スイス金融界のたそがれ

ジャン・ジグレール(Jean Ziegler)
ジュネーヴ大学教授、作家

訳・北浦春香

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 国際犯罪組織マネーがスイスの銀行を通じて大規模にロンダリングされている(1)。この国では、司法、警察、刑事訴訟法といったものが各州の主権に委ねられている。その中で、ロシアのマフィアや南米の麻薬カルテル、あるいは中国の三合会の御用達にされて金融業界の名声に傷がつかないよう、何らかの対策を実際に講じているのはジュネーヴ州だけにすぎない。

 スイスの豊かさを支える富の第二の出所は、第三世界の独裁者やエリート層が汚職や搾取によって築いた財産である。スイスでは、通貨の兌換が規制されていない。そのうえ政治的には中立で、銀行は実利的で有能である。そのため、ナイジェリアのサニ・アバチャ、旧ザイール(現コンゴ民主共和国)のモブツ、ハイチのジャン=クロード・デュヴァリエ、フィリピンのマルコスといった世界中の独裁者一族が、その不正利得の預け先として、チューリッヒのパラデプラッツやジュネーヴのコラトリー通りに建ち並ぶ銀行に信頼をおいてきたのだ。

 ところが、スイスの法律は非常に複雑なため、アフリカや中南米、アジアの国で独裁政権が倒れたとしても、新政権が取り戻すことのできる財産はごく一部でしかない。例えば、サニ・アバチャは1993年から1998年に死去するまでに34億ユーロ(約3600億円)の私財をスイスの19の銀行に貯め込んでいたが、それが判明して凍結された口座は7億3000万ユーロ(約780億円)、さらにナイジェリア政府に返還された金額は1億1500万ユーロ(約120億円)にすぎない。

 三つ目の富の源泉は、とりわけ潤沢だ。国境を超えた脱税である。世界中から、なかでもドイツやイタリアやフランスから、課税を逃れようとする人々がスイスに資金を移している。理由は簡単だ。世界中ほぼどこの国でも、脱税は刑法上の犯罪になるが、スイスでは違うからだ。虚偽の納税申告や所得隠しは、ここでは行政法上の規則違反にしかならない。刑法上の罪に問われるのは、文書偽造を行ったときだけだ。従って、脱税者の立場からいえば、銀行の秘密は完璧に守られている。誰に対しても、その秘密が明かされることはない。

 スイスが世界のほとんどすべての国といわゆる司法協力協定を結んでいて、相互協力が原則になっているという反論があるかもしれない。しかし、ある国が協力要請に応じるのは、対象となっている事実が自国においても刑法上の犯罪とされる場合に限られる。ところが、スイス連邦の刑法には脱税という項目がない。従って、ドイツやフランス、イタリアの脱税者たちは、スイスの銀行、あるいはそのバハマ支店や香港支店に金を預け、枕を高くして眠ることができる。ジュネーヴ、バーゼル、ベルン、チューリッヒの裁判所や税務当局からフランス、ドイツ、イタリアの裁判所に情報が提供されることは、絶対にあり得ないのだ。

 とはいえ、風向きは変わってきている。バーゼル大学の研究によると、スイスの金融界は世界中の個人資産のおよそ35%を扱い、スイスの国内総生産(GDP)の11%を担っているが(2)、その金融界の不安を募らせるような動きがおきている。2000年11月27日、欧州連合(EU)の加盟国は資産所得に関する税制の調和について合意に達した。これは、いずれスイスの銀行にとって深刻な脅威となる。指令案では各国の税務当局間の幅広い情報交換を定めているが、その実施期限は2010年と遠い先のことで、差し迫った話ではない。そうはいっても、2002年末までに非加盟国と協議の場が持たれることになっている。真っ先に予定されているのがリヒテンシュタイン、モナコ、スイスといったヨーロッパ諸国で、これらの国は自国の法律をEU法に合わせることを求められている。つまり、近い将来、銀行の守秘義務がEUとの交渉の俎上にのせられるということだ。

 スイスでは1984年に、銀行守秘義務の見直しを問う国民投票が行われた。スイス憲法は国民発案を認めており、この国民投票は社会党、教会および労働組合の発議による。銀行の守秘義務は1934年の法律で定められており、銀行職員が顧客の身元に関する情報を漏洩すれば、たとえ相手が政府であったとしても犯罪となる。この規定の見直しは73%の反対で否決された。否決に持ち込むために、スイス銀行協会は多額の資金を投じて次のようなキャンペーンを展開した。守秘義務というのは、実に個人の権利であり、プライバシーを保証するものである。これを廃止すれば、全体主義国家への道を開くことになる。この論法は、国民投票でうまくいって以来、「小鬼たち」(3)の持論となっている。

反宗教改革以来の伝統

 しかし、そうこうするうちに、特にアジアの金融危機や各地の汚職事件の発覚がきっかけとなり、グローバル化した金融経済とタックスヘイブンが引き起こす問題が認識されるにつれて、世論も大きな変化を見せるようになった。議員の態度も変わった。例えばフランスでは、「ヨーロッパにおける金融犯罪とマネーロンダリングの規制および撲滅への障害に関する議会共同調査団」が設けられた。同調査団はリヒテンシュタイン(4)とモナコ(5)について歯に衣を着せぬ報告書を出し、スイスにも関心を示している。まだかなり限られてはいるものの、各国政府もこうした動きに追随している。

 もうひとつ、銀行の読みが甘かった点がある。かつての欧州経済共同体(EEC)、現在のEUへの加盟について、銀行は当然のごとく一貫して反対の立場をとってきた。1992年12月6日には、アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを残すのみとなった欧州自由貿易連合(EFTA)(6)とEUとの関税同盟である欧州経済領域(EEA)への参加を問う国民投票があったが、銀行が激しいキャンペーンを展開した結果、スイス国民の過半数は反対に票を投じた。これらの加盟問題についても、金融エリートは見通しを誤っていた。守秘義務を守り抜くためにはEUの外にとどまっていればよいと信じてきたのにもかかわらず、EUが脱税に関する規律を第三国にも適用するなどという決定を今になって聞かされたのだ。

 三つ目の過ちは、EUの金融政策における大きな流れを過小評価していたことだ。その流れは法制の調和と課税負担の軽減に向かっている。財政の均衡を維持するという前提がある以上、税率の引き下げは脱税防止措置の強化につながる。つまり、いずれはタックスヘイブンをつぶすということだ。

 シャトーブリアンが次のような言葉を残している。「周辺諸国でおきた大革命に対してあくまで中立を表明しつつ、スイスは他国の不幸を元手に富を蓄え、人類の惨禍を踏み台として銀行を築いている」。200年の昔から、金融界という特権階級はスイスの国家と国民の上に君臨している。この国は、法制から思考システム、選挙事務にいたるまで、金融界に望ましいような形につくられている。肥大化した銀行システム、そして守秘義務や匿名口座といった制度を通じて、彼らは世界の資本主義システムの中で隠匿者の役目を果たしてきた。

 チューリッヒ、ジュネーヴ、バーゼル、ベルンといった、規模が大きくて力があり、プロテスタントの多い都市国家が、経済的にも政治的にもまさにスイスの大黒柱となっている。こうした都市が金融分野でもつ力の源は、17世紀末における反宗教改革の勝利にまでさかのぼる。1685年、ルイ14世はナントの勅令(7)を廃止した。概して富裕だったフランスのプロテスタントは迫害され、財産を没収された。幾千がスイスに亡命し、あるいは資産をスイスに移した。それ以来、世界中から避難してきた資産を受け入れ、守り、かくまい、運用することがスイスの繁栄の礎石となったのである。

 資産隠しのシステムは第二次大戦を通して大幅に強化される。ヒットラーは明らかな難問にぶちあたっていた。ドイツの通貨は国際的な通貨価値を失っていたが、戦争遂行に必要な戦略的一次産品(鉄マンガン鉱石、マンガン、オスミウム、タングステンなど)は、世界市場で外貨建てで調達しなければならなかった。ナチは占領した国々の中央銀行に貯蔵されていた金塊を略奪し、強制収容所では金の結婚指輪やブレスレット、金歯を奪い取った。

 そして、1940年6月から1945年4月までの間に、こうして奪い取った金製品の75%はスイスに送られた。ロンダリングに手を貸したスイスの銀行は、これに替えて、兌換可能な自国通貨で毎月数千万フランをベルリンに送り続けた。スイスの銀行はこうして戦争の長期化に手を貸し、その間に自らも巨万の役得を手にした。この時期以降、スイスは世界有数の銀行帝国となったのだ。

徳と秘密

 金銭の扱いは、スイスにおいては秘蹟のような性格を帯びている。金を預かり、受け入れ、勘定し、蓄え、投資し、隠すといった一連の行為は、まるでそこに世界の秘密があるかのごとく厳粛に営まれる。それを汚すような発言は許されず、黙ってうやうやしく遂行すべきものなのだ。口がすぎれば罪となり、聖なるものを侵犯することになる。そのような冒涜は、当然ながら法によって罰される。

 カルヴィン派の聖なる蓄財という理論のもとで、金にまつわる沈黙と敬虔は特別な意味をもつようになる。ジュネーヴ、チューリッヒ、バーゼルの銀行(あるいはそのパナマ支店)は、道徳の厳しい番人の役目を担っているのだ。腹黒い者やよこしまな者が横行する世界では、沈黙こそが徳を守る。誠実な者だけがその見返りとして、銀行秘密の恩恵に浴すことができる。銀行家は原則として、徳を備えていると思われる者としか、金の貸し借りを行わない。教会の規範や国家の法によって定められた領分を超えるようなことは、銀行家は行わないものと考えられている(8)

 残念なことに、銀行の日常の行いはこの信念を無惨にも裏切っている。この挫折の第一の理由は、理論の面に求められる。カルヴィン派の教えでは蓄財それ自体に価値があるとするから、その末端に下位の人間がいて、無数の人々が搾取されるという図式を、価値とは言わないまでも避けられない歴史の必然として認めざるを得ない。この矛盾は明らかに、銀行が守秘義務を通じて実行していると主張する福音の平等の教え、信仰とそれが求める戒律を空虚なものにする。挫折の第二の理由は現実の中にある。まさにこの守秘義務が、銀行の言行不一致を助長しているのだ。

 中立、偽善、利潤・・・。スイスのシェアは世界のオフショア市場の27%を占めると言われる(9)。これは、ルクセンブルク、カリブ海や極東のタックスヘイブンの遥かに上を行く数字である。秘密というベールの陰で、「小鬼たち」は3兆ドル以上の外国の個人資産を太らせている。チューリッヒ、ジュネーヴ、バーゼルで運用される資金の中で、年金基金のような外国の機関投資家の比重はわずかにすぎない。スイスの銀行自身を含め誰もが認めるように、顧客の80%は秘密を求めてスイスを選んだのだ。

 10万7000人のスイス人が銀行で働いている。EUが求める守秘義務の廃止は、スイスの金融界を激しく揺さぶることになるだろう。にもかかわらず、ヴィリゲル蔵相は大胆にも言い放った。「守秘義務は交渉の対象にはなり得ない(10)

 しかし「小鬼たち」の動揺とは対照的に、国民の多くはこれで肩の荷が下りると感じている。なぜなら、金融業の域を超えた犯罪に手を貸していることは、すべての市民にとってスイスの悲劇であるからだ(11)。銀行の犯罪行為や守秘義務、匿名口座を葬ることで(12)、スイスは国際的連帯の伝統にようやく立ち戻ることができるだろう。EUに加盟し、さらに国連にも加盟すれば、スイスは諸国にとって重要なパートナーとなり得る。その多文化性、民主主義の伝統、そして長く連邦制度を実践してきた経験を通じて、ヨーロッパの政治的統合に貴重な貢献をもたらすことになるだろう。

(1) ル・モンド・ディプロマティーク2000年4月号の特集「世界に広がる金融犯罪」参照
(2) ル・モンド2000年8月23日付
(3) 1964年のポンド投機の際、英国のブラウン蔵相は銀行家を「小鬼ども」と呼んだ。
(4) 「ヨーロッパにおける金融犯罪とマネーロンダリングの規制および撲滅への障害に関する議会共同調査団」が出したリヒテンシュタインについての報告書(2000年3月30日に国民議会議長に提出された報告書第2311号)を参照。リヒテンシュタインはスイスの金融界と緊密な関係にある。この報告書には、市民のための取引課税推進協会(ATTAC)による共著『タックスヘイブン』(ミル・エ・ユンヌ・ニュイ社、パリ、2000年、全102ページ)が添付されている。
(5) 同上第1巻2号「モナコ公国」参照
(6) EFTAは1960年に、イギリス、オーストリア、スイス、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、ポルトガルの7カ国により結成され、後にアイスランド、フィンランド、リヒテンシュタインが加わったが、72年以降に各国がEUに加盟するためにEFTAを離脱し、現加盟国はスイスなど4カ国のみとなった。[訳註]
(7) プロテスタントにカトリックとほぼ同等の権利を認めた勅令[訳註]
(8) アンドレ・ビエレール『カルヴィンの経済・社会思想』(ゲオルグ出版、ジュネーヴ、1959年)および Giovanni Busino, << Intorno al pensiero economico e sociale di Calvino >>(カルヴィンの経済・社会思想をめぐって), in Rivista storica svizzera, No.10, 1960 参照
(9) オフショア市場とは、民間部門の資金を受け入れて本国の外で運用する市場である。ニューヨークのジェミニ・コンサルティングがオフショア市場についての調査書を定期的に出している。
(10) レブド2000年6月29日付、ローザンヌ。また、デル・ゾンタークスブリック2000年7月2日付(チューリッヒ)掲載のフランク・A・メイヤーの論評を参照。
(11) スイスを入り口に使った組織的な不正や密輸入などの違法活動は欧州委員会によると年間10億ユーロ(約1060億円)と推計されている。.
(12) クリスティアン・シャヴァニュー「スイスの神話」(アルテルナティヴ・エコノミーク2001年1月号)が出色である。そこではスイスの銀行が1960年代を通じ、1934年法の守秘義務を後日に正当化するため、ユダヤ人資産をナチから保護したという伝説をでっち上げたことが示されている


(2001年2月号)

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