フランス外交の再構築に向けて

ユベール・ヴェドリーヌ(Hubert Vedrine)
フランス外相

訳・北浦春香

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 世界の二極化は終わりを告げた。これを巧みに利用してきたフランス外交は、今や一連の課題を突きつけられている。われわれは新たな目標を設定しなくてはならないのだ。一部の人々が言うように、世界全体を西洋式の民主主義に「改宗」させればそれでよいのか。モラリスト的な反応や問題提起を重ねるだけで、一貫性ある国家戦略を構築できるのか。国際社会による介入権は、はたして問題解決の万能薬なのか。[訳出]

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  私はこれまで外相として、国際関係に生まれつつある新しい「ドクサ」(1)に対し、距離を置く発言を繰り返してきました。この問題についての私の考察を、悪用や曲解を受けないように留意しつつ、詳しく述べてみたいと思います。

 まず、私が一概に受け入れることのできない最近の考え方を一つを挙げてみましょう。国家は血の通っていない怪物で、不透明で抑圧的である。リアリズムというのは開き直りにほかならず、国際関係はこれに満ちあふれている。国家の論理は常にうっとうしいものだ。もはや歴史は大した意味を持たない。われわれは全く新しい世界に足を踏み入れたのであり、国内的にも国際的にも「市民社会」を重んじるべきだ。市場、世論、メディア、裁判官、NGOなど、国家を後退させるものはすべてよいものである。と、こうした考え方です。

 次に、西洋的な価値は何もかも、議論や解釈の余地もなく、普遍的で恒久不変の価値であるとする考え方があります。これを少しでも疑問に感じ、現実に即した運用を試みるのは冒涜だというのです。

 さらに三つめは、非民主的な国はどこであれ、現在の西洋民主主義を規範として、今すぐに民主化することができるし、そうすべきだというものです。

 ここまでのところ手短に、やや単純化して述べました。

 以上のような信念を一言でまとめれば、国際市民社会の圧力などによって世界全体を西洋式の民主主義に転換させることこそ現在の外交が目指すべきところであり、西洋諸国は可能な限りの圧力や制裁を加えてこうした転換を勢いづける義務があるということになります。体制一新、新しいパラダイムというわけです。

 このような主張があまりに単純に見えるとしても、私はそれが全面的に間違っていると言おうとするわけではありません。また、それがたいていの場合は善意、あるいは進歩を願う気持ちに発していることに異議を唱えるわけでもありません。しかし、私が問題にしたいと思うのは次のような点です。国家の役割が縮小すればそれが即、進歩であると言えません。進歩と言えるかどうかは、社会がどのような発達段階にあるかによるのです。国家が弱体化すれば組織犯罪が台頭するかもしれません。あるいはグローバル経済の力に歯止めが利かなくなるかもしれず、そうなると有り難くないこともあります。 市民社会は万能薬ではありませんし、抽象的な観念でもありません。国際市民社会の内部にすら、国家間の関係と同じような力関係が働いています。西洋、特に米国のNGOの圧倒的優勢を見ればわかることです。メディアの世界も同じです。グローバル化した世界では、民主化が普遍的に望まれるようになったとはいえ、競争や力関係がそれだけで消え去ったわけではありません。むしろ、アングロ・サクソン流の自由市場主義の拡大によって激化したのです。それに、民主主義といっても、西洋にさえ様々な体制があります。とりわけ、歴史を振り返れば、民主化というものは常に経済、社会、政治、文化の総合的な進歩のプロセスを経て生み出されてきたのであり、君主が改宗すれば国全体がそれに倣った時代のように、瞬時にして転換がおこったのではありません。インスタントコーヒーとはわけが違うのです。

 しかし、これはなかなか議論にしにくいところです。今日のフランスでは世界の現状、外交政策、国際関係についての分析や考察がほとんど見られないからです。グローバリゼーションのただ中にあるというのにおかしな話です。有益な役割を果たせるはずの知識人も、散発的な反応を示すだけで、まるで議論に加わろうとしません。それは彼らが自分の世界に閉じこもっているからです。どこかの時点で何かしらのマルクス主義的全体主義を信奉していた多くの知識人は、今では過去を水に流そうと躍起になっていて、善悪二元論的な姿勢は変わらないまま、思想までもが市場原理に貫かれた社会を擁護しています。ですから、米国を検討の対象にしようなどとする知識人はほとんどいません。 社会学には若干の頑迷なマルクス主義者がいますが、こうした人々はもう時代遅れになっています。付け加えれば、1930年代、40年代に思いを馳せる知識人もいますが、彼らはそのくせ、第一次大戦前から第二次大戦終結へと至る一連の史実は闇に葬ろうとしています。実のところ、知識人は絶えず過去を書き換え、清算しているか、さもなければ超自由主義的な市場経済の有機的知識人(2)となっているのです。

 もちろん、モラリスト的な立場からは、感情ないし憤りに任せた反応や問題提起が色々と出されています。しかし、それだけでは筋の通ったまとまった体系を構築するにも、アロン的な意味での考察(3)を深めるにも十分とは言えません。ましてや政策を立てるには程遠いものがあります。私は、自分なりにこうした考察を深めたいと思っています。第一には民主主義の精神からですが、それだけではありません。グローバル化した現在の不安定で非常に競争の激しい世界において、先に述べたような新たな定説をひたすら唱えるだけでは、フランスとヨーロッパの基本的な利益を守るという、外交政策のそもそもの目的を果たすことができないと思うからなのです。また、それだけで、まるで奇跡のように、世界に純粋で完全な民主的秩序が新しく生まれたり、西洋の価値観で真に普遍的と考えられるものが世界中で尊重されるようになったりするとも思いません。

 こうした理由から、私はフランス国際関係研究所(4)や国際関係戦略研究所(5)、ワルシャワにおける会議で(6)、あるいは近著を通じて(7)、声を大にして疑問を呈し、問いかけを行ってきたのです。そこにはどうしても、誤解を受けたり、違う目的に転用される危険がつきものです。 介入の概念を例にとってみましょう。私はフランスの信条として「介入権」を無条件に認めているわけではありません。なぜならば、第一に、これは19世紀にわが国の植民地主義者が唱えた「文明の義務」やラドヤード・キプリングの言う白人の責務にあまりに似通っていますし、植民地の廃絶は私の政治経歴のなかで重要な位置を占めているからです。また、衝撃的なテレビ映像を前にして発作的な感情にかられた西洋諸国の人々が、自らの力を過信し、善行を行っているつもりで政府を突きあげ、世界の火消しのように各地に介入させて自分たちの心の痛みを鎮めてもらおうとする事態をもって、介入という行為を国際法の上で正当化し、制度の整備を進めるための根拠にすることはできないからです。それに、NATOや構築中のヨーロッパ防衛機構が、介入なる概念をどのように利用しようとするかは目に見えています。

 私は、コソヴォへの武力介入への最終的同意はあくまで一つの特例であって、前例となるべきものではないと考えます。武力行使を正式に認める決議のないままの行動だったことは事実です。とはいえ、すでに国連安全保障理事会のユーゴ非難決議が3本出されていましたし、何カ月にもわたって格別の政治的努力が重ねられながらも、交渉はミロシェヴィッチの抵抗で行き詰まっていました。そして、状況が許しがたい様相を呈していること、介入が必要であること、しかも明らかに急を要することについて、ヨーロッパと近隣諸国の意見は例外なく一致を見ていました。私はこの経験に即して、誰が、どこに、どうやって、何の目的で介入するのかを検討するしか、実りある議論の道はないと主張しているのです。しかし、私はこうした考察が悪用される可能性があることも自覚しています。慎重な姿勢が必要だからといって、旧態依然の体制や独裁体制が国家主権の概念を盾にとり、急を要する人道的介入に抵抗するのを正当化するような意図は毛頭ありません。

一面的なモラルの危険

 むしろ反対に、国連憲章の第7章が法的に正当とされる介入を規定していることを指摘しておきたいと思います。私は常任理事国が拒否権の行使を自制し、なんらかの適切な基準に照らして不可欠と判断された介入を妨げるような拒否権行使を控えることを提案したほどです。古典的な絶対的国家主権概念は貫徹できなくなっており、共同で行使される合理的な主権へと移行すべきです。

 この点にはいくらかの進歩が見られます。コソヴォやチモールにおける現在の国際的プレゼンスは、政治やメディアで使われている意味での「介入権」によるものではなく、安保理決議の1244号と1264号に基づいているのです。

 従って、私は主権行使のあり方を管理し、徐々に変えていくことを望んでいます。しかし、国家主権をやみくもに放棄することには反対です。なぜならば、その空白を即座に埋めるのがどのような勢力であるか、たやすく見当がつくからです。それは、国際市民社会が体現するとされる完璧な民主主義ではなく、世界的な大企業(上位10社の売上は国連加盟国164カ国のGDP総計を上回る)、さらには犯罪組織(その年商総額はイタリアのGDPに匹敵する)ということになるでしょう。現代のヨーロッパで、ナショナリズムをひとまとめに過去の遺物と片づけようとする人々は、この問題について少しおめでたすぎるのです。

 もう一つ、民主化を例にとってみましょう。これに関してリアリズム、あるいは忍耐強い姿勢を求めようとすると、すぐに文化的相対主義だと不信の目で見られます。しかし、民主主義は一日にしてならず、です。西洋でも民主主義の確立には数世紀を要しました。中国人、アラブ人、あるいはアフリカ人が民主主義に「向いていない」などと言うことはできません。それは暴言です。つまり、重ねて強調しますが、民主化は転換であるとして論理を組み立ててはならず、プロセスであるという見方に立って考えることが必要です。といっても、社会の求める民主化運動に対し、権威主義的な体制が引き延ばし戦術を画策するのを正当化するということではありません。 自らの歴史を忘れ、破綻を避けてものごとを進めていくのにプロセスが必要な分野について、今すぐすべてを、と要求する西洋のヒュブリス(ギリシャ語で「思い上がり」の意)を改めるべきだということです。それが、米国の主導で2000年6月にワルシャワで開かれた会議で私が主張したことなのです。共同宣言に署名しなかったのは、反米主義を標榜したわけでも、いたずらな挑発行為に出たわけでもありません(私は前もって主催者にその意向を伝えていました)。民主化を望む声は世界中で歓迎されているという大義名分のもと、一国の国務省が、いくつものNGOから指摘されたような疑わしい基準に沿って、民主的な国を選抜して神聖同盟を作り上げ、これらの諸国が国連での採決の際にこの国の指示に従う、というような展開を受け入れることはできなかったからです。私は、西洋民主主義諸国はまず自分の襟(金権主義や高棄権率)を正すべきだとも発言しました。そもそも、このようなやり方がうまくいくとは思えません。

 また別の機会に、私はモラルと国際関係とは相容れないものだという一般通念にも異議を唱えました。通常の外交業務の一環として、私たちから見てまだ完全に民主的ではないような国と話し合ったりすると、メディアは必ず色々と書き立てます。しかし、中国やロシアを一瞬にして平和で大きなデンマークに変身させる魔法があるものでしょうか。ですから、手をこまねいて他の大国に話を任せ、明日の世界を彼らに定めさせるようなことは得策ではありません。 さらに言えば、今日では指導者の選択肢は、モラルに適った政策とモラルに反した政策といったものではなく、利点と欠点を様々に併せ持つ複数の選択肢になってくるのが普通です。例えば、トルーマンが原子爆弾の使用を止めることと、戦争終結を早めるためにそれを使うことと、モラルの観点からはどちらが望ましいとされるのでしょうか。私はあるシンポジウムでこうした二律背反の例を10個ほどあげました。もう少し身近な例で言えば、これこれの国との貿易はモラルに反するといった主張がありますが、では制裁を加えることがモラルに適うのでしょうか。私は制裁を加えたり条件を課したりする政策がどれほど正当で、実際の効果があるものか、タブーを取り払って検証すべきだと思います。不思議なことに、この点はフランスよりも他の国で大いに議論されています。もっと一般的な言い方をすれば、モラルというものは、何を意図するかよりも何をもたらすかによって評価されるべきなのです。

 結論として、私はここ数年来、フランス外交政策の再構築が不可欠であると考えています。フランスが1945年から1990年にかけて(特に1958年(8)以降)世界の二極化を巧みに利用してきたことを考えればなおさらです。1990年以来、概念や戦略といった内容面から手法やイメージといった形式面まで、外交の全面的な再構築が徐々に進み、現在も続いています。幸い、私は1995年から1997年を除き、長年にわたってこれに関与する機会を得てきました。私は、こうした再構築が歴史や地理、政治の分野における教訓を省みず、外交的に正しいとされる考えの行き着くところ、つまり西洋の自画自賛で、くどくどとモラルを説くような「非現実政治」の称揚につながるとは思いません。 私が取り組んでいる新しい外交は、大胆であっても完全に現実に即したものです。その意味で今日の現実、すなわちグローバルな市場と情報からなる経済、国際社会の新たな主体、メディア・NGO・世論の影響力、全体主義に対する徹底した拒絶、戦争と紛争の嫌悪、民主化要求、あらゆる近代的価値観といった事実と信条は、すべて考慮の対象です。しかし、この外交は、二つのものごと、例えば立場表明と行動、標榜されるモラリズムと成果の妥当性、問題の提起と解決、普遍主義と強制的な西洋化、延々と続けられる協議と的確な調整、などを混同するものではありません。それは、フランスにとって、またヨーロッパにとって、堅固で長期的な、新しい指針を作り出すことなのです。

(1) 正常・当然と見なされ、問われることのない信念や実践の総体。[訳註]
(2) もともとグラムシの用語で、ブルジョワ社会の「伝統的知識人」とは異なり、組織の創設、運営、宣伝といった機能的な役割を果たす知識人のこと。[訳註]
(3) レーモン・アロンはフィガロ紙のジャーナリストとしても活躍したフランスの社会学者。理論と現実にまたがる該博な知識により、哲学から国際関係に至る広範な考察を展開した。[訳註]
(4) 1999年11月3日、フランス国際関係研究所主催の会議「21世紀を目前に」の基調講演。
(5) 2000年5月16日に開かれた、国際関係戦略研究所主催のシンポジウム「モラルと国際関係」にあたり、国民議会で行われた基調講演。
(6) 2000年6月26日に開かれた、民主主義に関するワルシャワ会議。cf. http://www.info-france-usa.org/news/statmnts/varsovie.htm
(7) ユベール・ヴェドリーヌとドミニク・モイジの対談『グローバリゼーション時代のフランスのカード』(ファイヤール社、パリ、2000年)
(8) ドゴールが政権についた年。[訳註]


(2000年12月号)

All rights reserved, 2000, Le Monde diplomatique + Kitaura Haruka + Ando Rikako + Saito Kagumi

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参考
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