係を持った女性と、そう疑われただけの女性とを区別することはまったく意味がない。男の名誉を傷付けるのは他人の目、不実に向けられた疑惑なのだ。この国では、名誉は真実とは何の関係もない」と、この問題に関する多くの報告書の一つでアムネスティー・インターナショナルは述べている(3)。このような背景があるから、しばしば聞かれるように、ある男性が、となりで眠っている妻に裏切られた夢を見て目覚め、彼女を刃物で刺し殺すといった話も、なんら驚くに値しない。たいていの場合、手を下すのは兄弟、夫、叔父達である。人の集まる場所で斧を振るって、あるいは地方によっては銃を持ち出して。そして多くの場合、殺人者は逃げおおせる。

 こうした事件がどれくらい広まっているのかを推定するのは難しい。女性の地位向上のための全国委員会の委員長、シャヒーン・サルダル・アリ女史は、去年一年間で、少なくとも一日に三人の女性が「名誉の殺人」の犠牲になったと見ている。1999年には約1000件あったことが判明しているが、部族社会の残る地域には、明るみに出ない事件もたくさんある。「パンジャブ州だけで一日一件は起こっていると、ラホールの新聞が報じています。でも、これは毎年、全国で生まれる数千の犠牲者のほんの一割といったところでしょう」と、パキスタン人権委員会のタンヴィール・ジャハン氏は考える。この種の犯罪は性的関係だけに関わるわけではないから、犠牲者の数はなおさら捉えがたい。見合い結婚をいやがったり、離婚を申し立てたりしても、死の報いを受けることになる。 否決に終わった「名誉の殺人」処罰法案のきっかけとなったサミア・サルワルの悲惨な事件を見るとよくわかる。彼女は二人の女性弁護士、ヒナ・ジラニとアスマ・ジャハンギルを通じて離婚を申し立て、面会に押しかけた母親が杖の代わりと称して連れてきた運転手に殺された。ジラニ弁護士も重傷を負った。ペシャワール商工会議所の会頭職にある父親は、二人の弁護士こそ娘を殺した張本人だと言って提訴した。

 ジラニ弁護士は、「女性の生存権は彼女達が社会的規範と伝統に厳格に従うかどうかにかかっているのです」と語る。ほとんどの場合、社会における女性の立場は「家か死か」という古い言い回しで、身も蓋もなく括られてしまう。「女性には、家具ほどの個性さえもない。最近も、若い女性が自分の意に反する結婚をするよりは、と首を吊った。それだけが、こうした不幸な女達に許されることなのだ。両親の意志に逆らうのであれば、自ら首を吊るか、殺されるかを選ぶことだけが」という論説を、昨年、ドーン紙が掲載している(4)

 ザ・ニューズ紙は「農村に住む女性達の絶望」を報じ、「この声なき生き物は、原始的な生活様式に縛り付けられ、物よりもひどい扱いを受けている。彼女達は台所の用具であって、生きるも死ぬも男達の一存なのだ」と書いた(5)。パキスタンの「名誉を尊ぶ男達」はと言えば、好き勝手に女遊びをする権利を持っており、相手の女性を死の危険に陥れるのも構わず、自制しようなどとは露ほども考えない。

 この制度では、妻や姉妹が不貞を働いたとされる男は被害者ということになり、共同体は男が落とし前を付けることを期待する。何もしないことはさらにひどい不名誉となる。つまり、「名誉の殺人」は刑法上の犯罪とはみなされず、妥当な見せしめのように考えられているのだ。パキスタン人の多くが同意見であり、部族社会に属していない人々でも同様である。これでは、動機が名誉であろうとなかろうと、殺人者を殺人者として扱う法律を実施するのは難しい。この種の殺人者に対しては、政府もおおむね目をつぶっている。「警察も裁判所も、名誉の殺人の慣行を暗黙のうちに認めていて、他の犯罪者とはまったく異なる扱いをしているのです」と、ジャハン氏は言う。

 例えば、シャリア(イスラム法)のもとにイスラム法廷で裁かれる犯罪者は、彼の行為が「深刻かつ突然の挑発」への対処であったと認められれば情状酌量を与えられる。このようにして、自分の娘と若い男が「けしからぬ関係」にあるとして二人を殺害した男に対し、ラホール高等裁判所は刑期を無期から5年に減らした。被害者の行動はイスラム国家において許しがたく、一家の父親にとって耐えがたいものであるがゆえに、被告の行為には正当性があると認めたのだった。

 別の事件では、殺人犯が無罪放免となった。これらの判事の一部の心情は、ラホール高等裁判所で開かれたある離婚訴訟の際、一人の判事がジャハンギル弁護士に対して投げつけた罵声にも表れている。「あなたのいるべき場所はここではなく、刑務所だ」

 被害者に有利な判決が出されることもないわけではない。しかし、それは多くの場合に敵意、さらには暴力を誘発する。ジャハンギル弁護士は、離婚訴訟中に裁判所を出たところで襲われた女性達や、一部の者から伝統やイスラムに反すると見られた評決を出したために命を落とした判事達のことを語ってくれた。

法律の改悪

 「問題の激烈さにもかかわらず、政府の対応はよく言っても無関心という態度にとどまった。時には犠牲者の傷口に塩を塗り込むような真似に及んだり、裁判を阻止するようなこともあった」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチが報告している(6)。司法を緊密にコントロールする軍事政権は、この種の事件で民事訴訟を起こすこともできるのに、それもしない。統計が何よりもすべてを雄弁に語っている。逮捕や有罪判決のうち、「名誉の殺人」やカロ・カリはせいぜい一割でしかない。まさに殺人を奨励しているとしか言いようがない。

 ムシャラフ軍事政権は、ともかく幾つかの所信表明を出した。が、それだけである。ある外交官は言う。「状況を変えるには、政府が相当の努力を続けていく必要があります。慣習を打ち破り、国民の教育を推進しなければなりません。社会を根底から変えなければならないのです。しかし、政府にはそういった意志がまったく見られません」。政権に近い一部のイスラム関係者が女性の社会進出を言語道断としているだけに、政府はますます及び腰になる。

 これらのイスラム関係者は、1961年に女性の基本的人権を認めたイスラム家族法の改定さえも要求している。女性の地位向上のための全国委員会のメンバーでもあるシャラ・ジア弁護士が最近述べたように、政府には「名誉の殺人」対策に具体的に取り組むつもりなど、さらさらないのだ。「宗教勢力はあまりにも大きな力を握っているのです」と彼女は強調する。

 ここ20年来のイスラム原理主義の台頭と、(パキスタンの「タリバン化」とも言われる)シャリアの浸透が、女性の運命に深刻な衝撃を与えている。不貞と姦淫は死刑に値すると定めた1979年の政令は、刑法上の犯罪を宗教上の罪に変容させてしまっただけではない。この政令ができたことで部族社会の悪しき伝統が強化された。なかでも、パキスタンで頻繁に起こる強姦事件が処罰されなくなってしまった。立証責任は被害者の側にあるというのである。

 大局的に見れば、一部の政令や命令、法律が女性に対する差別条項を維持しているのは、パキスタン憲法に反している。また、パキスタンも1996年3月に批准した国連女性差別撤廃条約をはじめとする国際協定にも反している。しかし、そうした協定の遵守を求めて立ち上がった人々(市民団体、人道組織、報道機関、弁護士など)は、暴力的な反対キャンペーンの標的にされているのが実状だ。

 現実として、「名誉の殺人」やカロ・カリは相変わらず各地で多発している。ほとんど処罰を受けることがないというわけで、他の犯罪まで覆い隠すようになっている。ラホールの女性組織、シルカット・ガーが、最近起きた次のような事件を例に挙げている。ある村の男が殴り合いで相手を殺した。そのままでは何年も刑務所に放り込まれることになる。父親はそれはまずいと一計を案じ、「おまえの義理の妹を殺しておいで。そうすれば、死んだ男とカロ・カリだったということで済むだろうから」と息子を唆した。

 「もし、パキスタンが文明国家の仲間入りをしたいと願うのであれば、カロ・カリの悪しき伝統を封印しなければならない」と、ごく最近ドーン紙は書いた(7)。しかし、近い将来に実現できる見込みはない。ジャハンギル弁護士は取材の最後に悲しそうに言った。「パキスタンは、まだ人権を尊重することの必要性さえも理解していない国なのです」。ましてや女性の人権などさらに遠い話である。

(i) ル・モンド2001年4月5日付
(1) シャハナズ・ボカリはパキスタン進歩女性協会(The Pakistan Progressive Women Association)の会長で、イスラマバード、ラワルピンディの三つの大きな病院で「1994年以降、この種の事件が4000件以上起こっている」ことを調べ上げた。
(2) パキスタンほど大規模ではないが、一部の中東諸国にも「名誉の殺人」は残っている。特にヨルダン、パレスチナ、イエメンでは毎年数十件報告されている。
(3) No Progress on Woman's Rights, Pakistan, September 1998.
(4) Karachi, 3 January 2001.
(5) Lahore, 6 February 1999.
(6) ヒューマン・ライツ・ウォッチ「犯罪か慣習か、パキスタン女性の受ける暴力」(ニューヨーク、ロンドン、ブリュッセル、1999年8月)
(7) Aziz Malik, << Fighting karo-kari with education >>, Dawn, 3 January 2001.


(2001年5月号)

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